軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

石鹸

石鹸は一日ちょっとの時間ではまだかなり緩かった。

これでちゃんと固まるのだろうか。

中学の実験では、確か先生が冷蔵庫を使って固めてくれたし、すぐに遊びで使い尽くしてしまったので、どのくらい乾燥させればいいのか分からない。

夕食後、石鹸というよりはバターみたいなそれを手ぬぐいにつけて、ロクサーヌを洗ってみる。

裸のロクサーヌを風呂場に立たせた。

ロクサーヌのスタイルはいい。

それなりに高身長なのにやせていて、手足が細長い。

胸にはこれでもかというほどの暴力装置がついているし、メリハリもある。

腰からももにかけてのラインもなだらかだ。くびれつき、尻尾つきである。

「えっと。ご主人様を先に」

「いや。実験だから」

野暮なことをのたまうロクサーヌは速攻で黙らせる。

いったい何のために石鹸を作ったと思っているのか。

ロクサーヌを洗う。

ただそれだけのために作ったというのに。

一刻も早くロクサーヌを洗いたい。泡まみれにしたい。

それ以外のことは断固拒否せざるべからず。

強硬な態度でロクサーヌの申し出を退けた。

「か、かしこまりました」

ロクサーヌも分かってくれたようだ。

しかし考えてみれば、人体実験ではあるのだよな。

本当に石鹸ができたかどうか分からないのだから。

アルカリが強すぎて肌に合わないとか、あるかもしれない。

因幡の白兎みたいになっても困る。

お湯で濡らした手ぬぐいをこすって、泡立たせた。

まずは自分の手につけてみる。

泡立ちは割と良好だ。

結構いける。家にあったボディーシャンプーほどではないが、多少はしょうがないだろう。

手がヒリヒリするとかいうこともなかった。

石鹸としてまずまずのものができたのではないだろうか。

腕にも泡を塗ってみる。

問題はなさそうだ。

「じゃあ、手を出して」

「はい」

ロクサーヌが伸ばしてきた左手を握った。

しなやかな手を泡まみれにする。

ロクサーヌの指の間に、俺の指を差し込んだ。

小刻みに上下動させ、ピストン運動を行う。

なんかいい気分。

しっとりとしていい感じだ。

「一応、初めてだし実験だから、違和感があったら言え」

「分かりました」

手を洗った後は腕に泡を延ばしていく。

二の腕の柔らかさを堪能した後、脇へ。

手のひらを差し込んで、何度もこすりあげた。

手ぬぐいは泡を立てて取るのだけに使い、ロクサーヌを洗うのはすべて俺の手で行う。

脇の次は、急いでお待ちかねの山のふもとへ。

疾(はや) きこと風のごとく。

暴力的な山は静かにたたずんでいた。

徐(しず) かなること林のごとく。

頂上に向かって冠雪したかのように白く染め上げる。

侵掠すること火のごとく。

洗うたびに振動を起こし、泡がふるふると震えているように見えるのは、気のせいだろうか。

こ、これはすごい。

気のせいではない。

洗いながら少しゆすってやると、頂上が大変なことに。

動くこと山のごとし。

ゆっくりたっぷりじっくり丁寧に洗い上げた。

おなかと喉元も泡で覆い、背中に移る。

「今日は初めてだから背中と頭と尻尾も洗うけど、明日はなしな」

「そうなのですか」

「石鹸は毛にはよくないと聞いた」

「そうなのですか?」

「多分」

そんな話を昔どこかで聞いたような気がする。

シャンプーなんてものを特別に作って使っているのだから、あながち間違いではないだろう。

きっと毎日は洗わない方がいい。

背中の毛にたっぷりと泡をつけた。

ゆさゆさもふもふと両手でこねくり回す。

背中に続き、尻尾も洗った。

尻尾の毛を両手ではさんでこすりながら、丁寧にもみ洗う。

柔らかくさらさらとしていて、気持ちいい。

下半身も遠慮なく洗わせてもらった。俺の手で。

全身を泡まみれにした後、頭に向かう。

手ぬぐいから取った泡をつけ、ゆがくようにわさわさとかき混ぜた。

髪の毛だけでなくイヌミミもよく洗う。

日ごろさわりまくっているだけに、感謝して洗わねば。

イヌミミの表と裏、付け根の部分、へこんでいるところなど、洗い残しがないように細かいところまで指でこすり洗った。

イヌミミをゆすったので、髪から顔に泡がたれる。

ロクサーヌが目を閉じた。

ロクサーヌの目が閉じられたままなのを確認して、頭を洗いながらその全身を堪能する。

ついでなので、最後に額とほほも洗った。

完全なる泡人間のできあがりだ。

白い泡の服を着ているのが妙に艶かしい。

ところどころ地肌が見えるからだろうか。

破れた服みたいな感じで色っぽい。

あるいは、所詮は泡だからだろうか。

手で押さえると、服ではないので肌に触れることができる。

「……あ、あの」

いかん。

思わず抱きついてしまった。

これは不可抗力というやつだ。

「こうすると少ない石鹸で効率よく洗うことができる。俺の故郷で親しい男女間で行われる伝統的な洗い方だ」

嘘八百を並べ立てる。

この際だから思いっきりなで回して、アワアワのロクサーヌを満喫しよう。

肌のしっとり感と石鹸のぬるぬる感があわさって、非常に心地よい。

「そうなのですか」

「そうなのだ」

力強く肯定した。

素直なロクサーヌにちょっと心が痛むが、しょうがない。

何ごとも最初が肝心だ。

本当は普通に洗って終わりにしようと考えていたが、その後でこんなことを要求すれば変態と思われてしまう。

最初からこうやってこれが普通なのだと刷り込めば、次からも抵抗なくやらせてもらえるだろう。

「そ、それでは、私もご主人様のお体をお洗いしますね」

ロクサーヌが遠慮がちに俺の背中に手を回してきた。

やはり最初が肝心だったようだ。

ロクサーヌにすべてをゆだねて洗ってもらう。

泡の向こうで弾む山塊が暴れ回った。

ただでさえ反則の暴力的なふくらみを利用するとか。

恐るべし。

「ありがとう。ロクサーヌに洗ってもらうのは気持ちがいいな」

「あの。こんなことでよろしければ」

ロクサーヌにいろいろ洗ってもらう。

いや。髪の毛とか髪の毛とか。

「じゃあ洗い流すからな」

洗ってもらった後、手桶にお湯を汲んで、頭のてっぺんからゆっくりと落とした。

全身についた泡を流す。

交互にお湯をかけ、洗い落とした。

「すべすべして気持ちいいです」

石鹸を洗い落とすと、ロクサーヌが自分の腕をさする。

嬉しそうに目を細めた。満足げだ。

「問題はないな」

「はい、大丈夫です。なんか生まれ変わったみたいな気分です」

「元から綺麗なんだからあんまり変わらないと思うぞ」

「あ、ありがとうございます」

あれ。

今のは、元も綺麗だがさらに美しくなった、と褒めるべきところだったか。

さすがにそこまで褒めるのはどうか。

事実としては、元が綺麗で今も綺麗であまり変わらないから、これでいいだろう。

翌朝、石鹸で洗ってすっきりした体でクーラタルの迷宮に入る。

すっきりしたのは石鹸で洗ったからであって、他意はない。

ないといったらない。

こういう気分のよいときには何かいいことが起こりそうな。

と思っていたら、スローラビットの体当たり攻撃を喰らってしまった。

しまった。

調子のいいときこそ、普段以上に慎重になるべきだった。

きちんとメッキはしてあったので、いくぶんかは衝撃も少なかったはずだ。

腹立ちまぎれにワンドで殴りつけ、五発めのファイヤーストームを念じる。

四発めを放った後でよかった。

火の粉が舞い、魔物が倒れた。

体当たりをかましてきたスローラビットが煙と消える。

ざまあみやがれ。

ガンを飛ばしながら見すえる。

すると、煙が掻き消え、兎の毛皮でも兎の肉でもない小さなものが残った。

あれ。初めて見るな。

「ご主人様、やりました。モンスターカードです」

何だろう、と鑑定する前に、ロクサーヌが飛びついた。

おお。これがモンスターカードなのか。

モンスターカード ウサギ

鑑定してみても間違いない。

インテリジェンスカードと同じような大きさのカードだ。

盗賊たちのインテリジェンスカードと同様、何も書かれてはいない。

「これがそうなのか」

「はい。私も初めて見ました」

「初めて見たのによくモンスターカードだと分かったな」

「話には聞いていましたので」

まあ聞いていれば分かるか。

どう見ても何かのカードではあるし。

「それもそうか」

「ご主人様のおかげでどんどん魔物が片づけられていくのでそのうちに見られるとは思っていましたが、こんなに早く見られて感激です」

迷宮に入る者にとって、一つの目標ではあるのかもしれない。

今までかなり魔物は狩ったはずなのに一枚も残らなかったから、結構なレアドロップではある。

それなりには高く売れるだろう。

ただし、今このモンスターカードを売るつもりはない。

装備品の空きスキルスロットにつけるべきだろう。

そのためには鍛冶師をなんとかしないといけないが。

モンスターカードを装備品に融合するには鍛冶師のスキルが必要で、その鍛冶師にはドワーフでないとなれないのだ。

チャンスは、すぐ後にやってきた。

クーラタルの迷宮の探索を終えたとき、魔結晶が黄色になっていたのだ。

黄魔結晶だ。

十万ナールで売れるらしい。

これで資金的に一応最低限のものはできるだろう。

ロクサーヌほど高くなければ。

「今日の午後はベイルの町に出かけたいと思う」

朝食のとき、予定を立てる。

まずは奴隷商人のところへ行って、話しを聞かなければならない。

「何かご用がおありになるのでしょうか」

「えーっと。商館に用がある」

ロクサーヌにとって、奴隷商人の商館はいい場所ではないだろう。

「商館にですか?」

「一つには、遺言をしてきたい。ロクサーヌはとてもよくやってくれている。俺が死んだら、ロクサーヌは解放しようと思う」

主人が死んだときに所有奴隷をどうするかは遺言できるのだった。

特別な遺言がない場合は、殉死させるらしい。

ロクサーヌをそんな目にあわせるわけにはいかない。

奴隷が主人に牙を剥かないようにするための抑止力としては有用なのだろうが、ロクサーヌには必要ないだろう。

「ありがとうございます。ですが、そんなことをお話になってしまってよろしいのですか」

「うーん。どうだろうな。遺言をするのにロクサーヌも立ち会う必要があるのなら、いずれにしてもロクサーヌも知ることになるから、話して問題はない。遺言するのにロクサーヌの立会いが必要ないのならば、こっそりと遺言を変更できるから、話したところでロクサーヌは態度を変えられない。だから、話してもたいして問題じゃないと思う」

遺言にロクサーヌの立会いが必要かどうか分からないので、今日は連れて行った方がいい。

「なるほど、そうですね。もちろん、私は態度を変えませんが」

「分かっている。一般論として、だ」

実際、ロクサーヌに背中から刺されることは想定していない。

というか刺されて本望というか。

「遺言には奴隷が立ち会う必要はないと思います」

「そうなのか?」

「はい。それと……」

ロクサーヌが声を落とす。

「ん?」

「もし私のことを信用してくださるなら、遺言はなさらないでください」

突然、ロクサーヌが何かを言い出した。

どういうことなのか。

あまりのことに意味が分からなかった。

遺言はするなって。

「え? なんで?」

「ご主人様のことは私がお守りします。私より先にご主人様が討たれるようなことはさせません」

ロクサーヌがきっぱりと宣言する。

兎の肉のシェーマ焼きを噛むのも忘れて、ロクサーヌを見つめた。

冗談を言っているような顔つきではない。

どうやら本気のようだ。

「い、いや。もちろんロクサーヌのことは頼りにしているが」

「ご主人様を守れずに私だけ生き残るとしたら戦士の恥です」

「それは分かるが、遺言とはまた別では」

「この奴隷なら最期まで自分を守ってくれる、それを信用しているという信頼の証です」

そういうものなんだろうか。

理屈がおかしいような気もするが。

「まあ、それはうれしく思うが、心筋梗塞ということも」

「シンキンコウソク?」

「心臓の病気だ。ぽっくり逝く可能性がないわけじゃない」

心筋梗塞は知られていないようだ。

「大丈夫です。ご主人様が心配になられることではありません」

「えっと……本気?」

「はい」

本気と書いてマジらしい。

ロクサーヌの表情を見ても、冗談とは思えない。

主君に忠誠を誓う騎士、という感じなんだろうか。

文明の発展具合からいって、近いものがあるのかもしれない。

「ロクサーヌがそうしろというなら、そうするが」

「ありがとうございます」

「でも何故」

「ご主人様は大変素晴らしいおかただと思います。若くて力強く、能力もあります。おそらくは立派な仕事を成し遂げられるでしょう。それなのに私に対しても優しく接してくださいました。このご恩は返さなければなりません」

日本の江戸時代ならさしずめ殿様と忠義の士というところか。

ロクサーヌには多分そういうものに対する憧れがあるのだろう。

それならば、受け取っておくのも悪いことではないか。

「分かった。ただし、言っておかねばならんが、俺が何かを成し遂げることはないだろう」

「そうとは思えませんが」

「俺はむしろ何かをなさないためにここにいる」

この世界の人間ではない俺がみだりに動けば、この世界に混乱が生じるかもしれない。

それは避けなければならない。

自分の力を過信し、調子に乗って軽率な行動をとることは厳に戒めなければならないだろう。

隔離された炎が燃え広がることなくやがて消えるように、俺も延焼することなく消え去るべきなのだ。

「よく分かりません」

「分からなくてもいい。そういうものだと思っておいてくれ」

「かしこまりました」

首をひねるロクサーヌを無理やり納得させた。

「しかしベイルの商館には行く。そろそろパーティーメンバーの拡充を考えるときだろう。いい戦士がいないか聞いてみるつもりだ。遺言が必要ないなら、ロクサーヌは無理についてくる必要はない。八階層からは魔物が最大四匹出てくる。やはり二人ではつらいだろう。俺は剣を出し入れする必要もあるので常には対応できない。前衛がロクサーヌの他にもう一人いた方が安心だ」

微妙な雰囲気になってしまったが、本来の目的を話す。

ロクサーヌが遺言はいらないとまで言ってくれた直後に持ち出すのは気が引けるが。

やましさからつい饒舌になってしまったかもしれない。

いや。必ずしも次のパーティーメンバーを女性にすると決めているわけではない。

鍛冶師になれるドワーフで前衛だと、ひげもじゃのおっさんという可能性もある。

ロクサーヌと両手に花とか。それはもちろん憧れるが。

朝起きたときに左右両側に美女が寝ているとか。

お風呂でロクサーヌと前後から洗ってもらうとか。

くっそっ。いいな、それ。

しかし資金も潤沢に用意できたわけではない。

ロクサーヌくらい条件のいい奴隷は高いだろう。

美人で、性格もよくて、迷宮においてもおおいに役立つ。

パーティーメンバーを妥協すべきではないが、次くらいはまあおっさんでもしょうがないだろう。

「それはよかったです。確かに、上に行くには二人ではそろそろつらいかもしれません」

ロクサーヌも前向きのようだ。

考えてもみるがいい。

迷宮ではどんなことが起こるか分からない。

パーティーの全滅を防ぐために誰かを犠牲にしなければならない事態に陥るかもしれない。

そんなとき、おっさんがいれば役立つ。

おっさんが一人いれば、誰を犠牲にするかは決まっているようなものだ。

瞬時の遅れもなく、俺は決断できるだろう。

その数刻によって俺やロクサーヌは逃げ出せるかもしれない。

ありがとう、おっさん。恩に着る、おっさん。

おっさんの尊い精神は忘れない。

おっさんの犠牲を糧に、俺は生きよう。

ノーモアおっさん。

「やはりそう思うか」

「はい。それで、私が一緒に行ってもよろしいのでしょうか」

「一応ロクサーヌの意見も聞いてみたい。俺には知らないこと、分からないことも多いので、何かアドバイスがあれば役立つだろう」

女性を選ぼうとするときにロクサーヌがどういう反応するかも見てみたい。

反対するようなら、無理にということはないだろう。

「分かりました。それではご一緒させていただきます」

「頼む」

しかしおっさんがロクサーヌと同じパーティーになるかと思うと、なにやら無性に腹が立つな。

もし胸に目をやるなどということがあったならば即死刑だ。

おっさんはロクサーヌを見てもいけないし、話しかけてもいけないし、一緒の空気を吸ってもいけない。

このくらいの規律は必要だろう。

一緒に住むとなるとロクサーヌのあでやかなネグリジェ姿を見られてしまう可能性もある。

やはりおっさんは駄目だ。ノーモアおっさん。

パーティメンバーは女性限定にしよう。