軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

03

「……鏡、ねぇ……」

リーシャは婚約者のお茶会が終わってから、ため息をつく。ジェイラスよりもさらに大きく。

「手入れして髪色変わると思っているんかいー……」

しまった。感染った。

親友の不思議な言葉遣いが。

リーシャの侍女のミリアムがジェイラスの出ていった後に「塩、撒きましょう」と提案してくる。彼女も親友にずいぶんと影響されはじめた。

ミリアムはリーシャの専属侍女だから、家にも母の店にもよく呼ばれるスピカと彼女も会う機会が多い。彼女も親しくなったのだ。

ミリアムも黒に近い髪色をしていて、日に当たるところだと濃い茶になるくらいだ。

ジェイラスの話す内容は、間接的にミリアムにも突き刺さる。

「あんにゃろう、自分は金髪だからって威張りやがって……」

やっぱり親友の口調が感染ってる。そう目を丸くするリーシャに、ハッとして咳払いをしてからミリアムはこれは違うと弁明した。

「その……ですね、うちは、実家は下町に近く……」

聞けば昔、男爵家に引き取られる前のスピカが住んでいたご近所らしい。

下町とはいえ、治安は比較的良かったらしい。

彼女は男爵令嬢ではあったが平民に近く。四人姉妹の次女であり、早くから自立を考えていた。学園では侍女科目を選び、五年前に卒業したところをフランター家で雇ったのだ。

スピカはリーシャの家で知り合い「先輩」とミリアムを慕っていて、ミリアム自身もスピカを良き後輩と可愛がっていたが――彼女のデザインをみて、その将来性に「行く行くは自分より偉くなりますよ、こいつは……」と、見ていたらしく。きちんと弁えた態度を。

そしてそれは大当たり。ミリアムは見る目があるなと感心したリーシャだ。

何せ母だけでなく、王太子殿下のお眼鏡に適ったのだから。

「そもそも見る目があるからフランター伯爵家に雇われたのです」

雇われる側とて選んでいるのだ。

フランター伯爵家は使用人を無下には扱わない。それを見てくれたと、ちょっと嬉しくなった。

ミリアムはスピカのことも、伯爵家に急にランクアップしても、雇い主リーシャの大切な友人であるというスタイルを変えない。それが良いと、改めて彼女に主として選んでもらえて良かったと思った。

そしてそんな人を見る目のあるミリアムが「塩を撒く」とすらいう婚約者。

「旦那様に告げ口……いえ、ご報告しませんか?」

「……告げ口は、だめよ?」

ミリアムの本音の方をリーシャも繰り返して、首を横に振った。

「ジェイラスさまは、お父様のお気に入りなのだから。悲しまれるわ」

こんな自分に婿入りしてくれる相手なのだ。

そして彼は、ジェイラスは度々、親切めかしてリーシャを――貶す。

「その地味な髪と目をどうにかしようとは思わないのか」

と。

彼は本気でリーシャの為を思って口にしているのならば。

そして「鏡を」なんて言うのならば。

「将来の外交官の妻として、それで良しとしているのかな?」

それはリーシャの母が美しいのをいうのか。

思えば従姉妹も同じ色合いで、美人だった。あれはバーディ子爵家の色である。リーシャにはフランター伯爵家の遺伝の方が強かったというわけだ。

「頑張って、どうにかなるものだと思っているのかしら」

この国の貴族は金髪が多い。むしろ金髪が貴族らしいと言うべきか。

「下町にいたころ、スピカ様は目立ってましたねぇ」

スピカも金髪だ。

思い出したとミリアムは。ご近所とはいえその頃は平民であったスピカとは接点はなかったが、確かに「きれいな子がいる」と噂にはなっていた。ミリアムとスピカは年も少々離れていて、ミリアムの妹たちの方が幼少期のスピカに会ったことがあるくらいだった。

スピカには住んでいた下町の治安が悪くなかったのが幸いしていた。

明らかに貴族の血を引いていると丸わかりのスピカとその母は、触らぬ神になんとやらで、お陰様で平穏無事に過ごせていたのだ。

父親の男爵が、それとなく援助していたのもあるが。

そうして早いうちにその父親に、男爵家に引き取られたのも良かった。

「タイミングよね……何事もさぁ……」

スピカ自身もそう言っていたとおり。

見目良い子どもは、時にそれで苦労したりする。平民のままであったらいらない苦労をしただろうな、と。

「そのあたりは父の前妻さんに感謝ですわー」

前妻さんはマーロウ男爵が当時は「おめかけさん」であったスピカの母に会うことも、母子に援助することも公認してくれていたのだ。彼女自身も好きなひとがいて、父とは恋愛ではなく、同志的な関係であったというのが。

彼女とは離縁しても良い関係なままで、社交界に戻ったスピカの母のことも良くしてくださっているという。

「良う出来たおひとですわ」

本当に、貴族の女性としても。

この小娘にすぎない自分たちには、貴族女性としてだけでなく、様々な意味で他の皆様に見習わないといけないところがある。

スピカがマーロウ男爵家に引き取られた経緯を聞いて――正直なところは「良くある話」だとは思った。

従姉妹のレティシアが学力や性格により「当主の資格なし」とされ、さらに血縁のセオドアに、血筋から爵位が移行するのもまた「良くある話」だったし。

そうした話を聞いたら、自分と婚約者の関係も「良くある話」に入るのだろうかと、リーシャはまたためらう。

そんな主人に、ミリアムは心の中でジェイラスに対して罵詈雑言を浴びせた。

こんな良い子にこんな悲しそうな顔をさせやがりおってからに。

哀しいかな彼女も下町育ちに近いとはいえ貴族女性なので罵倒の語彙が足りないのが悔しい。

「せめて愚痴、いえ、お悩み……やっぱり愚痴……あの野郎、ううーん、なんて言ったら良いのか……うん、スピカさまに愚痴くらい聞いてもらいましょう?」

悩みは溜め込んじゃ駄目だと。

それは侍女としてではなく、年上のお姉さんからの想いだった。

そう、一人で悩みを溜め込んではいけない。

そしてリーシャは背中を押してもらって親友であるスピカに相談し……――。

「ホウレンソウー!」

――お野菜?

親友の叫びに、まず首を傾げたのだった。