軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十五話 毒殺令嬢のルーティーン

おはようございます!

今日は悪役令嬢オリヴィアの、朝のルーティーンをご紹介します。

起床はだいたい午前八時頃。

貴族の朝はゆっくりです。毎日のように夜会に遅くまで参加している貴族は、昼近くまで寝ている人も多いとか。それに比べると私は早起きなほうですね。

起きたらまずは、ベッドで目覚めの一杯。

貴族は紅茶を飲むけれど、私は白湯です。白湯にはちみつと生姜を入れたものを、体の隅々まで浸透させるようにゆっくりといただきます。すぐに体がぽかぽかしてくるのを感じますよ。

少しすると朝食が運ばれてきます。

朝食も貴族はベッドの上で食べます。前世の記憶からするとちょっとお行儀が悪く感じますが、もし寝具を汚してもメイドがすぐに取り換えてくれるから大丈夫。

今日の朝食はほうれん草とかぼちゃの豆乳シチュー。鉄とビタミンEの血行促進メニューですね。内臓が快復してきたので、これにバゲットをつけました。

それからさつまいもとセロリの快腸デトックスサラダ。ぶどうとレモン、パプリカの美肌ジュース。私には少し多いくらいですが、がんばって食べます。

基礎代謝を上げるためにも、朝食はしっかりめに取るのがおすすめですよ。

食事のあとは朝ヨガです。

呼吸を整え、内臓を刺激し、これも基礎代謝を上げてくれます。リラックス効果に脂肪燃焼効果もある最強のデトックス運動のヨガですが、メイドに悪魔崇拝と勘ちがいされるのが玉に瑕ですね。

「以上。悪役令嬢オリヴィアの、朝のデトックスルーティーンでした~……なーんて、この世界にも動画配信とかあれば人気出たかなぁ」

離れの自室で悪魔崇拝……ではなく、三日月のポーズを決めながらため息をつく。

こんな風に現実逃避したくなるのも無理はないと思う。

なぜなら、悪役令嬢ルートを脱しようとしたところ、新たな悪役令嬢ルートを開拓してしまったような状況なのだから。

「ほんと、なんでこんなことになっちゃったかな」

前より少し手狭になった部屋を見回し、またため息。

王太子・ノアから大量に贈られたドレスや靴、帽子、宝飾品が、衣裳部屋に収まりきらず寝室にまで溢れている。執事のフレッド主導で、現在離れにもうひとつ衣装部屋を作っている最中だ。

あれから五日ほど経ったが、まだ毎日王太子からは贈り物が届く。王室御用達の服飾、宝飾品はもちろんだが、花束も多い。必ず王太子宮で咲いていたカサブランカが入っているのは、偶然ではないのだろう。

豪華すぎる贈り物の数々に、義妹のジャネットは歯がみし地団太踏んでいたが、私はというとひたすら恐怖を感じていた。

「ここまでされたら、絶対逃げられないじゃんか~」

シナリオ改変のために、王太子が生きてさえいてくれればそれでよかったのだ。

なのにまさか、その王太子の婚約者になってしまうとは想定外もいいところ。

王太子を救った聖女として婚約してしまったら、後に本物の聖女が登場したとき、王族を謀ったと断罪されてしまうかもしれない。

それに王太子はこれからも黒幕である王妃に命を狙われ続けるはずだ。その婚約者になってしまうと、王太子を守るどころか私の命も狙われてしまう可能性がある。

できれば断りたい。だがそれができないのが貴族社会のつらいところである。この世界の階級制度は絶対だ。王族に逆らうことは許されない。

止まない王太子からの贈り物、国王からの書簡。私が婚約者に内定してしまったことは、すでに王都に広まってしまっているだろう。

「選択誤ったかな~」

せっかく消化器官の調子が良くなってきていたのに、胃が痛くなりそうだ。

後悔していると、アンが部屋に戻ってきて私を見て微妙な顔をした。

「まだ悪魔に祈りを捧げられていたんですか? そろそろ散歩に出られる時間ですよ。お着替えしましょう」

「悪魔崇拝じゃなくてヨガだってば。お願いだからもうデミウル像を飾るのはやめて」

いつの間にかベッドサイドのデミウル像は三体に増えていた。

私がヨガを続ける限り、小さなデミウル像も増え続けるのだろうか。勘弁してほしい。

ノアにもらった昼用のドレスに着替え、軽く化粧をする。肌の負担を考えるとノーメイクで過ごしたい所だが、日焼けを防ぐためにも最小限の化粧は必要だ。ドレスと揃いの帽子をかぶり、これまたノアにもらった日傘を手にアンをともない部屋を出た。

「おはようございます、お嬢さま!」

「おはよう、みんな」

フレッドが信用できる使用人を配置してくれたおかげで、離れの雰囲気が変わった。

活気づき、穏やかな空気が流れるようになった。メイドや従僕たちも明るく好意的で、私を無視するどころか気軽に声をかけ慕ってくれている。アンも楽しく仕事ができるようになったと満足気だ。

離れのエントランスに向かうとフレッドが使用人に指示を出しているところだった。

普段私の前では柔らかな表情をしている彼だが、ここを取り仕切る執事としての顔はキリッと凛々しい。執事長は本当に良い人選をしてくれたと思う。

「おはよう、フレッド」

声をかけると、フレッドはすぐに笑顔をこちらに向けて流れるように頭を下げる。

「おはようございます、オリヴィアお嬢さま。本日もご機嫌麗しく——」

私を見て、フレッドが目を見開き固まった。

挨拶の途中で言葉を止めるなんて、彼らしくない。

「フレッド? どうしたの? 私の格好、何か変だったかしら」

「ちがいますよ、お嬢さま。フレッドさんはお嬢さまの美しさに見惚れてるだけです」

「ええ? そんなわけないでしょう」

「いいえ。絶対にそうです」

私とアンが言い合っていると、フレッドが我に返ったように居住まいを正し、咳ばらいをした。

「大変失礼いたしました。お嬢さまがいつにも増して輝いて見えたので、女神が降臨されたのかと驚いてしまいました」

「フレッドったら、無理して世辞なんか言わなくてもいいのに」

「お世辞なんかじゃありませんよ、お嬢さま! ご自身はお気づきないようですけど、お嬢さまは最近どんどん綺麗になられてます!」

「もう。そんなにおだててもお給金は上げないわよ?」

「お給金はぜひ上げてほしいところですが! これは事実です!」

アンの力説に、フレッドまでうんうんと頷いている。

「アンさんの言う通りです。お嬢さまは日に日に美しくなられていると、使用人たちも皆申しております」

フレッドの言葉に周囲に目をやると、近くにいたメイドや従僕たちがうっとりした顔でこちらを見ていた。

まさか、ふたりの言う通り本当に私に見惚れているのだろうか。

(確かにオリヴィアの素材は最高級だけど、まだまだ毒の影響は残っているはずなのに?)

「きっと王太子殿下の婚約者になられたからですね! 恋は人を美しくするって言いますから~」

金の亡者な割りに、乙女チックなことを言うアン。

残念ながら私はノアに恋をしたわけではないので、本当に私が美しくなったとするなら、それは単純にデトックスの成果だろう。

私の体から順調に毒の影響が抜けている証拠だ。この調子で健康体を目指していきたい。

(でも毒スキルのレベルを上げるためには、毒を摂取しないといけないんだよね。なんというジレンマ)

しかもフレッドが継母側の人間をシャットアウトしてくれているおかげで、食事に毒を盛られることがまずなくなってしまった。つまりスキルのレベルを上げるには、自分で毒を調達しなければならない。

ちょっと毒を仕入れてきて、などとフレッドやアンに頼めるわけもなく、一体どうするべきか。

日傘を差し、離れのそばの庭を歩きながら悩んでいると、本邸から父・アーヴァイン侯爵が歩いてくるのが見えた。

「オリヴィア」

「おはようございます、お父さま。これから王宮に出仕なさるのですか?」

「ああ。お前が庭に出るところだったから、顔を見てから行こうと思ってな」

それでわざわざ来てくれたのか、と感慨深い気持ちで父の顔を見上げる。

一度目の人生では、こんな風に父から声をかけに来てくれたことなどなかったはずだ。私も冷たい目を向けられるのが怖くて、いつからか距離を置くようになってしまった。

父は懐かしいものでも見るように私を見つめ、目を細める。

「どんどん似てくるな……」

「それは、お母さまのことでしょうか?」

「ああ。それ以上美しくなってくれるなよ。王太子殿下との婚約が破棄しにくくなる」

国王に婚約の事実を確認したあと、父は私の気持ちを聞いてくれた。

王太子妃になるのが嫌なら、どんな手段を用いてでも婚約を破棄してやるとまで言ってくれたのだ。

もちろん王族との約束事は簡単に破棄することはできない。そのときは父の爵位や騎士団長の職、領地などの資産を投げうたなければならなくなる。それは私の望むところではないが、父のその気持ちが嬉しかった。

「お父さまも、そんな冗談をおっしゃるのですね」

私がくすくす笑うと、父も微笑み、おもむろに私を抱きしめた。

温かく、優しく、力強い腕。こんな風に抱きしめられたことが、遠い記憶の中にある気がしたが、はっきりと思い出すことはできなかった。

「行ってくる」

「……行ってらっしゃいませ、お父さま」

馬車へと向かっていく父の背中を見送る。

またあの腕に抱きしめてもらえるだろうか。そのときは、私も抱きしめ返しても構わないだろうか。

父の姿が見えなくなり、散歩を再開しようとした私の目に、本邸の窓からこちらを見つめる人物の影が映った。

影はすぐに引っこんでしまったが、あれは間違いなく——。

(継母だった。また何か企んでるのかな……)

次はどんな手を使って毒を盛ろうとしてくるのか、怖ろしいような楽しみなような、なんとも複雑な気分になるのだった。