軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十七話 怠惰な創造神

ふと気づいたとき、私は温かな場所にいた。

朽ちた教会の祭壇のようなそこには、天井から優しい光が降り注いでいる。

そして私の目の前には、髪も肌も雪のように白い神聖な雰囲気の少年。

「やあ。久しぶりだね、オリヴィア。会いたかったよ!」

「私は会いたくなかったわ」

「またまた~」

本当にお久しぶりの、ショタ神登場である。

正直会いたくない人物として王妃と張るくらいの相手だが、同時に再会を待ちわびていたのも事実だ。

顔を見ているとイライラしてくるので、さっさと用事を済ませて現実に戻りたい。

「早速だけど聞きたいことがあるの。わかってるわよね?」

「久しぶりに会えたっていうのに、その塩対応! さすがオリヴィア!」

「塩対応なんて言葉どこで覚えた……って、そんなことはどうでもいいわ。あんたの作ったシステム、バグってるんだけど! 何よ【???】って! そんなのウィンドウに表示する意味ある?」

デミウルはキョトンとした顔で手を左右に振った。

「いやだなあ。僕が悪いわけじゃないよ。別に欠陥があるわけでもないし」

「じゃあどうして毒の名前がわからないのよ。名前がわからなきゃ吸収もできないなんて、スキルの持ち腐れじゃない」

「それねぇ。なんていうか、君の元いた世界でいうところの更新? が追い付いてないんだよ」

「は? 更新て……システムの?」

前世ではゲームだけでなく、スマホやPC、仕事上でも馴染みのある用語だ。

「そうそう。今回君が毒を受けたことで解析できたけど、魔族の使った毒はちょっと特殊なものだったんだ」

「特殊? 新しい毒だったとか?」

「ある意味ね。毒の正体は、あの魔族の血をベースにして、様々な毒を持つ魔獣たちを殺し合わせたり、かけ合わせたり、時には共食いさせたりして出来た魔獣毒を混ぜ合わせたものだった」

デミウルは何でもないことのように淡々と話すけれど、内容はとんでもない。

毒を作る様子を想像しただけで、全身に悪寒が走り、胸が悪くなる。

「うぇ……何それ。悪趣味……」

「何度も手が加えられて、どんどん強毒化されているみたいでさ。その改良の速さと回数に追い付けてなかったんだよねぇ」

「つまり、システムのアプデが間に合っていなかった。そういうこと?」

「そうそう、そんな感じ!」

手を叩きながら頷く創造神。

悪気はまったく感じない。感じないからこそ腹が立つ。

「ちなみに……前回アプデしたのはいつ?」

「え? えーと……あれ? いつだったかなぁ? 五年……いや、十年前? もっとだっけ? ごめん、記憶にない!」

無邪気な笑顔で告げたデミウルに、頭の中でプチンと何かが破れる音がした。

目の前の白い頬を、片手でむぎゅうっと力いっぱい潰してやる。ムダにもち肌なのが更に私を苛立たせた。

「記憶にない、じゃないわよ……」

「あれ? お、オリヴィア? もしかして怒ってる?」

「やだわ、デミウル」

私がにっこり笑うと、ほっとしたようにデミウルも微笑みかけ――

「むしろ私が怒ってないとでも思ってたのか、このポンコツ神―!!」

「わあ―――!? ごめんなさいぃ―――!!

「記憶にないって、あんたは日本の政治家か! そんなもの言い訳にもならないのよー!」

「いいいいひゃいいひゃい、いひゃいっへ~~~!」

手加減なしで、ひとしきりデミウルの頬っぺたを潰す行為を終えたあと。

目の前にはシクシクと泣きながら正座をする創造神がいた。

「さあ。さっさと毒の名前を吐きなさい。もうわかってるんでしょ?」

「君はもうちょっと僕を敬ったほうがいいと思う。僕、一応神なのに。唯一神なのに。せっかく人生やり直させてあげてるのに」

恨みがましい目を向けてくるデミウルを鼻で笑ってやる。

「私が願った形じゃまったくなかったけどね」

「でも、そのおかげで素敵な婚約者と出会えたんじゃ――」

「どうやら反省が足りないようね」

「すびばせん」

右手をわきわきと動かして見せると、デミウルはしおらしく謝り、ようやく毒の説明を始めた。

「毒の名前は【ゼアロの狂蟲】。毒レベルは4だ」

「レベル4……初めて味わったわ。ゼアロって?」

「あの魔族の名前だよ。これでシステムも毒の識別ができるようになって、オリヴィアには毒が効かなくなる。すぐにスキルが発動して、仮死状態も解除されるよ」

その言葉に胸を撫でおろす。強毒と聞いて、仮死状態の解除に時間がかかったらどうしようかと思っていたのだ。

「良かった。ノア様が心配だから、早く戻らないと」

「えー? もう少しゆっくりしてもいいんじゃない?」

「調子のいいこと言って。いつも私が言いたいこと言い切る前に、鐘を鳴らして追い出すくせに」

「あれは別に僕が追い出してるわけじゃないんだけどなぁ」

ぶつぶつ言いながら、よっこらしょとデミウルが立ち上がる。

ショタなのか老人なのかよくわからない奴だ。

「大体、こんな所でゆっくりするも何もないでしょ」

椅子もテーブルもない、石や崩れた岩がごろごろ転がる荒れ果てた空間。高い崖に覆われた、朽ちた教会のような不思議な場所。

ここが神の世界なら、デミウルは随分と特殊な趣味をしている。そんなことを考えながら天井を見上げる。

(あれ……?)

天井は崩れ落ち、真っ白な光ばかりが降っているだけだと思っていたそこには、鮮やかなステンドグラスが光を受けて輝いていた。

あんなもの、以前来たときもあっただろうか。

「あれは……竜?」

赤い竜が水の底で眠り、森に囲まれた地上では白い竜が大きく羽を広げている。

彼らを遠巻きに眺める精霊たちの姿も、ステンドグラスで描かれていた。

「オリヴィア」

呼ばれて振り返ると、デミウルがやけに穏やかな目をして私を見つめていた。

神らしいその立ち姿に、つい「らしくない」と思ってしまうのは仕方のないことだろう。

その時、荘厳な鐘の音が響き始めた。

「時間ね」

「そうだね。次はいつ会えるかな」

「出来ればもう二度と会わずにいたいところね」

「またまた~。本当にオリヴィアは素直じゃないんだから」

「素直に本音しか口にしてないけど」

私の返しにデミウルはケラケラ笑うと、そっと私に向かって手をかざした。

柔らかな光が放たれ、春の陽だまりのような温かさに包まれる。それはやがて私の右足に集中していった。

光が収束した部分には、魔族にやられた傷があった。それが何の痛みもなく塞がっていく。

「……治してくれたの? たまには役に立つことするじゃない」

「だから僕、一応神様なんだけど」

「冗談よ。ありがとう」

段々と意識が遠退いていく。現実へと戻る時間だ。

「オリヴィア。君はこれから更なる困難に見舞われるだろう」

不吉なことを呟く創造神。最後まで苛立たせてくれる、と呆れながら聞き流す。

「でも君なら大丈夫。だって君は――」

デミウルのありがたいお言葉の途中で容赦なく幕が下り、私の意識は暗転した。

「オリヴィア。君の結末は、君が決めるんだよ」