軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

60. 貴族の指輪

ハーリアルの棲み処を後にして、出発した城のバルコニーに降り立つと、私が戻ってくるのが見えていたのか、イングリットとアードルフが既に待機していて出迎えてくれた。

お養父様がすぐに話を聞きたいとのことで、その足でまた執務室へと連れて行かれた。

「それで、神はなんと……?」

そわそわしたように聞いてきたお養父様に、ハーリアル様から聞いた神の怒りの経緯、してほしい事は特にないけど私とミルを傷つけたらその人の家に雷が落ちることなどを説明した。

指輪の話をすると、お養父様は無言で固まってしまった。

なんだか、この人のこんな顔ばかり見ているような気がするな。

お養父様はギギギ、と油の切れたブリキ人形のようにぎこちなく首を動かし自分の手元を見た。

「……これが、魔力を放出している、だと?」

「ハーリアル様はそう言っていましたけど、私にはわかりません。私がつけてみてもいいですか?」

「あ、ああ」

お養父様は自身の手から指輪を抜き取り、私に手渡した。

大きな淡い黄色の石がついた装飾も見事なごつめのシルバーリングだ。

右手の親指に嵌めてみるが、それでもぶかぶかだった。

「あ。確かに、魔力がちょっと吸われてる気がします」

「そんな……」

そのような心細そうな目で見ないでほしい。

歴戦の猛者のようだった雰囲気が、今では道に迷った上に雨に濡れて途方に暮れる大型犬である。

常に吸われている状態だったから気付かなかったのだろうか、と考えながら指輪を返した。

「その指輪はどこで手に入れたものなんですか?」

「これは、貴族なら誰しもが幼い時分から身に着けるものなのだ。貴族に子が生まれれば申請して王都の教会に製作してもらう、貴族の証だ。騎士や侍女など、指輪が仕事の邪魔になる者でも紐を通して首から下げるなどして必ず持っている。……其方は虹色病という病を知っているか?」

「はい。私自身、虹色病でしたから」

唐突に聞いたことのある病の名前が飛び出して、それがなんの関係があるんだろうと思いつつも自分がそうであったことを答えると、お養父様が目を見開いた。

「なんと、そうであったのか。虹色病の子供は洗礼式までは生きられないと聞くが、其方がここまで生きられているのはやはり聖女であるが故か。……元平民で虹色病であった其方にこれを言うのは心苦しいが、この指輪は貴族の身分証であると同時に、虹色病を防ぐためのものでもあるのだ。平民にもごく稀に虹色病の子供が生まれるが、貴族だとその確率は大幅に上がる。というより、何故かほぼ確実に虹色病を発症するのだ。貴族が生きていくためにはこの指輪を肌身離さず身につけている必要がある」

「ああ、だから指輪で魔力を放出していたんですね」

「は?」

なぜそんな指輪をつけているのだろうと不思議だったが、ようやく合点がいき、ぽんと手を打つ。

体の成長に合わせて増える魔力が溢れ出して爆発するのを防ぐために、増えた分だけ放出する魔導具を身につけて虹色病にならないようにしていたのだろう。

魔力持ちはほとんどが貴族だと聞くので、貴族に虹色病が多いのはそれはそうだ。

カインや平民の騎士は元々魔力が少なかったから虹色病にならずに生きられたのだろう。

兄は魔力循環を始める前は魔法剣が起動できるほどの魔力がないと言っていたし、魔法剣が起動できずに騎士になれないのは平民出身が多いとも聞いた。

魔力の多い平民は、大人になる前に虹色病で亡くなっていたのだ。

ぽかんとしているお養父様に虹色病がどういうものなのか、そしてどうすれば魔力を増やせるのかを説明した。

最初は驚いた表情をしていたお養父様は次第に俯き、とうとう両手で顔を覆ってしまった。

もうぺしょぺしょである。

「……よもや、後生大事に身に着けていたこの指輪がそのようなものであったとは……」

「ハーリアル様が言うには、魔力の増やし方は昔は皆が知ってる当たり前の事だったみたいです。意味は伝わってないけど、教会の礼拝で普通に教えてるくらいですし」

「魔力のない平民に魔力の増やし方が教えられ、我々魔力持ちはその存在さえ知らなかったとは、なんと無意味な……」

お養父様によると子供は強制参加のはずの礼拝は貴族は免除されていて、そんな集会をやっていたこと自体知らなかったそうだ。

集まりの目的そのものは忘れ去られ、形骸化された枠組みだけが脈々と続いてきたということなのだろうか。

「大事な事なのに、どうして魔力の増やし方も、指輪の意味も伝わっていないんでしょうか?」

「……それに関しては、皮肉なことだが想像がつく。結界が機能を失ってもなお平民に貴族の魔力低下を公表しないのも、虹色病の解決策があるのを平民に伝えないのも、全ては貴族の権威や優位性を保つため。それと同じだ。貴族の中でも、おそらく神の怒りのどさくさに乗じて他の貴族にそうとは知らせず魔力を低下させ、優位に立とうとした者がいるのだろう」

うわぁ、最低。世の中にはどこにも自分勝手な人がいるものである。

すまなさそうにそう話すお養父様は、先ほども心苦しいと言っていたように、何も知らずに虹色病で亡くなってしまう平民がいることを申し訳ないと思ってくれているのかもしれない。

そういえば、ヤンさん達もうちの領主様はできたお方だと言っていたし、優しい人ではあるのだろう。

「我が事ながら、人間とは、なんと愚かな生き物なのだ……」

お養父様が絞り出すようにして呟いたその言葉には私も同意する。

前世でも、政治家や公共団体などは利権まみれで、庶民の私達は食い物にされていたように思う。

これは私の持論だが、人は権力を手にすると性格が歪んでしまうのではないかと思っている。

権力を持ったことなどないので実際のところはわからないけれど。

「魔力の増加は、今後領地を支えていく上で必須事項だ。だがその方法を公にするのは危険すぎる。魔力は生まれながらに総量が決まっていると信じて生きてきた貴族社会の常識がひっくり返るわけだからな。ひとまずは我が領地の結界を担う領主一族とその側近の信頼できる者のみで試してみたい。リリアンナ、頼めるか?」

「教える人をお養父様の方で選定してもらえるなら、私が教えるのは構いません。でも、私が兄に教えた時のように直接魔力を流すのは家族以外には危険なので辞めた方がいいそうです。口で説明するのはシスターエミリーが上手なので、シスターに手伝ってもらってもいいでしょうか?」

「そうか。シスターエミリーにはこちらから打診しておこう。よろしく頼む」

リリーちゃんのシスター式魔力トレーニング出張版の開催が決定した。

実際には、シスターエミリーの魔力トレーニングウィズ助手のリリーちゃんということになりそうだけど。

「ところで、家族が其方に会わせろとうるさくてな。今日の晩餐に其方を招待したいのだが良いか?」

「家族の席に私も参加していいのでしたら、ぜひ」

「何を言う。其方はもう家族の一員ではないか。妻とも息子二人ともすでに顔を合わせているとは思うが、家族として会うのは初めてであろう。皆其方を歓迎している。仲良くしてやってくれ」

そういえば、私とユーリは姉弟ということになるのか。

あの美形親子の中に平凡な私が混ざっても浮く自信しかないが、弟ができるのはちょっと嬉しいかもしれない。

魔力講座に関してはまた調整することにして、お養父様の執務室を後にした。