軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その後SS『闇に紛れる王太子妃②』

「今夜はよろしくお願いします!」

「……まさかこんな形で呼ばれるとは思っていなかった」

フードを降ろし、あきれ顔でそう言ったのは竜人トリスタンだ。

オリヴィアと同じ銀の髪を月明りで青白く輝かせる彼は、オリヴィアにとっては叔父のようであり、見た目が若いので兄のようでもある人だ。現在確認出来ている、唯一の竜人族。亡き竜人族の母との縁もある、大切な仲間である。

危険な夜市にひとりで行くのはまずい。しかしノアには当然言えないし、ヴィンセントやユージーンにも止められるだろう。

ということで、きっと止めずに付き合ってくれるであろうトリスタンを頼ることにしたのだ。思った通り、神獣シロを使いに出して連絡すれば、こうしてこっそり王宮までやって来てくれた。

今夜は少し風邪っぽいからと言って、ノアとは寝室を別にしてある。早めに就寝したふりもしたし、ノアも今頃はぐっすり夢の中だろう。自分のベッドにはクッションを身代わりに入れて膨らみを作っておいた。もし誰か様子を見に来ても、眠っていると思うだろう。準備万端である。

「さあさあ、行きましょう! 今すぐに!」

「わかったわかった。まずこれをかぶれ。お前の格好はあそこでは目立つ」

そう言って渡されたのは、トリスタンのものと同じフード付きの外套だ。適度にくすんで皺もあり、かぶれば旅人風の姿になる。そして微かに森の香りがした。

「トリスタン様は夜市に行ったことがあるのですか?」

「ある。別の街でだが。夜市というより、闇市だぞ」

「どんな雰囲気でした? 屋台がいっぱいある感じ?」

「そういう観光気分で行くと、いつの間にか自分が商品となって並べられているような場所だ」

「……冗談ですよね?」

「とにかく、ヴィアは私から離れるな。お前は何かと面倒事を引き起こすからな」

しっかりと脅しをかけられ、オリヴィアは大人しくトリスタンに抱き上げられた。

竜の羽を出したトリスタンは、そのままバルコニーから静かに空へと舞い上がる。夜風と月の明るさに、オリヴィアは思わず「わあっ」と声を上げてしまい、トリスタンに睨まれた。

「神獣に乗れば簡単に王宮を抜け出せただろう」

「シロは大きいし真っ白だし、目立つんです。月の明るい夜だと余計に発光して見えるし。こそこそ動くには向かないんですよ、うちの犬は」

「犬……」

「トリスタン様は気配を消すのがお上手ですし、麗しい見た目を外套で隠してしまえばお忍びの協力者としては完璧ですから!」

「……麗しいのはお前だ、ヴィア。しっかりフードを被っておけ」

そう言って珍しく微笑むトリスタンに、不覚にもオリヴィアはドキッとしてしまった。

(既婚者をときめかせるなんて、トリスタン様ってば罪な人だわ。さすが攻略対象者)

さすがに怖いのでトリスタンの首に回した腕を外すことは出来ないが、至近距離でこの端正な顔を見るのはやめようと、オリヴィアは遠くの空を意識して眺めることにした。

よく晴れた夜だというのに、どこかで雷鳴が轟いたような気がした。

「わぁ……何だか、想像と違って楽しそうな雰囲気ですね!」

トリスタンが降り立ったのは、目抜き通りから外れた狭い横道だった。少し歩くと普段はあまり使われることがない裏通りに出るのだが、今夜は様子が違っていた。

オレンジの明かりが灯るランタンが、通りに並ぶ行商の店を闇の中から浮き上がらせるように照らしている。前世で行った夏の祭りと似た雰囲気だが、こちらのほうがずっと怪しげではある。しかし思ったより人が多く、人ではないものが時折足元を走り頭上を飛び交っていたりと、少しわくわくした気分にさせられた。

「私が言ったことは覚えているか!」

「もちろんです。子どもじゃないんですから……あっ! アレは何かしら!? 美味しそうな匂いがします!」

「こら。言ったそばからいきなり走るな。全然覚えてないだろう」

屋台に向かって駆けだそうとしたオリヴィアだったが、トリスタンに首根っこを掴まれるようにフードを引っ張られた。森の番人は同胞への扱いが雑だ。

文句を言おうとしたら、フードを解放された代わりに手を握られた。固くて冷たい大きな手だ。オリヴィアの手などすっぽり包まれてしまう。

「ほら、これでいい。行くぞ。あの店か?」

「そうです! 何だか香ばしい匂いがしますね」

手を繋ぎ、灰色の煙が細く流れる店に向かう。こうしていると、本当の兄妹みたいなのではないだろうかと、オリヴィアは少しくすぐったい気持ちになった。

「こ、これは……」

「紅斑蜥蜴の姿焼きだな。高級珍味として流通しているが、食べ過ぎると舌を火傷する」

「毒です! 毒があるやつです! 食べます!」

「落ち着け。店主、これを一本……」

「五本ください!」

「……いくら何でも食べ過ぎではないか?」

「二本はお土産にしますから大丈夫です!」

「ということは三本はいま食べるのか……」

トリスタンが早速引いている気配がするが、構ってはいられない。久しぶりの毒にありつけるのだオリヴィアの目のはもう目の前の蜥蜴の姿焼きしか映っていない。

お土産の二本はこっそり王宮に持ち帰り、誰にも見つからない場所に隠してこっそり食べるつもりだ。これは毒の非常食にするのであって、決して食い意地が張っているというわけではない。

「うう……っ! お、おいひぃ……っ」

「泣くほどか」

「毒の旨味がギュウッと凝縮されています……」

「毒の旨味」

頭の中で経験値獲得の音が鳴るが、いまはそれが祝福のラッパの音にさえ聞こえる。

今夜はとにかく目に付いた毒は粗方買い漁ると決めた。次にこんな機会がいつ訪れるかわからないのだ。散財だ、豪遊だ、とオリヴィアは理性の紐を自らぶちぶちと千切って捨てた。

ここから先は王太子妃でも悪役令嬢でもなく、ただの毒を求めるフードファイターとなる!