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必要なのは「血」である

作者: 月森香苗

本文

父が母を、私を、家を裏切り、愛人を作って子が産まれた時のこと。

母は静かに怒り、そして冷酷に宣言した。

「諸共始末しなさい」

それはとても厳密な契約だった。血の温存の為に掛け合わされて生まれた子供が私で、親はその血を私と弟以外残すことを禁じられていた。

顔も見たことのない腹違いの妹か弟の存在は決して許されてはいけなかった。

父も散々に教え込まれたはずだ。薄れゆく血を濃くする為に計算して、誰が誰と縁付き子を成すか。誰もがその役目を受け入れていた。国が国である為に必要な事だと理解していたからだ。

血を残す為なので、子供を作りさえしなければ愛人を持つことも許すが、子が出来たなら始末する、というのは契約だった。

濃くなった血に宿る「契約と力」を確認した上で、私の嫁ぎ先は決められていた。その為に産まれ、その為に育てられていた。

神の眷属の加護は血に宿る。しかし、近親婚を繰り返すと弱い体で生まれることは知られていたので、分散して他の血を取り込みながら徐々に濃くしていき、主流に戻すことは決定事項であった。

父はどうやら理解出来なかったらしい。

その為、父と愛人、その子供は全員死んだ。死ななければならなかった。

平民との間に、建国から繋がる王家の血を混ぜて放置など出来るはずもなかった。

その血が知らぬところで濃くなっていき、神の眷属の加護の力が見知らぬ所に移ってしまったら我が国は終わってしまう。

濃い瘴気溜りの沼地に近い我が国で、神の眷属の加護の力を持つ王家が負担を担う。だからこそ、王族の血統は維持されていた。

薄くなれば予備の血族が血を濃くして王家に入る。生まれた子は全て管理され、パズルのように計算されて組み合わせていく。それを哀れだと言う人もいるが、この血が途絶えたならば国が終わってしまう。

瘴気に満ちた地でまともに生きていけるわけがない。

「すまない。彼女を妃にしたいから、君との婚約を破棄したいんだ」

夢見るように語る男は、王族の責務を理解していなかったらしい。

王族の加護の力を理解しているものが多い一方、その重要性を軽んじる者が増えてきたのも事実。

彼はいずれ王になるように育てられていたし、私が結婚相手の理由もきちんと教わっているはずなのに、何故こんなに愚かなことを言い出したのか。

理解出来なかった。

「愛妾を持つ事を許さないとは言っておりません。わたくしとの間に子を成した後であれば、その方と仲睦まじく過ごすことは許します」

「違うんだよ。私は一人しかいらないんだ。それは君ではなくて彼女でね。アイリーンはとても優秀で王妃として相応しい教養もある。君には敵わないかもしれないけれど、十分に役目を果たせるさ」

ここまで馬鹿だったのか。

私は父を思い出していた。恋なんてものに溺れて役目を忘れた愚か者の末路を私は今でも覚えている。

彼らの死を確認したのだから。

「左様でございますか。承りました」

自信に満ち溢れた王子とその腕に囲われて私を見下すどこかの女。

名前を覚える必要も無い。

彼らとはもう二度と会うことはないから。

「レガロ。陛下へ早急に報告並びにお時間を頂いてきて」

「はい」

「レニエ。王妃殿下に急なことだけれどお伺いしても良いかの確認を」

「畏まりました」

従者と侍女がそれぞれに動き始める。

愚かな二人が去った後、私が速やかに動き始めた。

この体に流れる血の行く末を定める為に。

あの王子は最後まで理解しないだろう。彼よりも私の血の方が濃いことを。私が今この国で最も王家の濃い血を有している事を。

私が王族に嫁ぎ、生まれた子こそが真に神の眷属の加護と力を引き継ぐ。

優秀さなど付随品でしかなく、大事なのは「血」だというのに。それが無い時点で彼女には王妃になる資格など無かった事をなぜ理解出来なかったのだろう。

私が王宮の中にある、私に与えられた一室でお茶を楽しんでいる頃、王子と浮気相手は緩やかな死刑宣告を下された。

王子はどうやら私の血の濃さのことを忘れていたようだ。王妃に求められているのは優秀さでもなんでもなく、「血」であることを。もっと厳密に言えば、王子でなくても良いのだ。国王になるのは。

例えば、国王陛下の腹違いの弟殿下とか。

前王陛下は予知夢を見たらしい。孫にあたる王子殿下が愚かに育つという夢を。そこで念の為に訳ありの伯爵家の娘との間に子を成した。血の濃さでいえば王弟殿下の方が少し濃いかしら。前王と訳ありの王家の血を持つ娘との間の子だからね。

国王陛下も困ったことだろう。予知夢を見た父親が弟を作るなど。

結果として、王子殿下から王弟殿下に婚約者が変わった。

王妃殿下は気付いたら廃されていた。

一応報告をあげに行った際、私よりも浮気相手の方が息子ちゃんにぴったりだものね、なんて阿呆な事を宣っていたので国王陛下に教えたけれど。

他国から来た王妃様にはどうやら血の重要性はお分かりにならなかったらしい。

浮気相手斡旋したら駄目だろう。なので、国王陛下に処分されてしまったようだ。王妃様の母国は文句言えないだろう。王妃様の目論見が成功したら、血の濃い子供が王家から居なくなり、加護の力がなくなって瘴気が大陸に溢れ出してしまうのだから。

それくらい危ないことをした自覚が無いようで、急な病でお亡くなりになった。

「陛下も大変よね。私が女王になることも出来るのよ、本当は」

「そうだよね。君が女王になる方がいい気がするよ」

「けれど、面倒じゃない。王なんて。貴方に任せるわ」

「はいはい、俺のお姫様」

王子と王弟殿下は歳がほぼ同じ。王弟殿下の方が一つ上。私より二歳上なので、何度か一緒に遊んだし、婚約者候補の一人でもあった。

王子も厳密には婚約者じゃなくて候補だったのだけど。

私が選ばれるのではなく、私 が(・) 選ぶ立場だと分かっていたのは王弟殿下の方だった。

「私と貴方の子供は血が最も濃くなるから、暫くは好きな相手を選べるわね」

「血統管理って大変だよなぁ。まあでも、力を失う訳には行かないしな」

「力が無くなれば瘴気が満ちるだけよ。未だに研究から解決策が見つからないけれど、頑張ってもらいたいわ。そうしたら、血統管理も要らなくなるのに」

「瘴気の沼が大きすぎるからなぁ」

加護の力を失っても良いと思う為には瘴気の沼が無くなる事が必須で、それこそ何百年も研究しているけれど、沼の規模が湖レベルに広く、深さは不明。近寄るだけで瘴気に冒され、浄化装置もあっという間に壊れてしまう。

それでも少しずつ規模は縮小している。

可能性がある限り諦めはしないし、この力と血を繋ぐことは義務だと割り切っている。

殿下と浮気相手は、巨大な浄化石を括り付けられて瘴気の沼に身を投じる罰が与えられている。緩やかな死刑宣告とはこのこと。

聖職者が頑張って力を込めた浄化石なので、沼の規模がまた小さくなれば良いのだけれど。

役に立たないことをしでかそうとした二人が国の為になるお役目を与えられたのだから喜ぶべきよ。恋がしたかったのであれば、生まれた時代を間違えていた。

少なくとも、この代が最も厳しく自由がない。私に選ぶ権利はあっても、候補は二人しか無かった。

王子殿下には弟殿下もいたけれど、歳が離れているし、彼らは彼らで未来の為に血を残す必要があった。

だから、私には二人のどちらを選ぶかの権利しか無かった。王子が自滅した結果、必然的に決まった相手だけれど、これからきちんと向き合っていくつもり。

程なくして、立太子の儀を経て王太子となったのは現国王の異母弟であるエルミリオ。その隣にはアリステリア公爵令嬢が婚儀を済ませて王太子妃として並び立った。

国を守る為、神の眷属の加護を引き継ぐ為の婚姻であるが、二人は仲睦まじく、三人の子が産まれた後も側室を持つ事は無かった。