軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

自分を貫いた者

明日に準決勝を控えた夜……俺は風の岬亭の自室でホクトのブラッシングをしていた。

床に伸びてされるがままのホクトは気持ち良さそうに尻尾をゆっくりと振っていて、隣のベッドには明日に備えて早めに就寝しようとしているレウスが寝転がっている。

「ふわぁ……そろそろ俺は寝るけど、兄貴は寝ないのか?」

「ああ、こちらもちょうど終わったところだ。寝るか」

「オン!」

ブラシを仕舞い、顔を擦り寄せてくるホクトを宥めながら俺は明かりの魔道具を消した。

そして真っ暗になった部屋でレウスがこちらに視線を向けているのに気づいた。

「ん、どうした?」

「いやさ、明日俺はジキルを倒したら兄貴とだろ? 訓練で何度も戦ってきたけど、試合場で戦うのは初めてだと思ってさ」

「そうだな。だが、訓練と違って試合場は本気で戦うつもりだからな。覚悟していろよ」

「もちろんだぜ。俺はいつも本気だぞ!」

「ああ、楽しみにしているぞ」

そう言ってすぐに寝息を立て始めたレウスを確認し、俺はトイレの振りをして部屋を出た。

向かう先は隣の女性陣がいる部屋だが、別に夜這いをしにきたわけではないので堂々と扉をノックする。

「はい? どちらさまでしょうか?」

「俺だよ、開けてくれないかい?」

「シリウス様!? すぐに!」

俺だとわかったエミリアの反応は非常に素早く、開けられた扉の向こうから満面の笑みを浮かべたエミリアがいた。

碌に確認もせず開けるなと思うが、エミリアは俺を見分ける天才だから間違いは起こらないと思う。

「どうぞシリウス様、私のベッドにお掛けください」

「えっ!? あの……どうしてここへ?」

「あら、もしかして夜這いかしら?」

部屋に招かれれば、自分のベッドに座って談笑していたリースとフィアが驚いて俺に視線を向けていた。フィアは驚くというより喜んでいるようだが……気にするまい。

「夜這いじゃないから脱ごうとするな。ちょっと話をしにきたんだよ」

「残念ね。てっきり私達の中から選んで別室に連れて行くのかと思っていたわ」

「シリウス様、私はいつでもお待ちしています!」

「あわわ……」

「いい加減そっちから離れろ!」

積極的なのは嫌いじゃないが、流石に明日は重要な試合なので止めておきたい。

何とか彼女達を落ち着かせ、エミリアが寝るベッドに座った俺は明日の予定について説明した。

簡単に説明するなら、優先観客席でも背後に気をつけろだとか、レウスをボコボコにしても驚かないように……といったところか。

「……とまあ、こんなところか。ホクトがいれば大丈夫だと思うが、あまり気を抜かないようにな」

「シリウスさんも気を付けてくださいね」

「もちろんだ。じゃあ俺はそろそろー……」

「あら、もう帰っちゃうの?」

「このまま私のベッドで寝ていただいても構いませんよ?」

自分の部屋に戻ろうと立ち上がる俺の袖をフィアが握って止めてくると、すかさず反対の腕をエミリアが抱きしめてきた。

考えてみれば、三人とも宿から支給される寝間着代わりのローブを着て若干薄着なので、男の俺からすれば非常にくるものがある。

だが……。

「今日は気持ちだけ貰っておくよ。それじゃあ、おやすみ」

「「「あれ?」」」

彼女達には悪いが、今日は睡眠を優先させてもらう事にする。

俺もまた宿のローブを着ていたのだが、それを脱ぎながら瞬時に移動して扉前へ移動した俺にリースは驚いている。そしてエミリアとフィアは誰も着ていないローブを掴んだまま呆気にとられていた。

所謂変わり身の術に近い技で逃げた俺は、彼女達に手を振って部屋を後にした。

ちなみにローブ下にはちゃんとシャツとズボンを着けているので、ローブがなくても問題はない。

『……凄いわね。掴んでいたのに逃げられちゃったわ』

『どうすればあんな事が出来るんだろう? でも、もう少しだけ話したかったなぁ……』

『なら今度三人で夜這いしに行きましょ。三人ならきっとシリウスに勝てると思うわ』

『ええっ!? ちょ、ちょっとエミリア。黙ってないでー……って、何をしているの?』

『……ローブからシリウス様の匂いがします』

『……そうね、確かにベッドで嗅いだ匂いがするわね』

『本当だ……って、何をやっているの私!?』

『これがあればぐっすり眠れそうです』

聴力を強化すると部屋内の会話が聞こえてきたが……彼女達の仲は良好そうで安心した。

状況はあれだが、彼女達が楽しくやっているならそれでいい。俺は少し満足気に部屋に戻るのだった。

次の日、試合に勝ち抜いてきた四名が試合場に並び、準備が整ったところで実況の声が響き渡った。

『皆様お待たせしました! これより闘武祭の準決勝が始まります。まず一試合目はベイオルフ選手とシリウス選手になります。両選手、試合場の中央へと向かってください』

観客からの歓声が飛び交う中、レウスとジキルが試合場から選手用の席へ向かい、俺とベイオルフは試合場の中央で少し距離を離した状態で向かい合っていた。

俺の装備はロングコートに、胸のベルトにミスリルナイフと腰にショートソードを装備したいつも通りの姿だ。昨日と同じく投げナイフと暗器は外してある。

一方ベイオルフの装備は昨日と同じく、二本の剣に鉄の胸当てと手甲だ。二刀流で素早く動くだけあって、動きを阻害しない防具を好むようだ。

『さあ皆様、はっきり言ってこの試合はどうなるか想像もつきません。今までの試合で魅せるような回避を持つシリウス選手か、剣聖の息子であるベイオルフの二刀流が勝つか……正直、どちらが勝とうとおかしくありません』

装備の最終調整をしながら試合の開始を待っていると、すでに剣を抜いて臨戦態勢のベイオルフは口を開いた。

「……今日はよろしくお願いします」

「ああ、こちらこそよろしく。やる気が溢れてなによりだ」

「昨日言った通り、僕は貴方に絶対負けませんよ。それに他の試合を見て貴方の強さは大体理解しましたし、僕の本気を出しても大丈夫そうですね」

「そいつは光栄だな。ならば、期待に応えるとしますか」

「その余裕の表情と雰囲気をすぐに消してあげますよ」

『それでは……始め!』

ベイオルフが殺気を放ちながら俺を睨んだ瞬間に銅鑼が響き渡り、準決勝一試合目である俺とベイオルフの試合は始まった。

銅鑼が響くと同時に俺達は駆けだし互いの武器を振るった。

ベイオルフは左手の剣で鋭い突きを放ちながら右手の剣を俺の動きに合わせようと構えているが、俺は自分の剣を左剣に向かって振り下ろし、突きの軌道を逸らした。

剣を向かって左側へ流す事により、ベイオルフの備えていた右の剣が振りづらくなるわけだ。

しかしそれくらいは予想していたのか、ベイオルフは姿勢を低くしながら体を捻ってこちらの足元を強引に斬りかかってきたが、俺はそれ以上に跳躍して空中回し蹴りを放った。

「そのパターンは見切りました!」

しかし弾かれた左剣で防御してきたので、俺は回し蹴りを中断せざるを得ない。

何もできず着地する頃にはベイオルフが再び迫ってきていて、今度は両腕の剣を交差させるように斬りかかってきていた。

「どう避けますか!」

「こうする!」

ベイオルフの剣が交差する地点に剣を構えて防御すれば、激しい衝撃と共に後方へと飛ばされたが……俺は何事もなく空中で一回転してから床に着地していた。

「……頑丈な武器ですね。それに全く効いていませんか」

「大切な人から貰った剣だからな。そして衝撃を逃せば難しい話じゃない」

剣が当たると同時に後方へ跳躍しただけだ。

それにしても初手から突きを放ったり、吹っ飛ばされた後の隙を狙ってこないとは……まだこちらを甘くみている証拠か。

「それより剣聖の流派はどうした? 幻流剣(げんりゅうけん) ……まだ一度も見せていないだろう?」

幻流剣(げんりゅうけん) 。

剣聖が使っていた流派で、一本の剣が無数に見える程の速度で振られ、まるで幻を見ているかのような気分にさせる事からそう呼ばれるそうだ。

過去に剣聖は無数の敵に囲まれたそうだが、一本の剣から放たれる無数の剣閃によって全て返り討ちにした逸話がある。

ライオルの爺さん曰く、剣聖と戦うというのは一対二で戦うようなものらしく、何度も首が飛ばされそうになったと笑いながら語っていた。

「放てば死にますよ?」

「さっきの一撃で確証が持てた。殺せるものなら殺してみろ」

「……いいでしょう。後悔させてあげます」

俺の挑発にベイオルフの雰囲気が変わり、二本の剣をこちらに向けて殺気を放ってきた。

本来、幻流剣は剣一本で放つ流派だ。

そんな幻流剣をベイオルフは二本の剣で放つので、一体どれほどになるか全くの未知数である。

「幻閃!」

そしてベイオルフが踏み出すと同時に振られた剣の速度は凄まじく、二本の剣がまるで八本に見える程だった。

全ての剣がまるで生き物の如くうねり、様々な角度から襲ってくる中……。

『これはっ!? ベイオルフ選手の剣が無数に!? 剣聖の名に恥じぬ攻撃をシリウス選手はどう捌くー……ええっ!?』

俺は瞬時に剣を持つ反対の手にミスリルナイフを握り、二刀流で迫りくる八本の剣を全て受け止めた。

ベイオルフは二本の剣を上手に操っているだろうが、俺の場合は 並列思考(マルチタスク) によって右手と左手を完全に独立させた状態で動かす事ができる。

そして右手の剣と左手のナイフで相手の剣を全て捌いた瞬間、ベイオルフは信じられないと言わんばかりに目を見開いて一瞬固まった。

あまりにも隙だらけだったので胸を蹴飛ばすと、ベイオルフは受け身もとれず試合場を無様に転がった。

『……さ、捌きました! シリウス選手、あの連撃を全て捌いたどころか反撃までしております!』

大したダメージは無いのでベイオルフはすぐに起き上がったが、混乱からまだ立ち直っていなかった。

「そ、そんな馬鹿な!? あれを防ぐなんて……」

「似たような技を何度も受けた事があるからな」

比べる相手が間違っていると思うが、散々戦ってきたライオルの爺さんが使う八つの斬撃を同時に放つ 散破(ざんぱ) に比べたら遥かに遅い。

更に言うならば、剣が同時に振られたように見えても僅かな時間差が生じるので捌くのは難しくない。

「噂では剣聖の放つ斬撃は十を超えると聞いた。更にその一撃全てが必殺だったそうだが……お前の剣は妙に軽い。まだ二刀流に慣れていないようだな?」

慣れてないとは言ったが、常人としてはすでに十分なレベルだ。事実二本の剣で八つも斬撃を放っているのだから。

しかし俺の目から見ればまだ稚拙で力が弱く、こちらが捌く力があまり必要ないのでそれだけ速く手が動かせるわけだ。

力が足りないのは剣を片手で持つせいだろうが……速さに拘るあまりに根本的な筋力が足りないわけだな。

「強くなる為に戦闘を繰り返してきたようだが、戦う度に自身を見直してきたのか?」

「くっ……僕の攻撃を一回捌いた程度で先生気取りですか。舐めないでください!」

再び剣を握り直したベイオルフは深呼吸してから俺を睨みつけ、自身に言い聞かせるように何度も呟いていた。

「次はもっと速く。もっと……もっと……速く!」

ベイオルフの気配が徐々に研ぎ澄まされていき、三度目の呼吸と同時に飛びかかってきた。

『再びベイオルフ選手の猛攻! 相変わらず剣が見えませんが、先程以上の速さを持っているのはわかりーっ!?』

放たれた剣の数は九つだが……速くなっただけで剣の本質は変わっていなかった。

落ち着いて左右の剣とナイフで逸らし、弾き、受け止めて捌いた後に再び胸へ蹴りを叩きこんで吹っ飛ばした。

「なん……で?」

「驚いて隙だらけだぞ。自分の技が通じなかった後の行動を考えておけ。最悪の想定を忘れるな」

「だから……何でそんな上から目線なんですか!」

「お前のような性格は、一度完膚なきまで叩きのめさないと話を聞かないからだ」

さっさと倒さずに戦っているのは、ベイオルフの強さが勿体ないからである。

剣聖である父親から教わったのかどうかはわからないが、動きに粗や無駄な部分が目立つので、せっかくの技が生かし切れていないと思ったからだ。

なので色々指摘してやろうと思っているので、話を聞くようにまずは屈服させるところから始めているわけだ。

「お前の剣から迷いが感じられるが、実は伸び悩んでいるんじゃないのか?」

「何も知らない貴方に言われたくありませんよ!」

まだ一つの技を破っただけなので心は折れていないようだ。

段々俺の態度に苛ついてきたのか、ベイオルフは怒りを露わにしながら剣を構えて魔力を高めていた。

「陽炎!」

魔力が一瞬膨れたと思えば、突然ベイオルフの体がぶれて見えるようになった。反射的に斬りつけてみたが空を斬るのみで、見えたのは残像だと気づいた。

『ベイオルフ選手が二人に増えたかと思えば、シリウス選手の背後から迫っています! これも剣聖の技なのでしょうか!?』

なるほど……全身から魔力を放出しながら高速で移動する事により、擬似的な残像を作って背後へ回り込む技か。速さと技が主体の幻流剣と相性が良い技だろう。

残像を囮に背後からベイオルフは攻めてきたが、右の剣を背中を向けたまま避け、左の剣は振り返りながら掬い上げたミスリルナイフで弾いた。

「なっ!?」

「背中から来るとわかっていれば対処は容易だ。それに、死角である背後に気を配るのは当然だろう?」

幻影で視覚を騙そうが、戦闘時に『サーチ』を周囲に飛ばし続けていれば敵の位置は把握可能だからな。

ベイオルフは驚いていたが、流石に三回目になると剣を構えて反撃に備えていたので、俺は攻撃をせず距離をとった。

しかし指摘すべき点は他にあるので、俺は陽炎と呼ばれる技を使った時のベイオルフと同じ構えをとっていた。

「それに、今の技は他の動きと組み合わせて使う技じゃないか? 相手の目前で使っても効果は薄い。だが……」

「まさか!?」

ベイオルフがこちらの構えに気付いた瞬間、俺は全身から魔力を放つと同時に地を蹴ってベイオルフの側面に回り込んだ。

「僕の陽炎を!? ですが、目前で使っても効果は薄いと自分でー……っ!?」

ベイオルフは側面から回り込んできた俺を斬り捨てたが……手応えのなさに目を見開いていた。それもその筈、何せ斬ったのは魔力による囮なのだから。

俺は側面に回り込んだ時にもう一度同じ要領で陽炎を使い、更に囮を作って背後に回り込んだのだ。要するに裏の裏を突いた……というやつである。

完全に側面の囮に気をとられたベイオルフの背後は隙だらけで、本来なら剣で斬るところを手加減した蹴りを叩きこむ程度にしておいた。

「がはっ!?」

「今のように、使い方次第で奇襲する事も出来るわけだ」

試合場の床を転がっているベイオルフを見下ろしながら、俺は指摘しつつ立ち上がるのを待っていた。

『よ、予想外の展開です! あれほどの速度を持つベイオルフ選手が完全に遊ばれております! 私……シリウス選手の強さに惚れてしまいそうです! デートしませんか?』

実況が興奮して妙な事を言い始める中、ゆっくりと立ち上がったベイオルフの表情は怒りではなく得心が行ったようにすっきりとしていた。

「勉強になりますよ。そして理解しました。貴方……剣聖に剣を教わった事がありますね?」

「何故そう思う?」

「幻閃も陽炎も必殺の一撃ですから、初見で回避出来る筈がありません。そうなると貴方は剣聖に教えを受けたか、戦って確認した事があるかのどちらかですが……年齢的に教えを受けたとしか考えられないのですよ」

「残念だが違う。俺は剣聖なんて話で聞いただけで、どちらの技も初見だよ。似たような技なら見た事あるけどな」

幻閃と似た技である剛破一刀流の散破だが、元々はライオルが剣聖の放つ幻閃と打ち合う為に作った技だそうだ。似ているのは当然かもしれない。

そして虚を突く戦法が多い俺からすれば、陽炎のような技は慣れ親しんでいる。魔法の力もあり、初見回避も難しい話ではない筈だ。

「嘘を言わないでください! 自分で言うのもなんですが僕の技が簡単に見切れるとは思いません! それこそ、剣聖クラスでないと避けられるとはー……」

「ならばヒントをあげよう。お前が目を付けたレウスの流派は何だ?」

「……剛破一刀流でしょう? 昨日聞いた実況の紹介が嘘でなければ、彼は剛剣本人から教わっているそうですが」

「そうだ。そして俺はそんなレウスの師匠で兄代わりだ。さて、レウスはどうやって剛剣から剣を教わったと思う?」

「……まさか、貴方も剛剣から剣を教わったと!?」

「まだ違うな」

今度は俺の方から攻めて正面から剣で斬りかかると、ベイオルフは反射的に剣で受け止めた。動揺しつつも体を動かせるのは褒めるべき点だな。

そのまま両手に握った剣とナイフを振り、何とか反応しているベイオルフを見ながら先程の続きを口にした。

「俺は剛剣と戦って知り合いになったからだ。お前よりもっと速く、重く、鋭い剣を身を以て知っているからだよ」

「ぼ、僕とそう変わらない貴方が!?」

「信じる信じないはどっちでもいいが、お前と戦っている俺の強さは理解した筈だ。くだらない考えは後回しにしないと、無様にやられるだけだぞ?」

「くっ!? 確かにそうですねぇ!」

俺の言う事を理解したベイオルフは徐々に冷静さを取り戻し始め、僅かに遅れていた俺の攻撃に合わせ始めた。

『両選手、一歩も引かない速度でぶつかり合っております! それどころか、徐々に速度が上がっていますよ!』

攻撃の速度は上がり続けるが、そろそろベイオルフの方は付いていけなくなっているようだ。

俺の見立てでは、ベイオルフの実力はレウスの一歩手前だろう。相性の問題もあるから実際に勝負してみないとわからないと思うが。

まだ上がる速度に舌打ちしたベイオルフは、剣を受ける際に踏ん張るのを止めてわざと後方に飛ばされ、俺から強引に距離をとっていた。

これが試合じゃなかったら魔法か投げナイフを放つところだが、何かやろうとしているのであえて追撃しなかった。

それを理解し、屈辱とも言える情けを受けながらベイオルフは乾いた笑いを洩らしていた。

「はは……これはもう認めるしかありませんね。決勝までとっておきたかったのですが……そうは言っていられないようです」

「まだ切り札があるのか?」

「いいえ、ここで魔力を使いきる覚悟です! 我が魔力を力に……『ブースト』」

幻閃や陽炎を放つ際に一時的に使っていた魔力を身体強化に回したようだ。決勝を考えず、全力で戦わなければならないと理解したようである。

俺とレウスが使う『ブースト』と違って無駄が多い身体強化だが、ベイオルフのような強者が使えば相当な実力となる。

実際、ベイオルフが踏み込んだ試合場の床が砕けて小石が転がっていたりするのだから。

流石に身体強化をしたベイオルフを捌くのは厳しいので、俺も『ブースト』を発動しベイオルフを挑発するように手で招いた。

「良い覚悟だ。全力でこい」

「言われずとも行きますよ。幻閃!」

先程言われた指摘を生かそうとしているのか、放たれる剣の数が一本減っていた分だけ一撃の重さが変わっていた。

しかし俺も強化しているので、問題なく捌きながら気になる点を指摘する。

「一連の動きを終えても気を抜くな! 思考を止めず、常に先を見据えて歩みを止めるな!」

「ぐっ!? ま、まだ!」

すぐに直せというのも難しいが、幻閃を放ち終わった瞬間にほんの僅かだけ呼吸をする隙があるのだ。

わかりやすく伝える為に、その隙を狙ってベイオルフの腹に蹴りを叩きこんでやる。

「痛っ!? どこから!?」

「敵は俺だけとは限らんぞ! 常に周囲へ注意を払い不意の一撃に備えろ!」

時折、砕けた床の破片を蹴ってベイオルフの体にぶつけ、外からの攻撃に備える感覚を教え込む。

「さっきから何度も蹴りを食らっているが、人は全身が武器だぞ! 手に持つ武器にばかり気をとられるんじゃない!」

「うぐっ! は、はい!」

レウスにも行っている模擬戦のように、俺は戦いながらベイオルフへの指摘を繰り返す。

経験からしてベイオルフはレウスと同じく体で覚えるタイプだと思われるので、とにかく指摘しては反復練習をさせるだけである。

『何でしょう? とても凄い戦いですが試合をしているように見えません。ですが……目が離せません』

俺達の攻防に実況や観客が困惑しているが、罵倒らしき声は一つも聞こえなかった。

それだけ異常な状況なのだろうが、激しい剣のぶつかり合いは続いているので観客は魅せられているからだろう。

「これならどうですか!」

「良い攻撃だ!」

気づけば素直になり始めたベイオルフは、指摘した個所を即座に修正した一撃を放ってきた。

飲み込みの早さに感心したが、そろそろベイオルフの魔力が底を突きかけているせいで一撃の重さと全体の速度が落ち始めてきた。

その一撃を剣で強く弾き、一度距離をとらせてから俺は人差し指を立てて宣言した。

「次で終わりだ。全力でこい」

「はい……行きます!」

ベイオルフが最後に選んだ技は幻閃だが、斬撃の数は増えていない上に見た目は変化が見られなかった。

しかし全力を振り絞った一撃の重さは前以上で、一つだけ受け止めきれず回避を選択する程だった。

そして最後の剣を弾こうと手を振るったその時……違和感を覚えて背後に意識を向けた。

「はああぁぁっ!」

ベイオルフは最後の剣を振り終わった瞬間に陽炎を使い、俺の背後へと回り込んでいたのだ。

残り少ない魔力を使い、贅沢なフェイントをしてきたものだと笑みが零れる。学んだ事を即座に応用するその姿勢は素晴らしいと思うからだ。

背後に顔だけ向けて、剣を振ろうとするベイオルフの姿を捉えた俺はあえて一歩下がって背中からベイオルフへ飛び込んだ。

「はっ!?」

「もう一歩……だな」

大きく下がりながら掬い上げるような肘鉄を背後へ放ち、剣を振り上げた際にガラ空きとなる相手の脇へ肘を潜り込ませた。

止められた腕は諦めてすぐさま反対の剣で斬りかかってくるが、俺は肘鉄で止めた腕から自身の体を滑り込ませ、ベイオルフの背後に回り込んで回避している。

その後背中合わせになっている俺達だが、相手が動く前に俺は肩越しにベイオルフの襟を掴み、足を払いつつ背中を支点にして前方へ放り投げた。

放り投げられ、空中で逆さまになっているベイオルフと目が合った俺は掌を向けてから一言告げた。

「最後に教えよう。剣を振るっているからと言って魔法は使わないと決して思いこむなよ」

「……は……い」

魔力切れで意識が朦朧としていたが、どこか満足気に笑みを浮かべたベイオルフに『インパクト』を放って場外へと吹っ飛ばした。

『け……決着! シリウス選手の勝利です! 凄まじい攻防でしたが、シリウス選手の方が圧倒的に上だったようです!』

試合終了の銅鑼と観客からの歓声が響き渡る中、俺は場外で治療を受けているベイオルフに視線を向けた。

医療班は水の治療魔法を掛けているが、ベイオルフの主なダメージは俺の蹴りや最後の『インパクト』だけなので、今は疲労と魔力枯渇によって意識を失っているに過ぎない。放っておけば直に目が覚めるだろう。

そして何故かレウスが近くに立っていて、ベイオルフを眺めながら頻りに頷いていた。

「わかるぜ。兄貴の訓練……きついもんな。でも、俺っていつもあんな感じなんだなぁ」

同じ苦しみを味わった友のように優しげな顔つきである。

しかしレウスよ、ベイオルフのはあくまで試合だったからまだ抑え気味で、お前はもっと厳しいんだぞ?

最近はレベルを上げても付いてくるし、お前も望んでいるからついやり過ぎてしまうのだ。体を壊さないような手加減が日に日に難しくなるが、それだけ成長した証でもある。嬉しい悲鳴とも言えるな。

しばらくして、俺とレウスは治療室で眠っているベイオルフの前にいた。

次の試合があるレウスまでいるのは、試合場が剣の応酬による余波によってボロボロになったので、その修理に時間が掛かっているからだ。今頃試合場では土属性の者達が必死に魔法で修理と強化を行っているだろう。

そんなわけで一時間ほど臨時の休憩が出来たので、ベイオルフの様子を見にきたわけだ。

「なあ兄貴、こいつって剣聖の息子だけど、剣聖って爺ちゃんと戦って死んだ奴の事だよな?」

「そうだろう。ライオルから聞いてた技もあったしな」

「そっか……俺とあまり変わらない子供がいたのに、何で爺ちゃんに挑んだんだろうな」

剣聖は剛剣に挑み、そして死んだとされているが、ライオルの爺さんの話では少し違うそうだ。

息子がいるのにライオルに挑んだ理由は本人しかわからないだろうが、ライオルから真相を聞き、ベイオルフという息子がいたのが判明した俺は何となくわかる。

「お前のように家族が大切で、守る為に強くなりたいと思う者にはわからないかもしれないな。剣聖は死に場所を求めていたんだよ」

「死に場所? 俺は爺ちゃんにやられて死ぬのは嫌だな。死ぬならエリナさんみたいに家族に見守られて死にたいけど……兄貴はわかってるのか?」

「何となくな」

「教えて……くれませんか?」

「お? 目が覚めたんだな!」

気づけば目を覚まし、こちらを見ているベイオルフの目は子供のようだった。

そうか……やはりこの男は知らなかったんだな。剣聖も罪な事をする。

「何か知っているなら……教えてください。僕は……父の事が知りたくて強くなってきたので……」

「俺の推測だが……それでも?」

「構いません。少しでも父を知れれば……」

「わかった、だがその前に聞きたい。ベイオルフの母親はどうしているんだ?」

「母は……父を追うように流行病で亡くなりました」

予想した通りだったので、俺の推測に信憑性が増したな。

本当なら爺さんが伝えるべきだろうが、これも何かの縁だろう。知る限りを説明してやるか。

「辛い事を聞いてしまったな。まずは俺が剛剣ライオルと知り合いなのは説明したよな?」

「はい……貴方の強さを見れば信じられます」

「その剛剣から剣聖の最後を聞いているんだ。剣聖は剛剣と戦って死んだんじゃなく、戦った後で病によって死んだんだ」

「えっ!?」

剛剣がまだ隠居する前……突如爺さんの元に剣聖が現れて勝負を挑んできたそうだ。

死力を尽くした戦いの果てに爺さんは勝ったが、その時の剣聖はまだ命を取り留めていた。爺さん曰く、再び戦ってもらおうと無意識に剣が止まったらしい。

だが……剣聖は突如吐血し、自分は病に冒されていると語ったそうだ。

「お前の母親は流行病に掛かっていたそうだが、剣聖もそうなっていたとしてもおかしくないだろう?」

「そんな!? ぼ、僕は……父は病に掛かっている母親を置いて、剛剣に挑んで死んだって……ずっと……」

「何だよそれ! 何でそんな事をしたんだよ!」

「名誉を守りたかったのだろうな」

剣聖は吐血しながら、爺さんに自分は戦って死んだ事にしてくれと懇願したそうだ。

自分を楽しませてくれた者の願いを聞き入れた爺さんは、病によって事切れた剣聖を埋葬し、自分が倒したのだと公表した。爺さんが積極的に公表したとは思えないが、剛剣のブランド力もあれば勝手に広まるわけだな。

「病で死ぬより、剛剣に挑んで死ぬ方が剣士として……剣聖でいれたのだろう、酷い言い方かもしれないが、父親より剣聖としている事を望んだと思う」

「そっか。なら俺にはわからねえよな」

「……僕は父を許せなかった。病気になった母を置いて行った揚句、剛剣に挑んで帰ってこないんです。許せるわけありません」

真相を知ったベイオルフの目から涙が零れていたが、どこかすっきりしたような表情をしていた。

「でも、母は全く父に恨み事は言いませんでした。きっと父は母だけには話し、母はそれを受け入れたのでしょう。僕だけ除け者なんて酷いなぁ……」

これも推測だが、自分への恨みが生きる糧になるかもしれないのもあったかもしれないな。

「酷いけど……そんな父に僕は憧れていました。赤ん坊の頃から見せてくれた剣技が格好良くて……僕もそうなりたいって思って強くなってきたんです。だから……今の話を聞いて納得できる部分もあるんですよ」

……強い男だな。

両親が死んで幸福な人生を歩めたと思えないのに、受け入れて前を向いている。

「許せない部分はあるけど……父は僕の憧れで……死ぬまで剣聖でいてくれたんですね。それがわかっただけでも十分です。話してくれて……ありがとうございました」

そう礼を言ってきたベイオルフは、俺にぎこちない笑みを向けてくれるのだった。

そして治療室を出て、試合場に戻る俺の後ろに付いてくるレウスは無言だった。

真剣な表情で考え事をしているので、立ち止まって振り返るとレウスは顔を上げて俺の目を見てきた。

「なあ兄貴。俺は剣が好きだけど、家族か剣を選ぶとしたら俺は間違いなく家族を選ぶよ」

「お前ならそうだろうな」

「だから俺はベイオルフみたいに本当の事を知っても納得できないー……と思ってたけどさ、剣聖が兄貴や父ちゃんだったらわかる気がしたんだ」

聞いたままではなく置き換えて考えるようになったか。成長したものだな。

「そりゃあ近くにいないのは嫌だけど、憧れた人の格好悪いところなんか見たくないし……ベイオルフはその思いが強かったって事なんだよな?」

「ああ、ベイオルフは父親以上に剣聖の方に憧れていたのだろう。お前とはあまり合わないだろうな」

「うーん……合わないだろうけど、あいつと一緒で一つだけわかるのがあるぜ。剣聖が自分の信念を貫き通したって事だけは同じ考えだな」

「そうだな、それがわかっただけで十分だ。お前の信念は家族を守ることだろう?」

「それもあるけど、兄貴に背中を任せてもらうくらいに強くなる事だな。兄貴は何を信念にしているんだ?」

「お前と似ているが、家族であるお前達や弟子を守り、育て抜く事だな。理由があるなら考えるが、理不尽な事で狙われたら国でも相手にする覚悟を持っているぞ」

「おお! それでこそ兄貴だな!」

何を信じ、信念にするかは人それぞれだ。

レウスの言葉通り、大切なのはそれを貫き通す事……それだけである。

ちなみに前世の俺が教育者になる前にあった信念は、相棒が目指した理想を手伝う事だった。

相棒の馬鹿げた理想を本気で叶えようとする信念に惚れたのだ。死んでしまった今ではそれもなくなり、教育者の信念しか残っていないけどな。

「さて、そろそろお前の試合だろ? ジキルは手強いだろうから、油断するんじゃないぞ」

「当たり前だ! 俺の信念を貫く為に、ジキルに勝ってみせるぜ!」

「その意気だ。ほら、行ってこい」

「おう!」

先程以上のやる気と覇気を放ちながら、レウスは試合場へと走り去った。

剛剣に憧れ、一回戦と二回戦の戦いからして、ジキルは規模を小さくした剛剣みたいなものだろう。

種族的な差もあって力だけなら間違いなくレウスが上だろうが、それ以外の経験に関してはジキルの方が上だ。

レウスの力と信念が勝つか、ジキルの技術と経験が勝つか……ちょっと予想がつかない。

「……大きくなったものだな」

どこまでも真っ直ぐに走り続ける弟子の背中を眺めていて、らしくない感傷に浸ってしまったのは秘密だ。

そして……レウスとジキルの勝負が始まる。