軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十七話 売り物は計画的に

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そびえ立つ石の外壁に、思わず感心してしまった。

「ソージロー?」

「あー、すまん。石垣とか見ちゃうタイプで」

壁の方を見ていたら、ミスティアに不思議そうな顔をされてしまった。

大きな壁のあるブラウンウォルスは、神樹の森からの木材と魔獣由来の素材や魔石を産物にしている人間の町らしい。

三方向を森に囲まれ、残りの一面は海へと繋がる港がある。

そして俺たちが来たのは、もっとも人気が無い――つまりもっとも魔獣その他の危険が多い方の道、らしい。誰も見かけないわけだ。

そんな誰も見かけないあたりで、ムスビがどこかへ飛んでいってしまった。森で待ちたい、らしい。

「精霊獣って、人里には現れないから」

「俺の家には来たのに」

ともあれ、道の先にある門まで来れば、門衛らしい鎧姿の男がちゃんといた。

「こんにちはー!」

「珍しい。誰か美女が来ると思ったら、エルフ殿じゃあないか」

ミスティアが元気良く挨拶した。反応を見るに、どうやら顔見知りのようだ。俺も挨拶しておく。

「こんにちは」

「そっちの男は、連れか? おいおい、人を連れてくるなんて、初めて見た」

「そうよー。一緒にいることになったの。いろいろあってね」

「そいつは……なんだ、大したもんだ。見たことが無い顔だな、色男? どこの生まれだ?」

そういえばこういうの聞かれるのも当然だが、ミスティアには大して忠告とか打ち合わせとかされなかったな……。

「日本の田舎ですよ」

「ニホンノイナカ? 聞いたことないな。どこだそりゃ」

「……ミスティア、なんて説明すれば?」

イチから説明するべきか、誤魔化すべきか。

困り果ててミスティアを振り向くと、美女が微笑んで答えた。

「エルフくらい博識なら知ってるところ、かしら」

「エルフ様ほど賢いなら、こんなとこで兵士やってねえよなあ」

男は苦笑い。ついでに、エルフに助けを求めた俺に同情するような目をしてくる。

なんでそんな目を?

「悪かったよ。まあなんだ。領主様の覚えもめでたいエルフ殿だから、俺だって素通りさせてえところだ。でも一応、仕事しねえとな。名前と通行料を」

「はい、通行料。お釣りはいらないけど、名前は覚えてね。彼はソウジロウよ」

「たしかに」

ミスティアが差し出した親指くらいの魔石を受け取って、彼は身振りでもう行っていいと促す。

門をくぐって町に入りつつ、俺はちょっと気になったことを聞いてみる。

「……ミスティアって、もしかして有名人?」

領主様の覚えめでたいとか、ほぼ顔パス扱いとか、優遇されてるような。

「人の世に顔を出してるエルフって、六人くらいしかいないから。二〇年くらいこの町でたまに顔見せてるから、私も地元民みたいなものよ。ソウジロウの通行証代わりくらいはできるってわけ」

「へえ。領主様との関係は?」

「領主様の昔の不祥事とか、息子の家庭教師をしてあげたりとか、ちょっと貸しも作ってあるってだけ。さっきの子も、ヤンチャな子どもしてたから知ってるわ。ヨソ者!って指差されたの」

「そりゃ顔パスしたいわ」

「えー、どうしてー? 人間はだいたいそういうこと言うのよねー」

不満げに唇を尖らせるミスティアだった。

大人になったら自分より若く見える美女に、子どもの頃の醜態をはっきり覚えてると言われるのである。

五年前にやった馬鹿を忘れたがる人間としては、ちょっと手強い相手だ。

門衛の目つきの意味が分かった。

賢くて物覚えが良いエルフに甘えすぎると後々で掘り返される。被害者仲間が増えたな、という意味だ。

……気をつけよう。

「あっ、そうそう。これから紹介する人間の商人は、ソウジロウにもそういうこと言うと思うわ。けど、根は真面目だから、あんまり気にしないでいいからね」

「心強いよ」

交渉で揉めたら、ミスティアに任せよう。

ブラウンウォルスの町並みは、意外にも質素なものだった。

市壁だけは立派な石壁だったものの、中は二階建て程度の家が多い。活気があるかと言われればそれほどでもないが、澱んだ不景気さがあるわけではない。道行く人々の間には、だいたい顔見知り同士らしい気安さが垣間見える。

簡単に言えば、のどかなところだ。

ミスティアに連れられて行ったのは、町の中心らしきところに近い大通りで、それも他のところより立派な扉のある三階建ての建物だった。

見たところ、一階部分の大半は倉庫のようで、大きな開放口のある広い土間で大きな荷物を整理する従業員が汗を流している。

ミスティアはそちらではなく、どう見ても客を迎える為の扉の方に手をかけた。

「どうもー!」

「おお……躊躇無く行く」

店の紹介どころかもったいぶることもせずに、ミスティアは大きな扉を開けて中に入った。俺も続く。

すると、いきなり怒声が響いた。

「よくできてるだろーが! 見ろ、この力作を!」

「やめてやらんか! せっかくの画布に魔獣を描いて貶めるでないわ! このヘボ絵描き!!」

「なんだとごうつく商人が!!」

喧々囂々。

服装だけは品の良い老爺と、やぎひげの大男が唾を飛ばす勢いで言い争いしていた。

四〇後半くらいの大男が手にした額縁入りの絵を見せながら、老人に向かって何やら喚き立て、それに負けない勢いで闊達とした老爺の罵声が轟いている。

「あちゃー、喧嘩中かー」

ミスティアが呆れたような口ぶりで言う。なんだこのカオス。

「はいはいはいちょっとー、二人ともー。お客様がいらしてるんですけどー?」

ぱしぱし手を叩いて存在を主張するミスティアに、男達が振り向く。

「……エルフが、オトコを連れて来ておる。この二〇年ついぞなかったことが起きておるぞ」

「おいおいおい、ジジイに構ってる場合じゃねえや」

目を丸くする老爺。と、慌てた様子で紙を取る大男。

四〇後半くらいの大男の方が、見た目よりずっと機敏な動きで俺の横に来た。

「どういうご関係だ? こっそり教えてくれ。正直にグワァ――!」

飛んできた額縁が大男の頭にぶち当たった。

「ウチの客だ! 失礼なマネは絵筆にだけにせんか!」

宙を舞って落ちてきた絵を、思わずキャッチしてしまう。

「俺の絵をぶん投げるまでしなくてもいいだろお!? アンタもそう思うだろ!? 見てくれよそいつを!」

「えっと、変わった魔獣ですね……?」

手の中にある絵を見て、素直な感想はそれくらいしかない。

「それは息子だよ! 見合い用に俺が描いた!!」

「……すみません」

「ちくしょー!!」

大男は絵を抱いて出て行った。

なんなんだろう、あの人。

「まったく、人の店で騒がしくしおってあのヘボが」

毒づいた老爺が、俺とミスティアに歩み寄ってきた。

「今回はずいぶん早かったな、エルフ殿」

「ちょっと事情があってね、物入りになったの」

「そのようだな」

ちらりとこちらを見てくる老爺。鋭い目つきだ。値踏みするような、人を見通すような。

「お初にお目にかかる。ここの商会長ドラロだ」

「どうも、桧室総次郎です」

「ふむ……? 変わったお名前だ。きちんと発音できていないかもしれないが、どうかお許しを。ソー……ソウジロウ殿、ですな」

「大丈夫です。お気遣いありがとうございます、ドラロさん」

「寛容は美徳だが、さて、エルフのミスティア殿の紹介であれば、初めての客とはいえ無碍にできんのでね。もっと深い仲であれば、もっと無碍にせんし少し優遇しないでもないぞ? ん? 老い先短いジジイ相手なら気軽だろう。正直に教える気は無いか? んん?」

「あ、あはは……」

ニヤニヤしながら、老爺が顔を近づけてくる。

「ドラロ!」

ミスティアが目を吊り上げると、ドラロは不機嫌そうに舌打ちした。

「チッ、エルフを怒らせるとワシが死んだ後も悪口を言いそうじゃな……。仕方ない。取り引きの話にするか」

口は少し悪いけど根は真面目。言われていたとおりの人柄だ。

「しかしまあ、あの絵を見てワシと同じ感想を持った男だ。少なくとも、審美眼は期待できる。どうぞ椅子にかけてくれ。商談をしよう。

親しくなるなら、それがいちばん早いだろう?」

とても商売人らしい言葉で促されて、俺とミスティアはドラロと取り引きを始めるのだった。