軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

プロローグ

【ヴィラ歴424年10月】

昼下がりのダイナー公爵家。

若き公爵──バナージ・ダイナーは机をコツコツと人差し指で叩いていた。

待っている手紙が来ないのだ。

(遅い。フィーヌは一体、何をしているんだ)

ここ数年、バナージの実家であるダイナー公爵家の主力事業である金鉱石の掘削が上手くいかなくなっている。

負債が嵩みダイナー公爵家が破産するのではないかと危惧したバナージが目を付けたのは、かつての婚約者──フィーヌだ。

フィーヌは『土の声を聴ける』という特殊なスキルを持っている。故に、フィーヌであればこの窮地をなんとかできるはずなのだ。

脳裏に蘇るのは、かつて自分の婚約者だった、艶やかな赤茶色の髪をした大人しい女だ。

顔は美人だったが、バナージがどんなに無礼なことを言っても困ったように笑っているだけの面白みのない女だった。それに、婚約しているにもかかわらず決してバナージと一線を越えようとしないのも気に入らなかった。

だから、バナージから捨ててやった。

(俺に捨てられるのが怖くて、何をされても文句のひとつも言えなかった憐れな女だ)

いつもバナージからの連絡に大喜びで返事を書いてくる。きっと、今も自分のことを愛しているのだろうと、バナージは確信していた。

(なんなら、今回の件の礼として愛人にしてやってもいいかもしれないな)

フィーヌはつまらない女だったが、顔は文句なしの美人だったから愛人にするにはもってこいだ。

愛してもいない夫と辺境の地にいるより、公爵である自分の愛人になったほうがフィーヌも幸せなはず。

そこまで考えたとき、バシンと大きな音がして執務室のドアが開け放たれた。

「旦那様! フィーヌ様よりお手紙が届きました」

ダイナー公爵家の鉱山管理人──リベルテの報告に、バナージはにっと口角を上げる。

(予想通りだ。フィーヌは俺から離れられない)

「かせ!」

バナージは使用人の手から手紙をひったくるように奪うと、封を切った。

ーーーーー

バナージ・ダイナー様

拝啓 秋風の候、貴殿におかれましては如何お過ごしでしょうか。

お手紙ありがとうございます。

ダイナー公爵家の鉱山の産出量が減っている件については、本当に大変なことでございますね。心中お察し申し上げます。

あなたはよくお手紙に『俺の期待していることを、きみならわかっているはずだ』と書かれていましたね。

ですのでわたくしなりに考えた結果、もうこれ以上のお手伝いはご遠慮させていただきたく存じます。

だって、わたくしが〝役立たず〟であると吐き捨てたのは、あなた様ではありませんか。

わたくしは自分の身のほどをわきまえておりますのでご安心くださいませ。

貴殿におかれましては、きっとご自慢の溢れる才能を存分に発揮して事業を発展させることでしょう。

せっかくなので、わたくしの近況をお伝えさせていただきますね。

わたくしは今、とても幸せに暮らしております。

静かで穏やかな毎日、優しく信頼できる人々に囲まれ、何ひとつ不自由のない暮らしに、かつて王都にいた頃には味わえなかった幸せを感じております。

あなたがわたくしとの婚約破棄を宣言したあの日、偶然舞踏会の会場で控え室に閉じ込められたことは本当に幸運でした。だって、そのおかげであなた様と婚約破棄して今の旦那様に出会えたのですから。

悪意が幸運に変わるなんて、皮肉な巡り合わせですね。

ですので、あの日のことは水に流してあげます。ふふっ、ありがとうございました。

これに関しては、もう十分に恩返しさせていただいたと考えております。

さて、長くなりましたがお互いに別の道を歩んでいることですし、どうかこれを最後のご連絡とさせてください。

妹のレイナと末永くお幸せに。

フィーヌ・ロサイダー

ーーーーーー

バナージが文面をなぞり、体を震わせる。手紙を握っている手に力が入り、紙がぐしゃりと潰れた。

(嘘だろう?)

フィーヌならば絶対に喜んで協力してくれると思っていたのに、彼女の手紙からはバナージを手助けする意思が一切ないように見えた。

それどころか──。

「……まさか最初から、気付いていたのか?」

フィーヌはバナージとレイナが彼女を騙し、陥れたことを最初から知っていたのだろうか。

それどころか、最初からこうなること──バナージとレイナが転落する未来を予想していたのではないだろうか。

そうわかっていてバナージを手助けするそぶりを見せ、最後の最後で突き放したのだ。

『──後悔なさいませんか?』

かつて婚約者だったフィーヌはバナージの元を去るとき、そう言って無表情に彼を見つめた。

『後悔などするわけがないだろう!』

睨みつけるバナージの視線を浴びながらも、口元に微笑みを浮かべた彼女の姿が脳裏に蘇る。

「騙されたのは、どちらかしらね」

くすっと笑うフィーヌの声が聞こえた気がした。