作品タイトル不明
66話 未来への出航
「暫定王太子殿下、私が合格したら、ぜひ宰相府に採用していただきたく存じます」
マルク様は慇懃無礼な態度でそう言ました。
ユベール様は少し顔色を変えながらも、ぎこちなく微笑んでマルク様に頷きました。
「私に二言はありません。マルク殿が合格した暁には必ず宰相府の文官として登用しましょう。合格を目指してぜひ頑張ってください」
ユベール様とマルク様はお互いに微笑み合いましたが、二人とも不自然な笑みで空気はピリピリと張りつめています。
その張りつめた雰囲気の中にアメリ様が切り込みました。
「マルク様、私も卒業資格試験を受けるつもりですの」
アメリ様は愛想の良い微笑みを浮かべてマルク様に言いました。
「私は財務室の文官を希望しております。お互いに合格を目指して頑張りましょう」
「アメリ嬢が財務室へ?」
マルク様は訝し気に眉を寄せました。
「意外です」
「そうですか?」
「外務室のほうが能力を生かせるのでは?」
マルク様は首を傾げました。
マルク様のそのお考えは解ります。
アメリ様は語学が堪能で会話力に長けていらっしゃる上にしたたかさもあります。
通訳文官や、外国からの賓客の接待、交渉事の仕事などには適任のように思えますものね。
アメリ様は事務処理にも大変優れているお方です。
学院の試験というものは、あれは事務処理作業ですから、試験の上位成績者であるアメリ様は間違いなく事務処理に優れたお方です。
国家予算のやりくりの事務をする財務室で、アメリ様は間違いなくその高い事務処理能力を発揮するでしょう。
しかしアメリ様の語学力や会話術が生かせる仕事は財務室にはありませんので、外務室のほうがアメリ様の才能を生かせるという考えは解ります。
「いいえ、私は財務室が良いんです」
アメリ様はきっぱりと言いました。
「何故ですか?」
異物を見るような目でマルク様がそう問うと、アメリ様は不敵な笑顔で答えました。
「商人の血が騒ぐからです」
「アメリ嬢のその、瞬間的に距離を縮めて、すっと人の懐に入り込む恐ろしい対人会話戦術は、外務室でこそ生かせると思いますが?」
「そんなふうに私を見ていたんですね……。でもご心配なく。私の能力は財務室でも生かせます」
「はあ? スパイでもするんですか? 怖いです」
(マルク様、凄い! 当たっているわ!)
アメリ様の財務室での意図も、ユベール様の卒業資格試験の魂胆もすべて見透かしてしまう、マルク様の深い洞察力と鋭い推理力に私は驚嘆しました。
(そうだわ、マルク様なら有益なご意見をくださるかも)
私はそう思い付いて、マルク様に質問を投げかけました。
「マルク様、お尋ねしたいことがあるのです」
「はい。何でしょう」
「修道士となった元王太子と、それゆえに婚約解消となった令嬢は、今でも愛し合っていると思われますか?」
そう、ルシアン様とセリーヌ様は、当然のことなのですが、正式に婚約解消となったのです。
ですがセリーヌ様はまだ私に何の相談もしてくれません。
セリーヌ様のルシアン様への気持ちは冷めるという結果に賭けたユベール様とアメリ様は、すでに賭けに勝った気分になっているようですが、私はまだ天使の愛を信じているのです。
「……?」
マルク様は珍味を噛んだような顔をして、半目で私を見ました。
その一瞬流れた沈黙にすぐさま追随してユベール様が生温かい笑顔を浮かべて私に言いました。
「フェリシア嬢、彼女はフェリシア嬢が思っているような人物ではありません。彼女の彼への気持ちはとっくに冷めていますよ。そろそろ結果を認められてはいかがでしょう」
「マルク様にもご意見を伺いたいのですわ」
私は期待を込めてマルク様の答えを待ちました。
「元王太子とラルベル公爵令嬢が恋愛をしているかどうかというご質問ですか?」
マルク様は不味そうな顔をして私に問い返しました。
「ええ、そうです」
「結論から言えば否です。理由は、彼女は別の相手との結婚を受け入れているからです」
「な、何の根拠があって、そう思われるのですか?!」
「本当に彼と添い遂げたいと思うなら、自分も修道院に入るでしょう。彼女の父親が、彼女に新たな結婚相手を探すことは解り切っていることです。つまり家を出奔しないということは、彼女は父親が用意する新たな結婚を受け入れているということです。悲劇には酔っているかもしれませんが、行動では別の相手との結婚を受け入れています」
「……結論を出すのは、ま、まだ、時期尚早ですわ」
マルク様に理路整然と否定されましたが、私はまだ天使の愛を信じています。
「……家を出るには準備も必要です。すぐには動けないでしょう。も、もう暫く、様子を見ませんと……解らないと思いますの……」
◆
その半年後。
王立貴族学院で卒業資格試験が実施されました。
合格者は四人。
私、ユベール様、アメリ様、マルク様の四人です。
私たち四人は卒業資格試験に合格して、二年生で卒業することが決まりました。
卒業後。
ユベール様は、アメリ様とマルク様との約束を果たされました。
アメリ様は財務室の文官に、マルク様は宰相府の文官に任命されました。
そして私とユベール様は……。
「いよいよ戴冠式ですわね」
「私たちの結婚式の前座が始まりますね」
「ユベール様ったら」
「本当のことです」
為政者への道を歩み始めました。
そうして私たちが順風満帆で未来へと漕ぎ出したころ。
しかし私たちの知らない場所では、巨大な才能を装備した帆船が、すでに強力な追い風に乗り超高速で時代の大海原を航行しておりました。
「歌おう! 神の国の愛を!」
教会の版図で天才ルシアン様がその才能を開花させていたのです。
私がそれを知るのは、私が王太子妃となった後のことでした。