作品タイトル不明
60話 大草原の大輪の花
週末、ヴェルニエ公爵夫人が主催する黒百合の会の面々がヴェルニエ公爵邸に集まりました。
復讐戦の勝利の祝賀会です。
私も招待していただきました。
祝賀会は、ヴェルニエ公爵夫人の戦勝報告から始まりました。
「元王妃ジャクリーヌは魔女であることが判明し、ロンス・モルト大修道院へ送られました」
ロンス・モルト大修道院というのは、王都郊外にある女子修道院です。
「ジャクリーヌは現在、ロンス・モルト大修道院の 独居房(イン・パーチェ) で安らかな時を過ごしています」
ヴェルニエ公爵夫人のその発表に、皆様は喜色を浮かべました。
修道院の独居房というのは、神に逆らった者が、一人静かに己の罪と向き合い反省をするための部屋です。
罪を犯した聖職者や異端者などが入れられる部屋です。
それは地下の狭い部屋だったり、壁の中だったりする部屋で、平たく言えば罪人を監禁する牢です。
教会の領域は自治領のようなものですので、修道院の中にはそういった施設もあるのです。
当然ここにいる皆様は修道院の独居房がどういう部屋かを知っていて、暗い笑顔を浮かべていらっしゃいます。
「元国王アルバンは魔女の 僕(しもべ) だったことが判明し、サン・カシュオー大修道院へ送られました。彼も現在は独居房で安らかに過ごしています」
サン・カシュオー大修道院は、王都から近すぎず遠すぎず、監視の目が届きやすい場所にある男子修道院です。
我が国の歴史の中で、政治的に失脚した王族がよく押し込められていた、実質の幽閉先として人気の高い歴史ある修道院です。
「元王太子ルシアンもサン・カシュオー大修道院へ送られています。彼は悪魔憑きだったことが判明しましたが、ヴァレリウス枢機卿猊下による悪魔祓いが成功しています。彼は現在、悪魔に汚された身を清めるため、サン・カシュオー大修道院で修道士となり神に奉仕をしています」
修道士ルシアン様はお元気でしょうか。
ルシアン様の才能の底が見えていなかった私は、何とかは風邪をひかないというので、彼は大丈夫だと思っていました。
しかしその後の結果を見るに、どう考えてもルシアン様は天才ですので風邪をひくかもしれません。
修道士ルシアン様のご健康をお祈りいたします。
「あの女に罰を与えてやるという、私たちの悲願はついに達成されました。完全勝利です! 勝利を祝いましょう!」
ヴェルニエ公爵夫人は、手にしているグラスを高く掲げました。
グラスの中身は果実水です。
「私たちの勝利に、乾杯!」
ヴェルニエ公爵夫人の指揮で、黒百合の会の面々もグラスを掲げて乾杯をしました。
「乾杯!」
「勝利に乾杯!」
「乾杯……!」
私もグラスを掲げて「乾杯!」を叫び、グラスの中の果実水に口をつけました。
(勝利の果実水ね。美味しいわ)
さわやかな酸味とまろやかな甘味のある果実水を、私は勝利とともに味わいました。
「楽しい楽しい魔女狩りがどうだったか、私が知る限りのことを皆様にお話しますわ!」
ヴェルニエ公爵夫人が気前の良い口上を述べました。
「待っておりました!」
「ぜひお聞かせください!」
ヴェルニエ公爵夫人の気前の良さに、黒百合の会は大盛り上がりとなりました。
「ヴァレリウス猊下がいらしたとき、王妃様は……」
「あら、ヴェルニエ公爵夫人、もうあれは王妃ではありませんわよ?」
「そうでした。私ったら大変な間違いを。おほほほ……!」
王妃様がもう王妃ではない、という嬉しい話に、黒百合の会の皆様は小鳥のようにお淑やかに笑い転げました。
「聖騎士団が踏み込んだとき、元王妃ジャクリーヌはお部屋で宴会の真っ最中だったそうよ」
ヴェルニエ公爵夫人が独自ルートからの情報を流してくださいました。
ご親戚の小ソレル将軍が、王宮にいらしたヴァレリウス枢機卿猊下をご案内したそうですので、そちらのルートからの情報でしょう。
「宴会をしていたのですか? 王宮で?」
あまりに意外な話だったので、私は思わず問い返しました。
元王妃様は体調不良の建前で魔女裁判を欠席していたのに、宴会をしていたとは。
「元王妃様の宴会には、どなたがご招待されていたのですか?」
「あの女が自分の部屋でお酒を飲んでいるだけの一人宴会よ」
王妹殿下が楽しそうに笑いながら言いました。
あ、もう、彼女は王妹殿下ではありませんね。
元王妹殿下です。
「一人宴会……?」
一人宴会と聞いて、私は寂しい風景を想像してしまったのですが。
元王妹殿下のお話ですぐに私の想像とは違うものだと解りました。
「一人宴会と言っても、あの女はお抱えの芸人たちを侍らせていたから一人じゃないのよ。その芸人たちも運悪く巻き込まれて、みんなまとめて聖騎士団に捕らえられてしまったの」
「芸人たちには罪はありませんよね」
「ええ、そうね。雇われ芸人だから、あの女に呼ばれて侍っていただけで、特に罪はないわね」
「お気の毒に……。どうかご無事でありますように」
私は巻き込まれてしまった芸人の皆様のご無事をお祈りしました。
今のところ元王妃様に関わった者は、みんな不幸になっている気がします。
私もそうでした。
元王妃様に関わって、王妃教育に繋がれていた三年間はさんざんなものでした。
ですが元王妃様から離れたら、急に運気が上がりました。
ユベール様と婚約できて、ついには王太子妃の座まで転がり込んで来る予定です。
「元王妃様って存在自体がまるで呪いのアイテムですね。元王妃様に関わった人はことごとく不幸になってしまう」
「フェリシアさんったら、やっぱり面白いわね!」
「たしかにあれは最凶の呪いのアイテムですわ」
「国王陛下まで巻き添えで断罪されてしまうなんて、強力な呪いでしたわね」
呪いの脅威は、すでに修道院の独房に繋がれておりますので、皆様は安心してお笑いになっていらっしゃいます。
「それもこれも、すべてフェリシアさんのおかげよ!」
ヴェルニエ公爵夫人が、私を称賛してくださいました。
「悪魔憑きを利用して教会の援助を得るなんて、素晴らしいアイディアだったわ」
他の皆様も口々に私を褒め称えました。
「本当に斬新なアイディアでした」
「フェリシアさんの作戦のおかげで、あっという間の勝利でしたね」
「あんな作戦を思い付くなんて、フェリシアさんは本物の才女ですわ」
「皆様のお役に立てて幸いです」
私は流れに乗るようにして皆様の賛辞を受けました。
ですが私は、心の中では修道士ルシアン様に賛辞を送っていました。
(ルシアン様、あなたの大草原から生えた案が大輪の花を咲かせました!)
皆様は私の案だと思っていらっしゃいますが。
本当はルシアン様のアイディアです。
悪魔祓いなんて、私の頭からは到底出て来ない奇策でした。
(皆様の輝くような笑顔はルシアン様がもたらしたもの。ルシアン様は王朝にとどめを刺した立役者です。王子として、国のために、最後に立派な案を出されましたね)
ルシアン様は不世出の天才でした。
彼の案の破壊力は凄まじく、一朝一夕にして王朝を滅ぼしてしまいました。
(ルシアン様、あなたのおかげで王国に新しい風が吹きました。草葉の陰からこの国の未来を見守っていてくださいませ!)