軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

101.姉としての役目

領地を出て馬車を走らせる。少しずつ、懐かしい景色が広がる。王都周辺の気候は穏やかで、私たちの領地とはまるで別世界だ。

こんなにも住みやすそうな場所があるのに、領民の方々は今も過酷な環境に身を置いている。まったく私とは比べ物にならない根気強さだ。

さて、そろそろ到着だ。

「帰ってきたんだね……ここに」

私は四か月ぶりに王都へと帰還した。たかだか四か月では景色もさほど変わらない。新しい建物が建っているわけでも、風変りな様相の人もいない。

ただ、静かだった。

私の記憶にある王都はもっと賑やかで、昼間なんかは人混みに流されそうになるほど繁華街は繁盛していた。

それが今は、閑古鳥が鳴いているようじゃないか。大通りに馬車が平然と走ることができる。普段から人が多すぎて進めない場所も、今はすんなりと通れる。

通り過ぎる中で、せき込み苦しさと耐えながら歩く人たちの姿があった。命令書にあった通り、すでに病は王都中に広がっている。

にぎわっていた頃と比較しても、半数どころじゃない。もしかすると私たちがたどり着くまでの間にも、感染者は増えているのかもしれない。

私はごくりと息を飲む。そのまま馬車は進んで、王城へと入る。

より懐かしい景色が目に映る中、見知った顔もちらほらいる。とはいえ王都の街中同様、私の記憶よりも静かだった。

そして――

私はたどり着く。懐かしさより辛かった思い出ばかりを感じてしまう場所に。私が宮廷錬金術師として、時間を共にした研究室の前に。

「ここが、アメリアの部屋だったのか?」

「うん」

だけど今は私の部屋じゃない。彼女の……私の妹リベラが使っているはずだ。ずっと気になってはいたんだ。あれから彼女はどうしているのだろうと。

決して仲がいい姉妹じゃなかったけれど、私たちは同じ家で生まれた。母親の違う姉妹……家族だったことは変わらない。

私は扉に手をかける。呼ばれているのは室長の部屋で、ここじゃない。無断で入る資格なんて私にはない。

扉から手を離そうとした時、向こうから扉が開く。

「――!」

「あ……」

王都へ戻ればいずれこうなる。同じ場所で働けば、嫌でも顔を合わせる。覚悟はしていたし、なんとなく予感していた。

「お姉……さま……」

「久しぶりね。リベラ」

沈黙が訪れる。リベラは目をそらし、下方向で視線をウロウロさせる。何かを言いたげに、でも話せないと態度で示すように。

すると私の隣でトーマ君が。

「なぁシズク、予定の時間にはまだあるよな?」

「十分くらいな」

「だそうだ。アメリア」

「トーマ君?」

彼はにこりと微笑む。

「話したいことがあるんだろ? 俺たちはここで待ってるから」

「……うん。ありがとう」

私はトーマ君に背中を押され、改めてリベラと向き合う。

「リベラ、少しだけいいかな?」

「……はい」

彼女も低く弱弱しい声で返事をした。扉を大きく開き研究室の中に入る。部屋の中は散らかっていて、どこか私が現役で働いていた頃と思わせる。

大量に積み上げられた書類の山。素材が入った木箱が床に並んでいて、足の踏み場もない。かろうじて顔を出している椅子に私たちは座る。

改めて彼女を見る。最初見た時、一瞬だけ別人かと思ってしまった。身体はやせ細り、目の下にはくっきりと隈ができている。

「眠れてないの?」

「……はい。あんまり」

「そう。お仕事のほうはしっかりやれてる?」

「……」

彼女は口を噤む。思えば私のほうからこんなにも積極的に話しかけたことはなかった。いつも彼女から話しかけてきて、それに私が答えるばかりだったから。

見た目だけじゃない。態度や話し方、雰囲気も私がよく知るリベラとは別人のようだった。私が知っている彼女はいつも明るくて、自信たっぷりに話していたのに……。

今は視線すら合わせず、常に怯えているような様子だった。

正直、見ていられなかった。私のことを王宮から追い出す原因を作ったのは彼女だ。少なからず遺恨はある。

だけど私は……。

「大変、だったよね」

「……っ」

徐に立ち上がり、彼女の頭を優しく撫でてあげた。複雑な感情は今も、この胸の中に残っている。

許せるかどうかはわからない。それでも、こうすることに躊躇はなかった。昔、つらいことがあったらトーマ君にこうして慰めてもらったことを思い出す。

カイウス様が失脚した影響は、婚約者だったリベラにもあったはずだ。この研究室の惨状が、今日までの過酷な日々を物語っている。

ぼさぼさの髪には以前のようなツヤも輝きもない。きっとお風呂だって毎日のようには入れていないのだろう。

「よく頑張ったね」

「お姉さま……わたっ、私……」

気づけば彼女の瞳からは大粒の涙がこぼれていた。涙は頬をつたい、地面へと落ちていく。

「ごめんなさい。ごめんなさい……お姉さま、私……ごめんなさい」

彼女はぐしゃぐしゃな顔で泣きながら、何度も何度も謝っていた。いたずらをして親に叱られた子供のように。

「うん……うん。わかってるよ」

そんな彼女の頭を優しく撫で続ける。経緯には同情できない。私にしてきたこと……今押し寄せているのはその余波だろう。

ただ、私は知っている。一人きり、孤独と戦いながら終わらない仕事に向き合わなきゃいけない苦しみを。

私は知っている。助けを呼ぶことすらできない重圧を。

彼女は今、私がかつて経験した日々を体験しているのだろう。だからこそ、今の彼女の苦しみは嫌というほど理解できる。

リベラは知ったはずだ。私がどんな気持ちで、ここで働いていたのか。だから彼女は泣きながら私に謝っている。

今まで一度もしたことがない謝罪を……本心からしている。だったらもう、許してあげたいと思った。彼女は罪を、これからも償っていくんだ。

この地で、宮廷錬金術師として働きながら。ならせめて、私は彼女の心に寄り添ってあげようと思う。私はリベラの、お姉さんだから。