軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

05 【side:エリナ】主人公の憤慨

エルスディーン家で働くメイド、エリナは怒っていた。

(なんなの、あの女……どうして怒らないのよ……)

夜、メイド用の部屋のベッドにもぐりこみながら、エリナは怒りで身悶えする。

――リリアーナに花瓶をぶつけそうになったのは不可抗力だった。

水と花がぶっかけることになったのも、まったくの偶然だった。

だが、あの姿は滑稽で最高だった。

リリアーナはエリナを怒るだろうと思ったが、怒らずその場を収めた。

その後エリナを怒ったのは家政婦長だ。一時間近く怒られてこってり絞られた。

怒られている間、エリナはずっと考えていた。

――これはおかしい、と。

小説なら、リリアーナはエリナを烈火のごとく怒るはずだ。

使用人いじめがリリアーナの数少ない趣味なのだから。

だから、今度はリリアーナの食べるスープに、配膳中にちょいちょいっと虫を混入させてみた。

虫を触るのはすごく嫌だったが、頑張った。とても頑張った。

なのに、リリアーナはスープに入った虫を見つけても騒ぎもしなかった。

(普通怒るでしょう?!)

もし自分がされたら烈火のごとく怒る。

怒って、怒って、料理長をクビにしようとする。ついでに食器も全部入れ替えさせて、台所も新しくするように命令するだろう。それぐらいやって当然だ。それだけの権力があるのだから。

エリナは、料理長がひどく怒られた後に、こっそり言うつもりだった。

――奥様が虫を入れていましたよ。って。

どうして奥様がそんなことを?――と聞かれたら。

――使用人への嫌がらせかもしれません。って。

一度噂が生まれれば、憶測が憶測を呼んで噂はどんどん成長する。

きっと料理長に献立を決められたのが不愉快だったのだろうとか、自分が一番偉いことを思い知らせるためとか、むしゃくしゃしてやったんだとか、人をいじめて楽しんでいるんだとか。

なのに、リリアーナは騒がなかった。

料理長を呼びつけはしたが、なだめ、他の料理は美味しい美味しいと食べていた。

そして、他の使用人や――そして万が一、侯爵が体調を崩すと大変だから、とだけ言っていた。

料理長自ら改善案を出し、リリアーナはそれを承認した。

料理長はリリアーナのそんな振る舞いに感動していた。

――もし、ここで。

料理長に「奥様が虫を入れていましたよ」と言ってみたところで、「あの御方がそんなことをするわけがないだろう」とかなりそうだった。

下手をすればエリナが嘘つき呼ばわりされる。

そんなリスクは冒せない。

もし家政婦長やレイヴィスの耳に届いたら――下手をすれば解雇されかねない。解雇されなくても、リリアーナ付きのメイドは外されるだろう。

そうなると、リリアーナの評判を落とすという計画が一気に難しくなる。

だから、口を閉ざした。

(普通怒るでしょう? どうして醜く喚き散らさないのよ……! 悪妻なら悪妻らしく、醜くわめいて暴れてよ!!)

物語ではそうなるのだから、そうしてくれないとエリナの計画がうまくいかない。

『リリアーナが悪妻過ぎて追放され、エリナが侯爵に愛されて侯爵夫人になる計画』が。

(あんたは侯爵夫人に相応しくない! レイ様と結ばれるのは、わたしなんだから!)

エリナは知っている。

ここが前世で読んだ小説『無能無才なメイドですが何故か冷酷侯爵様に溺愛されています?!~実は世界で唯一の聖女だったみたいです』の世界だということを。

そして自分は主人公であるメイド――エリナだということを。

レイヴィスと結ばれて、聖女の力に目覚め、みんなからちやほやされる主人公だということを。

その記憶を思い出したのは、この家に嫁いできた陰気なリリアーナを見たときだった。

その瞬間、エリナにははっきりと見えた。

この女が悪妻となり、使用人をいじめ、愛人をつくり、更に侯爵家の財産を会計係に横領させ、実家に多額の送金をする未来が。

そして、リリアーナの悪妻っぷりに辟易したレイヴィスが、ずっと傍にいたエリナの存在にようやく気づく未来が。

二人は愛し合い、真実の愛で結ばれ、素晴らしい子どもたちに囲まれる未来が。

ハッピーハッピーハッピーエンド。

みんな幸せなスペシャルハッピーエンド。

(わたしの物語の邪魔をさせるもんですか!!)

決意するものの、リリアーナはあまりにも思い通りに動かない。

(怒る度胸もないのかしら。何もかもへたくそなのね)

エリナは憤慨した。

あの女が人を怒ることすらできないのなら、やり方を変えないとならない。

使用人いじめすらできないのなら、別の方向からあの女の評判を落としきらないとならない。

難しいミッションだが、レイヴィスがリリアーナと離婚しやすいようにしてあげないと。

(レイ様のために、わたしがんばる)

愛するレイヴィスのために。顔はいいし、身分もいい。冷酷な男が自分にだけ甘々になるのも気分がいい。優越感で満たされるし、贅沢な暮らしができる。だから好き。

「――エリナ」

寝ようとすると、隣のベッドのアンヌが声をかけてくる。

メイドの部屋は個室ではなく二人部屋で、アンヌはずっと同室だ。

「アンヌ? どうかしたの? 眠れない?」

振り返って笑いかけると、アンヌは冷めた目を向けてきた。

「最近のあなた、ぼんやりしすぎじゃない? 部屋も散らかし気味だし」

「……そうかな?」

だって仕方ない。エリナは物語を思い出したのだから。つまらない仕事や、身の回りの片づけが少しぐらい疎かになっても仕方ない。

それをアンヌに言っても理解しないだろう。

「それに、スープを運んだのはあなたよね? 虫に気づかなかったの?」

「…………」

何だろう、この女。

もしかしてこちらを疑っている?

主人公様であるエリナを。

「…………」

エリナは、にこっと笑った。

「気づかなかったよー」

にこにこと愛想満点の笑顔を浮かべて首を傾げる。

「いいじゃん。奥様は怒ってないんだから」

「…………」

エリナはそのままベッドにもぐりこんでアンヌに背を向けた。

(真面目ちゃんなんだから。それにしても、わたしの味方のはずなのにわたしを疑うような言い方するなんて、どういうこと? わたしが侯爵夫人になったらクビにしちゃお)