軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

何よりも嬉しい

――― エミリア ―――

「抜刀・風刃!」

シリウス様がかつて見せてくださった、カタナを模した風の刃をダイナローディアへと振るいました。

風の刃ですので、私の手に抵抗感があるわけがありません。

ですが……振るった右手に何かを斬ったような感触を感じたのは気のせいではないでしょう。魔物だけでなく、何か暗いものまで斬ったような……そんな感じがしたのです。

知らず内に涙を流しているのも……それが関係しているのかもしれません。

この魔法を放った事で私の魔力はほとんど無くなり、眩暈と共に体が崩れ落ちそうになりましたが、私は倒れないように歯を食い縛りました。

まだ魔物は健在なのですから、結果を確認するまで倒れるわけにいきません。

「……効いていないの?」

背後から聞こえたリースの呟きも当然かもしれません。私の魔法が放たれたのに、魔物には何も変化がないのですから。

ですが、この魔法は……。

「いいえ……効いているわ」

その瞬間、魔物の腹に切れ目が入ったかと思えば、大量の血が飛び散り周囲を赤く染めました。近くにいる私にも少し血がかかってしまい、シリウス様のコートを汚してしまいました。

後でコートをしっかりと洗わなければとぼんやりとした頭で考えていましたが……魔物の様子を見て気づきました。

「駄目……浅い」

予想以上にこの魔法は射程が短いようです。カタナを模したものですから仕方がありませんが、せめてもう数歩は踏み込んでおくべきでした。

おそらく魔法で切れたのは胴体の半分くらいでしょう。普通に考えてこの出血量なら致命傷ですが、魔物の再生力は凄まじいと聞いていますので放っておいたら傷が塞がってしまいそうです。

もう一度魔法を放とうにも、私は魔力が底を突きかけていて立っているのがやっとです。

私はもう何も出来ませんが、まだ 私達(・・) の攻撃は終わっていません。

「くらえぇぇぇぇ――っ!」

まだ……魔物を足止めしていたレウスが残っています。

レウスは魔物を地面に縫い付けていた剣を抜き、魔物の背中を駆け上がって全力で剣を振るいました。

レウスが振るった箇所は私が魔法で斬った反対側です。その巨体ゆえにレウスの大剣でも魔物の体の奥深くまで届きませんでしたが、私達姉弟が前後から斬れば真っ二つです。

「やった! ……って!?」

「しぶとい……ですね」

それでもあと少し……足りなかったようです。もはや魔物は全身真っ赤になっていますが、ほんの少しだけ刃が届かず魔物の体を分断する事が出来なかったようです。

「まだだっ! 私の力と全魔力……持って行け!」

「爺ちゃん!」

その時、近くで魔力を高めていたお爺ちゃんが飛び出し、魔物の顎を打ち上げるように『ウルフファング』を放っていました。

これも勘なのでしょうか? 気づけばレウスはもう一度尻尾に剣を突き刺していて、魔物の下半身を地面に固定していたのです。そしてお爺ちゃんが魔物の上半身を洞窟の天井へ向かって打ち上げています。

二つの力は辛うじて上半身と下半身を結んでいた腹部へと集中し、ついに魔物の体は分断されたのです。

そして魔物の下半身が動かなくなり、少し間を空けて魔物の上半身が地面に落ちて大きな音を立てています。お爺ちゃんは無事に着地できたようですが、先程の宣言通り全てをぶつけたのか膝を突いて崩れ落ちていました。

「おのれ、まだ生きておるか」

魔物は上半身だけになりながらも、腕の力だけで這いながらお爺ちゃんへと徐々に迫っていました。ですがお爺ちゃんを守るようにレウスが魔物の前へ立ち塞がりました。

「悪い爺ちゃん。止めは任せてもらっていいか?」

「……ああ。私はさっきので……十分だ」

「わかった、俺が最後をもらうよ。あんな状態の魔物を斬るのは弱い者苛めみたいで何か嫌だけど、お前に関しては何も思わないよ。父ちゃんと母ちゃん、そして俺の仲間まで食った仇……討たせてもらうぞ!」

そして大きく剣を振り上げ、レウスは駆け出して剛破一刀流の剛天を放ちました。

「終わりだああぁぁ――っ!」

渾身の力で振り下ろされたレウスの剣は魔物の体だけではなく、地面に刀身が半分以上埋まるほどの一撃でした。頭の半分以上を斬られ、今度こそ魔物は絶命して動かなくなりました。

ようやく……倒せたんですね。

それを認めた瞬間、限界を迎えた私はゆっくりと倒れていきました。

いけない……このままだと体を地面に打ってしまいます。でも、手を伸ばして体を支える事すら出来ない程に私の体は疲弊していました。

横目でリースが慌てて手を伸ばしている姿が見えましたが、ちょっと間に合いそうにないです。痛いのは嫌だなぁ……と、子供みたいな事を考えていると、倒れる私を抱きとめてくれた人がいました。

「……よく頑張ったな」

「シリウス……さま?」

受け止めてくれたのは、私のご主人様であるシリウス様でした。

別れる前に見せていた冷たい目は影も形も無く、今は私に向かって優しく微笑みかけてくださっています。

更にゆっくりと慈しむように私の頭を撫でてくださり、あまりの気持ち良さに意識を保つのがやっとです。

「見て……くださいましたか?」

「もちろんだ。お前の戦う姿、しっかりと見せてもらったぞ。そして魔物へ立ち向かい、倒した事によってお前は過去を完全に乗り越えたんだ。存分に誇りなさい」

「本当……ですか? じゃあ私はシリウス様のー……」

「ああ、お前は俺の弟子だ。自慢の弟子だぞ」

「ふふ……やったぁ……」

ああ……その笑顔と言葉だけで全てが報われた気がしました。

大好きなシリウス様の腕に抱かれ、私は幸せな気持ちのまま意識を失いました。

全てが真っ黒に染められた闇の世界を、私は息を乱しながら走っていました。

走って……。

走って……。

息が苦しくて疲れて今にも倒れそうですが、私はただ前を見て走り続けます。

だってあそこには、お母さんとお父さんが立っているのだから。

会いたかった。

声が聞きたかった。

今度は私が肩を噛んであげたかった。

なのに……私がどれだけ走ってもお母さんとお父さんには近づけません。

速く……。

速く……。

速く……お母さんとお父さんの所へ行かないと……。

「お母さん、お父さん、逃げてええぇぇっ!」

お母さんとお父さんの背後に、黒くて大きな魔物が現れたのだから。

そしてその大きな口を開き、私の大切な家族を食べようとしています。

「させない! 『 風玉(エアショット) 』」

今では呼吸をするように放てる魔法が……発動しない。

「どうして!? 『 風玉(エアショット) 』『 風斬(エアスラッシュ) 』『 風衝撃(エアインパクト) 』」

どれだけ集中しようと……どれだけ叫ぼうと魔法は発動しません。

その理由は、自分の手を見ればすぐにわかりました。

「なん……で?」

私の体は子供に……集落が襲われた頃に戻っていたのです。

魔法が使えたのはシリウス様に出会ってから。

あの頃の私は何も出来ない、ただの子供にー……。

「違う!」

違います!

私は……私は……もう子供じゃない!

シリウス様に鍛えられ、魔法を覚えて強くなった……エミリア・シルバリオンです!

「消え去りなさい!」

そう自覚すると子供だった体が元に戻り、私はすぐに風の力を受けて大きく飛び上がり、右手で振るった風の刃で黒い魔物を斬り裂きました。

すると風の刃は魔物だけではなく、真っ黒に染められた闇まで斬っていました。

「もう貴方は怖くありません! 私は……乗り越えたんですから!」

そうはっきりと宣言すると黒い魔物は完全に消え去り、闇の世界は白の世界へと変わっていました。

突然の変貌に驚きましたが、それよりまずは……。

「お母さん、お父さん……大丈夫?」

振り向いて私の両親の安否を確かめました。

最後に別れてから全く変わらないお母さんとお父さんの顔を見た瞬間……私は涙が零れていました。

嬉しいのか、それとも悲しいのか……もう……わかりません。

だってこれは……夢だから。

本当のお母さんとお父さんはもう……いないんだから。

「ふふ……泣き虫ねエミリアは。私はそんな子に育てた覚えないわよ?」

「そうだな。お前はお転婆だったから、泣くよりすぐに怒って言い返す性格だったろ?」

「だってぇ……だってぇ……」

「ほら、いつもの頭撫で撫でしてあげるわね。エミリアはここを撫でられるのが好きでしょ?」

「おいおい、お前だけずるいぞ。私もやらせてくれ」

お母さんの優しい撫で方と、お父さんのちょっと乱暴な撫で方も変わっていない。昔は当たり前だったこれが、今では酷く懐かしくて嬉しい。

けど……今はもっと優しい撫で方をしてくださる御方がいらっしゃいます。

「あれ? 何か反応がちょっと違うかも?」

「うん。今はもっと気持ちよく撫でてくれる御方がいるから……」

「御方って、もしかしてその人に染められちゃったのかしら? これで私より満足させるなんて……只者じゃなさそうね」

「染められただとぉ!? そ、その人とはもしかして……男なのか?」

「うん。とっても優しくて素晴らしい御方で、私とレウスもその御方に従者として仕えているの。名前はシリウス様で、私達が魔物に襲われていたのを助けてくれたのがー……」

それから私は夢中でお母さんとお父さんに語り続けました。

少しでもシリウス様や皆の事を知ってもらおうと、自然と早口になりながら私は喋り続けていますが、お母さんとお父さんは笑顔ー……いえ、お父さんはちょっと渋い顔でずっと聞き続けてくれました。

白の世界に溶けるように、その姿が徐々に薄くなっているのに……変わらず笑顔で。

「シリウス様は凄く強くて、博識で何でも知っているの。私達をいつも気にかけてくれて、作ってくださる料理がとても美味しくて、私をこんなにも立派に育ててくださった先生なんです」

お母さんの姿が薄くなっていく……。

「レウスも立派に育っているのよ。今では大きな剣を振り回して、魔物なんかあっさり蹴散らしているわ。ちょっと暴走したりして変な行動が多いけど、とっても強くなったんだから」

お父さんが姿が薄くなっていく……。

「それで学校へ行って、リースって女の子に出会って友達になったのよ。凄く優しくて、水の魔法が凄くて……私の大切な友達で家族でー……」

もう涙で前が見えなくて……自分でも何を言っているのかさえわからない。

ただ感情の赴くままに、私はお母さんとお父さんに夢中で語り続けていました。

思いつくままに感情を吐き出して涙を拭ってみれば、お母さんとお父さんの姿は透けてほとんど見えなくなっていました。

まだ話したい事は沢山あるのに……もう時間が無いようです。

その前に、お母さんとお父さんにどうしても伝えなければいけない事があります。

「あら、もう終わりなの? もっと話が聞きたいわ」

「それでね……私、お母さんとお父さんに謝りたい事があるの」

「……話してみなさい」

「私はシリウス様の事が大好きなんです。あの御方と出会って、従者になれた事が嬉しくて仕方がないの」

シリウス様の従者になって傍にいれるのは、私にとって何よりの幸せです。私の告白にお母さんは嬉しそうに頷き、お父さんは渋々と頷いていました。

「ええ、よくわかるわ。貴方がその人の話をしている時の顔……本当に幸せそうだもの」

「……恩人だからというわけでは無さそうだな。悔しいが、認めるしかないのか……」

「それで、シリウス様と一緒にいれるのが嬉しくて……幸せで……ある日思っちゃったの」

それは何気ない日常の中でふと浮かんだのです。あまりにも自然に浮かんでしまい、当時の私は深い自己嫌悪に陥っていました。

「私達の集落が……お母さんとお父さんが魔物に襲われたから…………私はシリウス様に出会えたんだって……」

大好きな人達が襲われたから私は幸せになれたんだって……死者を冒涜するような考えをしてしまったのです。

「お母さんとお父さんは大好きだよ! 集落の友達だって大好き! でも私は、シリウス様に出会えた事の方がずっと……ずっと……」

「……エミリア」

私が泣き叫んでいるとお母さんが抱きしめてくれました。お父さんも私とお母さんを包むように抱きしめています。

「そのシリウス様って人に出会えたのが何よりも大切……というわけね?」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

胸の中で謝り続ける私の頭を、お母さんは優しく撫でながら呟きました。

「エミリア……貴方が謝る必要はないわ」

「私達が死んだのは、私に力が足りなかったからだ。むしろ、お前とレウスを残して死んでしまった私達こそ謝るべきだ」

「そんな事ないよ! お母さんとお父さんが謝る理由なんかない!」

それは絶対です。お母さんとお父さんが命を賭してくれたから……私とレウスは生き残れた。

私が顔を上げると、お母さんとお父さんは笑顔を向けながら頭を撫でてくれます。

「貴方が気に病む必要はないわ。だって……私達はもう死んでしまったのだから。もういない私達を気にして、今を楽しまないのは絶対に駄目よ」

「お前は私と母さん以上に大切な人と出会い、そして強くなって私達の仇をとってくれたのだ。親としてこんなに嬉しいことはない」

「お父さんの言う通りね。貴方がこんなにも大きく成長してくれたことが、私達は何よりも嬉しいのよ。子の成長を喜ばない親なんていないわ」

涙が……止まりません。

どうして……どうして……こんなにも大好きな人がいなくなっちゃったの?

「エミリアとレウスが幸せなら私達は十分なのよ」

「レウスも立派に成長して一人前の戦士になったようだし、私は安心したよ」

「……安心するのはまだ早いよお父さん。あの子ったら落ち着きがないから、私とシリウス様が見ていないと不安なの」

「レウスを頼んじゃった私が言うのもなんだけど、あまり構い過ぎて自分を疎かにしちゃ駄目よ」

「大丈夫。シリウス様がいれば、私は何があっても平気だから心配しないで」

「本当にお前はその人が好きなんだな。ならば早く行きなさい。ここはお前がいる場所じゃないだろう?」

そう言って私の肩を噛んでからお母さんとお父さんは離れました。私も肩を噛もうとしたのですが、伸ばした手はお母さんの体を通り抜けるだけで触れる事が出来なかったのです。

「噛まなくても、貴方の想いは伝わっているから安心して」

「悔しいが、その気持ちはシリウスという人へ向けてやりなさい」

「……うん」

「これからは貴方の思うように生きて幸せになるのよ。私達の願いはそれだけだから」

「何があろうと、私はお前を祝福するぞ」

「お母さん……お父さん……」

お母さんとお父さんの体は白い世界に溶け続けていて、もう輪郭しか見えていませんでした。

それでも……まだ伝えたい事が残っています。

私は涙を拭って叫びました。

「私、お母さんとお父さんの娘で本当に……良かった!」

『愛しているわ、エミリア』

『愛しているぞ、エミリア』

「私も愛しているよ!」

そして……お母さんとお父さんは完全に消えてしまいました。

この白い世界で座り込み、お母さんとお父さんが消えてからどれだけ泣き続けたでしょうか?

一頻り泣いてようやくスッキリしたところで、私はゆっくりと背後へと振り返ります。

反対を向いても白い世界が広がっているのですが、一つだけ違うのは上空に暖かい光を放つ太陽が見える事です。その太陽を眺めていると心が安らぎ、私の尻尾が自然と振れていました。

この体に感じる暖かさ……間違いありません。あの太陽こそ私が向かうべき方角であり、生涯を共にすると誓ったご主人様がいるべき場所。

私は太陽を目指し歩き出しました。

在るべき場所へ帰る為に……。

「……気がついたか?」

ぼんやりとした意識の中、声に惹かれて顔を向けると私のご主人様であるシリウス様がこちらを見ていました。

無意識に手を伸ばすと、シリウス様は私の手を握り締めてくれました。

暖かい……やはりこの御方は私の太陽なのですね。

「体の調子はどうだ?」

「はい……少しだるいですが大丈夫ですシリウス様」

攻撃は受けていませんので、魔力欠乏による単純な体調不良でしょう。

私は体に掛けられていた毛布を除けながら上半身を起こし、周囲の確認をしてみました。

場所は魔物と戦った洞窟ではなく、人が住んでいた形跡のある屋内のようです。室内は妙に埃っぽいですが……どこか見覚えのある場所ですね。

「シリウス様……ここは?」

「ここはお前達が住んでいた集落の家の一つだよ。お前が気絶してからここまで運んできたのさ」

そういえば、集落にはまだ壊されていなかった家が残っていました。銀狼族特有の内装ですから、見覚えがある筈ですね。

室内はシリウス様の魔法によって明るいですが、窓から外を見るとすでに真っ暗でした。

「私はどれくらい寝ていたのでしょうか? あと……他の人達は」

「あれから数時間ってところだな。レウスもリースも他の家で休んでいるよ」

それからシリウス様は私が気絶した後の説明をしてくださいました。

私が気絶すると、それを追うようにお爺ちゃんも気絶したそうです。

考えてみればお爺ちゃんは集落に着いてから戦い続け、何度も必殺技を放っていましたから当然かもしれません。

「体力と魔力をかなり消耗していた上に、仇を討てた事によって張り詰めていた精神が緩んだんだろうな。近くでレウスが見張っているし、明日には目覚めると思うから安心しなさい」

「良かった。お爺ちゃん……凄く頑張っていましたから」

「それはお前もだ。ほら、スープを作ったから食べるといい。お腹が空いているだろう?」

スープと聞いて私のお腹が鳴ってしまい、シリウス様は笑みを浮かべながらスープの入ったお皿を持ってきてくださりました。その際、握ってくださった手が離れたのがとてつもなく寂しく感じましたが、何とか取り繕いました。

前もって暖めてくださったのか、スープから湯気が昇っていて美味しそうな匂いが部屋を満たします。この匂い……私とレウスに初めて振舞ってくださったあのスープです。

「後は、レウスが新鮮な卵を見つけてきてくれたから卵焼きにしてみた。もちろん、甘いやつな」

「あの、よろしければお願いが……」

「ん? もしかして食べさせてほしいのか?」

「……はい」

仕方ないなと言わんばかりにシリウス様は苦笑し、私にスープと卵焼きを食べさせてくれました。とても美味しくて優しい味で、私好みの味付けに調節してくださっているのが本当に嬉しい。更に食べさせてもらえて……凄く幸せです。

そんな風に私に食べさせながら、シリウス様は続きを語り始めました。

「お前の仇だった魔物は穴を掘って焼却しておいた。お前を脅かしていた存在は完全に消滅したよ」

私達の事もあり、魔物の素材は剥ぎ取らず完全に焼却して地面に埋めたそうです。その心遣いも嬉しい。

他にも私は見ていませんが、シリウス様が洞窟の外で倒した大量の魔物も穴を掘って処分し、必要以上に魔物が集まる心配はなさそうとの事です。その際はレウスとホクトさんが大活躍したみたいですね。

そしてこの集落はホクトさんが縄張りの証を周囲に残している上に見張ってくれているそうなので、魔物が寄ってくる可能性はほぼ無いとの事でした。

「だから安心して休んでいなさい。俺も近くで寝ているから、何かあれば言うんだぞ」

そう言って私に食事を食べさせた後、シリウス様は立ち上がろうとしたのですが、私は反射的にシリウス様の袖を掴んで引き止めてしまいました。

ああ……駄目です。お母さんとお父さんの夢を見たせいか、傍にいてほしいと無意識に思ってしまいます。

「リースの言う通りになったな。わかった、近くにいるからそんな顔をするな。これでいいだろう?」

シリウス様は再び私の前に座って頭を撫でてくださりました。

最初は女性と言う事でリースが私と同じ場所で寝る予定だったそうですが、リースがシリウス様がやるべきだとはっきり言ったそうです。離れそうになったら袖を掴んで引き止める事まで予想していたらしく、見事に的中したとシリウス様が笑っています。ちょっと恥ずかしいけど、ありがとう……リース。

「起きたばかりだろうが、まだ寝ていた方がいいぞ。ほら、俺はここにいるから休みなさい」

「わかりました。ですがその前に、シリウス様へお話したい事があるのです。聞いていただけませんか?」

「いいよ、聞こうか」

「ありがとうございます。実は私が意識を失ってからですがー……」

私がずっと見続けていた悪夢の内容と、それを克服してお母さんとお父さんと会話をした事を語りました。シリウス様は何度も頷き、まるで自分の事のように喜んだり悲しんだりしながら私の頭を何度も撫でてくださりました。

夢というのは自分の願望や無意識な部分が出るとシリウス様から聞きましたが、私はあれが夢とは思えませんでした。いえ……夢だろうと関係ありませんね。私のお母さんとお父さんなら、絶対にそう言うと思っていますから。

そして……。

「それでお母さんは、貴方の思うように生きなさい……と。ですから、私は思うまま……貴方に伝えたい言葉があります」

シリウス様の手を包み込むように握り、私はシリウス様の目を覗き込みながら息を吸いました。

「私は……シリウス様の事が大好きです。従者としても……弟子としても……そして、一人の女性としても貴方を愛しています」

「そうか。嬉しいよ」

「すでに知っておられると思いますが、私の想いを改めて言葉にして伝えてみました。ですが私は貴方の従者ですので、お気になさらなくても結構ですよ。ただ、一人の女の子が貴方を愛していると知っていただければ十分です。時々でいいので、今みたいに頭を撫でてもらえれば私は十分に幸せー……」

幸せだと伝える事が出来ませんでした。

だって…………私の口はシリウス様の口で塞がれていたのですから。

「……撫でるだけで満足なのか?」

シリウス様はゆっくりと離れ、私の頬を撫でながら微笑みかけてくれました。

「あ……あの……今の……は?」

「落ち着きなさい。エミリアが俺を好きなように、俺もエミリアが好きなだけだ。簡単だろう?」

「でも……だって……私が何度誘っても応えてくれませんでしたし、私の魅力が足りないんじゃないかって……ずっと不安で……」

エリナさんから教わった従者の仕事には、夜のお世話も含まれていました。そして女性の従者が主に選ばれて抱かれるのは、最も信頼された証だと教えられました。その身をもって主の……シリウス様の欲求に応える。とても素晴らしい事だと思っています。

私はシリウス様が大好きですから是非選ばれたいと思い、魅力的な女性になろうと努力を続けてきました。大変でしたけど、シリウス様に選ばれる為ならばと思えば苦しいなんて一度も思いませんでした。

女性として美しく、胸は大きく魅力的にと……シリウス様の従者として相応しいと思われるように自分を磨き続けてきたのです。

ですが……シリウス様はエリナさんが教えてくれた年齢になろうと、全く求めてくださりません。

布団に潜り込んだり、お風呂に入ったりと……抱いていただけるように色々と積極的に迫ってみたのですが、やんわりと避けられ続けました。

だからきっと好みではないのかと疑い始めていて、それでも傍にいれるならと思っていたのですが……こんな風に、く……口付けしてくださるなんて!

嬉しくて思わず意識が飛びそうになります。

「お前に魅力が無いなんて一度も言った記憶はないぞ。こんなに綺麗な子が俺を好いてくれて一生懸命世話をしてくれるんだ。惚れないわけないだろう?」

「でしたら、何故応えてくれなかったのですか? 私はいつでも……たとえ道具のように見られたとしても拒むつもりはありませんでした」

「こちらの一方的な考えだが、エミリアが俺に逃げない為だな」

過去を乗り越える前に想いを受け入れたら、私はシリウス様へ完全に依存してしまい、魔物と向き合わず逃げる可能性があるからとの事です。

言われてみれば納得しちゃいました。おそらくそうなったら私はシリウス様に溺れ、魔物と遭遇してもシリウス様の背中に隠れて前へ踏み出せなかったかもしれません。

私を思っての事ですから理由もわかりますけど、凄く残酷です。本当に……厳しい御方ですね。

「し、質問があるのですが、私を意識してくださったのはいつから……でしょうか?」

「ふむ……エリュシオンの学校に入学して少しくらいには女性として意識していたな。こんなにも魅力的に成長したから、最近は我慢するのも一苦労だぞ」

ああ……良かった。

私の努力はしっかりと実っていて、シリウス様に伝わっていたのですね。嬉しくて涙が零れそうです。

喜びに打ち震えていると、シリウス様は真剣な表情になって私の目を覗き込んできました。これは……私達を追及して嘘を見破ろうとしている時の目ですね。

「だがエミリアよ、お前は本当に俺でいいのか? 俺は……人を何人も殺しているんだぞ?」

「……知っています」

夜にお一人でどこかへ出かけ、帰ってきた時のシリウス様から僅かに血の匂いを感じた時もありました。

ですが……。

「それはシリウス様が自分の信念を貫き通す為に必要な事だったのですよね? そして何より、シリウス様は徒に命を奪う御方では無いと私達は知っております。それを含めて私はお慕いしているのです」

「俺はリースも好きだぞ。他にも、過去に会ったエルフの女性からも迫られた事もあるんだが……それでも?」

「リースなら望むところです。エルフの女性はわかりませんが、強き者に女性が惹かれるのは当然です。たとえ何人増えようと、シリウス様なら平等に愛してくださるでしょうから私は気にしません」

「別に増やしたいわけじゃないんだが……説得力が無いな。数については置いといて、お前はそれで良いのか?」

「はい。私は従者として、シリウス様の欲求をぶつけてくださればそれで十分です」

「いや……そういうのはあまり好きじゃない。お前をちゃんと一人の女性として相手をしないと気が済まない」

そしてもう一度……私に口付けをしてくださいました。

シリウス様への愛おしい気持ちが溢れだし、この時がいつまでも続けばと願ってしまいます。

口が離れようとした瞬間、私は思わず身を乗り出して追いかけてしまいましたが、シリウス様に肩を押さえられて止められてしまいました。申し訳ありませんが、想いが溢れて体が勝手に求めてしまうみたいです。

シリウス様はまだ何か伝えたい事があるようなので、私は必死に欲求を抑えて言葉を待ちました。

「エミリア。お前の想いを俺は受け入れよう。俺の恋人になってくれ」

「はい。私はシリウス様以外にありえません」

「そうか。これからもよろしく頼む」

「はい! この命が尽きるまで貴方のお傍に」

シリウス様の胸に飛び込み、三度目となる口付けをいただきました。

私はこの御方の従者です。

けれど、今はただ一人の女性として……この御方に愛されましょう。

「シリウス様……愛しております」

お母さん。そしてお父さん。

私ね……凄く幸せです。

けど、これからもっと……もっと幸せになるから、見守っていてください。

『ええ、ずっと……見守っているわ』

『ああ、ずっと……見守っているからな』