軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

親として、従者として

「ほれほれ、こっちだぞ」

「ニャッ!」

ノワールがレウスの従者になると宣言してから数日後。

本日の営業が終了し、ディー達に片づけを任せて店の住居スペースである居間に戻った俺はノワールと遊んでいた。

俺に対して警戒心が無くなってくれたのならば仲良くなれる手段は幾らでもある。食べ物で釣るなり、レウスの話で盛り上がったりして、俺はこうしてノワールと遊べるまで仲良くなれた。

「よーし、今度はこっちだ」

「ニャーッ!」

「シリウスさん……」

「何だ?」

「それ……何かおかしいと思うのは気のせいでしょうか?」

俺は猫じゃらしを振ってノワールと遊んでいるのだが、何がおかしいと言うのだろうか? ノワールは猫じゃらしの先端を掴もうと、こんなにもじゃれているのに。

「でもさリース姉、ノワールは凄く楽しそうだし別にいいんじゃないのか?」

「可愛いノワールちゃんも見れるし、私はシリウス様に遊んでもらえて羨ましいくらいよ」

「気持ちはわからなくもないけど、これって何か違う気がするんだよね……」

大きく走り回るわけじゃないが、姉弟と遊ぶフリスビーと似たようなものだと思うけどな。

そのまましばらく遊び続け、新しい道具を使おうとしたところでノエルとディーがやってきた。

「シリウス様、私達に話があるー……あら? ノワールちゃんったら、シリウス様に遊んでもらえて良かったわね」

「うん! 何でかわからないけど、これ凄く楽しいの! お母さんもやる?」

「私も遊びたいけど、その前に大事な話があるから後でね。シリウス様ー……私達にー……話がー……」

台詞だけ聞くと大人の対応であるが、残念ながらノエルは俺が転がしているボールに目が釘付けである。しばらく目で追い続けていたので、ノエルの足元を通るように転がせば……本能は理性を超えた。

「ニャーッ!」

「ノワールちゃん! そっちよ!」

そのまま親子揃ってボールにじゃれつき、大きな子供と小さな子供が仲良く遊ぶほのぼのとした光景になっていた。

さてと……雰囲気が和んだところで、そろそろ本題に入ろうかと思う。

「シリウス様。大切な話があると聞いたのですが……後にした方がよろしいですか?」

「いや、そのままでいいから聞いてくれ。実は俺達、そろそろ旅立とうと思うんだ」

「「えっ!?」」

ディーは何となく気付いていたようだが、ノエルとノワールはボール遊びを止める程に驚愕していた。ボールを放置し、ノエルは俺の目前まで迫ってきて悲しそうな目で見つめてきた。

「まだたったの半月ではありませんか! せっかくノワールちゃんと仲良くなれたのに、もう少しだけでも」

「急ぐ旅じゃないんだが、あまり長くいると旅立てない気がしてな。わかってほしい」

「そう……でしたね。シリウス様は夢の為に世界を見て回るんですよね……」

真剣な表情でそう言われればノエルは納得するしかないようだった。

ノエルは俺を家族と思ってくれているし、ずっと一緒にいてほしいと本気で思っているだろう。しかし俺にはやりたい事があると思い出したノエルは、それを邪魔するべきじゃないと気付いて自分を納得させていた。

しかしノエルはともかく、子供であるノワールは納得できる筈がなかった。幼いながらも別れであると気付いたらしく、涙を浮かべながら走ってきてレウスの胸の中に飛び込んでいた。その瞬間、ディーの眉が僅かに動いていたのは見なかった事にしておこう。

「レウス様……出て行っちゃうの?」

「すぐにじゃないけど、そうなっちゃうな」

「嫌だよぉ。せっかく従者にしてくれたのに……いなくなっちゃうなんて」

「悪い。でも俺は兄貴の弟子で従者だから、離れるなんて考えられないんだ」

「あうう……」

そのままレウスの胸に顔を埋めたノワールは泣き続けていたが、しばらくすると静かな寝息を立てて眠っていた。その寝顔の可愛さに少しだけ暗くなっていた雰囲気が和らいだ。

「ごめんねレウ君。ノワールちゃんは後でちゃんと説得しておくから」

「頼むよノエル姉。けどさ、ノワールの気持ちは痛いほどわかるよ。俺も兄貴と別れるなんて事になったら……想像するだけで嫌だな」

「私なら耐えられないと思うわ。ですからシリウス様、どうか勝手にいなくならないでくださいね」

「お前達が離れたいと思わない限りは、勝手に消える予定はないぞ」

その言葉に姉弟は安堵した。まあ、過去の誓いで死ぬまで離れないと宣言していたしな。

たとえ俺がどこかへ消えたとしても、姉弟は意地でも探し出しそうな気がする。俺の匂いだけは異常に敏感な姉に、異常に勘が鋭い弟のコンビならあっさりと見つけるんじゃないんだろうか? 逆に考えれば逃げられないとも言う。

別れを聞いてから悲しげにこちらを見つめているディーであったが、俺と目が合うと真剣な顔つきで頷いた。そうだな、家族の大黒柱として落ち込んでいる姿を見せるわけにはいかないだろう。

「シリウス様はご存分になさってください。私はノエル達を守りながら、貴方との再会を心待ちにしています」

「ああ、俺達はまた帰ってくるよ。その頃にはノワールが大きくなっているだろうから、立派な従者になっているのを期待しているぞ」

「はい! それはもう、どこに出しても恥ずかしくない立派な子に育てて見せますから、楽しみにしていてくださいね」

それからしばらく話し合い、とりあえずの予定として五日後に旅立つと決めた。

本当はいつでも旅立てるように準備は済んでいた。それこそガルガン商会に預けている馬車を引き取れば一日で出発できるのだが、五日にしたのは理由があるからだ。

それが済むまでは旅に出ないと伝えると、二人は虚を突かれた様に呆然としていたが、内容を理解すると喜んでいた。

安らかな寝息を立てるノワールを眺めながら、俺はこれからの予定における準備を始めるのだった。

「ふう……こんなものかな?」

あれから二日が過ぎ、俺達は厨房で作業をしていた。

目前には一抱えはある鉄製のプレートが置かれていて、そのプレートに俺は魔法陣を描いている最中だった。

「ディー兄、この古い棚は外に出すよ」

「頼む。アラドはそっちの調理器具を持って行ってくれ」

「わかりました。レウス、それは重たいから俺も手伝うー……って、片手!?」

「空いた箇所から掃除を始めちゃいますね」

本日のエリナ食堂は休業となっており、厨房では大掛かりな改装作業が行われていた。

建てられて数年程度なので致命的な欠陥は無いのだが、改装作業をしようと思いたったのはディー達の負担を減らす為である。

この世界の厨房を手伝っていると、前世の料理店を知っている俺から見て、無駄な部分や効率が悪い点が幾つかあったのだ。そしてそれらを纏めてディーに報告し、厨房を改装してみないかと提案してみたのである。

実はディー自身も気になっていた点があったようだが、工事をするにしても金と手間がかかるし、専門の魔法陣や竈だけでも大量の金貨が必要になるので諦めていたそうだ。

だったら俺達の手で改装してやろうと思ったのである。普通どころか際物の魔法陣が描ける俺がいるし、肉体労働担当のレウスもいるから、厨房だけなら一日あれば出来るかもしれないと思ったわけだ。

かくして家主であるディーに許可を貰い、エリナ食堂の改装は始まった。

ディーを監督にしてレウスとアラドは大きい物を外に運び出し、エミリアは掃除と雑用を任せ、リースとその他女性陣は細かい品の買出しである。

そんな中で俺は店の外で一枚のプレートに魔法陣を描いていると、ノミとハンマーを持った女性が俺に話しかけてきた。

「シリウス君、出来上がったよ」

「あ、お疲れ様です。作るの早いですね」

「これで食べているからねぇ、注文通りの物をささっと仕上げなきゃ恥ってもんさ」

改装とはいえ素人だけじゃ不安なので、今回は建築業で働いているノエルの母親であるステラさんに手伝ってもらっていた。

仕事が忙しい筈なのに、俺が相談しに行くと二つ返事で請け負ってくれた。娘と義理の息子の店なら手伝って当然だと、豪快に笑いながら来てくれたので非常に頼もしい存在である。

彼女には厨房の要である竈を作ってもらうように頼んでいたのだが、僅か数時間で作り上げてくれたようだ。

ステラさんに案内されて大きな岩を削って作られた竈を確認するが、竈自体のバランスや高さを見る限り問題ないようだ。

「注文通り、以前より高くして溝をつけたけど……これでどうだい?」

「バッチリですよ。俺の要望通りです」

ちゃんと俺が指示した通りに作ってくれているし、文句の付け所がない仕上がりだ。

さっそく配置しようと、棚を外に運び終わったレウスを呼んだ。

「レウス、そっちを持ってくれ。厨房に運び込むぞ」

「わかったぜ兄貴。せーの!」

おそらく数百キロはあると思う大きな竈を、俺とレウスは『ブースト』を発動させて運んでいく。

配置し終わったところで、俺が作った魔法陣を描いた鉄製のプレートを持ってきて竈の溝に嵌め込んだ。

今回作った竈は従来の機能だけじゃなく、学校で習った熱の魔法陣を改良し、前世にあった電気コンロみたいな物を追加してみたのだ。と言ってもこれは加熱用ではなく、作り置きしておいた料理の暖かさを維持させる為のものだ。

温度を保つ熱量くらいなら大気中から吸収する魔力で十分なのだが、さすがに調理に使うような熱量になると魔力の消耗が激しく、常に魔力を流し続けないと駄目なのである。俺ならとにかく、常人が使えばとても一日は保つまい。

そんな電気コンロならぬ魔力コンロは、たとえ魔法陣が劣化して使えなくなっても、魔法陣を描いたプレートを取り替えるだけで再使用可能なカートリッジ式にしてみた。

もちろんこれらの技術と魔法陣はガルガン商会へ売ったので、魔力コンロ方式と交換用のプレートはいずれ売り出されるだろう。その際にディーと一緒にガルガン商会と話し合って、この店は魔力コンロ方式の試験運用店という事に決定し、多少ながら金を貰ったので、店の細かい備品等に回した。

後は同時に鍋を置けるように火元を増やしたり、前世の料理店で見られた便利な仕掛けを再現したので、昨日までの厨房より遥かに効率が増した筈だ。

俺とレウスが協力して竈を配置し終わると、すぐさまエミリアがやってきて掃除を始めた。明日には本格的に使う予定だから、すぐにでも使えるように整えていく。

そんな俺達をステラさんが感心した様子で眺めていた。

「うーん……早くても二日、三日はかかると思っていたんだけど、これなら本当に一日で終わりそうだね。あんた達の手際の良さと力を家の子に見習わせたいよ」

ちらりと、力仕事でへばっているアラドを見ながらステラさんは呟いていた。俺達が異常なだけであって、あれが普通だと思う。

「へへ、これくらい出来なきゃ兄貴の弟子は名乗れないぜ」

「俺からすればステラさんの方が凄いですよ」

「ははは、今は後輩に仕事を譲ってばかりのおばさんに何を言っているんだか。あ、そこを押さえておいてくれるかい?」

「オン!」

いや、本当に凄いんだよこの人。彼女は壁に取り付ける棚を作っているのだが、獣人相手に畏怖と尊敬を集めるホクトに手伝わせているからだ。

ホクトも前足を器用に使って板を押さえているので、何とも不思議な光景が広がっていた。

その間にエミリアの掃除も終わり、新しい竈の使い心地を試していたディーが俺を呼んで感想を聞かせてくれた。

「これは良いですね。通常の竈も以前より火の通りが均一ですし、火力調整も楽になっています」

「問題は無さそうだな。早速だが全員の昼食を作ってみるか」

「そうですね。すぐに材料を用意します」

午前中の作業はこの辺りにして、そろそろ昼食の準備をしておいた方がいいだろう。

そのままディーと一緒に昼食を作り始め、出来上がる少し前に買い物へ出ていた女性陣が帰ってきた。

「ただいま戻りました」

「おかえり。必要な物は揃ったか?」

「バッチリですよシリウス様! あ、それが新しい竈ですね? それにこの匂いは……カレーですか!」

「ああ、ノワール用にちゃんと甘口も用意してあるぞ。そろそろ出来るから、手を洗って待っていなさい」

「うん!」

俺の言葉にも素直に返事してくれるので、ノワールも懐いてくれたものである。どっちが子供かわからない勢いで手を洗いに行く親子を眺めながら準備を進めていく。

カレーを煮込んでる間に小さなカツやハンバーグ等のトッピングを作っていると、ディーが不思議そうな顔でこちらを見ていた。

「シリウス様。カレーなのに、こんなにも種類を作る必要はあるのですか?」

「いや、これはトッピング用だよ。カレーを用意する前に各人のリクエストを取って、好きな物をカレーに乗せるんだ」

「なるほど、客の要望に答えるわけですね」

「他にもカレーの日とか作ってアンケートを取り、一番売れたのを普段のメニューに載せるとかもいいかもしれないな」

「……勉強になります」

そんな事をしなくてもエリナ食堂は盛況だと思うが……色々とサプライズのやり方を教えておいて損はあるまい。ディーは名案とばかりに頷き、急いでメモを取っていた。

元々はカレーだけじゃ寂しいかなと思ってやり始めた事だけど、妙に凝り始めて調子に乗ってしまったのが原因だけどな。

作り過ぎた……なんて一切思わない。なにせ家には大喰らいが三人もいるんだからな。リクエストを取れば、全部乗せてくれと言うに違いあるまい。

それから昼食の時間になり、食堂内のテーブルに座った全員から要望を聞いてみたのだが……。

「私はチーズと卵をお願いします」

「えっとねー……から揚げ!」

「「「全部!」」」

……ほらな。

天を突き抜けんばかりに手を挙げるレウス、リース、ノエルの三人に苦笑しつつカレーの用意をするのだった。

そして全員の分がテーブルに並べられ、ボリューム満点のカレーを嬉々として食べ始めるノエルを見ていたステラさんは、呆れた表情で溜息を吐いていた。

「ノエル……あんた本当にそれを食べられるのかい? 今朝だってパンを数枚も食べていたじゃない」

「これくらいなら平気だよお母さん。ディーさんとシリウス様の料理が美味しいから、いくらでも入っちゃうんだから」

「うん! お婆ちゃんもそうだよね?」

「ははは、ノワールの言うとおりだね。婆ちゃんも美味しいよ」

ステラさんは目を細めて慈しむ様に孫の頭を撫でていた。しかしノエルに視線を向けた時には呆れた表情に戻っている。

「ノワールは子供だから良いにしても、やっぱりあんたは食べ過ぎじゃないのかい? 太るよ?」

「うっ!?」

的確な突っ込みにノエルの動きは止まったが、カレーの魔力に逆らえなかったのか、スプーンは再び動き始めた。

ステラさんは首を振ってそれ以上は突っ込まなかったが、ディーだけは真面目な表情で答えていた。

「大丈夫ですステラさん。例え太ろうとも、ノエルはノエルです」

「あなた……でも、それって太る前提よね?」

「…………このまま続けば、もしかしたらと思っている」

「がふっ! ま、不味い状況です。でも美味しいのが止まりません! どうしたらいいんですかシリウス様!」

「困ったら俺かよ」

まあ原因である料理を作っているのは俺だし、何か案を出してやらないといけない気がしてきたので付き合ってやるとしよう。

「大食いになったのは最近だろう? 以前のノエルはどれくらい食べるんだ?」

「以前なら、この一杯で十分満足していました」

「ふむ……すでに二杯目だが、それは食べきれるのか?」

「はい! 美味しいのもありますけど、お腹が空いて仕方がないんですよ」

全てのトッピングを乗せれば、普通の人なら十分満足できる量である。この世界の住民が全体的に食事量が多いとはいえ、以前より倍近く増えるとなると異常に思えてきた。

流石にディーも心配になってきたのか、俺にだけ聞こえるように小さく聞いてきた。

「シリウス様、もしかしてノエルは何か病気では?」

「近くにそれ以上食べるのが二人もいるし、ただの大喰らいに見えなくもないんだがな……」

レウスとリースの大食いを見ていると基準が狂ってしまう。そもそも大食いの病気なんてあるのだろうか?

病気で思い出したが、俺はここに来てからノエル達の健康診断をしていなかったな。病気なんか一切縁の無さそうな健康家族だったので、会った直後に『スキャン』で調べたきりだ。

ディーも心配しているようだし、今度は精密な『スキャン』をやってみよう。

「ノエル、異常が無いか調べるからちょっと動くなよ」

「え? 痛いところ全くありませんけど、調べてくださるなら。あ、その間にお代わりをお願いします」

「ディー兄、お代わり」

「ディーさん、お代わりお願いします」

「ちょっと待ってろ」

食いしん坊のお代わりを用意するディーを他所に、俺は意識を集中させて『スキャン』を発動させる。

普段から行っている簡易的な『スキャン』は全体を流し見するようなものだが、今回発動させたのは内臓の細胞一つ一つを全て読み取るようにイメージし、頭から爪先にかけて細かく調べていく。

俺の発する真剣な雰囲気に、全員食事の手を止めて固唾を呑んで見守っていた。こちらを見ているのに、食べる手が止まっていない者が二人いたが……気にすまい。

「…………なるほど」

「あの……どうしてそんなに真剣な顔をなさっているのですか?」

「病気じゃないから安心してくれ。腹が減るというか、沢山食べるようになったのは最近で間違いないな?」

「その通りです。ですが、それはシリウス様のご飯が美味しいせいなんです」

俺のせいにされているのは置いておいて、過去に調べた本の知識と現状を照らし合わせてみたが……間違いはないようだ。

獣人の食事量が増える状況は様々だが、ノエルのお腹から感じた反応からしてこれは……。

「おめでた……だな」

「ふぇ?」

「し、シリウス様? それはもしや……」

「ああ、ノエルのお腹に新しい命が宿っているんだ。おめでとうノエル、そしてディー。二人目の子供だな」

俺たちが来る直前か滞在していた間に授かったらしく、おそらく本人でさえ気付かないくらいの初期段階だろう。更に俺の料理を懐かしんでいたので、大喰らいになった原因を勘違いしていたようだ。

新たな赤ん坊の話を聞いた二人はしばらく固まっていて、家族であるノキアやエミリア達の方が先に反応していた。

「おめでとうお姉ちゃん、ディーさん。また新しい家族が増えるんですね」

「やったなノエル姉! ディー兄! 今日はお祝いだな!」

「おめでとうございますノエルさん、ディーさん。はぁ……何か凄い状況を見れちゃいました」

「姉貴おめでとう! ディーさんも本当に良かったですね!」

「ねえちょっと、聞いているのお姉ちゃん! 二人目だよ、二人目!」

「き、聞いてるわよ。えーと……本当なんですよね?」

信じられないとばかりにこちらを見てきたが、俺はしっかりと頷いて笑みを向けてやる。

ようやく現実が理解できたのか、ディーはおもむろにノエルを持ち上げてクルクルと回りだしていた。

「やった……やったなノエル! よくやったぞ!」

「わわ!? も、もう……あなたったら。でも……やりましたよ私!」

ディーがここまではしゃぐ姿を見るのは珍しいが、それほど嬉しいのだろう。

そのまましばらく回っていたが、ノエルの負担になると気付いて慌てて降ろしていた。まだ体が不調になる前の初期段階だから、そこまで焦る必要はないんだけどな。

状況について行けずぼんやりとしているノワールに、ノエルは抱きしめながら説明をしていた。

「お母さんね、ノワールちゃんの弟か妹を産むの。つまり、ノワールちゃんはお姉ちゃんになるのよ」

「お姉ちゃん……私がお姉ちゃん!?」

「そうよ! ほら、バンザーイ!」

「バンザーイ!」

何となく理解はしたようで、ノワールはノエルと一緒に両手を挙げてはしゃいでいた。

しばらくはしゃいで落ち着いた頃、ノエルは思い出したかのように席に戻り、すっきりとした表情でお代わりのカレーを食べ始めていた。

子供を宿しているのにすぐに食べ始める姿に呆れたくなるが、これにはちゃんと理由がある。

人族が子供を宿した場合は食生活が変わったり体調が悪くなるのが一般的だが、獣人の場合はとにかく食べるのだ。

つわり等とはほとんど無縁で、妊娠期間における体調の悪さは人族に比べて遥かに軽いのだが、食べた栄養がほとんど子供に流れるので、とにかく空腹に悩まされるらしい。

どちらが良いかなんて人それぞれだろうが、どちらも辛い事には変わるまい。

「シリウス様のご飯が懐かしくて、普通に食事量が増えただけかと思っていましたよ。よく考えてみれば、前と似たような状況でしたね」

「まあ自覚症状がでる手前だし、あと数日すれば嫌でも気付いていただろうさ。何にしろこれで遠慮なく食べれそうだな」

「はい! 美味しいご飯を作ってくださる旦那さんとご主人様を持って、私は本当に幸せ者ですよ」

栄養が満足に摂れず未熟児を産んでしまう獣人が結構いるそうだが、ノワールを見る限りその心配は無さそうだ。ディーが頑張った証拠だろう。

これからの食事は量と栄養バランスを考えた物を作らないとな。ディーに教える栄養が豊富そうなメニューを考えていると、一人静かにしていたステラさんがノエルに近づいて頭に手を置いていた。

「全く……二人目が産まれるというのに、あんたは変わらないねぇ……」

「失敬な! 変わりまくってますよ私は! ノワールちゃんを産んでから輝く、溢れんばかりの母性本能がわかりませんか?」

「私からすればまだまださ。でもまあ……おめでとうノエル。子供が増えて大変だろうから、私もここに来る機会が増えそうだねぇ」

「あ、お母さんの魂胆が見えましたよ。孫の顔を見たいなら堂々と見に来ればいいじゃない。相変わらず私の前じゃ見栄張りさんね」

「調子に乗るな」

呆れた表情でノエルを叩いているが、目の奥にはしっかりと子の幸せを願う母親の想いが溢れていた。言葉のやり取りはともかく、笑い合っている二人を見れば良い親子関係だと思う。

ノエルの反撃を流しているステラさんの表情は嬉しそうだったが、視線を横へ向けて残りの子供を見てからぼやいていた。

「はぁ……アホな娘は二人目を産もうってのに、その下は何をやっているんだか。あんた達は孫をいつ見せてくれるんだい?」

「お、俺は料理一筋って決めているんだよ」

「……言わないでよ、お母さん」

アラドは料理一筋と言っているが、実は町の娘と密かに付き合っているとノエルがこっそり教えてくれた。

そしてノキアはディーに憧れていたそうだが、ノエルとのラブラブっぷりを見て諦めたらしい。それ以来彼女は、自分にとって理想の男性を追い求めてしまうようになったとか。

とはいえ、ウエイトレスしていればそれだけ出会いもあるし、いつかきっと理想の男性に巡り合えるさ……多分。

「まあまあ、ノキアちゃんは可愛いんだから、絶対良い人に出会えるわよ」

「きーっ! その満面の笑顔が憎い! 絶対にお姉ちゃんより幸せになってみせるんだから!」

「ふふふ、お姉ちゃんの幸せに勝てるかしら? さてと、赤ちゃんの為にお代わりですよ」

「私もお代わりお願いします」

「俺も負けないぞ。お代わり!」

「勝負じゃないって」

レウスの言葉に呆れつつお代わりをよそっていると、ディーの表情が強張っているのに気付いた。

もしかして、アルメストで別れた時のように不安になっているのだろうか? また発破を掛けてやるべきかと思っていると、俺の視線に気づいてディーがこちらに振り向いた。

「俺の顔に何か?」

「いや……これからお前はもっと大変になると思ってな。覚悟は出来ているか、ディー?」

「大丈夫……です。もう、シリウス様に腹を殴ってもらう必要はありません」

「言うようになったじゃないか。家族をしっかり守るんだぞ、お父さん」

「はい!」

結婚して子供が出来ようが、ディーの目つきは相変わらず睨むような威圧感を感じさせるが、今見せている表情は完全に父親の顔であった。

そして昼食が終わってからも作業を続け、その日の内に厨房の改装は無事に完了した。

火力調整が簡単になって鍋を置ける数が増えた竈に、食材を管理する大きな冷蔵庫。無駄な物が省かれて全体的に広くなったスペースからして、今後の調理の負担は大きく減った筈だ。

そんな厨房の完成と、ノエルとディーの新たなる子供を祝って、その日の夜は盛大なパーティーが開かれるのだった。

三日後……俺達が旅立つ日が来た。

ガルガン商会から馬車を引き取り、俺達はエリナ食堂の前に並んで別れの挨拶をしていた。

時間はまだ仕込みをしている早朝なので、ディー達は当然として、ステラさんも俺達を見送る為に集まってくれた。

いつものロングコートを着て装備を確かめていると、ディーが大きなバスケットを手渡してくれた。

「シリウス様、これはお弁当です。道中にどうぞ」

「悪いな。これでしばらくディーの料理が食べられないと思うと寂しいものだ」

「忘れ物ありませんよね? それと、もう少し滞在しちゃいたいと思いませんか?」

「今更出るのを止めるのはちょっとな。それと準備については万全だ」

「準備の方は私も再度確認したので安心してください。お姉ちゃん……元気でね」

「お世話になりました。ノエル……お姉さん、立派な赤ちゃんが産まれるのを祈っています」

「もちろんよ! 元気な赤ちゃんを産むから、今度会ったらノワールちゃんと同じように可愛がってあげてね」

「はい、楽しみにしています」

気付けばエミリアと変わらぬくらいに仲良くなっていたノエルとリースが握手を交わし、そのまま全員と握手を終えたところで、少し離れた位置で立ち尽くしているノワールを連れてきた。

「ほらノワールちゃん。今言わないと、後悔しちゃうわよ」

「うん。あの……レウス様……」

「何だ?」

「私……レウス様の為に強くなるから。それで美味しいご飯作ってあげるから! だから……だから……私が従者になって、大きくなったら…………てください……」

恥ずかしがっているせいか声量がどんどん小さくなっていき、最後の部分は掠れ声に近くてよく聞き取れなかった。

こういう時は見逃さないように聞き取ろうとする癖があるので、俺は瞬時に聴力を強化して聞こえたのだが……レウスはどうだろうか?

「最後の部分がよく聞こえなかったけど、楽しみにしているぜ。だけど無理はするんじゃないぞ。ノワールが倒れちゃったら、俺は悲しいからな」

……残念ながら聞こえてなかったようだ。やはりレウスは手強い相手だな。

とはいえノワールの好意にレウスも満更でもないのか、俺達に向けるような笑みを浮かべてノワールの頭を撫でていた。それまで落ち込んでいたノワールだったが、レウスに頭を撫でられると笑顔を見せてくれた。

てっきり泣き叫ぶかと思ったが、レウスの激励と、お姉ちゃんになるという事実が彼女を強くしたようだ。

悲しいだろうが、これもまた成長の一つだろう。様々な経験を経て強くなり、胸を張って再会できるように頑張るんだぞ。

「出発だホクト」

「オン!」

俺の号令で馬車は進みだし、エリナ食堂が遠ざかっていく。

短い期間だったけど、ノエルやディー達と過ごしたあの食堂での日々は、まるで我が家に帰ってきたかのようだった。

帰るべき家は無いが、あいつ等の居る所が俺の帰る場所なんだろうと改めて気付かされたな。

ふと振り返れば、ノエルとノワールは俺達の姿が小さくなっても手を振り続けていた。

オーラムの町を出て街道を進んでいた俺達だが、やはり別れの直後もあって雰囲気が少し重い。

移動しながらの訓練を開始するには少し時間を置いた方が良いと思い、俺は御者台に座って流れる景色を眺めていると、ホクトが馬車を引っ張りながら俺に首を向けてきた。どうやら俺を心配しているようなので、安心させるために笑みを向けてやった。

「大丈夫だホクト。俺の事はよく知っているだろ?」

「クゥーン……」

「全く、お前がそこまで心配しなくてもいいだろうに」

心配性な忠犬に苦笑していると、馬車内で休んでいたエミリアとリースが俺の両隣に座ってきた。二人は笑みを浮かべているが、やはり別れによる寂しさを隠しきれていなかった。

しばらくの間、互いに一言も喋らない静かな時間が過ぎ……町が完全に見えなくなった頃に二人はぽつぽつと語りだした。

「……やっぱり、別れは寂しいですね」

「そうだね。ノエルさんにディーさん、そして他の人達皆が良い人ばかりだったから尚更だよ」

「シリウス様は……寂しくないのですか?」

俺の顔を覗き込みながらエミリアは聞いてきたが、そんな当たり前の事を聞かれても困るな。

「何言ってんだ、寂しいに決まっているだろ?」

「で、ですよね? それにしては平気そうに見えるので……」

「表面上は平気そうに見えるが、ちゃんと寂しがっているんだぞ? それに、これは再会出来る別れだ。永遠の別れじゃないから、そこまで寂しがる必要は無い」

「あ、そうですね。また……会いに来ればいいんですよね?」

「そういう事だ。そもそもオーラムは平和な町だし、ノエルとディーは並の冒険者なら返り討ちできる強さを持っている。心配するだけ無駄だ」

滞在していた間に裏の世界まで潜入して調べたが、闇の組織の陰謀も無く、ノエル達が狙われる話は聞かなかった。また、この辺りを統治している領主を潜入して自分の目で確かめたが、噂通りのまともな人物であると判明している。

町であるオーラム全体を巻き込んだ大事件でも起きない限り、エリナ食堂は安泰だろう。

「それより俺達の方だ。ノエル達が無事でも、俺達に何かあったら意味がない。午後から訓練を開始するから、気持ちの整理をつけておくんだぞ」

「そうだ。兄貴の言う通りだぜ姉ちゃん」

馬車内で剣の手入れをしていたレウスが真っ先に賛同していた。お前は切り替えが早いー……いや、俺に似てきたとも言うのかな?

「凄いねレウス。私はまだ、ノワールちゃんが泣くのを我慢している顔がちらついて駄目だなぁ……」

「いやいや、俺だってノエル姉やディー兄と別れて寂しいぜ? でも俺には兄貴と姉ちゃんが傍にいるんだ。そこまで寂しくないよ」

「はあ……嬉しいんだけど、もう少し寂しがりなさい。ノワールちゃんも困った子を好きになってしまったものね」

「え? 好きも何もノワールはまだ子供だから憧れてるだけだよ姉ちゃん。大きくなったら今の気持ちも無くなるだろ」

「甘いわレウス。子供だからって、女の子が秘める想いの強さは凄いのよ。私を見て御覧なさい」

自信満々に答えるエミリアの言葉は非常に説得力があった。俺の方をちらりと目を向けてきたので、とりあえず頭を撫でてやると尻尾をブンブンと振り回していた。

「はは、そりゃ姉ちゃんだからだろ? それに相手は兄貴だし、当たり前の話じゃないか」

「……先は長そうだな」

「……ですね」

「私達が何とかしないといけませんね」

豪快に笑うレウスに溜息を吐きながらも、俺達を乗せた馬車は街道を進んでいく。

これからの予定だが、俺達はリースの生まれた町に立ち寄るつもりだ。理由はリースの母親である、ローラさんの墓参りである。

俺はすでに終わったし、エミリア達はこれから向かうから、リースも墓参りしないと不公平だろう。

その後は近場の港町へ向かい、ようやく目的であるアドロード大陸へ出発するわけだ。

後は……大陸へ着いてから考えるとしよう。

俺達なら大概の事は何とか出来るし、のんびりと銀狼族の集落を探すだけだ。

それから昼に差し掛かった頃、俺達は馬車を止めて昼食にしていた。

食べるのはもちろんディーが渡してくれた弁当だが、エミリアが準備しようとした時に何か入っているのに気付いた。

「シリウス様、これをご覧ください」

渡されたのは短い文章が書かれた三枚の書置きであった。

その内容は……。

『行ってらっしゃいませ。無事を祈っています』

『いつでも帰ってきてくださいね。私達は待ってますから』

「中々洒落た事をするじゃないか」

「あ、見てくださいシリウスさん。こっちの方はノワールちゃんですよ」

「本当ね。ほら、読んで見なさいレウス。貴方によ」

「ノワールから? 何だろ?」

『おおきくなったら、およめさんにしてください』

その内容は、別れ際に発して聞こえなかった部分だった。

ノエルの入れ知恵かもしれないが、はっきり伝えないと理解しなさそうなレウスの天然をしっかりと理解している文であろう。

さて、ノワールからの告白を知ったレウスの反応は如何に?

「……およめさん? ご飯作ってくれるんじゃないのか?」

二人の姉から、かなり本気で叩かれたのは言うまでもない。

戦いに関する教育については自信があるが、異性に関する教育はどう間違えたのだろうか?

お弁当に入っていた、エリナ食堂の主役であるエリナサンドを摘まみながら、俺はレウスの教育方針を改めて考えるのだった。

――― ディーマス ―――

そしてシリウス様は行ってしまわれた。

俺はあの時、ご存分に……とは言ったが、正直に言えばノエルと同じくずっと傍にいてほしいと思っている。

しかしシリウス様は世界で活躍されるくらいに大きな存在であり、俺達の隣で燻っているような御方ではない。エミリアやレウスみたいな力が無い俺とノエルではいずれ足手纏いとなり、置いていかれる事は確実だろう。

過去の俺は、自分とあの人は違う存在なんだと決め付け、成長されて俺の手が必要なくなったら自ら去ろうと考えた事もあった。

だが、迷っていた俺にエリナさんはこう言ってくれた。

『たとえ力が足りなくとも、いつか必ずシリウス様に必要とされる時が来るわ。惨めだろうと、足手纏いになると思っても、全力でその時に備えておく。それが従者なのよ』

だから……今は見送ろう。

そしてあの人が望めば、俺はいつでも駆けつけようと心に決めている。

それからステラさんやノキアとアラドは足早に仕事へ戻ったが、きっと俺達の為にいなくなってくれたに違いあるまい。

周囲に誰もいないのを確認し、俺は未だに手を振り続けているノエルとノワールの肩を叩いた。

「あなた。もう……大丈夫よね?」

「お父さん……」

「ああ……」

そして俺の胸元に飛び込んで泣き出した妻と娘を抱きしめた。

この愛しい存在を、俺は絶対に守り続ける。

それが俺達を家族と仰るあの御方への恩返しであり、俺の本望なのだから。