作品タイトル不明
20話 王太子
「ユベール様、そろそろ話していただける?」
「もう少し舟を進めましょう」
今日は学院はお休みの日です。
私はユベール様と一緒に王立公園へ行き、池で 舟(ボート) 遊びをすることにしました。
野外で日差しが強いので、私は日傘をさしています。
私を乗せた舟を漕いでくださっているのは、もちろんユベール様です。
池の中央あたりまで舟を進めると、ユベール様は舟を漕ぐ手を止めました。
「このあたりなら会話を聞かれることはないでしょう」
公園の池はそこそこの広さがあります。
他にも舟遊びをしている人々がまばらにいますが、私たちからは距離があります。
「王太子になるというお話は本気ですの?」
私は早速ユベール様に質問をしました。
昨日、学院でユベール様は王太子になるとおっしゃいましたが。
詳しい話は場所を変えてからということで、今日に持ち越されたのです。
「本気というか」
ユベール様は話し始めました。
「ずっと両親に言われていたのです。王太子になれと」
「ヴェルニエ公爵家なら可能ですわね」
ユベール様のお父君ヴェルニエ公爵は、現在の国王陛下の従兄弟です。
国王陛下のお子様はルシアン殿下お一人。
王家に男子が少ないこともあり、ルシアン殿下に何かあればヴェルニエ公爵が王太子となります。
ですがヴェルニエ公爵は国王陛下と同年代ですので、ヴェルニエ公爵の息子であるユベール様が王太子となったほうが合理的でしょう。
「王太子になるのは嫌だと、私は両親にずっと反発していたのです」
「解ります。私も王太子妃になりたくありませんでしたもの」
「フェリシア嬢の理由とは、少し違うのです」
嫌そうに眉を歪めてユベール様は言いました。
「私の母は、国王陛下の元婚約者でした。母は、現在の王妃様に婚約者を奪われたのです。それで母は王妃様に私怨があるのです。完全に私怨です。父も似たようなものです」
「ヴェルニエ公爵にも何かありますの?」
「父はもっとくだらない理由です。父は子供のころ、国王陛下に馬鹿にされたそうです。それを今でも根に持っているのです。こちらも完全に私怨です」
「そうなのですね……」
ユベール様は、私怨を快く思っていらっしゃらないようですが。
私にはヴェルニエ公爵夫妻の気持ちが解ってしまいます。
私は王妃様に手柄を奪われ、学院の成績のことでルシアン殿下に馬鹿にされました。
奪われるのも馬鹿にされるのも、どちらも腹が立ちます。
それはもう、 腸(はらわた) が煮えくりかえるほどに。
そんな鬱屈した世界で理不尽に耐えていたら、投げやりになり、つい王位簒奪を決意してしまう気持ちは解ります。
私だって自暴自棄になって全教科0点を取ろうと思いましたから。
「私とセリーヌ嬢の婚約もその延長でした。フェリシア嬢とルシアン殿下の婚約が決まると、両親はすぐにラルベル公爵に婚約の打診をしました。それで私とセリーヌ嬢は婚約したのです」
「なるほど。王位簒奪を狙っているなら公爵家の娘を娶らせるのは妥当ですね」
「逆に言えば、王位簒奪する気がなければ、私はセリーヌ嬢と婚約する必要もなかったのです。だから私は王太子になることがますます嫌になり、両親に反発していました。ですが……」
ユベール様はにっこり微笑みました。
「フェリシア嬢がお望みなら話は別です。フェリシア嬢がルシアン殿下を引きずり下ろしたいというのであれば、私が王太子になりましょう」
「ぜひ、お願いします。でも良いのですか……?」
ユベール様はどうやら私怨がお嫌いのようなので、私は確認をしました。
「私も私怨まみれですが?」
「フェリシア嬢の私怨は良いのです」
ユベール様は爽やかな笑顔を浮かべました。
「フェリシア嬢が怒るのは当然ですから良いのです。三年間も王宮に繋がれて、王妃様とルシアン殿下のための台本を書かされていたら、お怒りになるのは当然です。学院の試験の点数まで指図されて、そのせいで悪い噂を流されて中傷されていたのですから。むしろ……」
納得いかないとでも言うような微妙な表情でユベール様は言いました。
「フェリシア嬢が、セリーヌ嬢とブランシュ嬢をお許しになっていることが不思議です。寛大すぎます」
「私は寛大ではありません。セリーヌ様とブランシュ様は天使なので、悪くないというだけです」