軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十三話 怪しい公子

悔しさ、悲しみ、無力感。

王太子宮から自邸に帰ってきた私は、そんな様々な感情に支配されていた。

けれど一晩経って、朝日が昇るのを眺めているうちに冷静になれた。というか、私の中に渦巻いていた感情が、ノアへの怒りひとつに集約されたのだ。

「解毒できなくても私に毒は効かないんだから、危ないのはノア様のほうじゃない。それなのに私を遠ざけるなんて、意味がわからないわ」

図書館の奥、ひと気のない棚の辺りで私はひとり愚痴をもらしていた。

今日も図書館で親衛隊のケイトたちと、試験勉強の為に集まっていたのだけれど、どうにも集中できない。気分転換に、毒に関する書籍を探すことにしたのだ。

「禁域の薬草集。これは読んだことがないわね。……毒の罪・毒の罰。これもだわ。意外と貴重な本が揃ってるのね。……あら?」

本棚の下のほうに、埃にまみれた古い本があった。

背表紙のタイトルが擦り切れていて読めない。棚から抜き取って、表紙に息を吹きかけると、勢いよく埃が舞った。

「けほっ。……知られざる魔獣の毒?」

何だかタイトルも表紙の雰囲気も怪しげだが、これも一応読んでみようか。

本を手に立ち上がったとき、図書館の窓の向こうに見知った顔を見つけた。

(あれは、ユージーン? それと……)

ノアの側近であるユージーン・メレディスが、人目につきにくい図書館の裏で誰かと会っている。

まるで密会のようではないか。私は窓辺に立ち、そっと外を窺う。

ユージーンの影になっていて顔は見えないが、一緒にいる相手は男子生徒のようだ。ユージーンより少し背が高く、体格もいい。

(え……ちょっと待って。あれってまさか)

ユージーンがわずかに横にずれる。

現れたのは、第二王子ギルバートだった。第一王子の側近であるユージーンが、立場的には政敵である第二王子となぜふたりきりで。

もしかして、とんでもない密会現場を目撃してしまったのではないだろうか。

こっそり辺りを見回したが、他には誰も見当たらない。セレナは昨日治癒院を再び慰問したそうで、魔力消費の疲れからか今日は休んでいる。

やはり逆行前と同じく、ユージーンは王妃の派閥と関わりがあるのでは。

そうやって私が最悪の想像をしているうちに、ユージーンはギルバートに頭を下げ、踵を返した。ふたりの密会はごく短い時間で終わったようだ。

まるで誰にも会わなかったかのように去っていくユージーン。その背中が見えなくなっても、私はしばらく窓辺から動くことができなかった。

学園から侯爵邸に帰り、自室で今日借りた毒についての本を読んでいると、部屋の外が騒がしいことに気がついた。

「ヴィンセント卿? 何かあったのですか」

ドアを開け、廊下にいるヴィンセントに声をかける。

振り返ったヴィンセントは、相変わらずの無表情で「部屋にお戻りください」と言った。

「怪しい者が、オリヴィア様の部屋に押し入ろうとしています」

「ちょっと! 私は怪しい者なんかじゃありません!」

高い声が聞こえて初めて、ヴィンセントの前に人がいることに気がついた。

それは地味というか、安っぽい服を着た女だった。クセのある赤茶の髪に、浅黒い肌、陰影の濃い顔立ちは、ひと回りほど年上に見える。汚れた靴に、裾が短くほつれたワンピース。

およそ侯爵邸に不似合いな女が、大きな籠を持って立っている。

「どうやってここまで侵入した」

「侵入って、私はオリヴィア様の専属メイドですよ!」

「嘘をつくな。こんな専属メイドは見たことがない」

ヴィンセントが腰の剣に手をかけようとしたので、私は慌てて止める。

「ヴィンセント卿。嘘じゃありません。その子は本当に私の専属メイドです」

「お嬢様~! この人頑固すぎです!」

「まぁまぁ。私のメイクが上手すぎたってことで、許してあげて、アン」

アンという名前に、ヴィンセントが一瞬目を見開く。

ヴィンセントには初日に私の専属メイドのアンを紹介している。毎日顔も合わせており、言葉を交わしたことも何度もあるはずだ。

「この怪しげな女が、あのメイドだと?」

「ええ。あの金の亡者のメイド、アンです」

「お嬢様、ひどいです~。こんなに忠誠心あふれるメイドは他にいませんよっ」

まだ疑わしいといった顔をしていたので、アンと一緒にヴィンセントも部屋に招き入れた。

洗顔ボウルを用意し、ヴィンセントの目の前でオイルとハーブソープで変装メイクを落とさせる。最後に赤茶の鬘を外してやると、いつものそばかす顔のアンが現れた。

変装が解けていく様子を観察していたヴィンセントは、さすがに無表情を崩し唖然としていた。

「……本当にいつものメイドですね」

「だから何度も言ったじゃないですか!」

信じられない、と言った顔のヴィンセントに、アンが食ってかかった。

だがヴィンセントは相手にすることなく、元に戻ったアンをしげしげと眺めている。

「一体どのような魔法を使ったのですか」

「魔法じゃなくてメイク。化粧ですよ」

私は化粧品の詰まった棚やワゴンを見せ、胸を張った。

「化粧とは、婦女子を美しくさせるものなのでは」

「基本はそうです。でも時にはこういう使い方もできるんです。例えば……誰にも気づかれないようこっそり動きたいときなんかに」

「こっそり……?」