軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

103. 突然の試練

次の日から、フローラはレッスンに姿を現わさなくなってしまった。

四季の宴のそれぞれのパートも決まり本格的な練習も始まったのに、彼女がいなければ全体を通して練習することができない。

うまく説得できる自信はなかったがそれでもと、授業の休み時間に彼女の元に会いに行った。

「フローラ様、ごきげんよう。最近レッスンにお顔を出していらっしゃらないようですが、お加減はいかがですか」

「リリアンナ様……」

教室で筆記用具を片づけていたフローラに声を掛けると、彼女は今にも泣きそうな庇護欲をそそる表情で俯いた。

これではまるで私がいじめているようである。

踵を返して帰ってしまいたい気持ちを抑えて、なるべく優しく聞こえるように声を出した。

「本格的なパート練習も始まりましたから、お加減が回復されているようでしたら、練習に参加なさいませんか?」

「なぜ、私がそんなことをしなければいけないんですか?」

「え?」

いや、それはあなたが東寮の代表だからだけど……。

「……リリアンナ様って、ヴィクトール様の婚約者なんですよね? 私が彼と仲が良いからって、嫉妬してるんですか?」

「え? いえ、それは……」

「だからって、こんないじわるするなんてひどいです! 自分の言うことをきく先生に厳しくさせて、自分は高みの見物なんて、陰湿すぎます!」

「そ、そんなそれは誤解で……」

「私を仲間外れにして見せつけるみたいに皆で仲良さそうにして、あんな居心地の悪いところにいたくありません。私、あなたの思い通りにはなりませんから!」

レッスンの話をしていたのに突然王子の話を出されてわけがわからず戸惑っている間に、フローラは怖い顔をして言うだけ言って、教室を出ていってしまった。

あの人の話を聞かない思い込みが激しすぎるところ、似たものカップルだなぁ……。

呆然と彼女の背を見つめながら、ふと思い至る。

最初の頃はやる気があるみたいだったから私もそのつもりでサポートしようと声をかけていたのだが、もしも、そもそも候補者に選ばれたこと自体がフローラにとって不本意なことだったとしたら、私の行動はすごく迷惑だったのでは、と。

私が貴族になったばかりの時の事が思い出される。自分が望んでもいない、成り行きでそうなってしまった環境で、それなり以上のやる気や情熱を求められることのキツさは私が一番よく知っていたはずなのに。

自分がされて嫌だったことを、私も人にしていたかもしれないと気が付き、ずーんと胸が重くなった。

「……というわけなのです。わたくし、フローラ様にツェルナー夫人のようなことをしてしまっていたのでしょうか。デュッケ夫人、わたくし、どうしたら良いと思いますか……?」

一人でもやもやと考えていても埒が明かないので、フローラの件でどう対応するべきか、デュッケ夫人に意見を求めることにした。

前世でも予期せぬ問題が起こった場合は上司にすぐに報告し、迅速に指示を仰ぐのが重要だった。剣技大会の時も今回も私が実行委員長なので上司にあたる立場の人間はいないのだが、今回は近くに頼りになる大人がいる。デュッケ夫人は事情をよく知る私の教育係なので、アドバイスを求めるのに彼女以上の存在はいないだろう。

「リリアンナ様の対応が間違っていたとは思いません。むしろ候補者の方々のことを思いやったサポートは一般より手厚いと感じるくらいです。練習にやる気が持てないのはフローラ様ご自身の問題でしょう。本人に練習に出る気がない以上、わたくしたちにできることはございません」

デュッケ夫人はスパッと切り捨てた。

小気味いいほどの切れ味の良さである。

確かにそう言われればデュッケ夫人の言う通りだが、このままだと三人で舞台に立つことになってしまう。それはいいのだろうか。

「わたくしはこれまで多くのご令嬢の教育係を務めてまいりましたが、中にはフローラ様のようなタイプも少数ですがいらっしゃいました。基本的に彼女らは自分を成長させようという考えはなく、努力をせずに自分をちやほやしてくれる環境を求めます。そういった方にとって、そうではない相手は敵なのでしょう。わたくしも何度かやり合ったことがございます」

デュ、デュッケ夫人とやり合った……?

それって、めちゃくちゃ肝の据わったご令嬢なのでは?

一体その後はどうなったのだろうか。気になりすぎる……。

「それよりもわたくしが心配なのはリリアンナ様の方です」

「え? わたくしが何か……?」

「フローラ様はかなり他責思考の傾向が強いようにお見受けします。そう言った方は自分の思い通りにいかない相手を悪とみなし被害者の顔をいたします。お話を聞く限り、今回彼女にとっての悪はリリアンナ様なのではないでしょうか。彼女の敵意によって貴女が害される可能性がございます」

「え……」

た、たしかにめちゃくちゃ睨まれたし、いじわるだとも言われたから、敵意は向けられていると思う。

フローラにとっては私が悪役令嬢になっているってこと!?

「えっと、そ、そういった場合はどうすれば……」

「貴族女性にとっての戦場である社交界には、もちろんフローラ様のような厄介な方もいらっしゃいます。そういった方を相手にうまく対処することも、令嬢には重要な能力です。敵を全力で叩き潰すのか、うまく周りを誘導して自分に害の及ばないところで自滅を誘うのか……リリアンナ様がどのように対処するか、わたくしは楽しみにしておりますよ」

「え……えっ!?」

「デュ、デュッケ夫人、それはあまりにも……。リリアンナ様はそういったことは不得意でいらっしゃいますので……」

「そんなことは百も承知です。しかし、もうデビュタントを終えたのですから、苦手だからと言って避けていてはいざというときに困ります。わたくしからの課題だと思って対処してみて下さいな」

クラウディアが心配して執り成そうとしてくれたが、デュッケ夫人はそれを見事な社交用の笑顔で切って捨てた。

だ、ダメだ、夫人が教師の顔つきになっている。

こうなったデュッケ夫人は何を言っても課題を取り下げてはくれないということを、私は身をもって知っている。

おかしい、お悩み相談をしていたはずなのに、気が付いたら難解な試練に挑まなくてはならないことになってしまっていた。

私、そういう人間関係でうまく立ち回る、みたいなことすごく苦手なのに。

ど、どうしてこんなことに……。

予想外の事態に頭を抱えていると、すっかり忘れていた前世の記憶が蘇ってきた。

そういえば、前世でもデュッケ夫人が言うようなタイプの人間はいたのだ。

百合の会社の後輩の女の子がまさにそんな感じだった。他部署から異動してきたその子の教育係を任され、彼女は愛嬌があって人当たりがいいので最初は私も仲良くできると思っていた。

「森野さん、私覚えが悪くて迷惑かけちゃうかもしれませんが、一生懸命がんばるので色々教えてくださいね」

最初に彼女ににこやかにそう言われ、私はなるべく力になってあげようと、事細かにここはこうするといいよというのを懇切丁寧に教えていたつもりだ。

「森野さ~ん、この仕事が終わらないんです。この後予定があるのに……」

そんな風に困ったように声を掛けてくる彼女に付き合って、隣で教えながら残業したことも何回もあった。

そうする度に彼女の顔はめんどくさそうになり私に対する態度もぞんざいになっていったのだが、察しの悪い私はそのことに気付かず彼女が助かっていると信じて疑ってもいなかったのだ。

気が付けば私が彼女に対していじめを行っているという噂が会社内に広まっていた。

私にとっては寝耳に水だったのだが、彼女は仲の良い同僚に涙ながらにパワハラだと被害を訴えていたそうだ。

彼女は可愛らしい見た目をしていて愛嬌もあるので、男性社員に人気があった。私は主に男性社員たちから、「可愛い彼女をいじめるとは何事か」、「女の醜い嫉妬だ」などと、一気に敵認定されてしまったのである。

その時は私のことをよく知る女上司が「森野がそんなことするわけがない」と一蹴して彼女の方をさらに別の部署に異動させることで事なきを得たのだが、私の方にも隙があったと女上司に叱られた。

「ああいう手合いはねぇ、自分で努力はしたくない人間なの。若さと愛嬌だけで自分をちやほやして自分のために動いてくれる人間に寄生して生きてんのよ。そういう奴は自分の思い通りに相手が動かなかったら、途端にパワハラだーなんて言って被害者ぶるんだから隙を見せちゃダメなの。今回はあたしがいたからなんとかなったけど、普段から自分の味方は作っておくべきよ」

世の中にそんな人間がいるなんて思わなくて非常に驚いたものだ。

若さと愛嬌……? そんな頼りないものに全ベットして生きるなんて怖すぎる……よくできるな、と恐れおののいていたら女上司は爆笑していた。

「まぁ、あんたはそうだろうねぇ。おおかた『がんばりまーす』なんていう羽毛より軽いあいつの言葉を信じて残業付き合ってやってたんだろうけど、それ『私の分もがんばってね』って意味だから。残業付き合ってほしかったわけじゃなくて代わりにやっといてほしかったんだと思うよ」

なんだってー!? と目を丸くしていたらその女上司は更に大爆笑していた。

「世の中には発してる言葉と意図する言葉が違う察してちゃんみたいな人間もいるってことよ。あんたみたいに四角四面に受け取る真面目ちゃんばっかりじゃないの。そういう奴らの被害に合わないように気を付けんのよ。ああいう奴はすぐ他責して被害者面するんだから、ボケっとしてたら悪役にされるわよ」

そ、そんなぁ……同じ日本語を使っているはずなのに意味が違うなんて、そんなの私にわかる気がしないよ……とその時は絶望したものだ。

ちなみにその後輩はしばらく後に職場結婚してさっさと寿退社していった。彼女にとっては会社勤めなんていうのはただの通過点であり、本当に仕事を覚える気がなかったんだなと痛感した。

その時のことは未知の生命体と遭遇した衝撃と共に私の記憶に鮮明に残っている。(今の今まで忘れていたけど……)

言われてみれば、フローラはあの時の後輩の子によく似ている。

当時は姉御肌の上司がいてくれたことで助かったが、いつでもそんな風に都合よく助けてくれる人がいるとは限らない。

何よりフローラにうまく対処することをデュッケ夫人に課題として設定されてしまった。

何かされると決まったわけではないが、前世の姉御上司も自衛が大事だと言っていたし、何か対策しないと……。

私がフローラをいじめているという噂が立ったのは、それからすぐのことだった。