軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

銀狼族の集落へ

銀狼族を狙った襲撃から次の日の朝、俺達を乗せた馬車は街道を進んでいた。

当初は馬車を町に預けて森を進む予定だったが、エアリーさんに馬車があると伝えると、途中までは街道を進んだ方が速いと教えてくれた。

銀狼族の集落にいつまで滞在するかわからないし、町に長時間預けておくのも……というわけで、そのポイントまでは馬車に乗って移動しているわけだ。

そんなわけで町を出発して半日……体力がまだ万全ではないエアリーさんは馬車に乗っていたのだが、今日何度目かになる溜息を吐いていた。理由はもちろん、馬車を引っ張るホクトだ。

「はぁ……まさか百狼様が馬車を引っ張っているなんて、本当にありえない状況だわ。皆が聞いたら卒倒しそう」

「やはり不味いか?」

「そうね。知っていると思うけど、百狼様は私達にとって神の御使いだから、この様な扱いをしていると皆が知ったら、シリウス君をどう思うか……」

「オン!」

「は、はい! 貴方様の意思で引っ張っているのは存じております!」

正に鶴の一声ってやつだな。ホクトが吼えれば全て解決しそうな気もするが、そう簡単にはいかないだろうな。上が言えば下が止まるとは限らないものである。

「状況によっては、銀狼族と戦う羽目になりそうだな」

「ええと……私も頑張って説得するから、穏便にいきましょう!」

襲われる想定を考えておいた方が良いと思い、御者台に座って装備を確認していた俺の横に、馬車の外を走っていたレウスが近づいてきた。

「心配いらねえよ。兄貴には俺がいるじゃないか」

俺達の話を聞いていたらしいレウスは、自信に溢れた笑みで親指を己に向けながら宣言していた。

「兄貴は俺が守る!」

「まもる!」

言動とポーズは格好良く決まっているのだが、レウスが肩車しているクアドも同じポーズをとっているので、非常にほのぼのとした光景になっていた。

クアドも楽しんでいるようだし、二人の仲は良いようなので放っておくか。

「その通りです。レウスだけではなく、私もついていますよ」

「私も、水の壁で守りますから」

今日は馬車に乗っているエミリアとリースも、俺の隣に座ってきて笑みを向けてくれた。頼りになる弟子達ー……ん?

「あの……シリウス様?」

「何かあったのかエミリア? 少し顔色が悪いぞ」

違和感を覚えてエミリアの頬に触れてみれば、少しだけ肌が荒れている気がする。それにいつものエミリアならレウスより先に声を掛けてきた筈だし、俺に触れられて喜んでいるのに尻尾の振りが若干甘いのだ。

そういえば、今日はあまり俺に近づいてこなかった気がするな。もしかしてこれを隠していたのか?

「そ、そのような事はありませんよ」

「嘘をつくな。ふむ、疲労が十分に抜けてないようだな。昨日ちゃんと寝たのか?」

念の為に『スキャン』で調べたが、病気等の類は見当たらないので単純な疲労だと思う。

同族と出会ったり、家族が残っているのが判明したりと、落ち着かない状況が続いたせいかもしれないな。俺がじっと見つめると、観念したように視線を逸らした。

「実は、ちょっと寝不足でして……」

「それなら中で横になっていろ。眠れなくても、目を閉じて落ち着くだけでも違うからな」

「お気持ちは嬉しいのですが、そこまでの事では」

「いいから、大人しく横になっていろ。ほら、俺の枕を使っていいから」

半ば無理矢理に馬車内へ押し込み、ホクトの毛を集めて作ったクッションを渡したところで振り返れば、リースが驚いた表情で俺を見ていた。

「よくわかりましたねシリウスさん。私は今朝言われて気付いたのに……」

「昔からずっと見ているからな」

子供の頃に拾ってから、隣で成長を見守り続けてきたのだ。健康には気遣ってきたし、これくらいは見切れないとな。

リースは知っていたようだが、おそらく口止めをされていたようだ。何も隠す必要はないだろうに。早くも寝息を立てているエミリアに視線を向け、俺はこっそりと溜息を吐いた。

「リースから見てどう思う?」

「シリウスさんの言われた通り、軽い寝不足だと思います。起きてすぐに治療魔法をかけてほしいと言ってきたのですが、シリウスさんの再生活性と違って私のは傷に対してですから、あまり効果がなくて」

「とりあえず軽い仮眠を取れば大丈夫だ。全く、再生活性ならいつでもかけてやるのに……原因は聞いたのか?」

「本人もよくわかっていないようです。でも、エミリアを責めないでください。シリウスさんを心配させたくない、あの子の気持ちを考えてあげてください」

「……そうだな。今のは俺も悪かった」

考えてみればエミリアもリースも年頃の女の子だし、何でも話せってのはちょっと無神経だったかもしれない。こういう部分はリースの方がわかると思うし、しばらく彼女に任せてみるか。

こっそりと反省しているとふと視線を感じたので振り向けば、エアリーさんが笑みを浮かべたまま俺達を眺めていた。

「シリウス君は皆から本当に慕われているのね」

「俺は本能のままに生きていただけなんだけど」

「本能のままって事は、それだけ君は仲間想いって証拠よ。人族の従者になっているってエミリアから聞いた時は疑問に思っていたけど、シリウス君を見ていれば納得できるわ。集落の仲間達に何を言われても、私は味方してあげるからね」

「兄貴を馬鹿にする奴は、俺が全部ぶっ飛ばしてやるぜ!」

「やるぜー!」

「オン!」

ホクトが前に出て暴れちゃうとややこしくなるし、ちょっと大人しくしてもらった方がいいかな、うん。

意味がわからずはしゃいでいるクアドに、同族だろうと本気でぶっ飛ばしそうなレウスに苦笑しつつ、俺達を乗せた馬車は街道を進むのだった。

エアリーさんの案内で途中から街道を外れ、馬車がぎりぎり通れる獣道をしばらく進んだ所で野営の準備に入った。

日が落ちるまでまだ時間があるが、ここから先は馬車が入れないので、十分な装備がある馬車で一泊する事に決めたのだ。

馬車の一部が折り畳み式の調理台になるので、俺はその調理台でエミリアとレウスが採ってきた食材と、町で買ってきたスパイスを使って新しい料理に挑戦していた。

「ここから先は徒歩になるけど、普通に歩けば丸一日かかるわ。でも、私達だけが知ってる近道があるから、半日もあれば着くわね」

「近道で半分もですか。秘密の道ってことでワクワクしますね」

「でもそれが無くても、集落には二日あれば着く距離なんですね。結構近いのに、町の人達が集落の位置を知らないのはどうしてでしょう?」

レウスは少し離れた場所で素振りを、そしてエミリアとリースは焚き火の番をしながらエアリーさんと談笑している。ちなみにクアドはエアリーさんの膝でお休み中だ。

俺はその会話に参加しながら、煮込んでいる料理をお玉で掻き混ぜていた。

「森の御蔭だろう。アドロード大陸の森は深く複雑で、人の方向感覚を狂わせるからな」

「そうよ。シリウス君の言う通り、この広大な森があるから集落の位置が特定ができないのよ。私達が平和に暮らせるのも、森の御蔭なんだから」

到着まで二日ってのは、道案内してもらった上に正しく進めた場合の話で、実際は二倍も三倍もかかる筈だ。森を移動するというのはそれが常識である。

エルフ程では無いが、銀狼族は森と共に生きる種族だと聞いた事がある。この広大な森で半日も行程を削れる道を知っているのだから、森に関する知識は相当であろう。

「銀狼族にとって森は当たり前だから、迷わず歩き回れないと生きていけないの。なのに、そんな当たり前の森で私達は攫われちゃって……本当に情けない話よ」

「あ、あの……運が悪かっただけですから!」

「そうですよ。エアリーさんは悪くありませんよ!」

攫われた時の事を思い出したのか、エアリーさんは目に見えて落ち込んでいた。そんな彼女をエミリアとリースが慰める中、素振りを終えたレウスが汗を拭きながら俺の近くにやってきた。

「何か騒がしいけど、どうかしたのか兄貴?」

「運が悪かったとはいえ、攫われた自分が情けないそうだ」

「うーん、でも子供を狙われちゃったから仕方ねえと思うけどな。ところで兄貴、昨日のアホ達はどうなったんだ?」

昨日のアホとは、夜中に俺達を襲ってきた冒険者達の事だ。

戦いに勝利して全員気絶させた後すぐに、闇に紛れてドートレスのリーダーが現れたのだ。その時に姉弟は宿に帰らせていたので、冒険者達のその後を知らないのである。

あの後、リーダーは部下に命令して冒険者を一纏めにしていた。このままアジトに連れ帰り、こんなくだらない依頼を受けた男達を後悔させてやると言っていた。

例の貴族はどうなったのかと思ったが、リーダーから感じる雰囲気と血の匂いから、それ相応の罰を下したようだ。かなり血の匂いが濃かったので、死んでいる可能性が高いだろう。

「銀狼族を襲う危険性を知っていながらも俺達を襲ったんだ。それ相応の罰や報いを受けているだろうさ」

裏組織とはいえ、俺はルールを守っていたからそれ相応の対応をしてくれたが、あいつ等は組織が拠点にしている町が襲われる引き金を引こうとしたのだ。

ルールを守らない者には非情なのが裏組織であり、そんな連中に連れ去られた冒険者達は良くて奴隷、悪ければ処刑されているだろう。どちらにしろ、俺達は二度と会うことはあるまい。

「俺達を襲おうとした連中の事なんて放っておけ。それより、今日の晩御飯だ」

「そうだな。初めて嗅ぐ匂いだけど、今日は何を作ったんだ?」

「ビーフシチューだ。本当ならもっと長時間煮込む料理だが、今日は試作だからこんなものでいいか」

ビーフシチューと言ったが、あくまでその味に近いスープである。デミグラスソースは存在せず、前世の調味料が都合良くあるわけがないので、この世界のスパイスで強引に再現してみたが……大分本物に近づく事が出来た。

軽く味見をしても問題なさそうなので、今回はこれで完成にしておこう。とろみが若干足りていない点は次回までに何とかしよう。

「出来たぞ。準備だ」

「「「はーい!」」」

料理の完成報告に、弟子達は分担して夕食の準備を始める。人数分の皿とパンにコップ等と無駄が一切見当たらない連携によって、あっという間に準備は終えた。戦闘の連携より上手いのは喜ぶべきか悲しむべきなのか。

「シリウス君は師匠と言うより……親ね」

「……ご飯!」

そんな俺達の動きを眺めながら苦笑しているエアリーさんと、ビーフシチューの匂いに反応して飛び起きるクアドであった。

「堪らねえなこれ! 流石は兄貴だぜ!」

「また新しい味ですね。色んな味が染み出てて、美味しいです」

「パンに付けて食べるのも美味しいわよ。シリウスさん、おかわりお願いします」

弟子達は俺の味付けに慣れているから好評のようだが、エアリーさんはどうかと思い視線を向けてみれば、難しい顔でビーフシチューを食べていた。

「口に合わなかったかな?」

「そんな事ないわよ。こんな美味しい物が食べられるなんて思わなかったから、ちょっとびっくりしたの」

「おいしいー!」

クアドも気に入ったらしく、すでに二杯目である。大陸によって味付けが違うから好みが分かれると思ったが、この様子なら問題は無さそうだ。それにしては、エアリーさんの表情が硬いな。

「知識が豊富で……面倒見が良くて……料理が上手。年下で男の子なのに、私より……母親だわ! 何なのかしらこの敗北感は?」

一部から妙な非難はあったが、夕食は満足してもらえたようだ。

次の日、俺達は馬車を置いて森の中を進んでいた。

ちなみに馬車には盗難防止処置の他に、迷彩色のカバーを被せてから木や葉っぱを散らして保護色とし、完全に森と同化させてあるし、馬車には俺しかわからない特殊な魔力の波長を発生させている。もし森で迷った場合、馬車を目印にしてここへ戻ってくる事ができるわけだ。

「エアリーさん、体調はどうかな?」

「ええ、シリウス君達の御蔭で休めたから心配いらないわ。ここから結構危ない道も通るから、気をつけて付いてくるのよ」

衰弱した体もこの二日で十分に回復したようで、今はしっかりとした足取りで先頭を歩いて俺達を案内してくれている。

ちなみにクアドはレウスが肩車しようとしたが、森の歩き方を学ばせる為に自分の足で歩かせている。エアリーさんの後ろを一生懸命付いて歩くクアドの姿は、後ろから見ていて癒された。

が……癒されていた気分はそこまでだった。

「この崖を登るわよ。崩れやすい部分を掴まないように登りなさいね」

「結構高くないか? リース姉の服だと厳しいぞ」

「上から『ストリング』で引っ張れば問題ない」

森を抜けたかと思ったら、突如現れた崖を登ったり……。

「ここで流されちゃったら、下流まで流されちゃうから落ちないようにね」

「ちょっとしたアスレチックですね。リースは大丈夫かしら?」

「うん、これくらいなら私でも大丈夫よ」

激流になっている川は岩を足場にして飛び越えたり……。

「貴方達、ここは特に気をつけなさい! 落ちちゃったら終わりだからね」

「兄貴! クアドが怖くて歩けないってさ」

「大丈夫だぞクアド。俺が落ちても大丈夫な おまじない(ストリング) をかけてやるから、前だけを見て歩きなさい」

深い谷で丸太で作られた橋を渡ったりして、ようやく普通の森に戻ってきた。

本来なら山をぐるりと迂回して集落へ行くそうだが、近道とはその山を越える事だったらしい。子供のクアドは疲労困憊でレウスに肩車してもらっているが、肝心の案内役も疲れている様子だった。

この道は銀狼族でも大人しか通れない過酷な道らしく、慣れているエアリーさんでも疲れる程だと説明してくれた。

「――なのに、貴方達は息一つ乱していないじゃない! 何者なのよ?」

「そう言われても、これくらいなら兄貴の訓練でやったしな」

「そうね。シリウス様なら重り付きでしょうから、もっと大変だと思うわ」

「エアリーさん、そろそろお昼ですし休憩しませんか?」

「くっ……年長者としての威厳を見せるどころか、逆に気を遣われるなんて。悔しいけど、そうしましょうか」

出会った頃と比べて本性を大分見せてくれるようになったので、それだけ気を許してくれている証拠だな。しかし、どこかノエルと同じ匂いを感じるのは気のせいだろうか?

まあその辺りはどうでもいいとして、リースの言葉に同意したエアリーさんが休めそうな場所に案内してくれたので、昼食を兼ねた休憩に入る事にした。

木々が伐採され、丸太の椅子が用意されているちょっとした空間だが、中央に焚き火の跡が残っているので時折使われているようだ。

「この場所は私達、銀狼族が作ったの。さっき通った道は険しいから、行く前と帰ってきた時の休憩所に使われているのよ」

「周囲を警戒できる良い場所だな。それじゃあ早速、昼食の準備をするか」

薪を集めてからレウスに着火してもらい、リースが生み出してくれた水を使って調理開始だ。

お手製の乾燥スープの素を溶かし、昨日余った肉で作った燻製肉と乾燥麺を投入した簡単なものだけだが、皆満足気に平らげ、エミリアが淹れたお茶に持ってきていたクッキーを食べながら食後の休憩をしていた。

「道具も満足に無いのに、相変わらず美味しいわね」

「シリウス様から教わった淹れ方に、エリナさん直伝の技術を使えば容易いものです」

全員がのんびりとお茶を飲んでいる中、ホクトが耳を動かしているので『サーチ』を発動させると、こちらに接近している複数の反応を捉えた。

レウスとエミリアも遅れてその反応を捉え、鼻と耳をぴくぴく動かしながら立ち上がって武器を手に取っている。だがこれは……。

「兄貴! 何か近づいてくるぞ!」

「シリウス様、お気をつけください!」

「ハウスだ。座って待っていなさい」

「そうよ二人共。どうやら向こうから来てくれたみたい」

俺もエアリーさんも座ったままなのに気付いた姉弟は、武器から手を離して大人しく座りなおした。リースとクアドが無反応だったのは、俺と母親が動かなかったからだろう。決してクッキーに夢中だったからではない。

「……エアリーさんと似た匂いです。という事は、近づいてくるのは銀狼族ですね」

「おそらくエアリーさんが居なくなったから探しに来たんだろう。人数が少ないから、町への斥候組かな?」

「行き違いにならなくて良かったわ。こっちを通って正解だったみたいね」

エアリーさんとクアドが集落へ戻らなくて、すでに二日経っているのだ。周囲を捜索しても見つからず、人族に攫われたと行き着く可能性は十分にありえる。

だが本当に攫われたかどうかわからないので、まずは町へ偵察しに行くだろうとエアリーさんは睨んでいた。なので少しでも早く町へ向かおうとしてこの道を通るだろうと予測し、それは見事に的中したわけだ。

「夫の匂いも感じるし、おそらく向こうも気付いたわね。ジリアーっ!」

「おとーさん!」

二人が大声を出すと、反応の一つが急に速度が増すと同時に森の一部が騒がしくなり、それは矢の如く飛び出してきた。

「エアリーっ! クアドーっ!」

ライオル程ではないが大きな体を持つ銀髪の男が森から飛び出し、近づいてきたエアリーさんとクアドを抱きしめた。

おそらくこの人がエアリーさんの夫で、クアドの父親なのだろう。妻と子供を同時に抱き寄せて喜んでいる感動的な光景だが、精悍で立派な筋肉を持つ大男が、大泣きしている姿にちょっと引いてしまったのは内緒である。それだけ大事な存在ってのはわかるけどな。

「うおおーっ! 心配したぞお前達! 無事で良かったぞぉ!」

「ちょ、ちょっと! 私も会いたかったけど、落ち着いてよ」

「おとーさん……苦しい」

「何を言うか! お父さんがどれだけ心配したと思っているんだ!」

家族が抱き合っているのを嬉しそうに眺めているレウスとリースだが、エミリアだけは少し反応が違っていた。喜んでいるのは確かなのだが、笑顔の奥に悲しみを感じたのである。

彼女の過去を考えるとわからなくもないが、せめて今は隠しなさいと頭を撫でて落ち着かせると、こっそりと肩を甘噛みして俺の後ろに控えた。

家族と再会し、ジリアと呼ばれた男が落ち着いた頃には、仲間と思われる他の銀狼族が姿を現していた。数は三人で、皆屈強な肉体を持つ戦士のようだが、殺伐とした雰囲気を醸し出して俺達を睨んでいた。正確には人族である俺とリースをだな。

「下がっていろエアリー。まずはこの愚かな人族を懲らしめてやる」

「ちょ、ちょっとジリア止めなさい! この子達はー……」

「駄目だよおとーさん!」

「クアドもよく見ていろよ。お前を怖がらせた奴等は、お父さんがボコボコにやっつけてやるからな。お前達、行くぞ!」

銀狼族の男達は妻と子の制止を聞かず、後ろの仲間と一緒に襲い掛かってきた。怒ったり熱くなると話を聞かない性格か。予想はしていたが……やはりこうなるのか。

「エアリーを攫う奴等がどんな奴かと思えば、まだ子供か」

「だが、たとえ子供だろうが許さねえぞ!」

「ジリアの家族だけでなく、俺達の仲間まで奴隷にしやがって!」

「お前達は後ろの娘を狙え! 俺はこの男をやる!」

エアリーさんの夫が俺に飛びかかってくる中、仲間の三人はリースを狙っていた。女の子一人に三人同時なんて大人気ないと思うが、リースを守るようにエミリアとレウスが立ち塞がっているからだと思われる。

「下がってリース!」

「リース姉の前に、まず俺を倒してからにしやがれ!」

「やはり命令されているのか! くそ、痛いだろうが我慢してくれよ」

「すぐに解放してやるからな!」

どうやら姉弟が付けているチョーカーが首輪に見えるらしく、リースを守るように無理矢理命令されていると思っているらしい。

銀狼族の男達は拳を振るって姉弟を排除しようとしたが、エミリアは相手の拳を避けてから腕をとって動きを封じ、レウスは正面から拳を受け止めていた。

しかし相手はまだ一人残っている。

「リース姉に近づくんじゃねえ!」

レウスは拳を受け止めていた相手の腕を取り、リースに迫っていた男に投げつけた。普通の相手ならそこで倒せただろうが、相手は身体能力の高い銀狼族だ。レウスの投げた相手を紙一重で回避し、バランスを崩しながらもリースの目前まで接近していた。

「あーっ!? ごめんリース姉!」

「この人族の娘め! 俺達の仲間を解放ー……」

「大丈夫よレウス。そこよ!」

リースもエミリアと同じように振るわれた拳を避け、関節を掴んでから足を払い、相手の勢いを利用して地面に叩きつけたのである。教えていた合気道を生かせているようでなによりだ。実戦でここまで出来るなら十分だろう。

そして俺に迫ってきたエアリーさんの夫は、怒りの表情で拳を振りおろしてきた。

「俺の家族をよくもっ!」

「家族が大切ってのは共感するよ」

その拳を見切った俺は体を僅かに傾けて回避し、風圧によって髪と頬を揺らしつつ懐へ飛び込んだ。そして地面を砕く勢いで踏みしめ、更に左腕を後方に下げると同時に右の掌を相手の鳩尾に打ち込んだ。

前世の拳法にあった通背拳を自己流にアレンジし、踏み込みの衝撃と己の力を同時にぶちかます技だ。男はその一撃を受けて大きくふっ飛んだが、両足でしっかりと着地して俺を睨んできた。

「あれを耐えるとは、中々頑丈な腹筋じゃないか」

「それだけは取り得でな。そして……俺の仲間も見事に返り討ちか」

エミリアの相手は関節を決められて完全に動きを封じられているし、レウスのは放り投げられ気絶、そしてリースの相手は地面に叩きつけられてから水の魔法で縛られて動けなくなっている。

どうみても戦況は不利なのだが、エアリーさんの夫は諦める様子もなく、拳を握り締めて宣言してきた。

「だが諦めんぞ! 貴様等を倒して俺の家族と、そして仲間達を絶対に解放ー……」

「いい加減にしなさい!」

「ぐはぁ!?」

不退転の覚悟は横から乱入してきた妻の一撃によってあっさり砕かれ、男は崩れ落ちた。俺の一撃でも倒れなかったのに、流石に横腹を殴られたら倒れるよな。

「な……何をするエアリー? 俺はお前の為にー……」

「話も聞かず勝手に暴走しないの! ほら、貴方達も止めてこっちに来なさい!」

エアリーさんの声に、弟子達に押さえられていた男達は大人しくなったので解放された。

戦闘が中断され、銀狼族の男達はエアリーさんに呼ばれて渋々集まったが、彼女は人差し指を地面に向けて冷たく言い放った。

「座りなさい」

「ま、待てエアリー。俺達はお前を心配して、同族を救おうとだなー……」

「す・わ・り・な・さ・い!」

「「「「……はい」」」」

エアリーさんの迫力に男達は何も言えないようで、大人しく座る他無かったようだ。ちなみに異世界でも、こういう場合の座り方は正座だったりする。

四人の大人が並んで正座し、自分より小さな女性に説教を受けている光景は、思わず視線を逸らしたくなるほどに情けなかった。説教している横で、母親を真似て腕組みして立っているクアドが更にその演出を加速させている。

「この子達はね、私達を救ってくれた恩人なのよ! 状況的に勘違いしたくなるのはわかるけど、もう少し考えなさい!」

エミリアとレウスとの上下関係といい、この世界の女性は本当に強いよな。

こうして状況説明を挟みつつ、エアリーさんの説教は一時間も続くのだった。

そしてエアリーさんの説教と説明が終わり、俺達の誤解が解けたところで男達は……。

「「「「百狼様!」」」」

まだ正座をしていた。

ホクトがいるとややこしくなるので隠れていろと指示していたのだが、頃合を見計らって出てきたらこの有様である。

男達はホクトの前で並んで正座しているのだが、肝心のホクトはどうしましょう? と言わんばかりに俺へと顔を向けてきた。

「クゥーン……」

「お前の好きな様にしなさい」

するとホクトが一つ吼え、男達に何かを伝えていた。

レウスの翻訳によると、自分は主人に仕える狼であり、お前達の言うような存在ではないと言っているらしい。

「しゅ、主人!? それはあの人族の男だと? 貴方様があのような者に……」

「オン!」

「お前達が私を崇めるのは構わないが、我が主人に関しては普通に対応してもらいたい。もしくだらない理由で手を出したならば、生きているのを後悔させてやる……ってさ」

「シリウス様にそっくりですね」

飼い主とペットは似ると聞いた事があるが、別世界に転生しようが同じみたいだな。

ホクトの唸り声で伝えられたその内容に、男達は尻尾と耳を垂れさせて恐怖に怯えていた。普段はブラッシングしてやると甘えながら擦り寄ってくるくせに、こう見れば本当に神の御使いと呼ばれる存在なのだと思わせる。

他の男達は怯えていたが、エアリーさんの夫であるジリアさんだけは真っ直ぐ見据えてホクトに返事をしていた。

「百狼様のお言葉、確かに聞き届けました。我々は貴方の主人に決して手を出しません!」

そう言いながらこちらに顔を向けてきたが、先程と違って俺への敵意は完全に消えて穏やかな顔つきになっていた。

「そしてなにより、私の家族と同族を救っていただいた御方です。我々の村へと招待し、歓迎したいと思っております」

「オン!」

ホクトから伝える事はそれで終わりらしく、俺の近くに戻ってきて満足気に吼えていた。

話が纏まったようなので、俺達は待っている間にエミリアが淹れてくれたお茶を飲み干し、ようやく立ち上がった銀狼族の男達に近づいた。

「あー……状況は伝わったと思っていいのかな」

「ああ。俺達はとんでもない誤解をしていたわけだ。まずは謝らせてくれ」

エアリーさんの夫は頭を深々と下げて謝ると、背後に控えていた仲間達も一緒に頭を下げてきた。まだホクトに対する怯えは抜けていないが、俺達に好意的な笑みを浮かべてくれている。

「妻と息子を助けてくれて感謝する。君がいなければ、俺は命より大切なものを失うところだった」

「貴方の奥さんにも言ったが、感謝は家族を見つけたこの二人に言ってあげてくれ」

「もちろん言うが、まずは二人の主人である君からだ。あと、俺はジリアでいいぞ」

「わかった。俺の名前はシリウスだ。よろしくジリア」

ジリアと握手し、続いて弟子達の紹介を済ませた。特にエミリアとレウスは同族かつ知り合いの孫という事で、ジリアとその仲間達は手を叩きあって喜んでいた。

「エアリーが攫われたと聞いた時は焦ったが、まさかガーヴさんのお孫さんに会えるとはな」

「これは宴だな。すぐに戻るとしよう」

「我々より強いし、ガーヴさんも喜ぶぞ!」

彼等は姉弟の爺さんであるガーヴに鍛えられた者達らしい。姉弟を囲むようにはしゃぎ、それを受けている姉弟もまた楽しそうに笑っていた。

そして俺達はジリア達を加え、銀狼族の集落へ向かった。

集落へ向かう途中で色々と話を聞いた結果、ジリア達は町への偵察組で合っていた。そして町にエアリー親子がいると判明し、交渉が通じぬとわかれば町を襲う予定だったそうだ。

銀狼族を攫ってまで欲しがる貴族様だったから、交渉は確実に通じなかったと思う。俺達が助けなければ、本気で町が襲われていただろうな。

「なあなあ、エアリーさんが町にいるってどうやって調べるんだよ? 兄貴みたいに町の事に詳しいわけじゃないだろ?」

「ははは、レウスよ。俺達は銀狼族だぞ? 俺はエアリーの匂いなら町のどこにいたってわかるぜ!」

「俺だって兄貴なら町のどこにいたってわかるぜ。そして姉ちゃんなら、山一つ向こうからでもわかるんだからな!」

「何っ!? それなら俺だって出来るぞ!」

「「止めなさい!」」

変な口喧嘩を始める男二人に、それぞれの保護者であるエミリアとエアリーさんが拳を使って黙らせるのだった。

お互いの情報を交換し合いながら森を進み、ようやく俺達は銀狼族の集落へと到着した。

小高い丘から見下ろした銀狼族の集落は木製の柵で全体が囲われていて、レンガと思われるような石材と木で作られた一軒屋が無数に建っていた。

「俺達は先に戻って説明してくるから、シリウス達はここで待っていてくれ。エアリー、皆を頼んだぞ」

「任せて。それよりジリアも、恩人を待たせないように急いでね」

ジリア達を見送って待機している間に、俺は集落を眺めながら銀狼族について思い出していた。

本の情報によれば、狩りと小規模の農業で生計を立てているそうだが、実際に見たところその通りのようだな。畑を耕している銀狼族の男性に、狩ってきたと思われる肉を処理している銀狼族の女性。どこを見ても銀色の髪と尻尾を持つ者しか見当たらない光景を、姉弟は呆然と立って眺めていた。

「……俺達と同じ銀狼族がこんなにもいるよ姉ちゃん」

「そう……ね。私達が住んでいた集落じゃないけど、帰ってきた気がするわ」

「色々複雑だと思うけど、これだけは言わせてちょうだい。ようこそ私達の集落へ。私達は貴方達を歓迎するわ」

エアリーさんは姉弟を両肩に抱き寄せながら、俺達に満面の笑みを向けてくれるのだった。

しばらくしてジリアが戻ってきて、集落へ入る許可が下りたのを教えてくれた。俺達は集落の入口へ向かったが、ジリアは申し訳なさそうな表情で姉弟へと顔を向けた。

「実はさっき、ガーヴさんに孫が生きていたって伝えようとしたんだが、まだ戻ってきていなかったんだ。すぐに会わせてやりたかったんだけど、すまねえな」

「ジリアさんが謝る事ではありませんよ。それで、お爺様はどちらへ?」

「おそらく外へ鍛錬しに行っていると思う。もう十分な年齢なのに、ガーヴさんは未だに衰える様子を見せない凄い人なんだぜ?」

年寄りでも、無駄に元気で強くなり続ける人物を知っているから、あまり凄いと思えない自分が虚しい。

「そんな凄い爺ちゃんなら心配はいらなさそうだな。それに俺達も心の準備があるし、帰ってきたらでいいよ」

「……それもそうだな。とにかく今日は宴だ。エアリーとクアドの無事に、我等の同胞が生きていた喜びと、そしてそれを成してくれたシリウスとリースへの感謝の宴だ。存分に楽しんでくれ!」

そして夕方から宴が始まり、集落に住む全ての銀狼族が中央広場に集まって騒いでいた。大きな焚き火が焚かれ、まるでキャンプファイヤーのようだ。

俺の前には集落で作られる色取り取りの食事が並んでいるが、宴が始まっても未だに手を付ける事が出来なかった。

何故なら……。

「私達の仲間を救ってくれて、本当にありがとう」

「人族だけど、貴方は私達の家族よ」

「困った事があったら何でも言ってくれよ」

全ての銀狼族が、一人ずつ俺の前に来て感謝の言葉を掛けて来るからである。絆が強いと言われる種族を甘く見ていたようだ。

感謝されて悪い気はしないが、集落の人数は大体二百もいるらしく、まだ半分も終わっていないので溜息が出そうである。

しかも隣に座っているホクトに拝み続けている人もいるので、俺の周囲だけ異常に人口密度が高い。困った事があったら……と言われたが、現状にちょっと困っています。いい加減に腹が減ってきたよ俺は。

「飲んでいるかいリースちゃん? ……って、まだ早いんだっけな。じゃあこの肉を食べるか?」

「おねーちゃん、これ俺の好きなやつなんだ。一緒に食べよう」

「全部いただくわ。うん……独特な味だけど美味しいわね。まだあるかしら?」

「ほら、私のを分けてあげる。それにしても良い食いっぷりだね娘さん。私達も作った甲斐があるってもんだ」

リースの方はクアドと一緒に食事を楽しんでいて、昼に俺達を襲った連中や調理した者達と仲良く談笑していた。

すぐに仲良くなれる彼女の特技は絶好調のようである。

そしてエミリアとレウスの姉弟だが、俺から少し離れた場所で同族に囲まれながら楽しそうに談笑していた。

姉弟が無事で本当に嬉しいらしく、一部の者は涙を流しながら抱きついたり、村で作られているお酒を次々と飲み干しているのである。

エミリアもレウスも楽しそうに笑っているので、来て良かったと心から思う。

宴は周囲が暗くなってから本格的になり、焚き火の前で実力者達が演舞をしたり、銀狼族に伝わる踊りを披露してくれた。

その頃にはようやく俺も食事が出来るようになっていて、初めて食べる料理に舌鼓を打っていると……人だかりの一部が急に騒がしくなったのだ。

視線を向けてみれば、そこにはエミリアとレウス……そしてレウスと同じ背格好と顔つきをした一人の老人が立っていたのである。

もしかしてあれが……。

「お爺……ちゃん?」

「爺ちゃん?」

「そうか、お前達が私の孫……か」

状況からして姉弟のお爺さんであるガーヴさんで間違いないようだが、感動の再会にしては様子がおかしい。

ガーヴさんの表情は能面のようで、何も感じられないのだ。喜んでいるわけでも、また怒っているわけでもない。実は生きていた孫が急に現れて、困惑でもしているのだろうか?

「無事で良かったぞ」

そう一言呟いたかと思えばあっさりと姉弟から視線を外し、近くの男に一声かけてから俺の前にやってきた。

「……お前が孫達の主人か?」

相変わらずガーヴさんは無表情だが、俺の前に立って見下ろしてきたその目は歴戦の戦士らしく、年齢を重ねているだけあって迫力は凄まじいものだった。

しかし眼力が凄いとかそんなのはどうでもよく、俺はこの爺さんに怒りを覚え始めていた。

初めて会う孫にあの態度は酷くないか? 姉弟もどう話しかければいいか迷っているし、そもそも一言で終わるのはありえないだろ。

しばらく俺と爺さんの睨み合いは続き、近くにいた銀狼族が逃げ出した頃……俺は食べていた肉を飲み込んでから言い返してやった。

「そうですが、それが何か?」

「そうか。では私と勝負してもらおうか」

集落へ着いて早々……喧嘩を売られてしまった。