軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

25話 アメリ(2)

「恐れ入ります、モンフォール公爵令嬢」

学院に入学した最初の試験結果で首席だったフェリシアに、アメリは興味を持った。

アメリは学院の中でフェリシアに話しかける機会を探した。

昼の休憩時間にフェリシアが図書室へ行くことを知ったアメリは、早速図書室へ行き、フェリシアを見つけて話しかけた。

「私はエルマン伯爵の娘アメリと申します」

「エルマン伯爵令嬢、どうぞ、私のことはフェリシアとお呼びになって」

「ご厚情に感謝いたします。私のこともどうぞアメリとお呼びください」

「はい、アメリ様、何のご用かしら?」

「先日の試験のことでフェリシア様にお聞きしたいことがあるのです」

定型の挨拶を終えると単刀直入にそう質問したアメリに、フェリシアはやわらかい笑顔で了承した。

「はい、どうぞ」

「フェリシア様は公用語の試験で満点をお取りでしたね」

「はい」

「試験の最後の二問は、授業では習っていない単語が出て来ました」

「そうですね」

「フェリシア様はどうして経済用語もご存知だったのですか」

「たまたま知っていたのです」

(はい?! たまたま?!)

たまたまでは有り得ない現象に、アメリは内心で叫んだ。

(経済の専門用語なんて、たまたま知っていたりしないわよ!)

政治に関わる王宮の文官なら「たまたま」知っていることも有り得るだろう。

だが学生の日常では有り得ない「たまたま」だ。

公用語は学院の必修科目で皆が習っているが、それは日常会話の習得を目指したものなので、教材に使われるのは日常会話のある文学作品だ。

歴史学や政治学に登場するような単語は、公用語の授業には登場しない。

公用語の試験の最後の二問は、政治経済の専門用語を知っていなければならないことはもちろん、政治経済の知識も必要となる問題だった。

そういった複合的な知識が必要な公用語会話は、大学で習うものだ。

そう、公用語の試験の最後の二問は、大学レベルの問題だった。

たまたま知っていて、まぐれで正解できるような問題ではなかった。

公用語の学士や王宮外務室の通訳文官しか使わないだろう政治経済の専門用語をたまたま知っていて、すらすら翻訳できるのは、あまりにも奇妙で異質な偶然だ。

「特に最後の問題は『ペリエ博士の覚書』にあったエピソードでしたので知っている話でしたの。ペリエ博士とエルネスト・ヴェルニエ宰相の会話ですわ」

アメリはペリエ博士という人物は知らなかったが、エルネスト・ヴェルニエ宰相の名は知っていた。

数十年前に宰相だったヴェルニエ公爵の名だ。

その子孫ユベール・ヴェルニエは今回の学院の試験で二位だった生徒だ。

察するにペリエ博士という人物は、宰相府の顧問官だったのだろう。

「たまたま読んでいて知っている話だったので、あの問題に解答できたのです」

フェリシアはおっとりと微笑んだ。

(ほぼ無名の博士の本なんて、たまたま読まないわよ!)

アメリは内心で絶叫した。

(二位のユベール・ヴェルニエはエルネスト・ヴェルニエの子孫だから、もしかしてその本を読んでいたのかしら。でも彼は満点ではなかったわ)

「フェリシア様は政治経済にご興味がおありなのですか?」

「そういうわけではありませんが……。王妃教育に必要なので、過去の政策について本を読んで学んでいるのです」

(王妃教育に必要?)

アメリは一瞬疑問に思ったが、すぐにその疑問の答えが閃いた。

ルシアン王子は試験の結果がとても残念で、学院の授業の半分も理解していないことは明らかだ。

しかしルシアン王子は政治の才能があると評判で、次々と画期的な政策を打ち出しているという。

ルシアン王子の政治家としての評判と、学院の試験結果とがひどく矛盾しているが、フェリシアが裏方にいたなら辻褄が合う。

(ルシアン殿下の功績は、フェリシア様の入れ知恵なのね)

「フェリシア様、私も政治経済について学びたいのですが、初心者で何を読めば良いか解りません。お薦めの書籍などがあれば教えていただきたいです」

「ええ、よろしくてよ。そうねえ……初心者なら……」

フェリシアは図書室にある本を何冊か選んでくれた。

「フェリシア様、ありがとうございます」

アメリはフェリシアが薦めてくれた本を図書室から借りた。

試験に出た『ペリエ博士の覚書』は図書室にはなかったので、家の者にたのんで取り寄せた。

(たまたま読む本じゃないわよ!)

ようやく『ペリエ博士の覚書』を入手して、それを数ページ読み進めたアメリは内心で絶叫した。

(こんな本をフェリシア様は一体何冊読んでいるの?)

アメリも勉強をしているからこそ解る。

フェリシアはおそらく膨大な量の知識を持っている。

膨大な量の「たまたま知っていた」ことがフェリシアの頭につまっていて、その中の一つが試験に出たから回答できたのだ。

(フェリシア様は、一体、どれだけお勉強しているの……)

ほぼ怪談のように思えて、アメリはぞっとした。

(フェリシア様には敵わない。次元が違う。世の中、上には上がいるんだわ。世界は広いわ……)

フェリシアの知性に刺激を受け、アメリは未知の広い世界に思いをはせた。

(フェリシア様のような人を天才と言うのよ。才能がおありなだけでなく、尋常ならざる努力もしていらっしゃる。フェリシア様に比べたら、私なんて甘すぎるわ。私の勉強量なんて全然大したことなかった。ぬるい勉強をしているだけでは、フェリシア様に敵わないのは当然なのよ)

その日からアメリは、さらに勉学に励んだ。

(少しでもフェリシア様に近付きたい)

一心不乱に猛勉強を始めたアメリを家族は心配した。

「アメリ、お茶会を開こうと思うの。アメリのドレスも新調しましょう」

「すみません、お婆様、私は勉強がありますのでお茶会には出席できません」

「アメリ、新しいカフェが出来たそうよ。一緒に行きましょう。たまには息抜きも必要よ」

「すみません、お母様、私は時間が惜しいのです」

「アメリ、勉強しすぎじゃないか?」

「お兄様、こんなのまだまだぬるいです」

「アメリより勉強している奴なんていないだろう?」

「いますよ! うじゃうじゃいます!」

フェリシアが勉強していることはもちろんだが、他にも勉強している者たちがいた。

試験で二位だったユベール・ヴェルニエや、三位だったマルク・セルネも、授業の合間や休憩時間には一人で自主学習をしていた。

負けず嫌いのアメリは、彼らにもますます闘志を燃やしていた。

しかし、その次の試験では、驚くべきことが起こった。

(フェリシア様が……)

試験順位の上位からフェリシア・モンフォールの名がこつぜんと消えたのだ。