軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

111. 魔王降臨 <イングリット視点>

元シュヴィールス公爵令嬢とヴィクトール王子にそれぞれ呼び出しを受けたリリアンナ様は、その日の夜、談話室にレオンハルト様とユリウス様、およびその側近たちを集めて、お話された内容の報告会を行った。

「ヴィクトール王子を初めて見た時は、話が通じな過ぎて驚きましたが、なんだか今日は普通にお話ができているようで安心しました」

ヴィクトール王子に更生の兆しが見られたことに、クリストフが安堵のため息を漏らしていた。

「育った環境があまり良くなかっただけで、元は素直な方なのでしょうね。ヴィクトール王子は、きっとこれから良い方向に成長されるのではないかと思います」

「それよりも、重要なのは、ベアトリクス嬢から齎された情報の方だろう。シュヴィールス公爵は処刑されたとはいえ、その息子が何かしでかさないとも限らない。十分警戒しておく必要があるな」

レオンハルト様が難しい顔をしてそう発言されると、なぜか自分と一緒に控えていたクラウディアの肩が少しだけ揺れた。

最近はレオンハルト様の方からクラウディアに対して積極的なアプローチがあり、そろそろ婚約かと思っていたのだが、二人の間に何かあったのだろうか。

「リュディガーの監視役を、こちらで手配しておきます」

「よろしく頼むよ、カイン」

元シュヴィールス公爵令息への監視以外に急ぎで対応する事柄はないため、情報共有が終わると会議は一転和やかな雰囲気へと変わり、各々がお茶に口を付けながら雑談が始まった。

自分たち側仕えは、空になったカップに静かに主好みの銘柄のお茶を継ぎ足していく。

「そういえば、リリアンナ様。ずっと不思議に思っていたのですが……」

「なんですか、クリストフ?」

和やかに進む会話には時折護衛騎士も参加することがあり、クリストフの発言も咎められることはない。

「今回の選定式では、学園魔法剣技大会の時のように姿絵は販売されないのですか? 身内のひいき目を抜きにしても、クラウディアの容姿は美しいと思いますし、きっとよく売れると思うのですが」

「お、お兄様!」

きょとんと首を傾げながらそう言ったクリストフを、クラウディアが焦って制止している。

「確かにクラウディアは美しいし、姿絵を売ったら人気が出そうだけど、そうしない理由が何かあるのかい?」

「レオンハルト様っ!?」

不思議そうにリリアンナ様に尋ねたレオンハルト様を見て、クラウディアは可哀想なほどに真っ赤になって俯いていた。

「うーん、正直に言うと、それも考えないこともなかったのですが、今回の催しは営利目的ではありませんし、剣技大会の時のことで、わたくしも少しは反省しているのです。候補者たちの姿絵なんて販売したら、クラウディアたちが多くの生徒に注目されて、中には不埒な事をしようとする者も出てくるかもしれないではありませんか」

「リリアンナ様……私たちはいいのですか……?」

クリストフはショックを受けたような顔をして、リリアンナ様を見ている。

こら、護衛騎士がそのように情けない顔をするのではありません!

「護衛騎士たちは、たとえ不埒者が突撃してきても撃退できるでしょう? それとも、わたくしの護衛騎士は、そんなに弱いのですか?」

「リリアンナ様……! いいえっ、私は、貴女様の剣! どんな敵がやってきても、必ず撃退してみせますとも!」

「頼りにしていますね、クリストフ」

上手い。

クリストフの扱い方が上手すぎます、リリアンナ様。

リリアンナ様を賞賛すると共に、クリストフのあまりの単純さに少々頭を抱えたくなった。

「リリアンナ様、わたくしは平気です。不埒者が現れたとしても、わたくしは自分で対処してみせます!」

クラウディアが拳を握ってそう宣言した。

確かに、普段自分と一緒に訓練に参加しているクラウディアならば、そこらの男子生徒であれば問題なく制圧できるだろう。

「クラウディア……。わたくしは、クラウディアの強さを疑っているわけではないのですよ。ただ、他の候補者の方々は自衛できるとは限りませんし、何より貴女たちがそのような目で見られること自体がわたくしは嫌なのです」

「リリアンナ様……!」

クラウディアが感激した様子でリリアンナ様を見つめている。

リリアンナ様は、側近たち全員を大切にして下さっているが、特に女の子には殊更優しく、様々な配慮をされる。

そんなリリアンナ様だからこそ、余計に隅まで行き届いたお世話をして差し上げたいと思うのだ。

「それに、かっこいい騎士見習いの姿絵と、容姿に優れた少女たちの姿絵では、少々意味合いが違ってくるでしょう?」

「……? 何か違いがあるのですか?」

クリストフが首を傾げているが、周りの者たちもリリアンナ様の発言の意図を図りかねているようだった。

かくいう自分も、主がどういう意味でそう言ったのかわからない。

「可愛い女の子の姿絵は……その、男性が、夜に、自室でそういう目的で使用されるかもしれないではないですか」

「「「…………」」」

談話室に沈黙が訪れた。

「も、もちろん、対価を頂いてそういうお仕事をされている女性は別ですよ? そういう職業の方を否定するつもりはありません。けれど、クラウディアたちは違うではないですか。ただ素晴らしい歌を披露したくて日々大変な努力をしている彼女たちが、そういう目で見られるのは、わたくしが嫌だなって……」

沈黙をどう受け取ったのか、リリアンナ様は何やらわたわたと弁解し始めた。

リリアンナ様、多分、そういうことではないと思います……。

「クラウディア、す、すまない……! 私は、私は、決してそんなつもりで言ったのではっ……」

クリストフが顔を真っ青にして泣きそうになりながら、おろおろとクラウディアに謝っている。

「お、お兄様、だだ、大丈夫です。わたくしも、誰も、お兄様がそのようなつもりで言ったのではないことくらい、わかっています」

「そ、そうか……」

クラウディアが必死に宥めているが、そのクラウディア自身も泣きそうな顔をしている。

ハッキリ言ってカオスである。

普通、貴族の間でこんなにも明け透けに男性の下の事情が話題になる事などないので、この場にいる思春期の少年少女たちはどうしたらいいのかパニックを起こしてしまっているようだった。

リリアンナ様は、最近は貴族令嬢としての立ち居振る舞いが板についてきたものの、たまにこうしてポロリと世間知らずな面をのぞかせる時がある。

お部屋に戻ったら、淑女がそういったことを口にしてはならないと、強く言い聞かせなければ……!

「リリアンナ様、そろそろご就寝の時間ではないですか?」

唐突に、この場の混乱した空気に似つかわしくない非常に穏やかな声が響いた。

声の主であるカインは、異様なほどに爽やかな笑みをその顔に張り付けている。

「え、あ、はい。そうですね……?」

会話のあまりの方向転換にリリアンナ様も困惑している。

「クラウディア、メラニー。リリアンナ様をお部屋まで送り届けて就寝の準備を頼む。こちらはもう少し、話しておくことができたから。リリアンナ様、おやすみなさいませ」

「え、お、おやすみなさい……?」

声音は優しいのに有無を言わせぬ圧で、リリアンナ様の背を出入口の方へ押すカイン。

爽やかな笑顔でリリアンナ様たち三人を送り出し、パタリと扉を閉めると、振り向いた時にはその顔から笑みは消えており、その口から発せられたのはゾッとするほど低い声だった。

「それで? 俺の可愛い妹に、一生知る必要のない下世話な男の事情を教えたのはどこのどなたですか?」

シーンと部屋が静まり返っている。

あの、わたくしもリリアンナ様のご就寝の準備の方に向かいたいのですが……。

何が悲しくて、こんなピリピリした空間にいなくてはいけないのか。

……ああ、そうですか。犯人がわかった暁には、その人物を今後は警戒せよと、そういうことですか。わかりましたよ……。

自分をこの場に残したカインの意図を察して、遠い目になりながらこの場の成り行きを見守ることにする。

「ユリウス様ですか?」

「なっ!? バッ、バッカじゃないの!? 好きな子の前で、そんな話、すっ、するわけないじゃん! バカなの!?」

これまでずっと黙っていたユリウス様が話の水を向けられ、顔を真っ赤にして否定している。

ユリウス様……。皆がなんとなく察していた貴方様の秘めた恋心を、本人に伝える前に勢い余って暴露してしまっていますが、よろしいのですか……。

「では、レオンハルト様ですか?」

「勘弁してよー。俺は確かにそういう方面で奔放な方だとは思うけど、さすがにリリアンナの前でそんな話はしないよ。そもそも、俺は姿絵なんて使わないしね」

「黙ってください。貴方の夜の事情なんて聞きたくありません」

カインが額に青筋を浮かべてレオンハルト様の発言を切って捨てた。

臣下として、カインの態度は褒められたものではありませんが、レオンハルト様……わたくしもできれば聞きたくなかったです……。

「じゃあ、クリストフが?」

「ち、違いますっ!!」

もはや悲鳴のような声で否定するクリストフ。

同僚であるはずのカインに対して何故か敬語になっている。

「……あ、あの、リリアンナ様のご実家の飲食店は、夜は酒も出ると聞きますので、そちらの方で耳にされたという可能性は……」

ユリウス様の護衛騎士見習いがおずおずと挙手をして発言すると、カインは「チッ」と舌打ちをして、その場にいるほぼ全員が震えあがった。

「あいつら……余計なことを……。下町時代なんて、リリーはまだ小さな子供じゃないか。幼女になんてものを聞かせやがる……!」

地を這うような重低音でそう呟いたカインは周囲に鋭い殺気をまき散らしており、この状態になったカインに耐性のないレオンハルト様やユリウス様の側近たちは、身を寄せ合って震えていた。「魔王だ、魔王がいる……」と小さく呟いている。

ちなみにカインはリリアンナ様のことになると割とよくこうなるので、私は慣れてしまった。

リリアンナ様を怯えさせないようにと、本人の前では決して笑顔を絶やさない姿勢を貫いているところはもはや賞賛に値する。

ええと、それで、混沌と化したこの場を一体誰が納めるのでしょうか……?

普段であればまとめ役となることの多いカインがこの調子なので、重苦しい空気の室内は収拾がつかなくなってしまっている。

ああ、早くリリアンナ様のお部屋に戻って、可愛らしい主に癒されたい、とこの場に爆弾を投下していった張本人を恋しく思い、現実逃避する筆頭側仕えなのだった。