軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

68. ポキン

魔法剣技大会も無事に終了し、再び授業と時々お茶会に追われるストレスフルな日常が戻ってきた。

私は中身は大人なので、ローザリンデやツェルナー夫人の態度を他に告げ口するようなことはせず、波風立てないようにやり過ごしているのだが、それが良くなかったのか最近彼女らの態度がより酷くなってきているように感じる。

特にローザリンデは魔法剣技大会以降、私に対する当たりが非常に厳しいものとなっている。

彼女のお茶会では最近は私の交友関係を広げるという名目で彼女の知り合いの令嬢が数人同席するようになっており、皆で私を囲んでクスクスと笑いものにする、という構図が出来上がっていた。

私の無表情はいつも通りだし、はたから見れば楽しく談笑しているように見えるのだろう。令嬢達の貴族式いびりスキルの高さに、やはり私には貴族社会は向いていないと再認識させられた。

「リリアンナ様が最近着けていらっしゃるそのリボン、流行りのハーリアルレースではないようですけれど、中々良いお品のようですわね。平民のご出身である貴女には分不相応ではないかしら? ねぇ、皆さま」

「ローザリンデ様のおっしゃる通りですわ。そんな高級なリボン、平民臭い貴女にはちっとも似合いませんわ。ローザリンデ様のような生まれながらに高貴なお方にこそ、似合うのではないかしら」

「そうですわ。貴女は分不相応な品を身に着けることを恥じて、自らローザリンデ様に献上するべきではなくて?」

ローザリンデが私の着けているリボンに目を付けていることには気付いていたが、それとなく寄越せという遠回しな言葉に気付かぬふりをしてのらりくらりと交わしていた。

しかしながらとうとう今日は割と直接的にローザリンデに渡すように言われてしまった。

城で用意してもらったドレスや装飾品であればたくさんあるので、己の身の安全のために彼女に渡すくらい何ということもないのだが、このリボンだけは絶対にダメだ。

どんなに脅されてもお金を積まれても渡すわけにはいかない。

「申し訳ございません。このリボンは頂き物で大切なものなので、お譲りするわけには……」

「まあぁ、さすが平民のご出身ですわね。なんて厚かましいのでしょう! 本来であれば喜んで自分からローザリンデ様にお渡しするところですのに、意地汚くしがみついて。このような常識知らずな方を教え導いていかなければならないローザリンデ様がお可哀想ですわ」

ローザリンデの友人という名の取り巻き令嬢はわざとらしく悲しそうな顔をして言った。

言っている内容はお前のものは俺のものというようなぶっとびジャイアン理論なのに、表情だけは儚げな深窓のご令嬢といった感じで、知らない人が見れば私が悪者のようである。

「これは、わたくしの友人である同じく平民の職人が手作りした物ですから、高貴なお生まれの皆様は平民臭く感じてしまうかもしれません」

「あら、そうですの?」

リボンは私の同類が作った物だと伝えると、令嬢達の勢いが少し削がれたところで時刻を告げる鐘の音が鳴ったため、授業がもうすぐ始まる時間だからと言って、逃げるようにしてその場を辞した。

私室への道をトボトボと歩きながら肩を落とす。

リラ……ごめん、リボンを守るためとはいえ、リラを下げるようなあんな言い方、したくなかった。

リラはきっと夢に向かってどんどん腕を上げているのに、何一つ上手くできない自分にがっかりした。

「では、復習を致しましょう。現在では、王家と四大貴族の五家のみがフォンを名乗ることが許されています。リリアンナ様は北のヴァルツレーベン辺境伯家のご令嬢ですから、リリアンナ・フォン・ヴァルツレーベンとなりますね。では、ヴァルツレーベン以外の四大貴族の家名は覚えていらっしゃいますか?」

「ええと、東のオストウィック公爵家、南がシュ、シュべ……」

「シュヴィールス公爵家ですわ」

気持ちを切り替えて次の授業は頑張るぞ、と気合を入れて臨んだものの、またしても上手くできなかった。

貴族の名前は長いし発音が難しいしで、中々覚えられない。

ツェルナー夫人は、はぁ、とわざとらしくため息をついて教科書を置いた。

「リリアンナ様。四大貴族の名は貴族社会では常識です。こんな簡単なことも知らないようでは、社交界で恥をかいてしまいますよ」

「申し訳、ございません」

ああ、始まってしまった。

近頃は私が何か一つ間違うと、ネチネチと長いお説教が続く事が多い。

今日こそはこの無駄な時間を回避しようと予習してきたつもりだったが、領地の貴族の名前を覚えるだけでも精一杯なので、他領の貴族の名前なんて私にとって何の役に立つのかわからないと思い後回しにしていたのだ。

ツェルナー夫人の叱り方は怒鳴るわけではなく、いかに私が貴族として不出来か延々と述べてくる。

私の返事は安定の「申し訳ございません」、「かしこまりました」、「以後気をつけます」の三つしかない。

「貴女はいつもそうですわね。申し訳ございません、以後気をつけます、口ばかりで何も変わってはいないではありませんか。わたくしのことを馬鹿にしていらっしゃるのでしょうか」

「いえ、そのようなことは……」

「リリアンナ様、貴女には学びに対するやる気も情熱も全く感じられません。わたくしはこれまで数多くのご令嬢を指導させていただいて参りましたが、貴女のような不真面目な生徒は初めてです。わたくしの経験上、そのような不真面目な態度では立派な貴族のご令嬢になることなど不可能と言わざるを得ませんわ。教師達は皆、わざわざ貴女のために自分の時間を削って集まっているというのに、わたくし達に申し訳ないと思わないのですか」

もう、無理かも。

ポキン、と心が折れる音が聞こえた気がした。

やる気や情熱などという根性論ではなく、だったらどうすればスムーズに私が貴族教育を修めることができるのか具体的な方法を提示してくれないだろうか。

そもそも一体いつ、私が立派な貴族の令嬢にしてくれと頼んだのだ。

成り行きで領主の娘になってしまい、生きていくのに必要だから仕方なく授業を受けているだけで、自分から貴族になりたいなんて思ったことは一度もない。

日頃のストレスをぶつけるかのようにミスをあげつらってネチネチと責めてくるくせに私のためなんて言葉を使わないでほしい。

ここまで心は成人だからと大人ぶって我慢していたけど、一度吹き出した不満はもう止められない。

もう、何も頑張れる気がしない。

なんとか繋いでいたやる気の欠片もなくなってしまい、もう何もしたくない。

なんか、もう、何もかもどうでもいいや。

その後、一体どう乗り切ったのか記憶がない。

気が付いたら自室のソファに座っていて、お養母様が私の顔を覗き込んでいた。

ああ、そうだ、今日は授業の後に覚えたマナーの練習も兼ねてお養母様にお茶に誘われていたんだった。

しまった、私が現れないから迎えに来させてしまったのかもしれない。

平民出の義理の娘の分際で、領主夫人に迎えに来させるなんて、とまた叱られてしまう。

重だるい体を無理やり動かして立ち上がる。

「お養母様、お待たせして申し訳ございません。今、お茶の用意を……」

「いいのよ。お茶なんていつでもできるのだから、今貴女に必要なのは休息だわ」

お養母様は立ち上がろうとした私の肩をそっと押さえ、心配そうにしている。

私は別に体調は悪くないのだが、一体どうしたのだろうか。

「リリアンナ。元々平民であった其方にとって、高位貴族の振る舞いを身に着けるということは、私が思う以上に重圧であったことであろう。貴族教育は一旦中止とする故、しばらくゆっくり休むといい」

部屋の中には何故かお養父様もいて、お養母様と同じく心配そうな、それでいて苦しそうな表情をしている。

夫婦揃ってどうしたんだろう。

というか、今のお養父様の言葉、それは戦力外通告か。

しばらく休めと言われて、その後二度と呼ばれない左遷パターンではないのか。

先程は何もかもどうでもいいとか思ってしまったけれど、このくらいの修羅場、社畜時代にいくらでもくぐり抜けてきたのだ。

心を完全に殺せばまだまだいける。

監督、私、まだやれます……!

「大丈夫です。わたくしはいたって元気なので休む必要はありません。わたくしが不出来なばかりに先生方にはご迷惑をおかけしてしまっていますから、これ以上授業を遅らせるわけにはいきませんでしょう」

「リリアンナ……」

なぜか皆痛ましそうな顔をしてこちらを見ている。

なぜそんな顔をするのだ。社畜時代の徹夜込みの地獄の二十連勤に比べれば、このくらいはまだ余裕である。

そうだ、まだまだ追い込みが足りなかった。

私は知らず知らずのうちにぬるま湯につかってしまっていたようだ。

皆の反応を不思議に思ってお養父様達を見返していると、コンコンとドアをノックする音が響いた。

「アードルフです。連れてまいりました」

「入れ」

私の部屋なのにお養父様が入室の許可を出し、ドアが開いてアードルフとフード付きの外套を頭からすっぽりと被った人物が入ってきた。

誰だろう?

ドアが閉まりぱさりとフードを脱いだその下に見えたのは、私が会いたくて会いたくてしょうがなかった大好きな懐かしい顔だった。

「おに、おにい、ちゃ……」

こんなところにいるなんて夢かもしれない。

でも夢だと思いたくなくて、震える手を伸ばすと、カインは私の元に走り寄りぎゅうっと力いっぱい抱きしめてくれた。

「リリー! 会いたかった……!」

お兄ちゃんの声だ! お兄ちゃんの匂いだ!

ここに、お兄ちゃんがいる……!

「おにいちゃん……さみしかったよぉ……」

そう、さみしかったのだ。

広すぎる部屋で一人眠るのも、周りの人に畏まって接されるのも、どれだけ根を詰めて勉強しても「がんばったね」って優しく頭を撫でてくれる暖かい手がないのも、さみしくてしょうがなかった。

すごくすごく、さみしかったのだ。

もう貴族らしくなかろうがそれがなんだ。

大好きな兄の胸に顔をうずめて、久しぶりに大声で泣き散らかした。