軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十五話 帰ってきたエルフ

俺は川を見ながら、ウカタマと雑談をしていた。

「あの辺をもっとこっち側に掘って、簀の子とかで木の床を作りたいんだよな。どう思う、ウカタマ?」

ウカタマはコクリとうなずいた。爪をシュッシュッと振っている。

掘るなら任せろ、という感じで。

「やるときは頼りにしてる」

「ふひぃっ……! つ、冷たぁっ……!」

と、俺が目を向ける川の中では、裸の千種がちょうど(ようやく)意を決して水の中に頭まで沈めたところだった。

髪を洗うにはそうするのが一番なんだが、前屈みになって水面に突入しようとしたまま、三分ほど動かなかった。

何かあったのかと、焦って声をかけてしまったくらいである。

なんでもなかったので、ウカタマと一緒に川を掘り広げてお風呂を作る計画を相談しながら千種の決心を見守った。

「うーん……いっそ川から水路を引いて、浴槽付きの風呂小屋を作ってそこでお湯を沸かすとか……」

川辺の風呂小屋。

……わりと良さそう。

川が眺められるように大窓をつけたりして、自然の眺望を楽しみながら風呂に浸かる。

悪くはないけど、窓は考えないといけないか。ガラスが無いから大穴みたいなものになってしまう。

いや、いっそ露天でどうにかしようか。

川岸に土と石で土台を作り、そこに浴槽を埋める。それなら衝立と屋根を作れば完成する。完全屋内型は五右衛門風呂で別枠として作るとかで。

「風呂か……考え出すと止まらないな……」

野望が増えた。浴場の建設。

川で沐浴もいいけど、日本人ならやっぱり熱々のお湯を張った浴槽に体を沈めたい。

「あひぃ、冷たいよぅ……」

「焚き火に当たってていいよ」

「ありがと……」

見張りをしつつ、火を起こしておいた。

千種はミスティアほど万能にあれこれ魔法を使えないらしく、温風でぶわりと自分を温めるようなことはできないそうだ。

いや、もしかしたらこれが普通で、ミスティアがすごいのかもしれない。

ムスビが作ってくれたタオルのおかげで、体をしっかり拭くのはなんとかなるが、やっぱり髪だけはそうそうすぐには乾かない。

俺は手早く体を清めて、すぐに着替えた。

……そういえば、今日あたりミスティアが帰ってくるかな。

日数的には、頃合いだ。

そんなことを考えながら焚き火のあるところへ戻ると、千種がウカタマと一緒に川面を見つめていた。

「どうしたんだ?」

「あっ、お兄さん水浴びの後に魚を捕ってたから、今日くらいわたしが役に立とうかなーって」

「なるほど?」

朝は焼き魚にすることがわりとよくある。

この川にはイワナっぽいのがほいほいいて、そいつの皮目には脂がついておりなかなか美味い。

かと思えばさっぱり系のも魚もいて、こちらも淡泊ながらも身質が良くて、姿焼きにすると骨のうま味が染み出たほろほろの白身が味わえるのだ。

どんな魚がくるのか、クジのように楽しんでいる。

これもまた、ソトレシピの種類を広げる一環。

「あの辺を泳いでるのが見えるから……」

つぶやいて、千種は手を組み合わせた。

「 千種影操咒法(ちくさのえいそうじゅほう) ――〈蛸〉!」

その詠唱と合わせて千種の影が川の中へと伸びていく。腰ほどの浅い川の底から、暗闇纏う蛸の足が爆発的な水飛沫を打ち上げた。

蛸足に打ち上げられた魚は、きっちり千種へ飛んでくる。

「のわああぁ――!!」

叫びながらも手を前に突き出して、千種はビクビクのたうつ魚を魔法で宙空に浮かべた。

「いやキャッチしないのか」

「むりむり、こんなの手で持てない! あっ、むり。むりぃ……」

魚を素手で持てないタイプだ。

「無理なのに、なんで自分で捕まえようと……」

「や、やくにたちたくて……ひぃっ!」

青い顔で魚にビビりながらそんなことを言われると、やめろとも言いづらい。

「ど、どうすればいいんだろ……あっ、焼く? 焼くんだっけ?」

そして、千種が魔法で宙に浮いた魚をそのまま焚き火へ突っ込ませた。慌てて引き上げさせる。

「待った待った待った! 落ち着いて!」

「あっ、ダメでした……?」

ダメなところしかない。

「も、もうちょっと美味しく食べる方法で……内臓も抜いてないし」

「な、なるほど。――〈蛸〉」

小さい蛸足が、ぞろりと伸びて魚を掴んだ。うねうねと魚の口に突っ込まれている。

まさかそれで内臓を? グロくない?

「――やめなさい!」

凛とした静止の声。

と同時に、千種のそばで爆発でも起きたかのような衝撃音。そばにあった岩が、不可視の一撃で粉砕される。

「ぅぴゃっ!?」

「今のは警告よ。その魔法はやめてもらえるかしら?」

声だけで、誰なのかは分かっていた。

「ミスティア」

見たこともない厳しさを漲らせた、エルフの魔法戦士がそこにいた。

短剣を両手に構え、白皙の美貌に気圧されそうな迫力を満たして、こちらを見ている。

「ソウジロウ、まだちゃんと正気よね? 闇魔法に影響されてない? どのくらい一緒にいたの? もう沐浴をするほどの仲ってこと?」

「待ったミスティア。なにか誤解が発生してる」

「……ソウジロウ、私がいない間に、闇の使い手と仲良くなっちゃったの?」

「いやまあ仲良くはなったけど……別に、危険な子じゃない。落ち着いてくれ。ほら、俺は平気だから」

手を振ってアピールすると、ミスティアはゆっくり剣を下ろした。

でも、まだちょっとむすっとしている。

俺の目をじっと見つめる。

「んー…………」

はー、とため息を吐くミスティア。

「……そうみたいね。ごめんなさい」

千種は魚を握り締めて青ざめていた。

「きもいぃ……! ぬるってするぅ……!」

魔法はダメって言われたからか……。

ミスティアはそんな千種を見て、不思議そうな顔をした。

「私の知ってる闇の使い手たちとは、だいぶ違うみたいね……」

緊張を抜いたミスティアの感想に、胸をなで下ろす。

どうやら、闇魔法を使うのは特殊な人間である、というのが常識なようだ。

そして、千種は俺と同じで異世界人。

常識から外れたことをしているので、常識どおりの対応をされるとズレることがある。

そんなところだろう。

「具体的に、どう違うんだ?」

「闇の魔法を使うなら、信仰が必要なのよね。人外の者や、混沌の中で人を呪うような者へのね。そういう者への強い憧れや、後ろ暗さを溜め込んだ魂だけが、この世界に次元を超越した力を形にできる想像力と精神力を持つことができるの。何年もかけてね」

「……たぶんだけど」

おそらくそれは、心底から無形の神を信じるようなものでつまり、

「千種が信仰してるのは、その……少年週刊誌かな」

「シュウカンシ?」

JKの趣味をあまり突っ込んで聞き出したりするのは、なんとなく憚られるので脇に流そう。

あの詠唱とかがおそらくその辺だ。流そう。

「文化の違いだ。とにかく、問題無いんだよ」

「……ソウジロウが言うなら」

不可思議そうな顔のままだったが、エルフは矛を収めてくれたようだった。

「まあともかく。お帰り、ミスティア」

「……えへ。うん、ただいま。ソウジロウ」

数日ぶりに目を合わせて、俺とエルフはわけもなく笑った。

「えっへっへー、なんか、変な感じするね」

まったく同感だった。

「あのーっ、これどうしたらいいのっ……? うっ、動いていい、です、かー……? おーい」

千種はまだ、魚を握り締めてオロオロしていた。