軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

109. 相談事(ヴィクトールの場合)

「……呼び出しに応じてくれて、感謝する」

生徒会室、その部屋に並ぶ座席の一番奥、上座にあたる生徒会長用の豪奢な椅子に身体を預け、力なくそう告げたのはヴィクトール王子だった。

夜会で勢いよく婚約破棄を宣言した時のエネルギッシュな様子は見る影もなく、随分と憔悴しているように見える。

王子が会いたいと言っていると使者から告げられた時、当然私の側近たちは大反対をしたのだが、現在大変な状況になっているであろう彼が、今私に一体何の用があるのかと気になったので、呼び出しを受けることにしたのだ。

「ごきげんよう、ヴィクトール王子。話はお聞きしますが、護衛騎士を下げることはできませんので、ご承知おきくださいませ」

今も私の後ろには、カイン、クリストフ、メラニーの三人が警戒心を隠さずピリついた様子で控えている。

「それは当然だ。私が君にしたことを考えれば、正直この呼び出しも、受けてもらえるとは思っていなかった」

おや? なんだか、今までで一番会話が成り立っているような気がするぞ?

「それで、お話とは一体何でしょう?」

「…………君は、私が廃嫡になったことは聞いているだろうか?」

「ええと、はい。あと、フローラ様が学園を退学されたということもお聞きしました」

「……そうか」

王子はしばしの逡巡の後、ぼそぼそと話し始めた。

「……廃嫡されたことで、盤石だと思っていた私の足場は脆くも崩れ去ってしまった。何とか立て直すため、私を隣で支えてもらえないかと伝えたんだ、その……ベアトリクスに。彼女は優秀だし、私を慕っている様子だったから、きっと力になってくれるだろうと……」

「えっ?」

なんと王子は、フローラと破局して間もないのに、ベアトリクスに婚約の打診をしていたらしい。

学園卒業後は王族ではなくなってしまう予定なので、一人でも自分を支えてくれる優秀な人間が必要だというのはわかる。でも、フローラのことを運命の相手だと言っていたのにすぐ乗り換えるのか、と微妙な気持ちになってしまう。

それに、ベアトリクスは……

「それは……その、お断りされたのでは?」

なんとも言えない感情でそう返すと、王子は目を見開いた。

「なぜわかったんだ!? ……そうだ、ベアトリクスにはすげなく断られた。フローラに手紙を送れば、『未来の王様だと思ったから付き合ったのに廃嫡されるなんて聞いていない、二度と連絡してくるな』と返ってくるし……。もう、なんなんだ。二人とも私のことが好きだったのではないのか!? 結局皆、私の身分だけが目当てだったということか。私はもう、誰も信じられない……」

王子はそう言って両手で顔を覆って項垂れてしまった。

ま、まさか用件って、これを励ますこと!?

私には無理難題過ぎる!

「あ、あの、フローラ様のことは、残念でしたとしか言いようがございませんが、ベアトリクス様に関しましては、誤解です」

「誤解……?」

虚ろな顔の王子がゆっくりと顔を上げた。

「ベアトリクス様の夢は、王妃になって国を支えることだったのだそうです。そのために次期王である王子の婚約者になりたかったのであって、ヴィクトール王子のことを慕っていたわけではないと思います」

「……私のことを、慕って、いない……?」

王子は理解しがたいことを言われたかのように、ポカンとして固まっていた。

そんなこと、ある……? という副音声が聞こえてきそうだ。

自己評価が高すぎて、自分のことを慕っていない人間がいるということをこれまで考えもしなかったのだろうか。

困惑した様子の王子は、恐る恐るといった感じで更に続けた。

「え、で、では、君は……?」

「「慕っていません」」

ありえないことを言われたので、思わず食い気味で否定してしまった。(何故かカインも同じことをハモったので振り向くと、「失礼いたしました」と咳払いして姿勢を正していた)

なんと、王子は私も彼のことを慕っていると思い込んでいたらしい。なぜそうなる。

以前なら勘違い王子がまた何か勘違いしているな、と対話する事を諦めていたが、今ならば少しは私の言葉が届くかもしれないと思い、言葉を続けた。

「あの、初対面で『君を愛することはない』なんていう方のことをお慕いするわけがないと思いませんか?」

「えっ?」

「普通、初めて会った方にそんなことを言われたら、好意なんて持てません」

「そ、そうなのか……?」

「そうです」

「そう、なのか……」

王子はシュンと肩を落としてしまった。

本当に、私が彼のことを慕っていると思っていたらしい。

それ以上かける言葉が見当たらず、重い沈黙が生徒会室に流れる。

しばらくして、王子はぽつりと呟いた。

「私は、何も見ようとしていなかったんだな……」

あれ? なんか、本当に言葉が通じてる?

廃嫡という荒療治のおかげで、現実が見えるようになったのだろうか。

「ヴァルツレーベンのことも、救援を断ったのはそちらの方で、それに対する王家の温情に甘えている領地だと、思っていたんだ」

「ああ、王都ではそういうことになっているらしいですね」

「でも、君にとっては違うんだろう?」

「はい」

「……今日は、その話が聞きたくて呼んだんだ。ヴァルツレーベン側から見た真実を知りたい。私の周囲の者は、真実をありのままに教えてくれるわけではないと、知ったから……」

驚いた。

あの、自分の世界の住人の勘違い王子が、自分から真実を知りたいと願うようになるなんて。

この変化はとてもいいもののような気がして、私はスタンピードが起きたあの日に何があったのか、その時は自分が平民だったことは伏せて語って聞かせた。

「……王家は、辺境の民を見捨てたのか……」

「はい。それにその後の対応でも、王家にとって都合の良い噂を流布されたため、歯に衣着せぬ言い方をすれば、辺境の民は王家に対して怒っています」

「それは怒るだろう。……というか、そんな相手に婚約を打診して、父上はなぜ受けてもらえると思ったんだ?」

「どうやら、王子の魅力でイチコロだと思ったようですよ。実際には、初対面で『君を愛するつもりはない』だったわけですが」

「…………」

「…………」

私たちは無言で見つめ合った。

王子の方は、いつかのクリストフのように「この国大丈夫か?」と言わんばかりのドン引きした表情になったり、私に慕われていると思い込んでいたことを思い出したのか、羞恥に頬を染めたり忙しそうだ。

「うっ、わ、私が言えることでは全くないんだが、その、父上は正気か……?」

「今の王子と同じような気持ちを、ヴァルツレーベンの一同が王家に対して抱いているかと存じます」

「ああ……」

王子はうめき声を上げながら頭を抱えてしまった。

今更になって自分の父親のヤバさに気付いたらしい。

「……起きてしまったことは、変えられません。ベアトリクス様は、王妃となる道がなくなっても、これまで学んできた知識を国のために活かす方法を探すと言って前を向いていらっしゃいました。王子も、今の自分に何ができるのか、自分は何がしたいのか、どうなりたいのか、この機会に考えるのが良いのではないでしょうか」

王子は私の言葉に顔を上げ、目を丸くしている。

先ほどから私の言葉が王子にちゃんと受けとられていることがわかる。偉そうなことを言うなと怒り出すかもしれないと思ったがその様子もなかった。

元来は素直な人なのだろう。育った環境が悪かっただけで。

「今の王子ならば、それができると、わたくしは感じました」

「……私は、君のことを、薄っぺらな笑顔を貼り付けた傲慢な令嬢だと思っていた。でも君は、聞けば耳に痛い真実もちゃんと答えてくれる、正直な人だったんだな」

「今の、人の話を聞くことができるようになった王子ならば、ベアトリクス様だって、ゴットヘルフ様だって、色々答えて下さると思いますよ」

「そう、なのか。…………今日、君と話せてよかった。君の言葉は本当に耳に痛いが、君に言われたことを、考えてみることにするよ。……それと遅くなったが、先日の夜会ではすまなかった」

そう言って王子は頭を下げた。

今、色々な事を考えているのであろう王子の表情は苦しげだ。

自分の至らないところを直視するのは、誰だって苦しい。

でも厳しい現実を見つめ、その上でどうするのか考えなければ、自身の成長には繋がらない。

優しいお花畑に籠ったままの方が、きっと王子は幸せだっただろう。

けれど、他ならない王子自身の選択で、彼にとっての優しい世界は崩れ去ってしまった。

前世にあったアダムとイブのお話で、知恵の実を食べた二人が恥ずかしさというものを知ってしまったように、自分を客観的に見ることができるようになってしまった王子は、知らなかった頃には決して戻れない。きっとこれから王子は見たくない現実をたくさん見ることになるだろう。

でも私は、今の彼の方がずっと魅力的だと思う。

これからの彼の選択が、彼にとって良いものになってほしいと、この経験を経て良い方向に成長できるようにと、私は祈る。

……そして、今回の呼び出しの目的が「婚約しろ」というものだったらどうしよう、とちょっとだけ思っていたことを心の中で詫びた。

王子との話を終え寮に戻って一息ついていると、クラウディアがおずおずと声を掛けてきた。

「あの、リリアンナ様にご相談したいことがございまして……。少々お時間を頂くことは可能でしょうか……?」

なんと、クラウディアも何か相談があるらしい。

なんだか今日はよく相談をされる日だな、と思いながら承諾の返事を返した。