軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十九話 正しい主従関係

いつもより早く目覚めた私は、朝日を浴びようとテラスに出て、思わず目を見開いた。

正門の前に馬がいる。昨日ヴィンセントが乗っていた黒馬だ。

確かに、朝出かけるときから夜まで護衛するという話にはなったが、いったいいつから待っていたのだろうか。

「ちゃんと寝たのかしら……」

食事と睡眠はきちんととらなければ、護衛するほうが先に倒れてしまう。

あとで話をしないと、と思いながら踵を返す。

「アン! 今日は少し早く出るから、準備を急いでくれる?」

「かしこまりました! フレッドさまにもお伝えしてきます!」

「お願いね」

パタパタと駆けていくアンを見送り、彼女が用意してくれたぬるめのデトックスティーを喉に流しこむ。

「さて。私も急ぎましょ」

朝食をとり、準備を終えて外に出る。

門前にはやはり黒馬と眼帯の騎士が待っていた。その立ち姿に、朝のあまり似合わない男だなと思う。無表情な横顔が、若干眠そうに見えなくもない。

「おはようございます、ヴィンセント卿」

「……おはようございます」

「随分お待たせしてしまったようで、申し訳ありません。しっかりお休みになられました? 明日からはどうぞ、ゆっくりお越しください」

ヴィンセント卿はぼんやりとした顔のまま、首を横に振る。

「元々、睡眠は短いほうなので」

「……では、せめて屋敷の中でお待ちください。よろしければ、お茶や朝食を用意させますから」

話しているとノアが王宮の馬車で迎えにきたので、それに乗りこむ。王太子の護衛騎士たちに混ざり、ヴィンセントも黒馬で馬車のあとに続いた。

「ヴィンセントとは上手くやれそうかい、オリヴィア」

「ええ。とても真面目な方のようですし……」

というか、まるで忠犬のようで若干引いている。うちの怠け者神獣に見習ってほしいくらいだ。

「ただ、真面目すぎて心配です。父との話し合いで、彼の護衛は朝出かけるときから父が帰宅する夜までとなったのですが、やはり学園内だけとしたほうがいいのではないでしょうか……」

ノアはくすりと笑い、私の手を握った。

「まだ騎士を従えることに慣れないんだね」

「従えるだなんて……」

「騎士は自己管理ができる。ヴィンセントが大丈夫だと言っているんだろう? それなら問題ない」

「だといいのですが……」

なんだかヴィンセントの場合は、感情が希薄なせいで、自分の限界にも気づかないのではと思ってしまうのだ。知らず体にダメージを蓄積していそうで心配だ。

彼にもデトックスを伝授したほうがいいかもしれない。ヨガも彼なら一緒にやってくれるのではないだろうか。

「すぐに慣れる。王太子妃になれば、もっとたくさんの騎士がつくようになるんだ。騎士ひとりひとりの心配などしていたら、君のほうこそ身が持たないよ」

それはそうなのだろうが、いまだに自分が将来王太子妃になるという実感が持てない。騎士を何人も従える自分など、想像もつかないのだ。

逆行した当初は、田舎に引っ込んで平穏な生活を送ると意気込んでいたのに、いつの間にか真逆を行っている自分がいる。なぜこうなってしまったのだろう、と思うと同時に、仕方ないことだったと自分に言い聞かせるのはいつものことだ。

ノアと出会ってしまった。彼を好きになってしまった。

彼と一緒に長生きをして幸せに暮らしたい。その望みを叶えるためには、当初の望みは捨てなければならなかった。騎士を従えることに慣れるのも、ノアといるために必要なことなのだ。

「そうですね……早く慣れるよう努めます」

騎士に慣れるのは必要なことだとして、ヴィンセントでなければならないということはない。元々、シナリオ通りにいけばヴィンセントは聖女の護衛になるはずだった。逆行前も彼は聖女の専属騎士だったのだ。

確かギルバートもそうなのだが、聖女とともに成し遂げる、何か重大なイベントがあったはずだ。攻略対象キャラなのだから、彼の真価は聖女の傍でこそ発揮される。悪役令嬢の私が彼を従えていても、宝の持ち腐れである。

なんとかして、彼をあるべき場所に返してやりたい。そうでないと、色々な意味で居たたまれない。

「無理はしなくていい。僕が常にそばにいて君を守ることができたら、それが一番なのだけど」

「お忙しいノアさまを独り占めはできません」

「独り占めしてほしいんだけどね、僕は」

顔を見合わせ、私たちは同時に小さくふき出した。

ノアの腕に抱き寄せられる。ゆっくりと降りて来た口づけに応えながら改めて思った。

ノアが好きだ。この穏やかな幸せが、いつまでも続いてくれたらいいのに。

口づけが終わり、しばらくするとノアが私を抱きしめたまま「ヴィンセントを常に傍に置いていてくれ」と固い声で言った。

「貴族派の動きが怪しい」

「ヴィンセント卿から聞きました。王妃が動き始めたのですか?」

「王妃は動いていない。いや、不気味なほど動きがないんだ。それが逆に怪しい。王都の治安が悪くなっていたが、王都外でも妙な空気が流れていると報告があった。しばらく調査で忙しくなると思う」

傍にいてやれずすまない、と謝られ私は首を振る。

「ノアさまのお気持ちはわかっているつもりです。ノアさまも、どうかお気をつけください。活性炭は常に持ち歩いてくださいね?」

「ああ。オリヴィア、もう君を危険な目には遭わせない。その為に僕は使命を果たそう。その間、ヴィンセントが僕の代わりに君を守る」

少し悔しそうに言ったノアに笑って、私は彼を抱きしめ返した。

「離れていても、ノアさまの愛は届いています」

それはもう、重く激しく。とは、ノアが少年時代に戻ったような微笑みを見せたので言わずにおいた。

馬車の小さな窓から、黒馬で駆けるヴィンセントが見えた。

とりあえず、彼を聖女と接触させれば何かしら変化があるかもしれない。私の命に関わるので物語を完全に戻すことはできないが、できる限り正しい流れに近づけよう。

ノアの腕の中で、私は改めて決意するのだった。