軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十九話 悪役令嬢の反省

諦めかけていた主人公と攻略対象者の関係復活の可能性に、私は舞い上がった。

(きゃーどうしよう! 俺は聖女様の騎士になりたいので、あなたの騎士を辞めさせてください、とか言われたら!)

はい喜んでー! と居酒屋店員ばりの溌剌とした返事をするつもりでいたのだけれど、ふたりを見ているとどうもそういう雰囲気ではない。

明らかにもっと重々しい緊張感が漂っていた。

「聖女様。先日、治癒院でユージーン公子に話しかけられましたね?」

「は、はい」

「その会話の内容を、オリヴィア様にお話しください」

これは……と、私は出たばかりの期待の芽を自ら瞬時に摘み取った。

多分これはシナリオ軌道修正フラグではない。全然違うやつ。もっと真剣に聞かなくちゃいけないやつ。だから落ち着け、と自分に言い聞かせた。

「で、でも。それは誰にも言わない約束で……」

「ユージーン公子に口止めされましたか」

そうではありませんが……、とセレナは困ったように首を振る。

「とても私的なことですし、許可なく他の方にお話ししていいことだとは思えません」

ユージーンが私的な頼みごとをセレナにした?

私的なこととは、一体どんな類のものだろう。政治的なことではないようだけれど、気になる。

セレナをじっと見つめていると、目が合った。その途端、セレナは慌てたように胸の前で両手をぶんぶんと振る。

「も、もちろん、オリヴィア様が言いふらすなんて考えてません! そんなことはありえないとわかってます! で、でも……」

困り果て、どんどん小さくなっていくセレナ。

善良なセレナにこれ以上問いかけるのは酷だろう、と思ったとき、ヴィンセントが小さく息を吐いた。

「……ユージーン公子との話の内容は、恐らく彼の姉のことでしょう?」

ヴィンセントの静かな声に、セレナは勢いよく顔を上げた。

「え……ご存知だったんですか?」

「見当はついていました。ですから、あなたが話さない場合、俺が話します。王太子殿下と神子様が婚約破棄、などという噂が立つ前に」

ノアと私の婚約破棄。

それを聞いて、私は驚きすぎて固まってしまった。

ヴィンセントがセレナを呼び立てたのは、私たちを心配してのことだったのか。

聖女とのフラグ、なんて一瞬喜んだ自分を恥ずかしく思った。

ヴィンセントのことを、思いやりからほど遠い、などと思い違いもいいところだ。ぼんやりして何を考えているのかわからないけれど、彼は実はとても気遣いに溢れた優しい人だった。恐らく。

相変わらずの無表情だけれど、ヴィンセントは信頼できる騎士だとこのとき心から思った。

「……わかりました。ヴィンセント卿がご存知なのでしたら、隠しても意味がありませんもんね」

諦めたように力なく笑うセレナに、私はハッとして彼女を止めた。

「セレナ様。無理に話されなくても……」

「いえ。オリヴィア様と王太子殿下が仲違いされているのは、見ていて私もつらいですから」

親衛隊の方々も心配されてるんですよ、と微笑まれ、私は皆の優しさになんとも言えない気持ちになる。

毒殺される予定の悪役令嬢だけれど、私にはいつの間にか、こんなに私のことを案じてくれる人いたんだな、と。

「実は、ユージーン様のお屋敷に招待されたんです」

「え……」

「オリヴィア様も驚きますよね。私も突然だったのでびっくりしました」

なぜ王太子の側近であるユージーンが、第二王子の庇護下にあるセレナを?

やはり何か企てているのでは、と思いかけたところで、ある可能性に気づいてしまった。

(まさか、聖女とユージーンのフラグが成立してたの!?)

考えてみれば、ユージーンもヴィンセントと同じくゲームでは攻略対象者だ。どうしてその考えに至らなかったのだろう。

いや、けれど決めつけるのは早い。ヴィンセントのことだって私の勘違いだったのだ。ユージーンのことも安易にフラグと考えるのは良くない。もっと重大な理由があるのかもしれないのだから。いい加減、学ばなければ。

私は自分を落ち着けようと、一度咳ばらいをした。

「ええと、セレナ様? そのお誘いはどういった目的だったのでしょう? 単純にお茶会に誘われたのですか? それともメレディス公爵に紹介、とか?」

「えっ? あっ。い、いえ! そういうのではなく!」

セレナは顔を赤くして、勢いよく首を振り否定する。

「なんというか、聖女としての私に頼みがあると……」

「聖女として? それはつまり……」

「はい。光魔法で治癒してほしい方がいらっしゃるというお話でした」

危なかった。またフラグかと早とちりをするところだった、と胸を撫でおろす。

けれどすぐ、何か引っかかるものがあり首をひねった。ユージーンが聖女に頼み事。心当たりがあるような。

そうだ、前にヴィンセントが言っていなかっただろうか。ユージーンの姉が寝たきりだと。確か、目の前で母親を魔族に殺され、心を病んでしまったのだと。

ヴィンセントを仰ぎ見ると、静かに頷いて返された。

「あの……聖女の光魔法は、心の病にも効くということでしょうか?」

セレナではなく、ヴィンセントに尋ねる。

「それは俺にもわかりかねますが」

ヴィンセントはそう正直に答え、セレナを見る。

私とヴィンセントに視線を向けられたセレナは「え? こ、心?」と戸惑った顔をした。

どうやらユージーンには詳しく説明されているわけではないらしい。

もうひとつだけ確認しなければならないことがある。

必要ないかもしれなけれど、私は念のため聞いてみることにした。

「セレナ様。先日、ユージーン公子とギルバート殿下がお話ししているところを見たのですが……」

「え? あ……もしかして、言伝のことでしょうか」

「言伝?」

「私の予定はギルバート殿下付きの文官の方が管理していて、個人の邸宅にお伺いすることにすぐに許可が下りなかったんです。その内にギルバート殿下から、ユージーン公子から聖女の予定を聞かれたと。出来るだけ早く、屋敷に招待したいと言伝を受けました」

どうやら私が学園で目撃したふたりは、密談中などではなく、ユージーンが聖女の訪問を催促していただけだったのか。

「……ギルバート殿下はどのような様子でした?」

「ええと、文官の方は警戒していらっしゃる感じでしたけど、殿下は特には。むしろ、公子が困っているようだったから、予定を空けられるよう文官に上手く言っておく、と」

きっとその説明に偽りはないのだろう。

あの俺様のくせに真っ直ぐなギルバートが、聖女を騙して裏でこそこそ何かやるとは考えにくい。

彼はメイン攻略対象者という名のヒーローなのだから。

ということは、私が目撃したり感じていたユージーンの怪しい行動イコール、ノアへの裏切りではないということ。

「つまり、私の思いこみ……!」

ショックと罪悪感に思わずがくりと項垂れた。

「お、オリヴィアさま!? すみません、私何か余計なことを言ってしまったんじゃ」

「いいえ……セレナ様。話してくださって、ありがとうございます。おかげで自分が勘違いをしていたことに気づけました」

落ちこんでいる場合か、と自分に気合を入れて顔を上げる。

にっこり笑って見せると、セレナは心配そうにしながらもうなずいてくれた。

「それなら良いんですが……」

「ヴィンセント卿もありがとうございます」

「いいえ。差し出がましいことをいたしました。お許しください」

そう言うなり頭を下げるヴィンセントを慌てて止める。

「とんでもない。私とノア様のことを考えて、セレナ様に声をかけてくれたんでしょう? お二人のおかげで、私は自分の愚かさがわかったんです。本当に感謝しています」

ふたりが私の為に話してくれなければ、ずっと勘違いと思いこみでノアとユージーンに対し距離をとってしまっていただろう。

事情を知ったいま、私がやるべきことは決まっている。気まずいけれど、勇気を出さなければ。

私がパンと自分の両頬を叩くと、なぜかセレナが涙目になって悲鳴を上げたのだった。