軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四話 万年ダイエッター

継母の動きは予想していたより早かった。

夜、メイド長をともない離れに現れた継母・イザベラは、相変わらず派手な化粧と宝飾品で全身を固めていた。

「メイド長が言っていた通り、随分調子が良さそうね、オリヴィア?」

冷たい笑みを浮かべる継母に、隅にいるアンが怯えている。

おそらく創造神に時間を遡らせてもらう前、私を毒殺したのはこの人だ。父・アーヴァイン侯爵の後妻で、以前から私を虐待し、奴隷のように扱っていたひどい女。聖女に毒を盛るよう命令したのも継母だった。

私は継母を殴りつけたいのを我慢して、頭を下げた。

「何か御用でしょうか」

「言いつけを破って離れを出たそうね? わざわざ厨房に料理をリクエストしに行ったとか。何を企んでいるのかしら?」

「企むなど……。メイド長にも言いましたが、厨房には散歩のついでに寄っただけです」

私の答えが気に入らなかったようで、継母は私をにらみつけるとメイド長を呼んだ。

「はい。奥さま」

メイド長はワゴンを私の目の前まで押してくると、銀のフードカバーをゆっくりと持ち上げる。

白い湯気とともに現れたのは、美味しそうな料理と——。

ピコーン!

ピコーン!

ピコーン!

聞き覚えのある電子音をともなった、真っ赤なテキストウィンドウだった。

【野菜スープ(毒入り):ベロスの種(毒Lv.1)】

【生姜湯(毒入り):ベロスの種(毒Lv.1)】

【林檎のジュレ(毒入り):ベロスの種(毒Lv.1)】

(全部毒入りって、どんだけ念入りだよ……!)

白目を剥いて倒れたい気分だ。

ご丁寧に料理名の横に(毒入り)と表示され、毒の種類に強さを示すのだろうレベルまで表記されている。

デミウルめ。こんなところで細やかな気配りを見せるくらいなら、別の人生を与えてほしかった。

顔が引きつりそうになるのを耐える私に、継母が「座りなさい」と命令してくる。

まさか、私が料理を食べるまで居座るつもりだろうか。

「ほら、私たちは部屋を出るんだ! さっさとおし!」

メイド長に突き飛ばされるように出口へと促されるアン。

こちらを振り返り「お嬢様……!」と泣きそうな顔をするので、私はあえて笑ってやった。心配するなというように。

もちろん強がりだ。何せ現状、絶体絶命なのだから。

ふたりが部屋を出ていくと、義母の纏う空気がさらに冷え冷えとしたものになる。

テーブルに着くよう促され、仕方なく席に座った。心の底から逃げ出したい。

「この私がわざわざ給仕をしてあげるんだから、感謝なさい」

テーブルに並べられたのは、私の希望通りのミルクベースのクレンズスープに、うっすら黄金色の生姜湯、そしてすりおろされた林檎のジュレ。

簡単なものだけど、さすが料理長、美味しそうに盛りつけてくれている。本当なら、私は嬉々として料理長に感謝しながら食べただろうが——。

(ごめんなさい料理長! 絶対食べたくないー!)

時を遡る前の、牢獄塔で味わった苦しみを思い出すと体が震えた。

食べたくない。あんな苦しい思いは二度としたくないと神に願って、いま私はここにいるのに。

「どうしたの? 食べられないなら、私がその口に突っこんであげるわ」

業を煮やした継母がスプーンに手を伸ばそうとするので、私は慌ててスプーンを手に取り、ゴクリと喉を鳴らした。

落ち着こう。いまの私には創造神からもらった毒スキルがあって、この毒は私には効かないかもしれない。あくまでも可能性の話で、保証はどこにもないのだけれど。

(これで死んだら、恨むどころか呪ってやるからね、創造神デミウル!)

意を決しスープをすくうと、私は目をつむりながら、えいと飲みこんだ。

「……っ!」

その衝撃に、思わず片手で口を押えた。

手がぶるぶると震え、スプーンを落としかける。

「もっと食べなさい。オリヴィア」

薄笑いを浮かべながら継母が命令する。

私はカチカチと音を立てるのを止められないまま、何度もスープを口に運び、飲みほした。

スープ皿が空になって、ようやく継母は満足したようだ。「残さず食べるのよ」と言い置き扉へと向かう。

「今日みたいに勝手に離れから出るんじゃないわよ。まあ……出たくても出られないでしょうけど」

扉を閉める直前、継母はそう言って笑った。

いいからさっさと出ていけ!と叫んでやりたかった。私はいま、それどころではないのだ。

継母がいなくなり、部屋にひとりになってようやく言える。

「なんなの、これ……」

まだ震えが止まらない両手で口元を押さえ、天を仰いだ。

「すっっっごくおいしい……!」

なんてことだ。スープがあまりにも美味しすぎて、毒入りであることを忘れて夢中で食べてしまった。

「玉ねぎの皮だけでだしを取っただけとは思えない、深いコクのある濃厚なスープだった! こんな美味しい料理、今世でも前世でも食べたことない!」

料理長は天才なのだろうか。いや、でもデミウルに時を戻される前に食べていたのも、同じ料理長が作ったもののはずだ。

「まさか……」

私は試しに、生姜湯のカップに手を伸ばした。

相変わらず赤いウィンドウが出ているので緊張したが、おそるおそる口をつけると——。

「う、嘘でしょ」

ただの生姜とはちみつの入ったお湯のはずなのに、何種類ものハーブをブレンドしたかのような味わい深さがある。どんな希少なはちみつを使ったのかという、まったくくどくないすっきりとした甘さもいい。

「何このジュレ、爽やか~!」

林檎のジュレは、甘さよりもミントのような爽やかさの際立つデザートだった。見た目を裏切る高級感に、これを売る店があるのなら、何時間並んでもいいとさえ思えた。

どれも、想像を超えた料理だ。どうやってこの味を出したのか見当もつかない。

「つまりこれって、毒が美味しいってこと……?」

私はその答えに行き着いた瞬間、イスから崩れ落ちていた。

(だから何なの、そのムダな設定——!)

気づかう所が明らかにおかしい。

私は毒で苦しんで死にたくないとは言ったが、毒を美味しく感じたいなどと口にした覚えは一度もない。

毒が信じられないほど美味しく感じるなどという体質にされてしまったら……。

「食べたくなっちゃうじゃん! 毒、食べたくなっちゃうじゃーん!」

デミウルの緩い笑顔を思い出しながら、ダンダンと床を何度も叩く。

本当になんなのだ、あの創造神は。ふざけているのだろうか。毒が美味しいとなれば、危険だとわかっていても食べたくなってしまうのは当然ではないか。

「まるで禁断の果実……って、あれ? そういえば、私の食べた毒は」

どうなったのだろう、と言いかけた瞬間、再び電子音が響いた。

目の前に新たなウィンドウが次々表示される。

【毒を摂取しました】

【毒を無効化します】

【毒の無効化に成功しました】

「おー……これが毒耐性。ということは、やっぱり耐性とレベルの同じ毒なら食べていいってことか」

禁断の味を思い出し、じゅるりと唾液が溢れ出る。

いや、いくら美味しくて無効化できても、毒は毒だ。体に良いはずがない。わかっている。だが、わかっていても、また食べたくなってしまう美味しさだった。

本当に、あの創造神はなんて体質にしてくれたのかと文句を言いかけたとき、またもや電子音とともにウィンドウが表示される。

【経験値を20獲得しました】

さすがにそこに書かれていた言葉に固まった。

経験値。それは貯めた数字に応じてレベルがアップする、ゲームではおなじみの設定のひとつだ。

そして私が持っているのは毒スキル。毒を食べると経験値を得られる。つまりレベルを上げるには——。

「毒を食べろってこと!?」

信じられない!と私はまた床に拳を打ちつけた。

毒で死んだ人間に、毒を進んで食べるような設定を盛りこむなんて、デミウルはいったいどんな神経をしているのか。

「お、オリヴィアお嬢様⁉ 大丈夫ですか!」

床をダンダンと叩いている姿を、戻ってきたアンに見られてしまい、ベッドに押しこまれた。

また継母に毒を盛られ、苦しんでいるように見えたらしい。アンは泣きそうな顔で医者を呼んでくると言い、部屋を飛び出していった。

私は少し冷静になり、ベッドの上から空の食器たちを見つめ、ため息をつく。

「まあ……経験値を稼ぐために食べなきゃいけないなら、美味しいほうがいいよね……っと、いけない。またよだれが」

中毒にならないよう気をつけつつ毒を食べ、デトックスにも一層励まなければ。

なんだか絶対に成功しない万年ダイエッターにでもなった気分だった。