軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

決戦

ラムダが約束を破って攻めてくる可能性も考え、その後も警戒しながらも俺たちは準備を進めていた。

だが特に見張りから急な報告もなく決戦へ向けた準備は着々と進み、各部隊の人員と配置が決まった頃には、時刻は深夜を迎えていたのである。

とはいえ合間に仮眠をとっていたので疲れは特になく、ほぼ準備が済んで最終確認となる作戦会議を城内で開いていると、前線基地までの道中に配置していた偵察兵から報告が届いた。

「報告! 敵、魔物軍団がサンドールへ向かって進軍中! ですが依然としてその歩みは遅く、未だ第二地点を超えたばかりだそうです」

「まだその辺りか。敵の進軍速度と時間帯から考えるに……早朝には平原で直接姿が確認出来そうですな」

「ふん。今のところ約束は守っているってわけか」

報告によるサンジェルの苦々しい舌打ちが響く中、一時止めていた会議を再び再開する。

戦力の正確な数が判明し、その割り振りについて説明しようとしていたところだったので、改めて突撃部隊の総指揮官であるカイエンが語り始めた。

「では各部隊の配置についてもう一度確認しておきましょう。我が国が出せる全戦力と、獣王殿の要請によるアービトレイ国からの援軍を合わせたところ、集まった兵は一万を超えました」

正直なところ、予想していた数よりも遥かに多いと思う。

どうやらサンドール周辺に何か所かある小規模の砦だけでなく、町の人々にも呼び掛けて義勇兵も募った結果らしい。さすがは世界一大きい国と言われるだけはある。

「集めた兵たちは防壁を守る側と半々を予定しておりましたが、予想以上に集まったので突撃部隊の方に少し多く割り振っております」

「うむ、それはありがたい話だな。これで更に魔物を斬れそうだ」

「まず右翼の剛剣殿とエミリア殿。そしてベイオルフ殿を主力とした部隊ですが……大将であるライオル殿はどちらに?」

「その……やはり会議は面倒だと言われまして。申し訳ありません」

「いやいや、エミリア殿が謝罪する必要はありませぬぞ。それに部下の報告から聞いたところ、右翼は貴方が副官みたいなものですからエミリア殿に話せば十分でしょう」

こんな状況でも会議に顔すら見せないなんて怒鳴られてもおかしくないだろうが、早くもカイエンは爺さんの扱いに慣れたようである。あるいはそれだけエミリアを信頼している証拠かもしれない。

エミリアもまた副官の立場を受け入れて真剣な表情で頷いたのを確認したところで、カイエンは中心の台座に置かれた地図上の駒を指しながら説明を続ける。

「右翼は兵士だけでなく、今朝募った冒険者と傭兵たちを加えた混成部隊となります。数は千人程ですが、もう数百は回しましょうか」

「いえ、お爺ちゃん……ライオル様の強さと突破力は桁が違いますので、戦力は他に回すべきだと思います」

「わかりました。では状況次第で私から増援を回すとしましょう。それと私の信頼する副官経験者を数名回しておきましたので、何かあれば遠慮なく彼等を頼りなされ。存分にエミリア殿の力になってくれるでしょう」

「ありがとうございます。ですが、副官がいるのであれば私ではなくその方に任せておいた方が……」

「謙遜なされるな。エミリア殿の強さと判断力の素晴らしさは、私がこの目でしかと確認しております。どちらにしろ剛剣殿を動かせるのは貴方だけですし、細かい部分は彼等に任せてエミリア殿は思うがままに戦いなされ」

これまでの活躍を考えるとレウスや爺さんに目が向きがちだが、きちんとエミリアも評価されているようだ。

大きく目立つ活躍はないエミリアだが、戦場では何度も瓦解しそうな部隊を魔法で援護し、多くの兵の命を救っていたのである。その様子をカイエンがしっかりと報告していたのか、エミリアの立ち位置に関して反論する者は現れなかった。

そしてエミリアもまた己の立場を理解しているのだろう。人の命を大勢預かる責任を噛み締めるように、真剣な表情で頷きながら返事をしていた。

「続いて左翼ですが、ジュリア様を筆頭に二千程の兵を率いた部隊となります。右翼と同等に危険は大きいですが、彼等と一緒ならば申し分はありませんな」

「ああ。皆がいれば怖いものなど何もない。存分に暴れてくるさ」

「おう。剛剣の爺ちゃんに負けないくらい、斬りまくってやるぜ!」

およそ二千となった左翼は前線基地で活躍した時と同じく、レウスとジュリア、そしてアルベルトとキースを主力をした部隊である。

右翼より兵力が倍となった左翼であるが、一番の特徴は部隊の大半が騎乗して機動力に特化している点だろう。

「そして私が指揮を執る中央の部隊は、サンジェル様を中心に獣王様とフォルトを主力とした五千の部隊となります」

「うむ。今回は王ではなく、一人の将として戦うとしよう。フォルト殿もよろしく頼む」

「は! 王の盾に恥じぬ活躍を約束しましょう」

中央は魔物の確実な殲滅を始め、随所で休憩用の拠点を作ったり、右翼と左翼が危険な場合は援護を送ったり内部に取り込んで保護等と、足は遅いがやる事が多い重要な部隊である。

最も人員が多く、その分だけ指揮が大変そうではあるが、指揮官としてだけでなく実力も優れた獣王と、現役の将軍であるフォルトもいるので問題はあるまい。

「最後に空の軍勢はゼノドラ殿たちにお願いします。我々では対処が難しい空は皆様方の独壇場ですからな」

「任されよう。しかし数が少々多そうなので、抜けが多少出るかもしれぬ」

「それで十分です。貴方たちの力で削られたのならば、我等でも対処は可能でしょう」

前線基地では俺が主に相手をしていた空の敵を、ゼノドラたちに全て投げてしまって申し訳ないとは思うが、今回の俺は地上に専念したいのでゼノドラたちに甘えさせてもらった。

それでも魔物の規模は知っているゼノドラは全く臆していないし、むしろ不敵な笑みを浮かべているので頼もしい限りである。

こうして各部隊の確認を済ませたところで、表情を引き締めながら今回の重要な点を説明し始めた。

「各部隊の大まかな役割ですが、右翼と左翼は敵陣を突破して魔物たちを操るラムダとその部下であるルカ、ヒルガン、そしてその他の主力級の敵を撃破する事です。非常に危険な役割ですが、皆様であれば必ずや成し遂げられましょう」

「任せておくがいい!」

「はい!」

「おう」

右翼と左翼の主力を担う若者たちの勇ましい返事に、カイエンだけでなく他の者たちも満足そうである。

年齢的にまだ荷が重いと言われてもおかしくないが、誰一人嫌な顔をしていないのでそれだけ周りから認められているわけだ。

「中央の部隊は魔物の殲滅と他の援護が主なので、左右とは別な意味で負担が大きいでしょう。私も全力で指揮を執りますが、皆様の力が最も重要となります。どうか頼みましたぞ」

「うむ!」

「「「はっ!」」」

中央の主力である獣王とフォルトを筆頭に、経験豊富な各小隊長たちが声を揃えて返事をする。

その後も細かい作戦や動きを伝え、後は会議を終了して決戦となる平原へ向かおうとしたところで、会議中ほとんど発言しなかったサンジェルが突如声を上げた。

「ちょっと待ってくれ。最後に俺から少し言わせてくれ」

「ええ、遠慮なくどうぞ。総大将として皆に声を掛けてやってください」

「ああ。まず、ここにいる全員に俺は礼を言いたい。あんなふざけた野郎と一緒に戦ってくれて、本当にありがたいぜ」

真剣な表情をしたサンジェルは会議室に集まった全員を一瞥し、軽く頭を下げながら礼をする姿に、傍にいるサンドール王が不敵な笑みを浮かべていた。どのような立場であろうと、素直に頭を下げられるという点に感心しているようだ。

その唐突の行動に少し困惑する者も見られるが、サンジェルは下げた頭を上げると同時に続きを語る。

「戦場へ行く前に皆へ伝えておく。ラムダは確かに俺の部下であり、相棒と呼べる男だったが……もう友とか関係ねえ!」

今更何を言い出すのかと思うが、こうして言葉でしっかりと証明しておくのは大事だろう。

実力や実績が足りず、はっきり言ってお飾りのような立場であろうと、今のサンジェルはこの突撃部隊の総大将だからな。

「正直に言わせてもらうなら、あの野郎がこんな事を仕出かしたのはうちの馬鹿な連中のせいだから同情の余地はなくはねえ。でもだからって、俺の国を破壊しようなんて許せるわけがねえんだ!」

「「「おお……」」」

碌に戦争を知らぬ若造の言い分だと、以前であればあざ笑われてもおかしくはないだろう。

だがラムダによって腑抜けばかりだった頃と違い、ここに残っている者は王へ絶対的な忠誠を誓う臣下たちばかりだ。

そして王が昏睡している間も、国の為に奔走していたサンジェルを王の臣下たちが認めない筈がなく、その自信に溢れ、不思議な程に通るサンジェルの声に多くの臣下が感嘆の声を上げていた。

サンジェルの眠っていた……いや、ラムダに押さえられていた王としての片鱗が目覚めた瞬間かもしれない。

何故なら……

「絶望を与えるだか何だか知らねえが、俺たちを舐めているあの連中を全力で叩き潰すぞ!」

「「「おおっ!」」」

彼が拳を振り上げると同時に放った言葉に、皆の返事が自然と重なっていたのだからな。声だけで人を動かせる力は王として重要な能力だろう。

次期王として、そして総大将として相応しい存在に育ちつつある男の姿に、彼の父親と同じように俺も自然と笑みが浮かぶのだった。

その後、会議を終えた俺たちは決戦の地となるサンドール前の平原へとやってきた。

多くの篝火が焚かれ、防護柵や拠点用の天幕が建てられた平原の陣地に兵たちが忙しなく行き交う光景を、俺は防壁の上からホクトと一緒に眺めている。

空を見ればそろそろ時刻は夜明けを迎えそうであり、先程あった報告によると魔物の到着時間は依然として変わらないとの事だ。

「天候には恵まれたようだな」

うっすらと見える雲の流れや匂いからして、雨に濡れる決戦は避けられそうである。こんな状況で言うのもあれだが、正に絶好の決戦日和だろう。

そして天候の確認を済ませた後、陣地で奔走している者たちを眺めていると、別の場所で準備を進めていたフィアとリースとリーフェル姫たちがやってきた。

「もう。風が冷たいんだから、こんな所で長居しているとエミリアが心配するよ?」

「大丈夫だよ。しっかり着込んでいるし、ホクトが傍にいるからな」

「オン!」

風除けとしてだけでなく加減した炎を体から噴出させ、ちょっとした暖房器具のようになってくれているホクトが誇らしげに吠えている。

そのまま自然とホクトを中心に皆が集まる中、俺の隣に立ったフィアが平原で準備に勤しむ皆を眺めながら話し掛けてきた。

「さっきからずっとここにいるみたいだけど、あの子たちに何も言わないの?」

「ああ。必要な事はすでに伝えてあるし、やるべき事も理解しているからな。もう俺がどうこう言う必要はないさ」

多くの天幕が並ぶその中心には作戦会議用のテーブルが三つ置かれており、各テーブルに部隊長たちが集まって動きや作戦について確認し合っている。

その内の一つ、剛剣を主力とした右翼用のテーブルにいるエミリアへと俺は耳を傾けた。

『……となりますので、決して私より前へ出ないように気をつけてください』

『あいわかった。こちらも合わせて動こう』

『うむ。大まかな動きはエミリア殿にお任せするから、後方への細かい指示は我々に任せてくれ』

剛剣の呼び掛けで募った冒険者と傭兵たち、そしてサンドールの兵を加えた千に近い部隊で、各小隊長以外は歩兵だけで形成されている。

こんな広大な戦場だというのに歩兵のみな理由は、馬の数が足りないとか、爺さんが地に足が付いていないと嫌だとか……まあ色々だ。

そんな右翼の作戦であるが、簡単に言えば爺さんを先頭に突撃し、その後を他の者たちが援護しながら追従するだけである。

作戦もへったくれもない気もするが、それだけ爺さんの突破力が信頼されているわけだ。

というわけで先頭を駆ける爺さんの負担が大きいわけだが、実はこの部隊で一番大変なのは爺さんについて行く者たちである。

一定の距離を取らなければ爺さんの攻撃に巻き込まれるし、かといって放っておくと爺さんが無駄に動き回って、その突飛な殲滅力を生かせないからだ。

故に、爺さんを制御出来るエミリアの判断が重要となる。

それを年配の小隊長たちは理解しているのか、己の子供と同年代に近いエミリアでも敬意を持って接していた。カイエンが信の置ける者たちだと言うだけあって、経験が豊富そうで頼りになりそうである。

『そういえば剛剣殿から何かないのですか? 城の会議同様に姿が見えませんが……』

『素振りが済んだので、向こうのテントで寝ていますよ。細かい部分は僕たちに全て任せるとの事なので、あの人がいても意味がありませんね』

『ですね。終わったら私が起こしに行きますので、お爺ちゃんは気にせず話を続けましょう』

『あ、ああ……』

剛剣のぞんざいな扱いに小隊長たちが絶句しているが、あまりにも自然体な二人に何も言い返せないようである。

その後も細かい内容を話し合い続けるエミリアたちから視線を外した俺は、今度はレウスたちがいる左翼のテーブルへと目を向けた。

『ジュリア様。本当にこのような作戦で大丈夫なのですか?』

『これ程の数を揃えられたのならば、もっと高度な戦術が実行可能だとは思いますが……』

左翼と同じく右翼も敵陣を正面から突破し、敵の主力であるラムダたちを討ち取る事が主目的であるが、道中で魔物を操る為の中継点……あるいは増幅器や中継アンテナとなっている 合成魔獣(キメラ) を狙う目的もあった。

とはいえ、さすがにその 合成魔獣(キメラ) が戦場のどこにいるかまでは実際に見ないとわからないので、そんな状況で無闇に突撃するのは危険だと小隊長たちが進言しているわけだ。

そんな小隊長たちに、ジュリアは首を横に振りながらはっきりと言い返す。

『いや、この戦いは速さと勢いが重要であり、戦術より状況に合わせた対応力が必要とされるのだ。細かい戦術は避けるべきだろう』

『だからといって突撃だけでは……』

『心配せずとも、ジュリア様は戦術を捨てているわけではない』

『ああ。お前たちの言う通り、これ程大規模な部隊で動くのだからな。ある程度の取り決めや号令については話し合うとしよう』

普段から連携しているジュリアの親衛隊だけならまだしも、他所の部隊が大勢加わった集団となれば、逆に戦術が全体の足並みを乱してしまう可能性が高いからな。

なので部隊全体における最低限の戦術をレウスも加わって話し合っているのを確認した後、俺はとある作業の為にその場から離れるのだった。

そうして各部隊の会議が済んだところで、俺は用意してもらった一際大きい天幕に家族と自分と関わりのある者たちを集めていた。

リーフェル姫たちとアルベルト兄妹、そしてジュリアだけでなく爺さんやゼノドラたちもいるので随分と大所帯になったが、こんな状況でわざわざ皆を集めたのは戦の前の腹ごしらえである。

「急ごしらえだが量は十分に用意出来たから、遠慮なくおかわりしてくれ」

「おかわりじゃ!」

「爺ちゃんはえーよ! まだ皆に配ってる途中だろうが!」

皆が作戦会議をしている合間に作った熱々のスープを一息で飲み干した爺さんに呆れつつも、夜食とも朝食とも言える食事は和やかに進んでいく。

現時間から考えて夜明けまでもう数時間もないし、本当なら前線で準備を進めながら緊張感を保つべきだろうが、やはり食事はしっかり取らなければ力を存分に発揮できまい。何より、こういう状況でもいつも通りに過ごすのが俺たちだと思う。

ちなみに城内で寝ていたカレンとヒナも呼んであり、今は寝惚け眼で食事を進めている。かなり早起きさせて申し訳ないとは思うが、決戦が目の前だからこそ皆と一緒に食事をしておきたかったのだ。

最早当たり前のように妻たちとリーフェル姫に食べさせてもらっているカレンの隣では、ヒナが人の姿になったゼノドラたちに色々と世話を焼かれていた。

「ヒナよ、これが気に入ったのなら私たちの分も食べるといい。お主は少し瘦せ過ぎだから、もっと食わねばな」

「……でも、皆の分がなくなるよ?」

「幼子がそのような事を気にするな。それにこれからは、お主が食事で困るような事は私が絶対にさせん」

「……うん」

最初はゼノドラたちが怖くて距離を取っていたヒナであるが、話し掛けられる内に何か感じ取ったのだろう。気づいたらゼノドラたちを一切怖がらなくなっていた。

その中で特にメジアが気になるのか、少し前からヒナは自然と彼の傍にいる事が増えている。こう……親鴨について行く子鴨という感じというか、とにかくメジアとヒナが順調そうで何よりだと思う。

その後も和やかな雰囲気なまま食事は進み、四十人分は用意した特製スープやサンドイッチが底を尽いた頃、不意にエミリアが皆を静かにさせてから俺に注目を集めたのである。

「シリウス様。出撃の前に何か一言いただけませんか?」

「そうだな。最後に兄貴からどーんと頼むぜ! 皆の気持ちを盛り上がてくれよ」

「士気を上げるのは俺じゃなくて、お前たちの役目なんだがな……」

そう呟くが、皆の期待するような視線が一斉に刺さってきたので、俺は少し考えてから口を開く。

「今日の戦いは激戦となるだろうが、事前に伝えた通り皆の力を存分に発揮すれば必ず切り抜けられる。俺もその為に全力で戦おう。だから必ず……生き残れ。今度はもっと手の込んだ料理をご馳走したいからな」

生き残れなんて今更な言葉かもしれないが、普段とは違う俺の声色に皆も真剣な面持ちで返事をしてくれる。

最後に一人一人に一言伝え終わったところで、天幕の入口が開いて一人の兵士がやってきた。

「ジュリア様! 魔物たちの姿が確認出来たと見張りから報告が!」

「わかった。では皆の者、行くとしよう」

「おう。じゃあ行ってくるぜ、マリーナ。リース姉たちと一緒に待っていろよ」

ジュリアの言葉を切っ掛けに、左翼の中心となるレウスたちは己の武器を手にして一斉に立ち上がる。

その際、自信満々に笑うレウスをマリーナは心配そうに見つめていたが、不意に近づいたかと思えばレウスの胸元へと飛び込んだのである。

「わかっているわよ。だから兄上と一緒に絶対……絶対帰ってきなさいね!」

「心配すんな。もっと兄貴とマリーナの作った飯を食いたいから、さっさと勝って戻ってくるさ」

そこでマリーナを抱き締めるのではなく頭を撫でてしまうのは、俺の姿を見てきたせいだろうか?

少し申し訳ないと思っている間にそっとレウスから離れたマリーナは、気丈に振る舞いながらレウスの胸元を軽く叩いた。

「ええ、作ってあげるわ。もちろんジュリアの分もね」

「ああ! ところでマリーナ、私の胸には飛び込んでこないのか?」

「えぇ……」

「ったく、本当に変な三人だぜ。何でこれで上手くいっているのかさっぱりわからねえ」

「ははは。これはこれで楽しそうでいいんじゃないかい?」

そんなアルベルトとキースに暖かく見守られながら微笑ましいやりとりをしている三人の反対では、鼻息を荒くする爺さんとそれを宥めるエミリアとベイオルフの姿があった。

「ようやくか! よし、すぐに突撃じゃ!」

「いやいや、まだですから! 勝手に動いて開戦なんて洒落になりませんよ」

「その通りです。ちゃんと持ち場について、サンジェル様の合図があってから突撃してくださいね」

「ぬぅ……ちょっと斬って帰るのも駄目か?」

「「駄目です!」」

今にも敵陣へ斬り込みそうな爺さんだが、ストッパーである二人が上手く抑えているようだ。まあやる気は十分なので、これ以上何も言う事はあるまい。

最後にヒナの頭を撫でているメジアたちを確認してから立ち上がった俺は、後方支援でこの場に残る家族たちへと振り返った。

「それじゃあ、行ってくる」

「「「行ってらっしゃい」」」

「踏ん張ってきなさいよ!」

「行ってらっしゃいませ」

「こちらは任せておけ」

リースとフィアとカレン、そしてリーフェル姫たちの返事を聞きながら天幕を出ると、遠くの山から差し込む朝日が俺たちを照らした。

――― シェミフィアー ―――

「それじゃあ、行ってくる」

何でもない、それこそ散歩でも行くような気軽さと笑みを浮かべながら、シリウスは皆の後に続いて歩き出した。

そして天幕の入口が開かれ、朝日に照らされる彼等の後姿を眺めていた私は、隣で一緒に見送っているカレンの頭に手を置いた。

「カレン。シリウスの……皆の背中をよく見ておきなさい。あれが、敵がどれだけ強大だろうと立ち向かう、英雄たちの背中だから」

「先生の背中に何かあるの?」

「ふふ、まだ貴方にはちょっと難しいかしらね。でも今はわからなくても、いつかわかる時がくるわ。だからあの後姿だけはちゃんと覚えておきなさい」

「……うん」

あの後姿を知っていれば、きっと貴方の力になる筈よ。

だからしっかりと心に刻んでいてほしいと願いながら、私はカレンの頭を撫でた。

――― シリウス ―――

そして太陽が世界を完全に照らし始めた頃、俺たちは所定の位置について静かにその時を待っていた。

万に近い部隊……いや、すでに軍と呼べる規模の人々が集まる光景は圧巻の一言で、しかもこれが全て味方なのだからその頼もしさに誰もが笑みを浮かべるだろう。

だが、今はその大半が不安と緊張に圧し潰されそうな表情を浮かべている。

何故なら明るくなって遠くまで見えるようになったら、地平線まで続く魔物の大群が人と同じように陣形を維持している姿をはっきりと確認出来てしまうからだ。

「何だ……ありゃ。話には聞いていたが、本当に陣形を組んでやがる」

「数も明らかにおかしいだろ。あんなのと今から戦うのかよ?」

「ええい、恐れるな! 我々にはジュリア様と剛剣が付いているのだぞ!」

それでも何とか各々で心を奮い立たせているようだが、目の前の光景のせいで時間が経てば再び挫けてしまいそうである。

だと言うのに、未だお互いに睨み合ったままでいるのは、サンジェルが突撃の号令を出さないからだ。

別に臆しているとかではなく、向こうが一定の距離を保ったまま止まっているのを見て、相手から何か言いたい事があるのではないのかとサンジェルが気付いたからだ。

しかし皆の緊張を考え、そろそろ動くべきではないかと思ったその時、姿は見えないラムダの声が戦場に響き渡ったのである。

『大半の人が初めまして……でしょうか? 私がこの魔物たちを率いるラムダです』

相変わらず状況に合わない穏やかな声であるが、逆にそれが恐怖を増長させている。

更に戦場の全員へ聞こえるように『エコー』の魔法を使っているのだが、魔力の流れから戦場だけでなくサンドールに住む一般市民にまで声を届かせている事に気付いた。

『ここまで来たのですから、こちらの目的を改めて伝えましょうか。私は貴方たちに……サンドールに絶望と滅びを与える為に現れました。この日、サンドールは世界から永遠に消えるでしょう』

妙に説明的なのはサンドール全体に恐怖を与えるだけでなく、宣戦布告の意味もあるのだろう。

淡々と語っているのに、声の節々から怒りと憎しみが嫌でも感じられ、その怨嗟の声に今頃サンドールでは大きな混乱が起こっているかもしれない。

『国だけではありません。この愚かな国に寄生するお前たち……害虫全てもだ! 私の怒りによって、全てを灰燼とー……』

『いちいちうるせえんだよ! てめえの怒りはもうわかったから、今更細かい事を語ってんじゃねえ!』

しかし……その怒りを跳ね返すかのように、サンジェルもまた吠えた。

あまりにも急だった為に最初の声は『エコー』に乗っていない。だがそれでもサンジェルの声は戦場全体に響き渡り、じわじわと精神を侵食するような恐怖を吹き飛ばす力に溢れていた。

『何か色々語っちゃいるが、要はお前がサンドールを狙っていて、俺たちは守る為に戦うだけだろ? 御託はいいからさっさとかかってきやがれ!』

『以前より威勢が増しているようですが、もっと現実を見るべきです。たったそれだけの数で守れるのですか? 私の軍勢は魔大陸から無限にやってきますよ?』

『出来るさ! てめえ等が無限だってんなら、こっちは英雄と竜、そして剛剣を加えた最強の軍隊だからな!』

ふむ、昨日俺が言った言葉を使うか。

まあこういう戦では多少盛った言動の方が士気も上がるし、何より……。

「嘘じゃないって、俺たちで証明すればいいんだからな」

「オン!」

中央の部隊の先頭に立っていた俺とホクトが不敵な笑みで頷き合っている間も、サンジェルは更に声量を上げながら語り続ける。

その熱き猛りに兵たちも次々と引っ張られ始め、サンジェルに呼応するように雄叫びを上げていく。

『もう一度言う! 俺たちは最強だ!』

「「「「「おおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ―――――っ!!!」」」」」

最後にこれまで最も大きな皆の雄叫びが響き渡った後、片手を大きく振り上げたサンジェルは……。

『行くぞ、てめえ等! 全隊……』

振り上げた手を前へ突き出しながら開戦の号令を出した。

『突げー……』

「ぬおおおおおおおおおおぉぉぉぉ――――っ!!!」

『きだああああぁぁぁぁ――――っ!』

……が、獲物を前に我慢の限界を迎えた、とある爺さんがフライングをしていた。

幸いなのは、サンジェルの声が爺さんに負けじと大きかったので、特に大きな混乱もなく全部隊が前進を始めた点だろう。

少々出鼻を挫かれた気もするが、こうして互いの意地をぶつけ合う決戦の火蓋が切られた。