軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

88. 主のためにできること <メラニー視点>

「ずいぶん参ってしまっているようだな。こんな状況では無理もないけれど」

スープを飲み干した後、ソファで眠ってしまったリリアンナ様の手から器とスプーンを取り上げながらカインはそう言った。

「リリアンナ様はこのままベッドに寝かせてくるから、メラニーも自室に戻っていいぞ。明日また、俺達で聞き込みをしてみよう。まだ何か見落としていることがあるかもしれないから」

「わかった」

リリアンナ様を起こさないようにそっと抱き上げて、ベッドに向かうカインに短い返事をした私は、静かにリリアンナ様の部屋を出た。

自室とは反対方向に足を向け、なるべく音を立てないよう寮の外へ出る。

ゆっくりと寮の外の庭園を歩きながら、主について思いを馳せる。

私が敬愛するリリアンナ様のお心は、ここ最近で起こった騎士見習いの行方不明の件でかなり疲弊してしまっているようだった。

先程も寝付けない様子で、表情も暗く(社交用の笑顔時以外ではあまり表情の変わらない主だが、最近は僅かな変化にも気付けるようになったと自負している)じっと資料の同じところを見つめていたリリアンナ様。

元気づけて差し上げたいけれど、口下手で剣しか取り柄のない私では、気の利いた一言も掛けることができない。

こういう時にさりげなくリリアンナ様のお心をほぐし、休ませて差し上げることができるのはいつもカインである。

カインは実兄故、リリアンナ様の事をよく理解しているし、主もカインには他の側近以上に心を許しているのを感じて、歯がゆく思ってしまう時もある。

大事なのは主の心であって、私の小さなプライドなど取るに足らない事なので、この気持ちを決して表に出すことはしないけれど。

そもそも、今主を取り巻いている現状に、私は腹が立って仕方がない。

何故、身勝手に押し付けられた職務を真面目に全うしようと奔走していただけのリリアンナ様が、全ての責任を押し付けられなければならないのか。

こんなのは誘拐された騎士見習いが弱かっただけの話だ。

己の身を守ることが出来ないほどの実力不足をその騎士見習いが恥じるべきであって、そこにリリアンナ様の落ち度など一切ない。

ゲラーマンを救って下さったリリアンナ様。

辺境で一番初めに結界が壊れ、凶暴な魔物の多く出る森に囲まれた故郷から避難を余儀なくされた私達に、再び故郷の土を踏むことを実現して下さった雷鳴の聖女様。

故郷の周辺はひとたび油断をすれば容赦なく命を奪われる危険な森だが、昔からその森の恵みと共に強く生きてきたのが、我らゲラーマンの民である。

避難民を丸ごと街に受け入れてくださった領主様にも感謝しているが、結界を復活させて下さったリリアンナ様に対するゲラーマンの感謝は並々ならぬものがある。

私も例に漏れず、リリアンナ様に深い感謝の念を抱いているが、それには個人的な理由もある。

私達が故郷を離れたのは私がまだ三つか四つくらいの時だった。

その頃の私は、肌の色が周囲と違うという理由で同年代の子供たちから遠巻きにされ、友人と呼べる相手がいなかった。

一族の中で私だけがこのような色の肌をしているのは、国の西側にある砂漠の地から数代前に嫁いできた女性の特徴が遺伝しているらしい。

砂漠の民は皆、このように浅黒い色の肌をしているのだそうだ。

そのような事情は子供には関係のないもので、見た目で明らかに異質な私は、皆の輪に入れないでいたのだった。

そんな時に、私に友達ができた。

黒い毛皮の魔狼の子供だった。

私は楽しそうに遊んでいる同年代の子供たちの姿を見ていたくなくて、いけない事だけれどこっそりと結界を出て森に入ってしまったのだ。

逃げるように飛び込んだ茂みの中ではじめて見つけたその子は全身傷だらけで、怯えたように震えていた。

魔狼の毛皮は基本的に灰色のため、色の違うその子は群れを追われてしまったのだと思う。

他人事だと思えなかった私は、その子をシュヴァルと名付け世話をした。

魔物は決して飼い慣らすことはできないと言われているけれど、私達の間には確実に絆が存在したと思う。

シュヴァルは怪我が治って動けるようになっても、私が来ると必ず寄ってきた。

毎日一緒に遊んだ、たった一匹の大事な友達だった。

そんな矢先に結界が壊れ、もちろんシュヴァルを街に連れていくことなんかできるわけがないので、私達は離れ離れになってしまった。

賢いシュヴァルは、遠いところに行かなくてはいけないのでもう会えないと言った私の言葉を理解していたようで、最後の挨拶を済ませ背を向けた私の姿が見えなくなるまで、ずっと遠吠えをしていた。

魔物が泣くわけないけれど、その声はとても悲しんでいるように聞こえた。

領主城のある街で暮らすようになって数年、聖女リリアンナ様が誕生した。

辺境の村の結界を復活させて回りながら私達の村にもいらしてくださるというその予定に合わせて、私達も故郷に戻れることになった。

久しぶりに戻った故郷はかなり荒れていたが、村の中心に位置する結界の魔導具が起動された瞬間の美しさは筆舌に尽くしがたく、その時に私はこの方に己の剣を捧げたい、と思った。

しかし、特に秀でた能力があるわけでもない領地の外れの村の男爵家の娘が、聖女様の護衛になるなんて夢のまた夢の話であることもわかっていた。

流石にもう私の事なんて忘れているだろうと思ったが、シュヴァルのことがどうしても気がかりで、私達がよく遊んでいた茂みのあたりに足を運んだ。

しばらく待ってみたがやはりシュヴァルは現れず、肩を落として家に戻ろうとしたその時、遠くから遠吠えの声が聞こえた。

私の記憶よりその声ははるかに野太くなっていたが、何故か私にはその声がシュヴァルだとすぐにわかった。

驚いて振り向くと、遠くの小高い丘に数匹の魔狼がいるのが見えた。

灰色の魔狼達の先頭にいるのは、一際体の大きな真っ黒い毛皮の魔狼だった。

黒い魔狼はしばらく私をじっと見つめた後、踵を返し魔狼の群れはどこかに去って行ってしまった。

ああ、シュヴァルは私のことを覚えていてくれたのだ。

怪我だらけの小さな仔狼だったのが嘘のように立派になって、今では家族までいるようだ。

もしかしたら、今のは私に家族を紹介してくれたのかもしれない。

シュヴァル。

お前は今や群れの長として、立派に成長していたのだな。

ならば親友の私も、かっこいいところを見せねばなるまい。

私は家に戻って父上に直談判し、リリアンナ様の護衛騎士を目指す為にすぐさま領都に戻った。

領主様によるリリアンナ様の側近選抜試験は想像を絶する程過酷ではあったけれど、私はシュヴァルも凄く努力したはずだと歯をくいしばって耐え、死に物狂いで今の立場を勝ち取ることができた。

リリアンナ様の剣として、私は私の全てでもって主に仕えると決めている。

気も効かず、頭も良くない私が、今窮地に陥っているリリアンナ様の為に今できることはこれしかない。

背後に忍び寄る気配に気付かないふりをして、口元にあてられた布に染み込んだ何かを嗅いだと見せかけて、私は瞳を閉じその場に倒れこんだ。

手足を縛られた状態で馬車に詰め込まれ、連れてこられたのはどこかの貴族の屋敷のようだった。

私を誘拐した男たちは聞いたことのない言語で話していて、こいつらはどうやら外国人らしい。

担ぎ上げられ屋敷の中に運ばれる最中、私は奴らに気付かれないように馬車の中で予め引き千切っておいた制服のボタンをこっそりと地面に落とした。

行方不明の騎士見習いたちを発見し主犯を特定した後は、私一人で犯人たちを制圧するつもりだしその自信はあるが、念の為だ。

神獣であるミル様はかなり鼻が利くようでいらっしゃるから、もしかしたら匂いで気付いてくださるかもしれない。

幸い奴らはボタンに気付くことなく、わたしはそのまま屋敷の地下室に放り込まれた。

男達が部屋を出て完全に気配が離れたことを確認し、目を開けると、そこにはやはり生徒会役員の男を含む行方不明になっていた騎士見習い達が同じく捕えられていた。

縛られてはいないようで、全員が暗い顔をして膝を抱えている。

キョロキョロと辺りを見回している私を見て、生徒会の男が口を開いた。

「お前は……確か、ヴァルツレーベンの……」

「私はリリアンナ様の護衛騎士見習いのメラニー・ゲラーマン。ここはどこだ?」

「……ここは、王都にあるシュヴィールス公爵の所有する建物の一つだ」

シュヴィールス公爵、また貴様か。

だが丁度良い。

この機会に奴を捕らえることができれば、リリアンナ様の憂いが全て消える。

「お前達も攫われてきたのだろう。奴らの目的は一体何だ?」

「……私達は、海の向こうの他国に連れていかれるのだ。そこで騎士として剣を振るえと……。私達は、売られたのだ……」

生徒会の男はそう言うと、苦しそうな顔をして俯いてしまった。

他の騎士見習い達も同様に全てを諦めたような顔をしているが、訳がわからない。

「何を諦めたようなことを言っている。まだ他国に連れていかれたわけでもないのに。敵を倒して逃げ出すなり、仲間の助けを待つなり、助かる道はあるだろう」

「……無駄だ。助けは来ない。私達は、主人に見捨てられたのだ……」

生徒会の男の言葉に涙を流している騎士見習いまでいる。

なんだ、こいつら。

まだ希望があるにも関わらずウジウジメソメソと、本当に騎士を志す者なのだろうか。

ここにいる者たちからの協力は早々に諦めて、靴底に隠し持っていた小刀で縄を切り、部屋の中を調べることにした。

部屋の中には物はほとんどなく、空の木箱がいくつか積まれているのと薄い毛布が数枚あるだけだった。

部屋に窓はなく、扉は2つ。

扉の1つは手洗い場、もう一つは頑丈そうな鉄製の扉で、こちらが外に繋がっているのだろう。

試しに鉄扉に向かって魔力を込めて体当たりしてみたがびくともしなかった。内側から開けられる鍵穴のようなものも見当たらない。

今のところ脱出は不可能そうである。

この後おそらく敵から何かしらの接触があるはずだ。

情報収集は苦手だが、そこでできる限り情報を引き出すとして、今は体力を温存するために、騎士見習いの一人に再び手足を縛らせてから、毛布を被って横になった。

微かに物音を感じ、むくりと起き上がった。

窓がないので正確な時間はわからないが、多分既に夜は明けているだろう。

ドタドタという足音がこちらに近づいてくる。

足音はおそらく男が数人。

何やら言い争っているような声も聞こえる。

「何故また攫ってきたのですか! 勝手な行動は慎むようにと言ってあったでしょう!」

「いやあ、どうしても欲しくなってしまって。だって、辺境には屈強な戦士が多いと聞くし、しかも女騎士だなんて、レアじゃないか」

「よりにもよって辺境の者を……。はぁ、欲望に忠実になるのも考えものだな。騎士見習い達を連れてすぐに領地に移動しましょう。今日の夜には発ちます」

「ええ? そんなに急ぐことないじゃないか。私は王都でもう少し買い物したいんだけど」

「念の為です」

ガチャリと鍵の開く音がして、入室してきたのはヴァルツレーベンの敵、グレゴール・フォン・シュヴィールス本人だった。後ろには軽薄そうな雰囲気のひょろっとした外国人の男と護衛であろう騎士二人を引き連れている。

私はギロリとグレゴールを睨みつけた。

「おや、お目覚めかな?」

「ここから出せ」

「それはできない相談だ。君にはこれから他国で剣を振るってもらわなくてはいけないのだから」

「ふざけるな」

グレゴールはやれやれと肩をすくめて私の前に膝をつき、さも私の事を心配しているかのような甘ったるい声を出した。

「あぁ、可哀そうに。君の主は、君の事を見捨てたようだよ。君の事を大切にしてくれない主の事なんて忘れて、他国に渡った方が君のためになるんじゃないかな」

グレゴールの胸についているブローチが怪しげな鈍い光をたたえている。

「君の主はいけない人だね。私が君の代わりに主をやっつけてあげるから、君の主の事を教えてくれるかい」

「私が貴様などにリリアンナ様の情報を漏らすわけがないだろう。寝言は寝て言え」

私の返答に目の前の男はおや、という顔をした。

「君、主に何の負の感情もないのかい? 今時珍しいね。困ったな、これでは傀儡にできない」

「え!? じゃあどうするのさ」

「傀儡にできない以上、貴方の国に連れて行っても思い通りには働きませんから、彼女の事は諦めるしかないですね」

「そんなぁ……」

よくわからないが、当てが外れたらしい。私そっちのけでもう一人の男と話していて、男は大げさに嘆いている。

「まぁ、聖女の身内が手に入ったというのは僥倖かな。君には 来(きた) る日の為、対聖女の人質になってもらおう」

「馬鹿を言うな。私がリリアンナ様の枷になるくらいなら、死んだほうがましだ」

「……まぁまぁ。何も今すぐどうこうしようとは思っていないから、しばらくは大人しくしていてくれ」

グレゴールはそう言うと、騎士に命じて私を押さえつけて腕の拘束を外し、新たに金属製の手枷を嵌めて地下室を出ていった。

手枷を嵌められてから力が入らない。魔力が吸われているようだ。

くそ。奴め、こんな物まで用意していたのか。

体を支えているのも億劫なので、木箱に背を預けた。

「……お前は何故、そんなにも主に忠誠を捧げることができるのだ」

首を動かすのも怠いので目だけでそちらの方を向くと、生徒会の男が迷子の仔犬のような顔をしてこちらを見ていた。

「何故って。主に忠誠を誓うのに理由などいらないだろう」

「主に見捨てられたかもしれないのに」

「そんな訳があるか。リリアンナ様は今頃仲間の騎士見習い達を動かして私の行方を探索させているはずだ」

「……私は、お前のように主を信じることができない。ヴィクトール様は、きっと私の事を探しては下さらない。あの方は、私のことなど興味がないのだ」

「…………」

「いつもそうだ。私が何を言っても、何をして差し上げても、礼の一つもなくつまらなさそうな顔をしている。顔は笑っていても、目の奥はいつも冷めている。そのくらい、私にもわかる。ヴィクトール様の目に、私は映っていないのだ。いてもいなくても変わらない。……私は、お前が羨ましい」

何か知らないが急にぐちぐちと主の文句を言い始めた。

これが次期騎士団長とは、王立騎士団は大丈夫なのか?

生徒会の男は眉を下げながらも何か期待するような目でこちらを見ている。

これはまさか、私に慰めの言葉を期待しているのか?

冗談じゃない。こんな腑抜けた奴に掛ける優しい言葉など、私は持ち合わせていない。

「阿呆かお前は」

「えっ……」

「先程から黙って聞いていれば、主があれをしてくれないこれをしてくれないなどと、何様のつもりだ。主が何かしてくれないと、お前の忠誠心は揺らぐのか」

「そ、そんなことは……」

「お前の言っていることはそういうことだ。主が何をしてくれても、してくれなくても、己の心に決めた主だろう。身命を賭してただ仕える、それだけだ。そもそも、お前は何か対価を要求できるほど、本当に全てを捧げてお仕えしていると自信を持って言えるのか? 例え主がお前の献身を捧げるほどの器ではなかったとしても、それはお前の見る目がなかっただけの話だ。自身の不足を、主のせいにするんじゃない」

生徒会の男は茫然とした顔でこちらを見ている。

何を驚いているんだ、私は至極当たり前の話しかしていないぞ。

騎士どころか騎士見習い未満の男の事は無視することにして、目を閉じた。

大丈夫だ、リリアンナ様が必ず見つけてくれる。

パリーンと遠くで何かが割れるような音が聞こえ、目を開く。

複数の足音が聞こえたと思ったら、キンキンキンッという硬質な音が響き鉄製のドアが崩れ落ち、見慣れた顔の者達がなだれ込んできた。

「メラニー!!! 無事ですか!?」

ほら、言っただろう。やはりリリアンナ様は私を見つけてくれた。

ただ、まさかリリアンナ様ご本人が来て下さるとは思っていなかったけれど。

主に対価を求めず忠誠を捧げるのみだと言っておきながら、無表情が常である主の必死な顔を見て、不覚にも嬉しいと思ってしまった。