軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

95. 初恋の女の子 <ユリウス視点>

「じゃあヨナタンにはこの方向で進めるように連絡しておくよ」

「うん、ありがとう。よろしくね」

商会関係の打ち合わせを終えて、リリーの部屋を後にする。

昔からリリーの自室に入り浸っている自分が言うのもなんだけど、年頃の女の子の部屋に同じく年頃の男を入れるのはどうなんだ。

異性として意識されていないようで、少々悲しくなってくる。

だからといって、自分がリリーの部屋に行かないという選択肢はないのだけれど。

なぜなら、リリーが昔のように砕けた態度で話してくれるのは、自室の中など身内のみの限られた場所だけなのだ。

貴族令嬢として足元をすくわれないように、外では気を張っているらしい。

僕が畏まった場以外で少しくらい砕けた態度を取っても咎める奴は誰もいないし、気にしすぎだと思っている。

随分前にそのように伝えたこともあるのだが、「令嬢は殿方と違って許されるラインが違うのだそうです」と困ったように言っていた。

平民として家族の元で商売をしていたかったリリーが、どうしようもない理由で急に貴族として生きなくてはならなくなり、それでも本人は貴族に馴染もうと努力しているのだから、僕にはそれ以上何も言うことはできなかった。

だから僕は、リリアンナではなくリリーに会うために、今日も足繁く彼女の部屋に通うのだ。

リリーのことを、いつから好きになったのかは覚えていない。

ただ、前も後ろも壁ばっかりでどうしようもなく息苦しかった毎日だったのが、リリーと出会ってから嘘のように視界が開けて身体が軽くなったように感じたのは確かだった。

彼女は僕の恩人だ。

リリーの隣にずっといるために商売の勉強をがんばっていたのに、彼女が急に聖女なんてものになってしまったので慌てて城に戻れば、僕では力不足だと言われて結界再起動の旅についていくことができなかった。

リリーの隣にいるためには強さが必要なのだとわかり剣の鍛練を再開すれば、そちらにかまけるあまり、リリーにさみしい思いをさせてしまっていることに気付けなかった。

そのことを謝って仲直りした後は、貴族相手の商売に邁進するリリーを側で支えるために、商売の勉強の方も再開した。

騎士の訓練と商会の仕事を両立するのは中々大変だったが、どちらもそれなりにこなせるようになってきたと自負している。

本当に、リリーの隣にいるというのは簡単な事ではない。

寮の自分の部屋に戻り、ヨナタンに送る用の書類をまとめながら、先日の父や兄とのやり取りの事を思い出す。

騎士見習いたちの誘拐を企てた他国の貴族とシュヴィールス公爵を捕え無事に事件が解決した後、寮に戻ってきた父上に兄のレオンハルトと共に呼び出しを受けた。

「リリアンナとの約束でな、シュヴィールス公爵を捕えたらリリアンナに政略結婚を無理強いしないということになっていたのだ。今回無事に奴を捕らえることができたため、誰と婚約するかはリリアンナの自由となる」

その件に関しては僕はリリーから直接聞いていたので驚くことはなかったが、初めて聞かされた兄上は目を丸くしていた。

「ただ、リリアンナの婚約に口を出さぬとは言ったが、候補者をけしかけないとは言っておらん。私としては、其方らのどちらかと婚約してくれれば万々歳だと思っている。其方らも、リリアンナのことは憎からず想っているのだろう?」

父上がニヤリと笑った。

兄上にとっては寝耳に水のようで、珍しく困惑しているようだ。

「いや、まぁ、リリアンナのことは可愛く思ってはいますが……」

「その為に其方らの婚約者もこれまで決めてこなかったのだ。リリアンナと添い遂げる意思があるのならば、あの子に頷かせてみせよ。……まぁ、其方らにその気がないのなら無理にとは言わぬ。その場合は学園在学中に領地の貴族令嬢から良い相手を見繕っておけ。其方らにも政略結婚は強いぬ故、自分の相手は自分で探してみろ」

「「はっ!」」

父上の言葉に辺境式の返事をして、部屋を辞したのだった。

トン、とまとめ終わった書類を机の上で揃えながら、ふつふつと怒りがわいてくる。

僕と兄上のどちらでも良いのなら、僕で良いじゃないか。

リリーの隣にいるためにこれまで努力してきたのに、横から掻っ攫われるだなんて冗談じゃない。

第一、兄上はどちらかというとリリーよりミルの方に関心があるように見える。そんな奴には負けられない。

学園魔法剣技大会の決勝では、兄上と戦うことになった。

訓練での模擬戦ではなく、魔剣を使って本気で戦うのは初めてのことだ。

僕が兄上に勝てるとは思ってないけれど、リリーの前でかっこ悪い姿は見せられないと全力で食らいついた。

結果は負けてしまったが、自分の成長を感じることができたし、良い試合ができてとても誇らしい気持ちになった。

観客席にいるリリーと目があったので小さく手を振り返していると、それに気付いた兄上がからかうように耳元で囁いてきた。

「俺に負けるようじゃ、まだまだリリアンナは任せられないかなぁ」

その言い方に腹が立ったけど、負けてしまったのは事実なので何も言い返すことが出来ず、せめてもの抵抗として思い切り睨みつけた。

すると兄上は僕の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜて、選手用の控室に戻っていった。

くそ……兄上め。

確かに兄上はかっこいいし剣の腕も天才的だけど、たくさんの女生徒と遊んでいるという噂もある。

そんな軟派な男より、初恋の女の子を一途に思い続けている僕の方がいいという意見だってあるはずだ。

大会での勝利は譲ったが、リリーに関しては兄上に負けるわけにはいかない。

学園在学中に、絶対にリリーとの仲を深めるんだ。

リリーは何故か自己評価が低く、どうも自分のことを恋愛的な意味で好きになる人間なんていないと思い込んでいるように見える。

商売上手で、思いやりがあって、努力家で……魅力に溢れたリリーがどうしてそんなに自分に自信がないのかわからないけれど、いくら人に褒められたところで自分の価値を信じられない気持ちは僕にはとても覚えがある。

今のまま焦って気持ちを押し付けても、簡単に玉砕する気がする。

さて、リリーに自信を持ってもらって、僕を男として意識させるにはどうするべきか……。

商売よりもよっぽどの難問に頭を悩ませながら書類仕事を終え、その後は少し体を動かすことにした。

鍛錬場に足を踏み入れると、鍛錬に勤しんでいる騎士見習いが数名おり、見知った顔もいくつかあった。

その中の一人、リリーの側近のカインが僕に気付き近付いてきた。

「お疲れ様です、ユリウス様。これから鍛錬ですか? よろしければお手合わせ願えませんでしょうか」

穏やかな笑みを浮かべているが目の奥が笑っていないように見える。

同じくリリーの側近のクリストフはよく笑顔が胡散臭いと評されているが、何を考えているか読ませないカインの方がよっぽど胡散臭いと思う。

鍛錬をすることに否やはないので、カインの提案には素直に頷いた。

カンカンカンッ

特に会話をするでもなくカインと模造剣で打ち合う。

学園魔法剣技大会には出なかったけれど、カインの実力は相当なもので一瞬たりとも気を抜くことはできない。

基本の型通りに戦う貴族の剣とは違い、相手の嫌がる動きを分析し、通ると思った攻撃はひたすら擦る、勝つために非常に泥臭い戦い方をするのがカインだ。

無駄にプライドの高い貴族の騎士見習いには手合わせを嫌がられたりもしているが、何をおいても自分がリリーを守るのだという決意が感じ取れる戦い方で僕は好感を抱いている。

実際、彼の剣から学ぶことはたくさんあるし、尊敬もしている。

ことリリーに絡まなければ。

カインの動きに隙を見つけ踏み込むと、それを待っていたかのように沈み込み、足払いを仕掛けてくる。

慌てて飛びのき、間一髪転ぶことを免れた。

「チッ」

おい、今舌打ちをしなかったか。

一応僕、領主の息子なんだけど。

カインはいつも落ち着いていて誰にでも丁寧な態度で接しているが、実は結構ふてぶてしい一面がある。

彼にとって一番大事なのはリリーで、大事な妹に近付く虫とみなした相手には容赦がない。

僕も何度リリーと二人きりになるのをカインに邪魔されたかわからない。

リリーが自分はモテないと思い込んでいる原因の一つは、この過保護な兄にあると僕は思っている。

リリーはカインのことをとても優しいとよく言うが、そんな人間がリリーに嫌がらせをしたり悪評を流した奴を一人一人調べ上げて弱みを握り、その情報を致命的なタイミングで確実に相手が打撃を受けるであろう所に流したりはしないと思う。

カインとは外敵からリリーを護るための協力関係を一応築いているので、リリーを害する者に関する情報とその対応に関してたまに報告されるが、その際のあの黒い笑顔をリリーには隠し通しているのだとしたら、もはやあっぱれのシスコンぶりである。

この男は、リリーの敵には本当に、本当に容赦がない。

その点、僕は足を引っかけられるくらいで済んでいるのだから、まだ甘い対応だと言える……のか?

「はぁ、そろそろ夕食の時間だ。今日はこの辺にしておこう」

日もずいぶん傾いてきたので手を止めてカインに声を掛ける。

カインは剣を下ろすも返事はなく、ジトっとした目を向けてくる。

「何? 言いたいことがあるならハッキリ言ってくれない?」

「……そう簡単には、妹はあげませんからね」

「……僕の姉でもあるんだけど?」

「弟として甘えるだけの年下の男なんて、頼りなくて大事な妹を任せられません」

「…………」

年齢なんて、そんなの僕にはどうしようもないじゃないか。

年下だということを僕だって気にしているのに……。

確実に僕に効く言葉で心を抉ってくるこういうところが、本当にこいつはいやらしい。

若干ふてくされながらカインを睨みつける。

ああ、どこもかしこも強敵だらけで嫌になる。

だけど絶対に諦めてなるものか。

これが僕の”やりたいこと”なんだから。