軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

北の海

「ハルツ公領は北にあるからな。漁村には海の幸がいっぱいだろう」

「そうなのですか?」

なんとなく発言した俺に、セリーが突っ込んできた。

やべ。

北の海が豊かなのは地球の話か。

この世界も同じだとは限らない。

南の方が魚が豊富な可能性がないとはいえない。

「いや。なんとなく北の方が魚が豊富そうかなと」

「寒い北よりも暖かい南の方が植物も動物も多いと思いますが」

「それは陸地の話だろう」

「ミリアも北の方が魚がよく獲れるという話を聞いたことがあると言っています。ただ、その理由や本当かどうかは知らないそうです」

ミリアがいうのなら大丈夫だ。

よかった。

まあ条件は地球と似たようなものだろうしな。

「何故北の方が魚が多いのでしょうか。不思議です」

「不思議、です」

セリーとミリアが意気投合している。

妙なところで。

ロクサーヌをはさんで二人して首をかしげた。

「海というのは水ばかりだからな。基本的に栄養が足りないんだ」

「そうなのですか?」

「そうだ。海の栄養はどこにあるか。魚は死ぬと海の底に沈む。底に沈んだ魚を小さな虫が分解する。その小さな虫を大きな虫や小魚が食べ、小魚を今度は大きな魚が食べる。大きな魚が死ぬと再び海の底に沈む。海の栄養というのはこうやって循環している。だから、海の栄養の多くは海底にある。底の方は栄養が豊富だが、それ以外のところは栄養が少ない。海で魚の数が増えないのは栄養が足りないからだ。これが海の基本だ」

生物の授業で習ったことを教えてやる。

バクテリアとか有機物とか食物連鎖とかいっても分からないだろうし。

「××××××××××」

「栄養豊富な海の底は水が冷たい。南の海だと、上の方は日に温められて水温が高くなる。上の方の温かい水と底の冷たい水は混ざりにくい。だから、底の栄養が全体に行き渡らない。一方で北の海だと、底の水は冷たく上の水も冷たい。両者がよく混ざる。底の方の栄養が全体に広がりやすい。これが、南の海よりも北の海の方が魚が多い理由だ」

ロクサーヌが翻訳するのを待ちながら、説明した。

「ご主人様、さすがです。ミリアも初めて知ったと言っています」

「うーん。なんかうそ臭いです」

「すごい、です」

セリーとミリアで反応が分かれたな。

ミリアが素直なのにセリーは批判的だ。

ミリアの反応は、ロクサーヌの薫陶の賜物だろう。

セリーの方は俺のことを全然信用していないということが分かる。

「うそ臭いけどそういう理由だから」

「うーん」

「本当だから」

「騙そうとしてませんか」

「騙そうとしてないから」

何故だ。

嘘をついた覚えもないのに。

「さっきはなんとなくと言っていました」

「……」

そうだっけ。

「海の表面が、南の海では温かく北の海は冷たい。ここまではいいでしょう。しかし、南の海の底の水が冷たいのなら、北の海の底の水はもっと冷たいのでは。結局温度差は変わらないのではないでしょうか」

「いい質問ですねえ。水は冷たくなると凍る。そして氷は水に浮くんだ」

「氷は水に浮くのですか?」

あれ。セリーは氷を知らないのか。

まあこの世界に冷蔵庫や冷凍庫はないしな。

「氷は水に浮く。冬に湖の表面が凍った話とか、聞いたことないか」

「聞いたことがあります」

「それと同じだ。北の海でもあんまり冷えすぎると表面が氷に覆われる。底の水はそれ以上冷たくならない。北の海と南の海とで底の水温は大きくは変わらない。表面の温度だけが、北の海と南の海で大きく違うんだ」

「うーん。なるほど。なんかそこまでいわれると理路整然としているような気がしてきました」

おお。

ついにセリーを説き伏せることに成功した。

科学の勝利。

この一歩は小さいが人類にとって偉大な一歩である。

セリーを調伏した後、ハルバーの十三階層に赴いた。

ピッグホッグ二匹をウォーターストーム五発で屠り、グラスビーを追加のブリーズボール二発で仕留める。

合計七発か。

「やはりこうなるのか」

七発ということは、数の上ではクーラタルの十六階層と変わらない。

戦闘時間はほぼ同じということになる。

半数は途中で倒せるとしても。

「大丈夫です。クーラタルの十六階層で戦ってきたのです。このくらいはなんでもありません」

安全面としてはロクサーヌのいうとおりだ。

しかし、効率は悪い。

微妙に損をした気分になるな。

十六階層から十三階層に来たのに戦闘時間が変わらないとは。

まあしょうがない。

公爵の依頼もある。

クーラタルの十六階層ならすぐに冒険者になれるわけでもなし、ハルバーの十三階層を探索するのがいいだろう。

その日からはハルバーの十三階層に入りながら、雑事を片づけた。

まず、翌日には帝都の服屋でミリアのメイド服を受け取る。

ミリアが来てから十日ちょっとか。

ハーレムメンバーを増やすのは、もう少し慣れてからがいいだろう。

夕方、ミリアのメイド服を持って帰ってきた。

ロクサーヌとセリーも居間に自分のメイド服を持ってくる。

「ではミリアに着付けを教えますね」

ロクサーヌがそう言って自分の服を脱いだ。

ロクサーヌが服を脱ぐと豊かで大きくて柔らかいものが。

いつ見ても見慣れない。

いつ見ても最高だ。

大きくて妖艶な胸が楚々とした紺のメイド服に隠される。

隠されたままゆさゆさぱふぱふと揺れ動く。

け、けしからん。

実にけしからん。

動かないようにメイド服の上から押さえ込んだ。

弾力がまたすばらしい。

ミリアのメイド服も、ロクサーヌやセリーのメイド服とエプロン部分の意匠が少し違うだけで、同じようなものだ。

小さく立ったネコミミにメイド服がよく似合う。

「しかしなんでここで着替えを」

寝室で着替えていたらその場で押し倒せるのに。

そうさせないためか。

「えっと。ここで着替えるとご主人様が寝室まで運んでくれます」

運びましたとも。

もちろん運びましたとも。

背中とひざの下に腕を入れ、ロクサーヌを横にして力強く抱えあげる。

滑らかな身体を抱き上げ、ゆっくり丁寧に運んだ。

生まれたての小鹿のようにふるふると震える胸元を注視しながら。

腕にしっとりとかかる重み、柔らかな弾力。

すべてがすばらしい。

小柄なセリーは軽い。

華奢な足を腕に乗せ、がっちりとホールドして俺の体に密着させる。

小さな身体を楽々と運んだ。

最後にミリアを運ぶ。

抱き上げると、ネコミミがひくひくと動いた。

腕の中でおとなしくなったミリアを優しく運ぶ。

運んだ後はいただきましたとも。

もちろんいただきましたとも。

食事の用意も忘れて三人を食べました。

ごちそうさま。

翌朝、ハーフェンの魚市場に出た。

やはり潮の香りと魚のにおいが強い。

「お、お、お、お」

ミリアが何かいいたげに俺を見る。

何がいいたいのやら。

分からなくもないが。

「朝食にするか、それとも夕食か」

「夕食にすると言っています。少し時間がたった方が美味しいそうです」

ロクサーヌが訳すと答えが返ってきた。

いろいろこだわりがあるようだ。

「じゃあ好きなのを選べ」

「はい、です」

ミリアの先導で市を見て回る。

市場には結構な種類の魚が置いてあった。

少しだがエビやカニも売っている。

やがてミリアが店のおばちゃんとなにやら話し込んだ。

「話が通じるのか」

「そうですね。バーナ語とは少し違いますが、ゆっくり話せば意思の疎通はできます」

バーナ語というのはロクサーヌやミリアが話す言葉だ。

おばちゃんにはネコミミがついている。

ミリアとおばちゃんの話す言葉は、スペイン語とポルトガル語くらいの違いなのかもしれない。

「これ、です」

ミリアが魚を指差し、俺の方に振り返った。

アジみたいな小ぶりの魚だ。

アジに決めたのか。

「これを八匹だそうです」

「しかし入れるものがないな」

買い物籠を持っていなかった。

パンは持ったまま帰れるし、野菜は普段リュックサックに入れて運んでいる。

リュックサックが魚臭くなるのは避けたい。

ミリアなら、歓迎するかもしれないが。

「××××××××××」

「××××××××××」

「桶を二十ナールで譲ってくれるそうです」

ロクサーヌが店のおばちゃんと交渉した。

「じゃあ桶とその魚を八匹な」

ロクサーヌが訳して注文すると、おばちゃんが店を離れてどこかへ行く。

桶を持ってくるのだろう。

「××××××××××」

魚を指差しながら、ミリアが何ごとか説明した。

「ここの魚は綺麗に内臓を取って血抜きも丁寧にしてあるそうです」

「なるほど」

きちんと処理ができているということか。

そういうので味も変わってくるだろう。

現代の漁と違って個人差が大きいのかもしれない。

さすがはミリアだ。

おばちゃんが桶を持って帰ってきた。

すし屋の出前に使うような、取っ手のついた平たい桶だ。

桶にミリアが魚を八匹入れる。

「二十八ナールです」

値段をロクサーヌが通訳した。

安。

一匹一ナールか。

村人のおばちゃんが相手では三割引は効かない。

「これでいいか」

「はい、です」

ミリアがうなずいたので、家に帰る。

「ちっちゃいけど、これでよかったのか」

「あれは地引き網で取れた魚だそうです。網を引く人は手のひらより小さい魚を自分のものにできると言っています。だから、小さい魚は安い上にしっかりと処理がしてあり、美味しいのだそうです」

「なるほど。さすがミリアだ」

「はい、です」

ミリアが胸を張った。

頭をなでてやる。

魚は夕方まで台所に置いた。

夕方、ミリアが三枚におろしてソテーする。

歯ごたえのあるプリップリの食感だ。

美味しかった。

「旨いな」

「はい、です」

いち早く自分の分を食べ終わったミリアがじーっと魚の載った皿を見ている。

皿を取り寄せようと左に動かすと、ミリアの目も左に動いた。

皿を右に戻すと、ミリアの目も戻る。

「……俺は魚はもういいかな」

「私も十分にいただきました」

「私もです」

やはりこうなるのか。

「ミリア、残りの魚は全部食べていいぞ」

「はい、です」

今日も今日とて献上させられた。

翌朝はカシアとの約束の日だ。

最悪の事態を想定して、ボーデの冒険者ギルドにワープし城に向かった。

どこの馬の骨とも分からない者を伯爵に引き合わせてよいかどうかは疑問だ。

インテリジェンスカードのチェックぐらいはやる可能性があるのではないだろうか。

かといって公爵やカシアの頼みを断る適当な理由も思いつかず。

祖父の遺言で。

→どんな遺言だよ。

そのような晴れがましい場には。

→公爵にいつもお目通り願ってるだろ。

盗賊との戦いでパーティーメンバーが死んでいるので自分だけが栄誉を受けるわけには。

→もう無事だって言ってあるし。

迷宮で魔物に不覚を取って大怪我を。

→回復薬で治せるはず。

親が死んだので郷里へ帰ることに。

→クーラタルにいるのがばれたらえらいことに。

急病で。

→ごまかせるのもせいぜい数日か。

いや。ここしばらくは本当に胃が痛かった。

何もいわずに逃げ出す手もあるが、結局逃亡するのなら冒険者でないことがばれてから失踪しても同じことだろう。

なにも現時点で夜逃げする必要はない。

もうここまできたらしょうがない。

後はなるようになれだ。

開き直った気持ちで城に入る。

ロビーには、公爵とカシアが待ちかまえていた。

カシアは優美な藤色のドレスにティアラみたいな髪飾りを着けている。

美しい。

公爵の方もいつもよりぱりっとした服だ。

どちらも正装っぽい。

「おお。ミチオ殿か。待っておった。しかし何故外から」

「えっと。いや、ちょっと」

「まあそのようなことはどうでもよい。参ろうか」

どうでもよくはないが。

もちろん聞かれないなら俺からいう必要はない。

「どちらへ」

「これからセルマー伯のところへ行く」

「これから?」

「三日後という話であったろう」

聞いてないよお。

「すみません、ミチオ様。閣下が日程はその方がよかろうと。セルマー伯のところへは本日うかがうことになりました」

カシアが頭を下げる。

綺麗な髪が揺れ、ほのかに香りが漂ってきた。

カシアもセルマー伯のところへ行くので香水か何かをつけているのか。

甘くかぐわしい香りだ。

正装のカシアは気高く、美しい。

豪華なドレスも宝石のついた髪飾りも、カシアの前ではただの引き立て役だ。

カシアと一緒に行くのなら是非はない。

「なに、どうせすぐに終わる。ミチオ殿とて何度も来訪するよりよかろう」

「よろしくお願いします」

「分かりました」

俺もカシアに向かって頭を下げた。

公爵は無視だ、無視。

せっかちな公爵のことだ。

こうなることは想定しておいてもよかった。