軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

今の俺が出せる全力

――― レウス ―――

兄貴を初めて怖いと感じたのは、子供の頃に屋敷から出て行った時だ。

呪い子に怯えて勝手に飛び出した俺を兄貴は殴って止めてくれたが、あの時は本気で体が震え、俺は殺されると恐怖した。

怖かったけど……兄貴の優しさを知った今では怖いと感じなくなった。

勝手な事をしたり、つまみ食いをした時に怒られて怖いとは思った事はあるけど、体が震えるような怖さは感じない。

学校の迷宮で見せた兄貴の怒りは、俺に向けたわけじゃないから怖いと思わなかったし、むしろ頼もしくて憧れが強くなっただけだ。

そして今……兄貴の放つ殺気が俺にぶつけられている。

兄貴はただ立っているだけなのに、自然と体が震えて心臓が鷲掴みされている気がする。

強敵と出会っても臆さないよう、訓練と言って殺気をぶつけられた事があるけど……今日の殺気は桁違いだ。

「レウス。一つ上の戦いだ、殺す気でこい」

ああ……そういう事か。

今の一言で……本気だとか、腕の一本だとかそんな甘い考えじゃ駄目だと気づかされた。

兄貴を殺す気で戦わなければ、俺が殺される。

本能で……理解した。

『…………』

兄貴の放たれる殺気に呑まれたのか、実況の姉ちゃんが黙ったままだ。

実況の合図がなければ試合が始まらないので、何時まで経っても進まない状況に観客から文句の一つくらいきそうなのに、観客も殺気に呑まれて何も言えないみたいだ。

そしてその殺気を直接受けている俺は、兄貴から目を逸らさず震える体を押さえるのに必死だった。

「……放っておいても始まりそうにないな。勝手に始めるか?」

これが……兄貴の本当の姿。

あの暖かくて父ちゃんみたいな兄貴の声が酷く冷静で、まるで俺が他人のように感情が込められていない。

兄貴に嫌われたらこんな目を、こんな声を普通に向けられるんだ。

それだけは……嫌だ。

「どうした、この程度の殺気にお前は臆するのか?」

嫌だから……兄貴をがっかりさせたくないから……俺は心を奮い立たせた。

怯えている場合じゃない。

怒らせたわけじゃないのに、兄貴がこんな殺気をぶつけてくるって事は……俺は試されているんだ。

試されるって事は、俺は兄貴に認められ始めている事でもある。

だからー……。

「おおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」

俺は相棒を抜いてから全力で吠え、恐れを無理矢理抑えこんだ。

そもそも恐怖とは慣れるものじゃない。

恐怖とは敵意を感知するセンサーであり、それを感じるからこそ危険を知り避ける事ができる。だから恐怖はコントロールするのが大事だと兄貴が言っていた。

今の俺がやる事は恐怖をコントロールして兄貴と殺す気で戦い、俺の全力を見てもらう。

ただ……それだけだ!

『…………はっ!? も、申し訳ありません! シリウス選手の殺気に見惚れていました! レウス選手も気合十分のようなので、試合を始めようと思います。それでは決勝戦……始め!』

何か姉ちゃんが反応してそうな実況で試合が始まった。

そして銅鑼が鳴ると同時に兄貴は駆けだし、すでに俺の数歩先まで迫っていた。相変わらず異常な速さだ。

兄貴に比べて俺は遅いから、その場から動かずに相棒を振り上げて待つ。

「行くぞ兄貴!」

俺が相棒を振り下ろしたのと、兄貴がナイフを抜いたのはほぼ同時だが、移動がなかった分だけ俺の方が若干早いと思う。

だけど俺の剣が当たるとは微塵も思っていないので、右手で相棒を振り下ろしてすぐに背後へ向けて左手の裏拳を放っていた。

その瞬間、背後に回り込んでいた兄貴のナイフと俺の手甲がぶつかり、金属の弾く音が響いた。

「ふむ……」

「くっ!」

勘の赴くまま振るった裏拳で上手くナイフを防いだけど、兄貴は確実に俺の首を狙っていた。

そして兄貴のナイフはミスリル製だから、普通の手甲程度なら腕ごと斬れたかもしれない。だけど俺の手甲もミスリル製だから受け止める事に成功していた。

このままナイフごと吹っ飛ばそうと力を込めたが、兄貴はナイフを傾けて俺の拳を受け流し、空中で体を捻って蹴りを放ってきた。

俺の顔を狙った蹴りを屈んで避け、振り向きながら相棒を掬い上げるように振るったけど、兄貴は『エアステップ』で空中を蹴って避けていた。

その勢いのまま俺と一旦距離をとったかと思えば、ナイフを仕舞って今度はいつもの剣を握っていた。どうやら仕切り直しってやつらしい。

『あれ……今、空中で不可解な動きをしていたような……と、とにかく! ベイオルフ選手との試合でも見ましたが、シリウス選手の一瞬にして相手の背後に回り込む素早さと技術と、それに対応し剣と拳を振るうレウス選手の凄まじさ! 両選手は一体どれ程の修練を積んできたのでしょう!』

正面から攻めてきた兄貴に向かって散破を放ったが、予想通り全て避けられた。

そして六つの斬撃を放ち終わった隙を突いて兄貴は剣を突きだしてきたが、俺は相棒を盾のようにしてそれを防ぐ。最後の斬撃だけわざと振りを小さくして隙を減らし、刃の幅が広い大剣だからこそ防御できた。

続いて相棒を盾にしたまま、体当たりの要領で兄貴を弾き飛ばした。

「まだだ!」

片手で相棒を振り上げ、反対の拳に炎を纏わせながら兄貴を追いかけたが、空中で体勢を立て直した兄貴は俺に向かって掌を突きだしていた。

「『インパクト』」

「『 炎弾(フレイムショット) 』」

『 炎弾(フレイムショット) 』は俺が作ったオリジナル魔法で、炎の中級魔法『 火槍(フレイムランス) 』と同じ威力を持っている。

普通に『 火槍(フレイムランス) 』を使えばいいんだろうが、こいつは状況によって殴ったり飛ばしたりと選ぶ事ができるので便利なのだ。

魔法を発動させると同時に俺の拳に纏っていた炎が飛び出し、兄貴の放ってきた『インパクト』とぶつかって大きな爆発を起こした。

爆風の煙によって何も見えないけど、俺は構わずに突撃して兄貴がいるであろう位置に相棒を振り下ろしたが、手応えがない。

「っ!? そっちか!」

勘と匂い、そして兄貴の考えから予測した方向を相棒で薙ぎ払えば煙が弾き飛ばされ、剣を屈んで避ける兄貴を捉えた。

屈んだ状態から地を這うように兄貴が迫ってくるが、俺は蹴りを放って迎撃を試みる。

「……いってぇっ!」

避けると思っていたのに、兄貴は腕で俺の蹴りを受け止めたのだ。

不安定な体勢とはいえ、俺の『ブースト』状態の蹴りは人なんて軽く吹っ飛ばす威力なのに、兄貴は巨大な木を蹴ったみたいに微動だにしていなかった。というか、蹴った俺の方が痛い!

そもそも蹴った感触がおかしいので兄貴の足元に目を向けてみれば、石畳の舞台に大きな罅が入っていた。

受けた衝撃を足元へ逃がす、爺ちゃんの必殺技を受け流したあれだと理解した時にはー……。

「あっがぁっ!?」

兄貴の拳が俺の腹へ打ちこまれていた。

一瞬腹に穴が空いたんじゃないかと思う一撃と共に俺は後方へ吹っ飛ばされ、舞台の上で転がっていた。

すげぇ痛いけど……これくらいは覚悟してたから耐えられる!

体勢を整え、転がった勢いのまま両足で立ち上がったが……それと同時に俺の首に腕が巻きついてきたのだ。

それが兄貴の腕だと気づいた時には足を払われ、俺は背中から床に叩きつけられていた。

『シリウス選手、吹っ飛ばしたレウス選手に追いついたどころか、床に投げて叩きつけております。明らかに前試合より速度が上がっていますよ!』

やばい……予想以上に兄貴の攻撃が強烈だ。

ぎりぎりで受け身をとってダメージを抑えたけど、背中を打って咽せている俺に目掛けて兄貴は掌を向けていた。

「っ!?」

呼吸が乱れているけど、のんびりと寝ている暇はなかった。

床を叩いた反動でその場から離脱すると同時に兄貴は『インパクト』を放ち、その余波によって俺は吹き飛ばされていた。

先程と同じように吹っ飛ばされながらも俺は立ち上がり、何とか場外に落ちるまでに踏み止まれた。

大きく距離が取れた御蔭もあって兄貴はそれ以上の追撃をしてこなかったので、ようやく呼吸を整える事ができた。

「ごほっ! はぁ……はぁ……危ねぇ……」

『インパクト』を放った床を眺めていた兄貴がこっちを向いたが、相変わらず冷たい目で殺気を放ったままだ。

今の応酬で、兄貴の本気を僅かだけど見た気がする。

『ブースト』で肉体を強化し、普段から殴られ慣れていなければ受け身も受け流しも出来ずに俺は気絶ー……いや、下手すれば死んでいたかもしれない。それ程の攻撃だった。

特にあの『インパクト』は床が砕ける程の威力だから、まともに食らえば確実に意識を飛ばしていただろうな。

『ようやく攻撃が止まりましたが、シリウス選手の魔法で舞台の一部が砕けました! 無詠唱であの一撃……惚れ惚れしますよぉ!』

「もう終わりか?」

「そんなわけ……ないだろ!」

呼吸を整えた俺は体中に走る痛みに堪えながら、兄貴へと向かって地を蹴った。

俺と兄貴の実力差は嫌って程に理解している。このまま戦い続けても兄貴は冷静に俺の攻撃を捌き、的確に反撃をしてくるだろう。

それに、殺し合いだなんだ言っても、無理だと思ったらわざと場外へ出るか降参してしまえばいい話だ。

だけど……何も出来ず終わるなんて絶対に嫌だ。

たとえ俺の攻撃が全て避けられようとも……倒れるまで諦めるわけにはいかない。

強くても、レベルが違い過ぎても兄貴は俺と同じ人だ。兄貴が油断するか、俺の攻撃が一瞬でも兄貴の予想を上回れれば絶対に届く筈なんだ。

兄貴の懐へ飛び込んで相棒を振るいながら拳を放つが、兄貴はそれを捌きながら隙間を縫うようにして拳を放ってくる。

放たれた拳は手甲で受け止めてはいるが、防御の上からでも全身を揺さぶる一撃の重さは、俺の体力を徐々に奪っていく。

単純な力は俺の方が上だ。兄貴より体が大きくなったし、俺自身もそれだけは勝っていると思っている。

なのに兄貴は俺とは比べ物にならない程に細かい『ブースト』の調整によって、俺の攻撃を流すか最小限に受け止めて圧倒してくる。

ベイオルフが使った陽炎って技を使いこなし、兄貴は残像を二つも発生させて移動し続けているが、俺は己の勘が赴くままに相棒を振るって対処していた。

適当に振っているわけじゃない。俺の勘は兄貴とは違って妙に鋭いらしく、実際俺が攻撃した個所に兄貴は移動していた。

今の俺が兄貴に勝っているのは、単純な力と天性の勘だけ。その御蔭で何とか保っているがー……崩れるのは時間の問題だった。

残像に惑わされず相棒を振るうと兄貴は跳躍して避けたどころか、『エアステップ』を使った空中での三角飛びで俺の懐へ飛び込みナイフを突きだしてきた。

何とか手甲で弾いたものの、兄貴は俺の頭上を飛び越えて背中へと回り込み、反射で放った裏拳も今度は避けられた。

「ぐっ! まだだぁっ!」

そして放たれた拳を相棒で防御しようとしたが間に合わず、俺の体に兄貴の拳がめり込んだ。

もう俺の相棒は剣として振るより、兄貴の攻撃を受け止める盾のように使う方が多いけど、それでも攻撃は止めない。止めるわけにはいかない。

今の俺はひたすら攻めるしかないんだ。たとえ殴られようとも、急所だけを防御しながら俺は剣と拳を振るい続けた。

『レウス選手は果敢に攻めていますが、シリウス選手の猛攻に敵わず滅多打ちです。ですが……レウス選手は倒れません! 途轍もない頑丈さと根性です!』

俺の蹴りを避け、反撃とばかりに振られたナイフを左腕の手甲で防御しようとしたら、兄貴は手甲の覆われていない部分を狙って突いてきたので血が噴き出した。

「うおおおおお――っ! なっ!?」

俺は左腕を捨てていた。

つまり左腕を犠牲にして相棒で斬りつけたのだが、兄貴は冷静に避けてから足を鞭のように撓らせて俺の脇腹を狙ってきた。

防御は……間に合わない。

耐えてみせー……っ!?

『レウス選手! 再び攻撃を食らいー…………』

やべぇ……予想以上にー……。

『彼奴に勝つ方法じゃと? そんなもんわしが知りたいわい!』

『でも、爺ちゃんは兄貴に勝った事があるんだろ?』

『確かにそうじゃが、奇襲と運による偶然じゃわい。しかも彼奴の対応能力は異常じゃから、同じ奇襲が通じるのは一度だけじゃ』

『それ爺ちゃんもだろ? とにかくさ、俺が兄貴に勝つ方法とかあったら教えてくれよ!』

『そうじゃなぁ……小僧はまだ未熟じゃし、あるとすれば種族特有の差と、小僧の成長じゃな』

『俺の成長?』

『うむ。小僧がどれだけ成長したかは、彼奴に見せぬ限りわからんじゃろう? じゃから彼奴が知らない部分を一気にぶつける奇襲しかあるまい』

『でも俺は兄貴の訓練を受けているから、知らないって事はないと思うんだけどな』

『小僧は彼奴の訓練どころか、わしの剣も教わっておるじゃろうが。その良い個所だけ使い、自分なりに混ぜて使ってみるがいい。まあ今は無理じゃろうが、諦めなければいずれ彼奴に迫れるじゃろう』

『本当か! でもその前に爺ちゃんを倒さないと駄目だよな?』

『はっはっは! 吠えおったな小僧。わしを倒せるものなら倒してみるがいい!』

『なあ爺ちゃん、兄貴と戦って勝てると思うか?』

『……難しいな。私の必殺技をああも無力化する相手に、どう戦えばいいかわからん』

『やっぱりそうか。何かヒントでもあれば良いと思ったんだけどなぁ』

『お前はシリウスを倒したいのか?』

『いや、俺は兄貴の次になりたいんだ。だから少しでも近づく為に、兄貴に一撃でも与えられるくらいに強くなりたいんだよ』

『ふふ……そうか。ならば私も手伝うとしよう。私はまだ、お前達に何もしてやれていないからな』

『本当か爺ちゃん!』

「しっかりしなさい。レウス!」

突如聞こえた姉ちゃんの声と、舞台を転がる衝撃で俺は意識を取り戻した。

兄貴に蹴られてほんの少しだけ意識が飛んでいたようで、俺は舞台を転がり続けて場外へと落ちそうになっていた。

「ま……だ……だぁ!」

それでも手放さなかった相棒を舞台に突き立て、俺は場外に落ちる寸前で止まる事ができた。

観客の歓声が響く中でも聞こえた声に顔を上げてみれば、観客席から乗り出して叫んでいる姉ちゃんの姿が見えた。

「貴方が選んだ道でしょう! このまま何も変わらず終わるなんて、シリウス様にも失礼よ!」

そうだよ……このままじゃいつもの訓練が激しくなっただけじゃないか。何一つ結果が変わっていない。

一撃だけでいい。

成長した俺の力を兄貴に見せるんだ!

俺の心が完全に折れるまで……倒れるまで……諦めるわけにはいかない!

剣を支えに立ち上がれば、兄貴はナイフを構えたまま待っていてくれた。

『レウス選手、持ち堪えました! 今の一撃で確実に場外へと飛ばされるかと思いましたが、落下寸前で堪えました! ですが、レウス選手はどう見ても限界です。ここからどうするつもりなのか!?』

気絶していた時に見ていたのは、子供の頃にライオルの爺ちゃんに剣を教わっていた頃の会話と、父ちゃんと母ちゃんの仇を討った次の朝に、ガーヴ爺ちゃんと話した内容だ。

あの頃、爺ちゃん達へ兄貴について聞いたけれど、結局弱点どころか何もわからないままだ。

何でそんな過去の夢を見たのかわからないけど、御蔭で思い出した事がある。

まだ……方法はある。

『か、構えました! どうみても満身創痍ですが、レウス選手はまだ戦うつもりのようです!』

体力は限界だけど、魔力はまだ……残っている。

もう声を出す力も惜しいので、俺はただ剛天の構えをとって兄貴が攻めてくるのを待った。

「……いいだろう」

そんな俺の意図を読んでくれた兄貴が淡々とした表情で腰を落としたかと思えば、踏み出した床を砕く勢いで駆けてきた。

『剛破一刀流とは己の力を全て叩きつける流派じゃ。当たらぬとわかっていても、ただ全力で振り下ろせ!』

真っ直ぐに俺へ迫る兄貴目掛けて俺はー……。

「どらっしゃーっ!」

全力で相棒を振り下ろしていた。

振り下ろした剣は舞台へと刺さり、余波によって舞台自体を揺らしていた。

揺れる舞台に兄貴の動きが一瞬だけ乱れたけど、すぐに体勢を立て直してから俺の懐へ飛び込んで右の拳を放とうとしていた。

「兄貴ぃぃーっ!」

しかし今の一撃はフェイントだ。

舞台を揺らしたのは偶然だけど、僅かでも兄貴の気を逸らす為に相棒を振っただけだ。

そして舞台に刺さった相棒から手を放し、俺は右手に全魔力を集中させて振りかぶった。

俺の本当の狙いは……こっちの一撃だ。

『いいか、全ての魔力を右拳に込め、相手を打ち貫く事のみを考えて放て。それが私の必殺技であるー……』

「ウルフ―……」

「遅い!」

爺ちゃんから教わった俺の必殺技より早く、本気を出せば岩すらも砕く兄貴の拳が俺の腹に打ち込まれた。

それは訓練では絶対に放たない、確実に俺の意識を奪う程の一撃だった。

「……むっ!?」

「あ……あああああぁぁぁぁ――っ!」

それでも……俺の意識はぎりぎり保っていた。

そして兄貴が俺の足元に広がった床の僅かな罅に気付いた時には、俺の放った右拳が兄貴の胸元へ当たる直前だった。

今までの俺なら今の一撃で気絶していただろうけど、俺は兄貴が使う衝撃を足元へ受け流す技を不完全ながらも成功させたのだ。

不完全なのは、本来なら八割近くの衝撃を足元へ受け流すのに、俺は二割程度しか流す事が出来なかったからだ。

たった二割だけでも、俺の意識は途切れずに右手に込めた魔力を散らさなかったのだから十分だろう。

「ふっ……」

この時、殺意を放ち続けていた兄貴が笑っていた。

捨て身の一撃に兄貴の反応が僅かに遅れていたが、それでも俺が放った拳の前に左腕を紛れ込ませて防御していた。

兄貴の足は床に付いているので、このまま拳を振り切っても衝撃を受け流されて大したダメージにはならないだろう。

防御されてしまったけど、兄貴を笑わせられたのならば十分かもしれない。このまま終わっても、よくやったって褒めてくれると思う。

けど……まだ……。

『いいかレウス。手に持つ武器だけでなく、己の体全てを武器にしろ。余す事なく使い、相手を倒す事に全力を尽くせ』

俺の右腕は兄貴の胸元で、両足は踏ん張る為に動かせない。そして左腕は……自由だ。

だから右拳が当たると同時に、左腕を己の背後へと伸ばしー……。

「インパクトォォ――っ!」

兄貴よりは劣るが、人くらいなら吹っ飛ばせる『インパクト』を放った。

残った僅かな魔力で放たれた衝撃波は俺の背中を押し出し、右拳へ更なる力を加えた。

「くっ!?」

兄貴は少し焦った様子で目を細めていた。

なにせあの衝撃を足に受け流す技術は凄く難しくて、ちょっとした調整ミスで失敗してしまう。

だから俺の背中による死角からの後押しによって調整が崩れそうなので、兄貴は受け流すのを諦めて耐える事を選んだようだ。

「うおおおおおおぉぉぉぉ――っ!」

体力も魔力も尽きたので、これが本当に最後の一撃だ。

残った力を全て振り絞って拳を振り抜けば、防御した左腕ごと兄貴を殴り飛ばしていた。

拳から感じた手応えからわかる、今の一撃は……確実に決まった!

『き……決まったぁっ! ここにきてレウス選手の一撃が決まり、シリウス選手を吹っ飛ばしましたぁ!』

「やっ……た!?」

喜んだその瞬間、吹っ飛んだ兄貴に釣られるように俺の体も引っ張られて飛んでー……いや、俺は本当に引っ張られているんだ。

俺の腹に感じる締めつけからして、兄貴の『ストリング』が俺の腹に巻きついているのがわかった。

殴り飛ばされたあの僅かな一瞬で、すでに兄貴は次に備えていたわけだ。

全く……ようやく一撃入れたかと思えばこれだよ。

「それでこそ……」

……俺の目指す兄貴だよ。

もはや体に力が一切入らないので、俺は抵抗する事も出来ず兄貴に引っ張られるだけだった。

その引っ張られた先には、すでに体勢を立て直して拳を握っている兄貴の姿が見える。

すでに意識が飛びそうになっているけどー……これ試合だし、殴っちゃったんだから殴られるのも当然だよな。

せめて痛みを感じさせる前に意識を飛ばしてほしいなと思いつつ、俺は目を閉じた。

「…………あれ?」

ところが……いつまで経っても殴られるどころか痛い思いもしなかった。

目を開けて確認してみると、引っ張られた俺は殴られずに、兄貴に優しく受け止められて舞台に寝かされたらしい。そんな俺の顔を兄貴は屈んで覗き込んでいた。

相変わらず無表情だけど、もうこれ以上俺に何かするつもりはないようである。

あの殺気から本気で殺されると思っていたから安心していると、兄貴は俺が殴った左腕を見せるように持ち上げていた。

「お前の攻撃を受けた左腕だが、骨に罅が入ったようだ。まだ問題点は多いがー……」

そして今までの殺気なんか、全てなかったように……。

「見事だったぞ、レウス」

兄貴は笑ってくれた。

「俺は……兄貴の弟子……だから……な」

そして俺も笑ってから、意識を失った。