軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

92.その涙は本物で

「わからなかったんだよ」

「え……?」

彼は申し訳なさそうに語る。

「影響はすでに出ていた。環境の急激な変化という形でね? だからこれ以上はないと思っていたんだ。僕も万能じゃない。未来を見通すことはできない。だた、見守ることしかできない」

「師匠……」

「本当にすまない。僕はずっと迷っていたんだ。君たちにこの話をするべきか。過去に何が起こったのかを知ったところで、今さらどうすることもできない。ならばいっそ、知らないまま今を生きるほうが幸せだと思っていた」

「独りよがりなのだよ。それを決めるのはお前ではない」

「まったくその通りだよ。エドワード王子」

殿下もそれ以上は責めなかった。エルメトスさんに自覚があるとわかったからだろう。数秒の静寂が部屋を包む。

そして彼が口を開く。

「師匠がここに残っているのは、贖罪のためですか?」

「そうだよ。この地をこんな風にしてしまったのは僕たち魔法使いだ。だからせめて、僕がこの地を見守ろうと思った。力は貸せないけど、知恵は貸せる」

「三百年も?」

「ああ。この先もずっと、僕が必要なくなるまで居続けるつもりだった。その覚悟をしていたところに……」

エルメトスさんの視線が私に向けられる。自然と背筋が伸びる。

「君が現れた。おそらく過去、未来においても最高の錬金術師が……君の存在は、三百年間変わらなかったこの地に変化をもたらした。僕は期待したんだ。君ならば、壊れてしまったこの地を元通りにできるんじゃないか。僕の代わりに……」

「エルメトスさん……」

そんな風に思ってくれていたのか。とても光栄だと思う。三百年の時を超え、今も尚この地残り続けている魔法使い。きっと当時から優れた魔法使いだったのだろう。そんな彼に、最高の錬金術師と言って貰えたことは、私にとって誉れだ。

だけど、私はエルメトスさんじゃない。彼の代わりをしていたわけじゃない。

「私はただ、トーマ君やみんなの役に立ちたかっただけです」

「アメリア……」

「そうだね。知っているよ。君はいつだって、困っている誰かのために力を使っていた。それは僕たち魔法使いの、本来あるべき姿なんだ」

力には責任が伴う。強大な力こそ、ふるうためには覚悟がいる。何のために、誰のために、常に考えなければならない。

驕るのではなく、自覚するべきなんだ。自分が特別な存在であることを。

「君は無意識に体現していた。だからこそ、この地は少しずつ変わった。アメリアさん、どうかこの地を救ってほしい」

彼は頭を下げる。深々と、私に向かって。

「僕にはできない。本来なら僕がするべき贖罪を、無関係な君たちに任せてしまうことを恥ずかしく思う。だけど、君しかいないんだ。これから起こる災厄を乗り越えることができるのは、その可能性を持っているのは」

「……私は――」

一瞬、応えを躊躇した。いつもなら、特に深いことは考えずに、もちろんですと答えていたに違いない。

私は、私を必要としてくれる人に応えたい。今だってそう思っているし、答えは「はい」に決まっている。それでも簡単に答えるべきじゃない気がした。この問題は、私一人が背負うには大きすぎる。

生命の結晶化はどういう原理かわからないけど……確実に死ぬということだろう。一週間以内にこの地に住む人たちが死んでしまう。

彼らの命を救えるかどうかは、私の力にかかっている。そう思った途端、重圧で心が押しつぶされそうになる。

次の言葉が出てこない。

「大丈夫だ」

「――トーマ君」

震える私の手を、トーマ君が優しく握ってくれた。温かくて、大きな手で包まれて、震えが少しずつ治まっていく。

「俺たちも一緒だ。君一人に責任は負わせない」

「でも、私が失敗したら――」

ここにいるみんなも死んでしまう。そんなのは……嫌だ。

「そうはならない。俺は、俺たちはアメリアを信じているからな」

トーマ君はみんなの意志を確かめるように、それぞれの顔を一度ずつ見渡す。ここにいる誰一人が、私に託すことを疑わない。

声に出さなくても伝わってくる。それでいい、と。

「君に託す。君を支える。だから俺たちに君の力を貸してほしい。いつも通りでいいんだよ。そうやって君は、俺たちの生活を変えてくれたんだ」

「トーマの言う通りだな」

「リア姉さんならぜーったい上手くやれると思うぜ!」

「どうせ何もしなければ結果は同じなのだ。気負わずやればいいのだよ。この俺に勝負を挑んだ時の気合いを忘れたか?」

みんなが私に期待を向けてくれる。それは決して押し付けではなくて、私のことを心から信じて疑わない強い意志だった。きっと誰も、私が失敗しても責めたりしない。

自分たちの命がかかっているのに、穏やかに微笑んで私を励ましてくれる。なんて……優しい人たちなんだろう。

私はこの人たちに支えられて立っている。これから先も一緒にいたい。傍に、隣に、命の終わりまでずっと一緒に。

この幸福な時間を、こんなところで終わらせたくない。

「エルメトスさん。私は、みんなの期待に応えたいです」

「……ああ、そう言ってくれると信じていたよ」

彼は安堵したように息を漏らす。そんな彼の前に、トーマ君が立つ。

「師匠」

「……君に師匠と呼ばれる資格は、僕にはないのだろうね」

「何を言ってるんですか。師匠は師匠です。俺に魔法を教えてくれたこと、いろんなことを教えてくれたこと。師匠が何者で、過去に何をしたのかを知っても、それは変わらない。師匠のおかげで守れた者がある」

「トーマ……君は……」

彼は優しい。いつも変わらず。

「ただ一言だけ、やっぱりもっと早くに相談してほしかったです」

「……そうだね。君たちを騙していたようなものだ」

「そうじゃなくてですね」

トーマ君はなんだか照れくさそうに自分の頬を指でなぞる。彼の表情には怒りや戸惑いは消えて、いつもの穏やかな雰囲気で言う。

「俺を頼ってほしかったんです。師匠も、この領地で暮らしている一人ですから、領民の悩みは領主にも考える責任があります」

「トーマ」

「一人で悩んで、自分の責任だなんて言わないでください。この領地がこうなったのが三百年前の戦争が原因だとしても、それは師匠一人が背負う罪じゃありません。俺も一緒に悩ませてください。今の俺は領主ですから、領民の声に耳を傾けるのがいい領主でしょう?」

「……そうだったね。ああ、素敵な領主様だ」

エルメトスさんの瞳から、きらめく一筋のしずくが落ちる。あれも魔法だろうか?

いいや、心が救われた証拠だ。その美しい涙は作り物で、幻でもなくて、確かに彼の心から流れた一滴だった。