軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

29 夜会の準備

リリアーナの部屋で夜会で着用するドレスの試着を行う。

正装の純白のドレスは、いつの間にか用意されていたものだった。繊細なレースがふんだんに施され、ところどころに散りばめられた宝石がわずかな光でも品よく煌めく。

これは、おそらく結婚が決まってすぐに採寸された時に製作され始めたのだろう。

その時の寸法で作られているので、少し窮屈な場所があった。嫁いできてからは毎日ちゃんとした食事をするようになったので、自然と身体に少し丸みが出たのか、サイズが変わっている。それを微調整していく。

(こんなに格式高いもの、私に似合うのかしら……)

ふと不安がよぎる。

自分がエルスディーン侯爵家の妻としてこのドレスを纏うことに、どこかそぐわなさを感じてしまう。

その時、背後から声が響いた。

「すごく綺麗だ、リリアーナ。やっぱり君には白が似合う。朝の霧の中で咲く白百合のようだ」

様子を見に来たレイヴィスが、リリアーナをじっと見つめていた。とても誇らしそうな目で。

「あ、ありがとうございます」

「そのドレスは君の美しさを更に引き立てている。夜会でも誰もが目を奪われるだろうな……」

言った後、レイヴィスは難しい顔をして何かを考えていた。

「……記憶に干渉する魔術をいまから組むか……? 脳への干渉は禁忌だが、短期記憶ぐらいなら……」

なんだか物騒なことを言っている気がする。

「レイヴィス様、あまり危ないことはされないでくださいね」

「――ああ、そうだな。俺が危険視されてしまうと本末転倒だ」

――本当に、何をしようとしたのだろう。

調整の後、ドレスは厳重に保管される。

魔術による守りまで施されると聞いて、リリアーナはほっとした。お茶会の時のようにドレスが汚れて、しかも穴まで空いてしまったら大変どころの話ではない。

(結局あれは何が原因だったのかしら……ネズミとか虫? さすがにここまで厳重なら、何も起きないわよね……?)

それにしても、最近は家の中の雰囲気がどこか明るい。

使用人たちの表情も以前と比べて生き生きしているように見える。リリアーナに対する態度も以前よりも丁重になっていた。

考えられることといったら、リリアーナとレイヴィスが毎晩同じ寝室で寝ていることぐらいだ。

跡取りの誕生を期待されているのが伝わってくる。

そう思ってもらえていること自体は、レイヴィスの思惑通りなのだが、実際はそういう行為はない。まったくない。彼は宣言通り、リリアーナにそういう意図で触れてくることはない。

手を繋いでくれるし、立てない時は支えてくれるが、挨拶のキスすらない。

跡継ぎをつくる義務感は当然あるだろうが、リリアーナ自身にはさして興味はないのかもしれない。

それは、寂しいが、構わない。

レイヴィスの語ってくれた未来に自分が存在するだけで幸せだ。

(……いい加減、覚悟を決めないと……)

――だが、レイヴィスと契るということは、「白い結婚」の道を完全に断つということ。そうなるともう後戻りはできない。

(それに……どうやって誘えば?! 準備ができましたって?!)

それで素っ気なくされたら死ねる。

(いえ……ダメよ、妙な期待をしたら。淡々と、淡々と……)

そしてリリアーナにはもう一つ気になることがあった。

最近、やけにエリナの機嫌がいい。

にこにこしていて仕事熱心で、それはとてもいいことなのだが、何となく気になって仕方ない。

特に、ふとした瞬間に勝ち誇ったような表情をしてくることが。

リリアーナとレイヴィスが毎晩寝室を共にしても、実際は何もないことを知っているかのような――あるいは、愛のない義務だけの行為をしていると思って憐れんでいるような――……

そんな雰囲気を感じてしまう。

(エリナは、レイヴィス様のことがまだ好きなのかしら……?)

リリアーナの知らないところで、レイヴィスとエリナの関係も進んでいるのだろうか。

(貴族が愛人を持つことは珍しいことじゃない。愛人を何人でも作っていいと言ったのは私だし……)

じわじわと不安が押し寄せてくるが、リリアーナの心はもう決まっていた。

望んだ未来を、自分から諦めるようなことはしない。

レイヴィスの方から捨てられるまで、未来を諦めないと。

◆◆◆

――そうして、王妃の誕生日の夜が訪れる。

リリアーナは正装姿で王城の大広間の前にいた。同じく正装姿のレイヴィスのエスコートを受けているのだが、どうしても緊張で身が固くなる。

夜会はデビュタント以来だ。

今日はエリナがリリアーナのサポートに付いている。元々一緒に来るはずだったアンヌは、直前に体調を崩してしまったと聞いている。

そのため、エリナがリリアーナの近くに控えている。とても、落ち着いた様子で。

緊張しているのはリリアーナだけだ。

リリアーナは目に閉じて、自分の中にあるレイヴィスの魔力を意識する。前日にも魔力を限界まで注がれたせいか、レイヴィスの色に染まっているような気がする。

ふと、耳元で声が響く。

「――いまの君は、月の女神のように輝いている。正直、このまま独り占めしていたいくらいだ」

「レイヴィス様……ふふ、ありがとうございます」

緊張をほぐしてくれようとしている言葉に、自然と微笑みがこぼれる。

そしてレイヴィスの顔を見上げた。

「私は、レイヴィス様の隣に――太陽のようなレイヴィス様の隣に相応しいですか?」

「もちろんだ」

力強い肯定が嬉しい。だが、月と太陽と考えると、なんとなく違和感があった。

「リリアーナ?」

「いえ……太陽と月では、昼と夜で分かたれてなかなか会えない気がして……」

同じ空にあったとしても、それでは寂しい。

「それなら、私は海でありたいです。朝は挨拶をして送り出して、昼はそれぞれ過ごして、夜に帰ってきてくだされば――」

言いながら、自分の言葉の大胆さに気づいていき、顔が熱くなっていく。

「す、すみません、変なことを……」

「リリアーナ、俺は、君からそう言ってもらえることが、何より嬉しい」

レイヴィスの手から淡い金色の光が漂う。それはゆらゆらと揺れながら一本の細い鎖になり、レイヴィスとリリアーナを繋ぐように、お互いの手頸へと絡んでいった。

「これは?」

「――見えるのか?」

「はい、ぼんやりとですが……」

レイヴィスの言い方からすると、他の人には見えないものなのだろうか。

「ちょっとしたおまじないだ。君と俺が離れないように。どんなふうに分かたれても、必ずまた巡り合えるように――」

その囁きに心が高鳴る。彼の手に導かれながら、煌びやかな光の中への一歩を踏み出す。

「リリアーナ。俺の魂はいつも君と共にある。忘れないでくれ」

その言葉が、何よりも強いお守りとなる。

リリアーナは笑みを浮かべながら、大広間へと進んでいった。