軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百四十二話 千種のお土産

相変わらず、物騒な森だった。

なんか緑色に光る結晶みたいなものを角にした鹿が、魔法を使いながら襲ってきた。

「今日はお肉かな」

「おにく」「おにくでーす」

わーい、と声を揃えて走り出す双子を見送った。

マツカゼとハマカゼがいち早く教えてくれて、郷の外周で仕留められたけど。

「ありがとうございます、あるじ様」

ロープを持って駆け寄ってきたヒナが、鹿の足に縄を結んでいく。運ぶためだ。

「俺が運ぶけど」

「いいえ、あの子達にも教えないといけないので」

後輩の家事手伝いが来て一番変わったことは、ヒナが料理係から料理長になった点である。

一通りの家政を教え込まれたというホロウとフラウだが、森に住むようになってからは日が浅い。その面倒は、ヒナが見ている。

先輩が教えたい時に、さらにその上のOBとかが一緒についてきたらどうだろうか。邪魔である。

「うーん、そっか。分かったよ」

散らばった角を拾い集めるように指示する声を尻目に、俺はすごすごと引っ込むしかなかった。

藁を編んでいる。

ちなみに稲藁ではなく、麦藁だ。妖精たちが森の中で見つけた野生の大麦を刈り取っていて、そしていらなくなったのかどっさり放置されていた。

その麦藁を回収して、ちくちくと編んでいる。真田編みと言って、糸もいらない手編みで作れる麦の織紐だ。

芝生の広がる家の前で、椅子を出して紐を編む。が、ゆっくりとしか手が進まない。

「……飽きるなー、やっぱり」

紐を編むのはずっと同じ動作をするだけなので、とにかく飽きやすい。それが困りものだった。

「うーん、でもなぁ。どうしようかこれ」

「おにーさーん! すごいの! すごいの持って帰ってきましたよ!」

悩む俺の耳に、そんな声が届く。

顔を上げると、千種が興奮した様子でこちらへ歩み寄ってきていた。

ミスティアなら、駆け寄ってきてるテンションである。

「お帰り。どうしたんだ?」

「ゔぇっへへ、ただいまです。いいもの獲ってきました」

立ち上がって迎えると、なにかを布で包んだ大きな荷物をその場に下ろした。

ボストンバッグ並みにでかい。重さを感じさせない手つきからして、魔法で浮かせて持ってきたと思われる。

「なんだこれ?」

「あっ、開けますね」

言って、布の上から縛っていた縄を解く。

開かれた包みの下にあったのは、

「なにこいつ?」

「カニです」

それは言われなくても分かる。

カニだ。

ハサミを縛られ、足を縛られ、生きたまま輸送されてきたカニだ。

ただし、でかいのだ。

タスマニアキングクラブよりでかいかもしれないくらい、でかい。

タカアシガニくらい、でかい。

むしろこれはポケットモンスターかもしれないってくらい、でかい。

しかもでかくて、ギチギチ鳴いてるので怖い。

「ラフィと一緒に、街の方に行くって言ってたはずだけど……買ってきたの?」

「あっ、獲ってきました」

まさかの漁猟。

なんて意外なことを。

「えっと、沖合いにいるこのカニがすごくでっかいけど、海魔と密漁団がいて獲れなかったらしくて」

「はー……」

なるほど? と言っていいものか。

「獲ってきたのか。ラフィは?」

「わたしを送ってくれてすぐ街に戻りました。密漁団を街に引き渡したので、なんか手続きとか?」

「収穫したのは、カニだけじゃなかったんだな……」

なんかあったらしい。

「これ、いつ食べますか?」

嬉しそうな顔で、カニを指差す千種。ベシベシと甲殻を叩いている。

叩かれたカニが、ギィギィ鳴いてるのも無視だ。

……おかしいな。こういうものに直接触れるタイプだったっけ?

ちょっと疑問も湧いたが、脇に置いておいた。

「いやー、カニは食べたいだろうけど、でかすぎない?」

「そうかな……そうかも……」

千種はカニを見つめて、ちょっと考え出した。

軽く十人前くらいにはなりそうなカニである。それを、千種はまだ背中にも二つほど背負っている。

三杯の巨大カニ。どうしたものか。

「たっだいまー! いいもの獲ってきたわよー!」

ちょうどそこへ、ミスティアの声が降ってきた。

ヒリィが飛んでいる。どうやらイルェリーが着地させる前に、飛び降りてきたようだ。

「お帰り。いいものって?」

「珍しいキノコ猪よ。頭から背中にかけて、キノコが生えてるでしょ。美味しいんだからねこれ」

ドサリ、と背中に背負った荷物を開いて自慢げにする。なんかこれ、ついさっき似たような光景見たな。

「こんな、鴨がネギ背負ってるみたいな猪いるんだな……」

「エルフに見せてから食べてね。毒が少ないのを見分けないと、死ぬから」

「”無いの”じゃないのか!?」

「大丈夫よ。このキノコね、一日一本までなら死なないし、ものすごく美味しいから」

なかなか、すごいこと言われてる気がする。

「わあ、このカニどうしたの? すごいじゃない」

ミスティアが、ギチギチ鳴いてるカニを叩いて言った。

「あっ、わたしが獲ってきました」

「へえ、やるう。けっこう深いところに潜らないと、こんなカニいないでしょ」

「あっ、お゛っ、はい……」

湖で泳ぐのも精一杯な千種が。なんだか目を泳がせている千種が。

海で、潜った。

俺の中で、とある疑いが湧く。

「まさか……アザラシか?」

「い、いえ…………」

じっとり見つめてみる。

千種はしばらく口をぱくぱくさせて目を合わせないようにしていたが、やがてこっくりうなずいた。

「はい……」

やはりそうだった。

「あれはダメだって言っただろ」

アザラシの皮で変身するのは、禁止したのだ。

「潜りたかったから……反省してます……ゔぇっ」

ばつの悪そうな顔をしているが、結局またやりそうな気配もある。

「燃やしちゃうかもう……」

解決するには、無くすしかないかもしれない。

「え゛え゛え゛え゛え゛っ、な、何が悪いんですかっ」

「脱いでも後遺症が残ってるだろ。その叫び声は怖いし、喉が潰れそうだし、絶対に悪い」

あれを被った後の千種は、なんかすごい濁った声になるのだ。

あとカニが平気になってたり、虫が近くを通っても無反応になったりしてる。

「お゛う゛う゛お゛う゛……!」

「あと人間語を忘れそうになってる! 戻ってこい!」

千種の頬を手で挟んで揺らす。

「もー、ダメよチグサ。品行方正にしないと」

ミスティアはおかしそうに笑っている。

「ゔゔっ、毒キノコを推奨する民族におこられた……」

「なっ、ちょっ、腐ったもの食べる民族なのに、そんなこと言う!?」

「あっ、もしかして、アレ食べるならこれもいけるって思ったんですか……?」

「そうよ?」

「ちなみに我が民族はこのカニを生で食べます」

「ええええ────っ!?」

ミスティアが悲鳴を上げた。

うーむ、これはお互い面白そうな食卓にできそうだ。

「生以外でも食べられるし、キノコと豚肉もあるなら、いろいろレシピはあるよ」

ちょっとやる気出てきた。

「どんなの食べたいかとか、リクエストも聞くよ」

「食べてくれるんだ?」

「美味しいものは大歓迎」

ちょっと毒があっても。フグに手を出す民族もいるんだし。

「なら、編み物でもしながらちょっと話しましょ」

「あっ、わたし、手とか洗ってきます」

二人が俺の座っていた椅子をちらりと見て、そう言ってくれる。

そういえば、藁を編んでたところだった。

「あ、いやこれは……」

「? やりかけなのよね?」

不思議そうなミスティアの顔に、俺はゆっくりうなずいた。

「……うん、そうだな。やりかけ」

「荷物を下ろしてくるから、ちょっとだけ待っててね」

豚を持ち上げて、にっこり笑うミスティア。

「疲れてないか?」

「なんてことないわよ。久しぶりに帰ってきたんだし、ソウジロウと編み物くらい」

と、そこでぴたりとミスティアが口を閉ざした。

なぜか、目を丸くしている。

「どうかした?」

「えっと、なんでもないです。すぐ戻ってきます」

急に早口になって、ミスティアは立ち去った。

「 久しぶり(・・・・) なんて、なに言ってるんだろわたし……」

頬に手を当てて去っていくミスティアは、耳がちょっと赤くなっていた。

「ちなみにこれ、藁編んでどうするんです?」

「麦わら帽子の材料だよ」

「あっ、マツカゼが被ってるのって手作りだったんだ……」

試作一号を頭に乗せられた狼を見て、千種は納得のうなずきをしていた。

ミスティアとチグサのぶんも椅子を出して、藁紐を編みながらとりとめもなく話し合った。

メインのレシピはひとまず、カニシューマイとお吸い物にした。鹿肉や豚肉も使えるし、キノコも使える。

他にもとりとめもなく話をした。二人は街で建設中の神殿も見てきたとか、無毒キノコ豚(毒はある)を探すのは、個体を見極めないといけないから大変だったとか。

編んでいる間に、足の間に潜り込んでくるマツカゼも撫でつつ。

そんなことをしていたら、いつの間にか、藁紐は必要な分よりずっとたくさんできあがっていた。

「ふふ、帽子がたくさんできちゃいそう」

「みんなの分まで作るよ」

そんな約束をした。

今日も、ミコトの郷は平和だ。

こんな日が続くといい。

続いて────できたら、女神様にも届くと良い。

そんな祈りを胸に抱きつつ、今日も美味いものを作って楽しんでいた。