軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第45話 戦う商人

神樹の森の近傍で開拓された人間の町ブラウンウォルス。

大地の力は優秀で作物は早く大きく実り、すぐそこが海であるため漁もできる。森の中には獣も豊富だ。

そんな恵まれた土地にあるというのに、その町は一見して貧相だった。

年中トラブルに事欠かず、金と労働力がその対応に追われてしまうからだ。

木々を伐るたび魔獣が出現する。作物狙いの害獣がすでにモンスター。海には海魔が出没して、漁に出られない時期が長い。

かつて神々が地上に作ったという神樹の森は、その豊かさゆえに、貧しすぎるところまで堕ちた人間に恵みを引き出せなくなっている。

ゆえに、開拓は遅々として進まず、領主たるブラウンウォルス子爵も落ちぶれ貴族として見られている。

「いやー、驚いたな、王都は。大昔に一度行ったきりであったから、あんなにも人と物があるとは気づかなかったわ。いやまあ、ひどく臭ったが、あれが財力というものなのだな、ドラロ」

「田舎者丸出しではないか。セデク」

一度、取り引きをとりまとめたセデクは王都に赴いていた。

そこで起きたことを、土産話と物理的な土産も一緒に持ってきている。

町の参事会会長を務める商人ドラロとしては、情報も土産物もありがたい。茶を出しながら話相手をしていた。

「まあな。しかし、王都も驚いたが、王宮はそれ以上に驚きに満ちておったわ。俺から大枚はたいて買った蛇の胆をな、仰々しくもわざわざ謁見して献上の儀を執り行ったのだぞ? それだけでも肩が凝ったというのに、翌日には内儀でまたも呼びつけられた。もう気の張ってしょうがなかったわ」

ドラロは天を仰いでため息を吐く。

「……他の貴族に知れたら嫉妬を買うぞ、セデク。地方のいち子爵が、いきなり王に謁見し、翌日には密談など」

「いや、呼びつけたのは王子であった」

「? 王子は、臥せっておられたのではなかったか?」

「戦傷でゆっくり弱っていたというのに、錬金術師に命じて秘薬を作らせたとかでな。薬の材料は蛇の胆も魔石も、出処はうちであったから、あれはなんだ、と問い質されてしまった」

「快復されるのが早すぎるだろう」

「うむ。で、わが領地に興味を持たれたとかでな。数年のうちにそちらへ行きたい、と」

「王子自らか?」

「そうらしい」

ドラロは頭を抱えた。

「……まさか、承諾しておらんだろうな」

「もちろん快諾したが?」

「こっ、このバカ領主! せめて息子に相談してやらんか!」

怒鳴りつける商人に対して、セデク子爵はむっと眉をひそめた。

「なにが悪い? 王子殿下と話がとても弾んでしまってなぁ。若者の好奇心を無碍にするわけにはいかんと」

「この狭く貧しい領地で、王族をどうもてなすというのだ!? もてなせるだけの物や、取り寄せるほど金があるか!?」

参事会会長の怒鳴り声に、領主は神妙な顔つきになった。

「ドラロ、私とてなにも考えていないわけではない」

「……ほう?」

何やら裏があるのか、とドラロは前のめりになった。

その商人に向かって、セデクは告げる。

「もてなしとはな……モノばかりではない。心だ」

輝かしいばかりの笑顔で言う中年の男を、商人が怒りに任せて罵ったのは言うまでもない。

ひとしきり不毛な言い争いをした二人は、実際どうするかと顔を見合わせる。

「具体的に、なにが問題になるだろうな?」

問題が山ほど埋まっているのは、セデクにも分かっている。

であれば、王子が来たときに掘り返されそうなところだけでも、今のうちに掘り出しておいた方がいい。

「無い物ねだりはしても無理だ。だからせめて、王子のお供と町全体に行き渡るくらいには、十分なお食事を用意せんとならん」

王族の歓待となれば、こんな小さな町としては盛大に印象を良くしなければならない。

本来、貴族社会では飽食は罪だ。大食らいは恥であり、神に背く行為とも言われる。

だが、民の気分を高揚させるために、祝餐を広く分け与えることは必須でもある。

町の住民全員に無料で酒と食べ物を行き渡らせ、王族の来訪は歓迎されるべきことと民にも思わせる。よくあるやり方だが、それだけに実行すれば効果はある。

しかし、たとえ王族が権威を持っていようが、食い物を腐らせないようできるわけではない。用意をするのは、来訪される側だ。

「漁師達に、多少の無理を押してでも漁をしてもらう。それができれば、麦の節約。森に入って採集する食い物を増やす」

ドラロが言うと、セデクはニヤリと笑みを浮かべた。

「ならちょうどいい。今年は森の中から、大物が湧き出てくる予兆が無い。魔獣の警戒を増やして、採集は冒険者ギルドに依頼を出そう。ちょうど、大商いで臨時税収もあるしな! ふはは!」

「問題は漁だな。参事会で漁師頭に相談せねば」

「海魔をおとなしくさせるのは、さすがに兵を動員しても至難だな……。まあ、そちらはあとあと考えよう。しかしな、ドラロ。俺としては、もう一つ踏み込んだ問題があるように思える」

「というと?」

「つまり……驚きだ! あっと驚かせるような、稀少な食い物や特産品みたいなものを、王子殿下に見せつけてやりたい! なにかないか!?」

なにを楽観的な、とドラロは呆れてしまう。最低限のもてなしさえ用意できるかと悩んでいるのに、このうえ特産品だと? そんなものがあるなら、この町にはもっと金が生まれている。

「おぬしの絵でも献上しておけ。心臓が止まるぞ」

「おおっ、そうだな、その手があったか!」

「やめろバカ冗談だやめろやめろそれだけは絶対にやらせんからな!! 息子殿を抱き込んででも止めるぞ!!!!」

「なんだとごうつくばりのハゲジジイめ! 俺の邪魔をするか!」

「腐った審美眼のバカ貴族が! 貴様に握られる絵筆を救っておるのだ!」

商人と領主の戦いは、長く夜まで続いたという。

「お兄さん、なに作るんですか?」

「この異世界に足りないもの、かな」

小麦粉と水をよく混ぜながら、千種にはそんな答えを返す。

「ムスビがあれから何回もオレンジ採ってきてくれるし、ただ食べるだけも飽きるから。工夫しないとな」

「ぜいたくですねー……」

「まったくだ。おかげで、調味料とか買い足しに、近いうちに町まで行かないといけなくなりそう」

およそ食べ物にかけて、日本人ほどぜいたくをよしとする国民はそうそういない。贅を尽くすというより、手間暇とバリエーションを凝らすこと、と言うべきだろうが。

つまり労働力というコストを多大に支払っているわけだが、食にかけるそれをめちゃくちゃ過小に評価する。

ま、簡単に言えばだ──手間をかけても美味しいもの食べたい。しかも毎日。

業が深いことだ。

「楽しみにしてます」

「俺も。うまくいくか、分からないけどな」