軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

119. 四季の宴

クラウディアの春のパートが終わり、音楽はより明るく、爽やかなものへと変化する。

次に舞台上に姿を現したのは、夏の空のように鮮やかな水色の衣装に身を包んだベアトリクスだ。

クラウディアの衣装がプリンセスラインの可愛らしいものだったのに対して、こちらの衣装はAラインのドレスで可愛さの中にも気品が感じられる仕上がりとなっている。

ちなみにというか、もちろんというか、今回の候補者たちの衣装はタイガーリリーブランド製で、彼女たちのイメージに合わせてリラが一からデザインを起こしている。

私は衣装合わせの際に全員のドレス姿を見ているが、さすがはリラ。三人それぞれの魅力を最高に引き出していて、全員とても良く似合っていた。

ついでに言うと、選定式の衣装は経費から出るとのことなので、支払いは教会持ちだったりする。

私としては、可愛いクラウディアたちを見ることができる上に、タイガーリリー商会の売上にもなったので大満足である。

ふっふっふっ、お買い上げ、ありがとうございます!

私がベアトリクスのドレス姿に満足している間にも、夏パートはどんどん進んでゆく。

本人は元々は春パートを希望していたようだったが、夏の風景の色鮮やかさや生命力に溢れた自然を表現しているこのパートに、ハリのある声質や意思の強い内面がとてもよく似合っているし、練習していく中でベアトリクスはこのパートをしっかりと自分のものにしていた。

担当パートはデュッケ夫人が決定したのだけれど、夫人の審美眼はさすがである。

ハーリアルの方を見ると、土産話を聞かせたときのように目をキラキラさせながら聞き入っていた。

ベアトリクスの歌も、お気に召したようで何よりだ。

他の観客たちも楽しんでいるのが伝わってきて、私も嬉しくなった。

あっという間に夏パートが終わり、音楽は秋の夕暮れを思わせるしっとりとしたものへと変わっていく。

ベアトリクスが捌けて、アガーテが登場する。

アガーテはふんわりと波打つ豊かな黒髪をサイドに流していて、衣装は大人っぽいマーメイドラインのドレスだ。光沢のあるクリーム色の生地が彼女の褐色肌によく映えており、背の高さとメリハリのあるボディも相まって、学生だとは思えないような妖艶さを醸し出している。

チラリとレオンを見ると、少し頬を赤らめながら視線はアガーテに釘付けになっていた。

誰でもいいんかいっ!

と思ったけれど、周囲を見れば観客は皆似たような反応をしていたので、これはもうアガーテが魅力的すぎるのだ。

スイッチが入ったときの彼女は、老若男女の視線を釘付けにしてしまう引力があると思う。

本当に、普段とのギャップがすごい子である。

そして、アガーテが歌い出せば、その響きに誰もが息を呑んだ。

日々のトレーニングによってより一層厚みの増した歌声に圧倒される。

低音はよく響き、高温は力強くのびやか。ビブラートなどの歌唱技術も、素人の自分が聞いてもすごいとわかる。

ただ本当にすごいのはその表現力だ。

まるで青とオレンジ色が混ざり合った黄昏時の空が目の前に本当に広がっているかのような錯覚に陥り、なんだか切なさに胸が締め付けられるような心地がした。

このノスタルジックな質感を、練習で出せるようにしろと言ったって、できるものではないと思う。

現にアガーテは、練習当初から表現力に関しては特に指導は受けていなかった。

彼女はきっと、音楽に愛され、音楽をするために生まれてきた人なのだろう。

歌と彼女を出逢わせてくれた神……はハーリアルだから、ご家族、お母さんかな? に感謝しなければ。

アガーテの歌が失われるようなことがあればそれは世界の損失なので、彼女の学園卒業時に他に名乗り出る人がいなくて本人にその意思があるならば、歌手としての活動を支援するパトロンに私がなるのはどうかと思っていたりする。

タイガーリリー商会は順調に成長し、商会長として経済力は十分あるし、リラのドレスをステージで着てもらえれば広告塔にもなるのでこちらとしてもメリットがある。

ユーリにはこの計画を相談してあったので、「実際にアガーテの歌を聞いてみてどう? どう? すごくない?」という気持ちを込めて、隣の席のユーリを見つめた。

ユーリもアガーテの歌に聞き入っていたようだったけれど、私の視線に気付き、こちらを見て一瞬呆れたような顔をした後、真面目な表情になりコクリと頷いた。

うーん、これは「呆れた、こんな時でも商売のことを考えていたの? でも確かに彼女の歌はいいね。パトロンの話は前向きに進めよう」ってところかな?

確かにこんな素敵な歌を聴きながら、考えているのは商売のことだなんて、私はやっぱり商売人なのだなぁと可笑しくなりながら、私はユーリの頷きにサムズアップで返した。

そして、エモい雰囲気の秋のパートも終わり、ゆっくりと音楽が消えていく。

一度シンと静まり返った場内に、ポーンとハープの音色が響き渡る。

クラウディアとベアトリクスが再びステージに姿を現し、アガーテの両サイドに立つ。

二人は先ほどの衣装の上に、雪のように白いレースのストールを羽織っていて、クラウディアが手に持っていたもう一つのストールをアガーテの肩に掛けた。

これはもちろんハーリアルレースだ。

いまやハーリアルレースは国全体で人気を博し、ヴァルツレーベン辺境伯領の一大産業となっている。

思えば、ハーリアルからケラウノスをもらった時、最初はストールの形だった。

ハーリアルレースの原点ともいえるストールで、このステージの終盤を飾ることができるとは、なんだかちょっと感慨深い。

冬パートはシンシンと雪の降る静かな夜のような、繊細で透明感のある落ち着いた曲調だ。

伴奏はハープの音がメインで、柔らかく包みこんでくれるような優しさも感じられる。

最初に歌い始めたのはクラウディア。

元はこのパート担当だったということもあり、こちらもよく似合っている。

私たちの住む地方は、国の中でも北方に位置し、冬はかなり冷え込み雪も降る。

ヴァルツレーベンの雪景色を身近に知るクラウディアだからこそ、しっくりくるのかもしれないなと思った。

次にバトンを受け取ったのはベアトリクス。

ここでは冬の厳しさに耐え、春を待ち望む部分なので、音楽も少し重くなる。

常に己を律していて努力家なベアトリクスにぴったりだ。

そして冬パートのラストはアガーテ。

先程とはまた違う、神聖さを感じさせる雰囲気で、無事に冬を越せるようにとの祈りを歌い上げる。

音楽が壮大なものへと変わっていき、まるで目の前に白銀の世界がどこまでも広がっているかのように感じる。

そして曲はそのまま締めのパートへと入る。

これまでソロでの歌唱のみだったけれど、ここは三人でハモる部分だ。

三人がお互いの歌声を引き立て合い、四季折々の美しさを尊び、豊穣を喜び、次の一年も幸せに満ちたものあるようにとの祈りを、素晴らしいハーモニーで歌い上げる。

最後のロングトーンが響き渡り、四季の宴は終幕となった。

音楽が鳴り止み、会場にしばしの沈黙が流れた後、わぁっと会場が割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こる。

観客が次々と席から立ち上がり、スタンディングオベーションとなっている。

気持ちはよくわかる。それくらい素晴らしいステージだったもの。

歌姫たちに拍手と歓声を送る観客たちは皆高ぶった様子で感動の大きさが伝わってくるし、ステージ上の三人は感極まった様子でそれらの称賛を受け取っていた。

その様子を見るだけで、このイベントが大成功だということがわかる。

よかったね、三人とも。

みんな本当にがんばっていたから、喜びもひとしおだ。

私は練習やリハーサルで何度も聞いているというのに、彼女たちの歌に心が震えてしょうがなかった。

デュッケ夫人は練習と本番は別物だと言っていたが、それは本当だったらしい。

近くの席に座っていたデュッケ夫人と目が合うと、彼女は満足そうに強く頷いた。

辛口の夫人をもってしても、満足のいくステージだったらしい。

やったよ、みんな……!

「うむ。まこと良き歌であった」

「あ、あのぉ……」

同じく満足そうに拍手をしていたハーリアルに、進行役の神官がおずおずと声を掛けた。

「なんだ?」

「か、神の乙女は、どのご令嬢に……?」

「なっ!? お、お前……!」

教会スタッフの言葉に、教皇が声を荒げている。

そんな教皇の様子を歯牙にも掛けず、ハーリアルはこてんと首を傾げた。

「全員良かった。三人とも神の乙女ではだめなのか?」

「そ、それは……」

「神よ、いけませんぞ! 神の乙女は高貴な王国女性たちの象徴たる存在! それが一度に三人だなどとは、前代未聞です!」

三人とも選びたいと言ったハーリアルの言葉に、教皇が焦ったように噛みついた。

それを見た周囲の人間たちは、神の怒りを買いやしないかと恐れ慄いている。

しかしハーリアルは素直にその言葉を受け止めたようで「むぅ、そうなのか……」と残念そうにしていた。

「どうしても一人だけ選ばねばならぬというのならば、アガーテにしよう! しかし、クラウディアも、ベアトリクスも、良かったぞ」

今期の神の乙女はアガーテであると、神自ら宣言され、わぁっと会場が湧いた。

「やはり、アガーテ嬢か! 確かに、彼女の歌は素晴らしかった!」

「今回の四季の宴は歴代のものと比べても完成度が高かったが、特にアガーテ嬢は別格じゃった!」

「おめでとう! アガーテ嬢!」

「今、神が彼女たちの名前を……! 神に名を覚えていただいたのか……!」

「神に名を呼んでいただけるとは、何たる名誉……!」

観客たちがアガーテへの祝福を口々に告げる中、ハーリアルが彼女たちの名前を呼んだことに驚く声も聞こえてきた。

ハーリアルは子猫の姿で私にくっついて選定式の練習に頻繁に顔を出していたので、クラウディアだけでなく、アガーテとベアトリクスのこともちゃんと覚えているのだ。

そうとは知らないアガーテとベアトリクスは「神が、わたくしの名前を……!」と涙を浮かべながら感激しているようだった。

ただクラウディアだけは、寮の私の部屋で人型に戻ったハーリアルからいつも「クラウディア、がんばるのだぞ!」「楽しみにしているぞ、クラウディア!」「クラウディア、我はおやつを所望する!」と割と軽いノリで名前を呼ばれしょっちゅう話しかけられていたので、平気な様子で嬉しそうににこにこしていた。

「それでは、神の乙女に選ばれたアガーテ嬢に、その証である腕輪が、神より授与されます」

進行役の神官に促され、ステージ中央に立ったハーリアルの前にアガーテが跪いた。

ハーリアルの隣に控えていた神官も、その場で膝をつき、神の乙女に贈られる腕輪を乗せた台を、恭しく捧げ持った。

あれが、隷属の魔導具……。

ハーリアルが、アガーテに渡すために腕輪に手を伸ばした、その時だった。

カチャリ

アガーテより少し下がったところでクラウディアと共に控えていたベアトリクスが、素早い動きで腕輪を奪い取り、伸ばされていたハーリアルの腕に取り付けた。

あまりに一瞬のことでその場にいた全員が呆然とし、ハーリアル自身もきょとんとした様子だったが、数秒の後、その不思議な色合いの瞳は伏せられ、力が抜けたようにその場に倒れ込んだ。