軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

66. 約束のリボン

辺境の村を巡る旅から帰ってきたフュルヒテゴットは、自身の研究室に閉じこもり、今回の旅で新たに発見された古代の書物と壁画の文字の研究に没頭しているらしい。

今回初めて知らされて驚いたのが、現在シスターエミリーが彼の助手を務めているということだ。

アーティファクト関連ではないが、この街の教会にも数少ない古代文字の文献があり少なからず古代文字に親しみがあった事と、身の安全を鑑みて教会に戻ることができないシスターがただ守られているだけなのが心苦しいと申し出たことにより、そういう事になったのだそうだ。

しょっちゅう寝食を忘れ研究に没頭してしまうフュルヒテゴットに適切に食事や睡眠を取らせることができるようになったので、周囲の人からはかなり有難がられているらしい。

実の兄とはいえ、シスターが他の男と四六時中一緒にいて嫉妬しないのかとアードルフに聞いてみたら、なんと、二人は既に恋人同士なのだという。

「研究馬鹿のあの兄上との間に何か起こるはずもないですし、少しでも領地のお役に立ちたいというエミリーの気持ちを尊重したいので……」

と幸せそうにはにかみながら、想いの通じた彼氏の余裕を見せるアードルフに、若干イラっとしてしまった私は悪くないと思う。

……私の方が、先にシスターと仲良くなったのに!

一方私は、本格的に貴族としての教育が始まっていた。

正直これにはかなり苦戦していて、無駄に長ったらしい貴族の名前は中々覚えられないし、お辞儀の角度や貴族特有の婉曲的な言い回し等なんの意味があるのかよくわからない。

特に教師を困らせているのが笑顔で、自分も努力してはいるのだが、中々うまく笑うことができないのだ。

「宜しいですか、リリアンナ様。笑顔は淑女の基本中の基本です。たとえ不快な事があったとしても笑顔の裏に本心を隠して社交を円滑に進める事が淑女の務め。そのように仏頂面をしていては、相手に対して非常に失礼ですよ」

「申し訳ございません……」

ツェルナー夫人は私の淑女教育の為につけられた教師だ。

とても優秀な人だと聞いているが、初歩の初歩で躓いてしまっている私に苛立ちを隠しきれなくなっている。

本当に申し訳ない……。

「はぁ、これだから平民は……」

彼女は小さな声で呟いたつもりかもしれないが、ばっちり聞こえている。

領主の養女となった私の出自は明言されておらず、一応書類上はお養母様の実家の遠縁の娘ということになってはいるが、平民の格好をした私が竜を倒したところを見ていた騎士も多く、私が平民出身であることは貴族の間で既に周知の事実となってしまっているらしい。

ツェルナー夫人は、どうやら平民が領主の養女となったことが気に入らないようだ。

事あるごとにチクチクと嫌味を頂戴している。

嫌味に関しては前世の会社員時代でも似たようなお局様がいたから同じように適当に聞き流しているし、優秀な人らしいのに平民出身の出来の悪い子供の教師にされて不満に思ってしまうのも理解できるので気にしていない。

むしろこれまで出会ったほとんどの貴族が好意的だった事の方が驚きだ。

どこの馬の骨かもわからない、気品のかけらもない小娘が突然自分のコミュニティに入ってきたら、貴族としては良く思わなくて当然だろう。

なので教師の当たりの強さは甘んじて受け入れて、なるべく不快にさせないよう頑張ろうと思ってはいる。本当だ。

だが、何の役に立つのかもわからない単語の羅列や会話のお作法などが驚くほど頭に入ってこないし、やる気が起きない。

覚えたところで一銭の得にもならない貴族教育に、どうしたってモチベーションが上がらないのだ。

腐っても元社畜、そこら辺を態度に出すほど子供ではないので夫人の話を殊勝に聞いているふりで誤魔化してはいるが、結局身に付いてはいないのでイラつかせる結果となってしまっている。

自分がリリアンナになることを承知して、わざわざ優秀な教師をつけてもらっている以上、貴族としての知識や立ち居振る舞いを身に付ける以外に道はない。

遅々として進まない貴族教育と、事あるごとに刺してくる嫌味のオンパレードに、私は早々にストレスで禿げそうになっていた。

「リリアンナ。こちらはローザリンデ。騎士団長の娘でレオンハルトの婚約者でもある。慣れぬ生活に加えて教育も始まって気詰まりであろう。彼女なら年も近いし、良き友人になれると思ったのだ。分からぬことがあれば聞くといい。ローザリンデ、妹だと思って良くしてやってくれ」

今日はお養父様が女の子の友人を紹介してくれるとのことで、お茶会が開かれている。

お茶会と言っても他に人はなく、城の庭にある四阿で私達と給仕のメイドさんのみのささやかな会である。

貴族の子女は親に紹介されて友人になるものらしい。

それで本当に仲良くなれるものなのか、友達がリラとユーリしかいないレベル2の私では判断がつかない。

というか、レオンはあの年でもう婚約者がいるのか。

女の子にめちゃくちゃモテそうだから、婚約者は大変そうだな……。

「初めまして。わたくしはバスラー伯爵家の長女ローザリンデ・バスラーですわ。レオンハルト様の妹でいらっしゃるリリアンナ様は、いずれわたくしの妹になるのですもの。仲良くしてくださると嬉しいわ」

レオンと同い年だというバスラー伯爵令嬢はドリルのようにぐりんぐりんの金髪縦ロールに、フリルたっぷりの派手なドレスを着ていて、なんだか悪役令嬢みたいだな、と失礼なことを思ってしまった。

あ、ドレスに使われているレース、ハーリアルレースだ。

「リリアンナ・フォン・ヴァルツレーベンです。よろしくお願いいたします」

ローザリンデはにこやかにお手本のような淑女の礼を見せてくれたが、それに比べて私の礼は付け焼き刃でぎこちない。

幼い頃から淑女として教育されてきた生粋の貴族の隣に並ぶと、どうしても見劣りしてしまう。

「では私はもう行く。後は若い二人で親交を深めてくれ」

お養父様はお見合いの仲人さんのようなことを言って去っていった。

ローザリンデはお養父様の姿が見えなくなると、それまでのにこやかな笑顔を決してフンと鼻を鳴らした。

私を見下すように見るその目はとても冷たい。

「躾のなっていない薄汚い野良犬が、よくも上手く取り入ったものですわ。領主様に気に入られているからといって、自分が貴族の一員になれるだなんて、思い上がらないで頂きたいわ」

どうやら彼女はツェルナー夫人と同タイプだったようだ。

お養父様、この子と仲良くなるのは私には無理そうです……。

「先程は領主様の手前ああ言いましたけれど、わたくしが平民の姉だなんて絶対にごめんだわ。身の程をわきまえて下さる? わたくしと仲が良いだなんて、他の方に口が裂けても言わないでちょうだいね」

「……かしこまりました」

その後はただひたすらに、目だけは笑いながら口元を豪華な扇で隠して罵倒の言葉を浴びせてくるローザリンデに相槌を打ち続けた。

合言葉は「申し訳ございません」、「かしこまりました」、「以後気をつけます」だ。

前世のクレーム対応を思い出しながら、地獄のお茶会をなんとか乗り切った。

年上とはいえまだ子供なのに、よくそんなに罵倒のレパートリーがあるものだと感心してしまった。

お茶会終了後、お養父様にどうだったかと感想を聞かれ、良かれと思ってせっかく引き合わせてくれたので正直に言う事も憚られ、無難な返事を返しておいた。

すると、私達の関係が良好だと思い込んだお養父様によって、ローザリンデとの定期的なお茶会が私の予定に組み込まれてしまった。

それ以降、私は社畜時代の如く、更にストレスフルな毎日を送ることとなった。

こんな懐かしさは感じたくなかったよ……。

貴族教育とお茶会に忙しく過ごす日々の合間を縫って、ようやくデニス達との面会が叶った。

「リリアンナ様がカールハインツ商会とタイガーリリー商会の者と親しくされていたことは存じておりますが、今後は貴族として上位者の態度で接するようお気を付けください」

気の休まらない日々を過ごしているので、久しぶりに気安い相手に会えることをとても楽しみにしていたのだが、アードルフにぶすりと釘を刺されてしまった。

今までのような親し気な態度は許されず、貴族としての大きな猫を被って接しなければならないらしい。

ちなみに、がっつり関係者であるユーリは、今回の面会は欠席なのだそうだ。

私達が地方行脚から帰ると、彼は騎士団に日参して訓練を受けるようになっていた。

レオンと比べられて苦しいと言っていたのにそれはもう大丈夫だろうかと思ったのと、目標ができたと言っていたのはどうなったのだろうと気になったのでそれとなく聞いてみると、

「強くならなくちゃ一緒にもいられないってわかったから。兄上と比べられることは別にもういいんだ。僕は僕の目的の為に強さが必要なんだよ」

とわかるようなわからないような返事が返ってきた。

レオンとの因縁に関してはもう完全に吹っ切れているようで、目標に向かって毎日生き生きと訓練で忙しそうにしている。

貴族教育を嫌々受けている私なんかとは大違いだ。

……さみしくないように側にいてくれるって言ってたのに、嘘つき。

「お久しぶりでございます、リリアンナ様。この度は、領主様のご養女となられたこと、誠に喜ばしく存じます。今後ともカールハインツ商会とタイガーリリー商会をお引き立て下さると幸いでございます」

城にある私専用の応接室にやってきたデニス、イーヴォ、ヨナタンが跪き、デニスが代表して挨拶を述べている。

三人の旋毛を見下ろしながら、私達の立場はこんなにも遠くなってしまったんだな、とさみしく思った。

カールハインツ商会の中に間借りしているタイガーリリー商会の商会部屋で、私とヨナタンとユーリで奮闘していた日々がひどく懐かしい。

あの時も毎日忙しかったけど、とても楽しかったな……。

今後の私達の関係は、カールハインツ商会はひいきにしている商会、タイガーリリー商会は私が出資して立ち上げた私の持ち物という位置付けになるらしい。

「リリアンナ様に一つご報告がございます」

デニスがそう言って話し始めたのは、すっかり忘れていた白パンについてだった。

白パンの試作品を食べてみて、これは莫大な富を生む金の卵だと確信したデニスとヨナタンは、領地を巻き込んだ一大事業として準備を進めてきたのだそうだ。

ハンバーガーやハーリアルレースの事業だけでもあんなに忙しかったのに、並行してそんなことまでしていたとは驚きである。

ちゃんと睡眠は取れていたのだろうかと心配になった。

白パン事業は、既に運用開始一歩手前ぐらいのところまではきていて、私が各村の結界を復活させたことで、大規模な小麦畑も現在作られているところだという。

小麦の生産体制が整えば、まずは貴族を中心に広めていくことになるらしい。

レース事業を経験した今ならわかる。

貴族相手の事業は利益が桁違いなので、この白パン事業の利益も相当なものになるのだろう。

私は白パンの開発者として、その利益の一部を永久的に受け取る権利があるらしい。

突然降ってわいた莫大な不労所得に、あんなにも切望していたものだというのに全く実感がわかず、心にぽっかりと穴が開いてしまったようだ。

「村の結界が復旧したことで、ハンバーガー事業やレース事業の従業員に影響はありませんか?」

「自分の村に戻った従業員もおりますが、レースの方に関しては作り方さえ覚えてしまえば村で作った物を納品させる形で継続可能です。ハンバーガーの方も、街に残った者もおりますし、いまや大人気の働き口となっているので問題なくまわっております」

難民問題で雇用の需要が溢れていたからこそ人手がすぐに確保できたというのがあったので心配していたのだが、取り越し苦労だったようだ。

パウル君も街に残ることにしたようで、うちの店も変わらず大盛況だと教えてもらった。

……なんか、私がいなくても、世界は問題なく回るんだな。

だめだ、なんだか思考がどんどんネガティブになってしまう。

「リリアンナ様。当商会の専属レース職人より、献上させて頂きたい物がございます」

先程からずっと黙ってデニスの隣に座っていたヨナタンが口を開いた。

タイガーリリー商会の専属レース職人って、リラのことだよね?

ヨナタンから小さな箱を受け取ったイングリットが中身を確認し、私に手渡してくれた。

箱の中には、虹色に反射する金糸で花模様が刺繍された薄紫色のリボンが入っていた。

とても細かく刺繍されていて、手の込んだ逸品だ。

中には手紙も一緒に入っていたのでその場で広げる。

――リリーへ

一角獣(ユニコーン) の鬣と魔蚕の糸を掛け合わせた新しい糸ができたから、リボンに刺繍をしてみたわ。

図柄は、ちょっと恥ずかしいけど、百合の花とライラックなの。

リリーだから百合の花と、あとライラックはリラとも言うでしょ?

簡単には会えなくなっちゃったけど、このリボンは離れていてもあたしたちが友達だっていう証よ。

一番あんたの瞳に近い色の生地を探して、いつもつけてるレースのリボンと重ねてつけても合うように考えたの。

我ながら世界一あんたに似合うリボンができたと思うから、ちゃんと着けてよね。

あたしはいつかこのリボンに合うような、領主の娘が着てもおかしくないくらい素敵なドレスを作ってみせるから、その時は買ってちょうだいね。

貴族の生活なんて想像もつかないけど、きっと大変なんだろうな。

あんたはいつもあたしにご飯を食べろちゃんと寝ろって言ってたけど、今はあんたの方がおろそかにしてないでしょうね?

いつか絶対に最高のドレスを売り込みに会いに行くから、あんたも元気にがんばるのよ。

約束よ。

あなたの親友 リラより――

字の書けないリラはヨナタンに代筆してもらったのだろう、見覚えのある少し右肩上がりの癖のある綺麗な字で書かれた手紙を丁寧に封筒にしまいなおした。

泣くな、泣くな。

淑女が人前で涙を流すなど言語道断だと、ツェルナー夫人に言われている。

リラが頑張れと言ってくれているのに、涙をこらえる努力もできないなんて恥ずかしいではないか。

「……ありがとう、ございます。とても気に入ったと、職人に伝えて下さい」

少し声が震えてしまったかもしれないが、なんとか涙を流さず伝えることができた。

「かしこまりました。必ず伝えます」

ヨナタンは私の言葉に嬉しそうに笑い、用の済んだ三人は下町に帰っていった。

三人を送り出した私は、しばらく一人になりたいとお願いし、無駄に広い自分の部屋で声を殺して泣いた。

ミルが心配そうに寄り添ってくる。

私は、どうやら自分で思っていた以上に貴族というものに向いていなかったらしい。

慣れない教育や貴族相手の社交のストレスと、好きな人達に会えないさみしさでどうにかなってしまいそうだ。

ただ、社畜時代は嫌な仕事でもなんとか一通りは熟せるようにはなったのだ。

今回だって何とかなるはずだ。

ひとしきり泣いて発散した後は、FIREを目指す前の目が死んでいた頃の自分を思い出しながら、ただただ無心で目の前に積み上げられた課題に手をつけていくのだった。