軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

布石

――― シリウス ―――

ゼノドラたちとベイオルフ、そして剛剣の爺さんの活躍により、瓦解しそうだった戦況を立て直す事に成功した俺たちは、五日目を何とか乗り切る事が出来た。

夕方になり、一斉に退き始める魔物を追いかけようとする爺さんを何とか止め、後ろを付いてきていたレウスたちと一緒に正門へと戻れば、多くの兵たちが歓喜の声を上げながら俺たちを迎えてくれた。

戦闘が終わった事で改めて剛剣の姿を確認出来たのか、兵たちの歓声はジュリアが活躍した以上に凄まじい。

こんなにも喜んでくれると気分も良いと思うが、爺さんだけは何故か不機嫌そうに兵たちを眺めている。

「騒がしいのう。吠える元気があるなら剣を振っておれ」

「私も同感です。しかし彼等は剛剣殿が来てくれた事を喜んでいるのですよ。もう少しだけ好きにさせてやってください」

「まあいいじゃろう。ところで、嬢ちゃんは誰じゃ?」

「これは紹介が遅れました。私はジュリアと申します」

憧れの人物に会えて喜ぶジュリアであるが、相手は我が道を行く爺さんである。

子供のように純粋なジュリアの目を向けられていても、どこか面倒臭そうに対応していた。

「わしは旅の剣士、イッキトウセンじゃ。剛剣なぞ知らん」

「何言ってんだよ? 爺ちゃんが剛剣だろ」

「やかましい! わしはイッキトウセンじゃ」

そういえば一人の剣士として鍛え直すから、剛剣ライオルではなく別名で生きる……とか、過去に言っていたような気がする。

妙に拘っているので、これ以上深入りはするなとレウスを止めたところで、正門前で待っていたアルベルトたちと親衛隊が駆け寄ってきた。

「皆さん、おかえりなさい。ジュリア様とレウスも無事で何よりだ」

「ったく、随分と派手に暴れたもんだな。俺もいつかそれくらい暴れたいもんだぜ」

「後始末は僕たちに任せて、シリウスさんたちは休んでいてください」

皆の疲労が溜まっているようだが、重傷者はそこまで多くはないので一安心だな。

そして死骸に紛れてまだ生きている魔物を確認するベイオルフたちを横目に歩いていると、防壁の上から風の魔法で落下速度を殺しながらエミリアが降ってきたのである。

「お疲れ様です、シリウス様。どうぞこちらを」

「助かるよ。攻撃はとにかく血は避けきれなくてな」

差し出されたタオルを受け取り、体に付いた魔物の返り血や埃を拭っていると、エミリアがやけに熱の籠った目で俺を見ている事に気付く。

「本当に素晴らしい戦いぶりでした。シリウス様の従者として誇らしいです」

「爺さんが一緒だった御蔭だ。それにここ数日は遠距離戦ばかりだったから、今日はいい運動になったよ」

「あ、こちらにまだ汚れが。私にお任せください!」

相変わらず俺の世話を焼くのが嬉しくて更に興奮するエミリアだが、俺の隣には様々な意味で興奮している人物がいた。

「くぅ! こんなにも美人に成長しおって……尊いのう!」

「すでに十年近く経っていますから、私も成長して当然ですよ。お爺ちゃんもタオルは如何ですか?」

「それにこんなにも甲斐甲斐しく……かはぁ!? ええい、生きておる魔物はおらんか!」

エミリアの成長が嬉し過ぎるのか、溢れ出す感情が抑えきれないらしい。

滝のように流れる涙……男泣きで感情のぶつけどころを探し始める物騒な爺さんに、周りの兵たちも距離を取り始めているようだ。

その騒ぎにジュリアと話していたレウスが近づいて来たのだが、会話は聞こえていたのか呆れ顔で爺さんを見ていた。

「何だよ。光っているとか言っていたくせに、やっぱり姉ちゃんの姿がよく見えていなかったのか」

「光る? よくわかりませんが、レウスもこれで身嗜みを整えなさい。あ、ついでにお爺ちゃんの涙も拭いてあげてくださいね」

「仕方がねえなぁ。ほら、鼻チーンしろよ」

「むぐっ!? 何故小僧がやるのじゃ! ここはエミリアじゃろうが!」

顔面にタオルを雑に押し付けられたのだ。怒るのも当然だとは思うが、その図々しい発言はどうかと思う。

剣を振り回してレウスを追いかけ始める爺さんに呆れていると、今度は空から周囲を確認していたゼノドラたちが降りてきたのである。

『もう雑魚はいないようだな。それにしても、あんな逃げ方をする魔物は初めてだ』

『私たちが呼ばれるわけだ。ところで……彼等は何をしているのだ? 魔物はもういないのだぞ?』

「あー……気にしないでください」

その後、エミリアの呼び掛けにより暴走を止めた爺さんとゼノドラたちを連れ、俺たちは前線基地の正門を潜るのだった。

その後、ゼノドラだけを連れて参加した作戦会議を終え、最早恒例となった皆が集まる食堂へとやってきたわけだが、一言で語るならそこは 混沌(カオス) となっていた。

何せただでさえ目立つ弟子たちに加え、剛剣として名高い爺さんと、人の姿になった上竜種……竜族たちがいるのだ。

騒々しいのは彼等を一目でも見ようと大勢の兵士が集まっているのもあるが、主に騒いでいるのは兵士たちではなくレウスと爺さんのようである。

「爺ちゃん一人で食ってんじゃねえよ!」

「やかましい! これは全てわしのじゃ!」

何を揉めているのかと思えば、爺さんが大皿に満載された焼肉を独り占めしているらしい。

全く……腹が減っているのはわかるが、大人気ない爺さんだ。

「これはエミリアが作ったものじゃぞ! わしが全部食うのじゃ!」

本当に大人気ない。

エミリアがいればこの騒ぎもすぐに収まると思うが、今は奥の調理室で追加の料理を作っているらしく、爺さんの暴走を止める者がいないようだ。

アルベルトとキースは獣王の下へいるのだろう、現在この席にいるのはレウスとベイオルフと爺さんだけで、その隣の席ではメジアと三竜が座っており、爺さんとレウスの争いを眺めながら食事をしていた。

「随分と騒がしいが、人の食事とはこんなにも騒がしいものなのか?」

「騒がしいという意味では、我々も似たようなものでは?」

「ですね。シリウス殿が作った料理を初めて食べた時は」

「どっちが美味いかで殴り合いしていた者もいました」

エミリアが急ぎで作ったと思われる料理の他には、干し肉やチーズといった保存性の高いものばかりだが、竜族の口に合うのかとても満足気のようだ。

問題は、爺さんを含め結構な量を食べているので物資の消耗が気になるところだが、すでにそれを心配する必要がなかったりする。

その理由と先程の会議で決まった事を皆へ伝える為に、俺は肉の取り合いを続ける爺さんとレウスを宥めながら椅子に座った。

「二人とも、いい加減にしろ。騒がしいし、何よりせっかくの料理を落としたらどうする?」

「兄貴。あれは皆で食べる肉なんだぞ? 分け合って食うべきだろ!」

「わしの肉じゃ!」

「レウス。お前の言いたい事はわかるが、あれで最後じゃないんだ。全部爺さんにくれてやれ」

別に肉が食べたいとかではなく、食料を独り占めする行為が許せないのだろう。人一倍……いや、数倍は食べる男でも、皆が満足しなければ我慢出来る仲間想いな奴だからな。

しかし今回の相手は本能で生きる爺さんなので、強引に言い聞かせても効果は薄い。

なのでこちらが折れる方が手っ取り早いのだが、好きにさせるのも悔しいので……。

「代わりに次の料理は食べさせん。俺も全力で止めるとしよう」

「ほう、面白い。わしを止められるなら止めてみるがいい!」

「俺が止めるって事は、エミリアも止める筈だ。それに手早く準備したその肉と違い、次に用意される料理はもっと手の込んだものに……」

「食らえい! 小僧も、そこの小僧も食らうのじゃ!」

「「もがっ!?」」

あっさりと戦況の不利を察した爺さんは、レウスとベイオルフの口へ肉を強引に突っ込んでいた。食べ物を粗末にしているわけではないが、せっかくの料理を雑に扱ってほしくないものである。

そんな一向に静まらない状況の中、最終兵器であるエミリアが大皿を抱えて戻って来たのだが、その背後にはマリーナだけでなくリースとリーフェル姫たちの姿もあった。

「あ、シリウス様。おかえりなさいませ」

「会議は終わったんだ。じゃあすぐに用意するから、座って待っていてね」

途中で合流して一緒に料理を作っていたのだろう。いつもの柔らかい笑みを浮かべたリースが、エミリアと一緒にテーブルへ料理を並べ始める。

手分けした御蔭であっという間に準備が済み、全員が席に着いたところで俺は話があると言って皆の注目を集めた。

「先程の会議で決まった事だが、この前線基地を放棄する事が決定した」

「やはりそうでしたか。だから食材は好きに使ってもいいと言われたのですね」

その指示が全体へ伝わったのだろう、気付けば俺たちを囲んでいた兵たちの姿がほとんど消えており、建物内を走り回って基地を放棄する準備を始めていた。

「ほんの一部を除き、今夜中にはここを出発する事となった。というか、俺がそうするように皆を説得した」

「せっかく爺ちゃんやゼノドラさんたちが来てくれたのに、ここを出て行くのかよ?」

「俺たちはまだ戦えても、他が限界なんだ」

どれだけ俺たちが頑張ろうと戦場全体を補える筈がないので、合間を抜けられて拠点は攻撃されてしまう。

鉄壁だと言われた防衛用の装備や防壁もこの数日の戦闘によって激しく消耗しているので、最早いつ破壊されてもおかしくはないのだ。不安定なものに頼って被害を大きくするくらいなら、戦力が残っている内に防備の整った本国へ戻るべきだろう。戦いはまだ続くのだからな。

さすがに退くと聞いて黙ってはいられないのか、骨付き肉に夢中だった爺さんが不満気な表情を浮かべていた。

「何じゃ、もう逃げるのか? わしはもっと斬らねば気が済まんぞ」

「あんなに暴れたくせに、まだ足りないのかよ」

「この人は半日くらいでは満足しませんね。せめて一日くらいは暴れないと」

「頼もしい話だが、勝手に動かれるのも困るんだ。爺さんが活躍する場面は必ず来るから、一人で突撃するような真似は止めてくれよ」

「シリウス様が許可するまで、お爺ちゃんは大人しくしていてくださいね」

「エミリアが言うのであれば仕方があるまい!」

エミリアの言葉だと爺さんが素直なので非常に楽だ。

後はゼノドラたちであるが、彼等は俺の動きに合わせると約束してくれたので問題はあるまい。

引き続き会議で決めた他の内容を伝えようとしたところで、気になる点があったのかリーフェル姫が質問してきたのである。

「でも、よく皆を説得出来たわね。非戦闘員はサンドール本国へ送ったから、残ったのは覚悟を決めた人たちばかりでしょ?」

「そこはまあ、俺なりの理由と、爺さんとゼノドラ様たちの名前を使って何とかしました」

大半の者が渋ったり、自分の死に場所はここだと反論してきたが、俺からの提案とちょっとした脅しで半ば強引に納得させた。

兵として戦場に死を求める思いや、命を賭して国を守りたいという誇りは理解出来る。

しかし誇り高き戦士であるならば、もっと満足の出来る戦いや死を迎えてほしいとも思うのだ。ここで戦い続けても、限界が見えない物量に押し潰されて死ぬだけだからな。

「逃げなくても、俺たち全員で突撃してみたらどうだ? 今は爺ちゃんやベイオルフだけじゃなく、ゼノドラさんたちもいるんだぜ」

「ここの事情は先ほど聞きましたが、とにかく魔物を操っている者がいるんですよね? この戦力なら難しくはないと思いますし、僕もレウス君の意見に賛成です」

「その作戦は考えてはいる。だが、それを行うのはまだ早い」

確かに爺さんたちがいる今なら、ラムダたち……あるいは姿の見えない黒幕を狙った一点突破も可能だろう。

しかし元々はサンドールの問題でもあるので、俺たちの力で解決するのもどうかとも思うのだ。

「名のある大国が自国の問題を余所者の手で解決した……となるのは、サンドールからすれば面白くはあるまい。突撃するのなら、せめてサンドール王に報告くらいしておくべきだと思う」

「あ、そっか」

「確かにその通りですね。少し考えが浅はかでした」

「そうでもないさ。別に俺たちは国に仕えているわけでもないし、本当なら気にする必要はないんだからな。だが下がる理由はもう一つある。一向に姿を現さない、ラムダたちを誘き出す為だ」

この数日で魔物以外に現れたのは、本物のコピーみたいなラムダが一体だけだ。

ラムダにとって前線基地は通過点に過ぎないので姿を見せる必要はないと予想は出来るが、その先のサンドール本国となればそうはいかない。

そもそも奴の目的は復讐であり、人の道を外れるどころか様々なものを犠牲にしてまでサンドールを亡ぼそうとしているのだ。それ程の執着があるのであれば、サンドールが攻められる様子を必ず見に来る筈である。

「サンドールを直接攻める時なら、奴は姿を見せる筈だ。戦力が十分だとしても、狙うべき相手が近いに越した事はない」

「それでも相手が現れなかったら?」

「そうなれば、レウスたちが言うように突撃だな。俺たちと有志による一点突破でラムダたち……魔物を操っている存在を狙う」

地上から攻めるのが厳しければ、ゼノドラたちの背中に乗って空から突破する手段もあるので、そこまで分が悪い賭けではあるまい。

そして今後の予想や流れを簡単に説明した俺は、エミリアがいつの間にか用意していた紅茶を飲んでから話の纏めに入る。

「……とまあ、そんなわけで撤収準備が整った部隊から順次出発しているから、ここもすぐ静かになるだろう」

「わかりました。では私が荷物の整理を進めておきますので、シリウス様はゆっくりと食事をなさってください」

「いや、別に急ぐ必要はない。俺たちは朝まで残るつもりだ」

これもまた説得が面倒だった。

何を企んでいるのかと睨まれたり、魔物に追われながら逃げるのは危険だと色々言われたものだが、その理由と俺たちのメンバーについて語れば大半の者が納得してくれた。

こちらにはホクトやゼノドラたちもいるので、逃げるのは容易いからだ。たとえ魔物から追われていようと、軽々と置き去りに出来るだろう。

「朝まで残って何かあるの?」

「明日の布陣を確認する為だ。もしかしたら、爺さんとゼノドラたちを警戒してラムダが現れる可能性もある」

実はラムダともう一度話がしたいので、少しでも奴と会える可能性を増やしたいのだ。ジュリアが危なかった時は忙しくてそれどころじゃなかったからな。

それを説明しても皆から批判はなかったので、俺は勝手に決めた事の謝罪と礼を伝えてから、改めて爺さんとベイオルフへと視線を向けた。

「さて、難しい話はこの辺りにしてだ。少し遅れてしまったが、爺さんたちの再会を祝うとするか」

「おう! ゼノドラさんたちもだけど、爺ちゃんとベイオルフも久しぶりだしな」

基地に戻ると同時に俺は会議室へ行く事になったのでゆっくりと話す暇もなかったが、すでに初対面同士の顔合わせは済んでいるのか自己紹介は必要なさそうだ。

なので爺さんとベイオルフたちの出会いについて聞こうと考えていると、肉を喰らっていた爺さんが手にしたコップを振り上げながら騒ぎ出したのである。

「ぬう……足りん! 酒じゃ!」

「もう三杯目だろ? 俺たちは別にいいけどさ、他の人たちは飲めないんだから爺ちゃんも我慢しろよ」

この五日間は魔物と戦い続けていた毎日なので、前線基地の兵たちは碌に酒を飲んでいない。

それを知っている筈なのに用意させるどころか、平然とがぶがぶ飲め続けられる爺さんの 精神(メンタル) は鋼鉄よりも硬そうだ。

「エミリアが作った美味い肉があるのに、酒が足りんのじゃ! 小僧ども、早く用意せい!」

「何で俺なんだよ」

「逆らうだけ無意味ですよ。お酒なら奥に行けばありますかね?」

「いや、二人の手を煩わせる事はない。すぐに用意させるよ」

呆れるレウスとベイオルフが立ち上がるより先に、用事を済ませたジュリアがやってきた。

爺さんの声が大きいので遠くからでも聞こえたのだろう、酒が足りないと知るなり、連れていた親衛隊に食堂の奥から酒を持ってくるように指示を飛ばしていた。

「エミリアよ、この嬢ちゃんは何者じゃ?」

「さっき外で説明してくれただろ? ジュリアだよ」

「そうじゃったか? というかわしはエミリアに聞いておるんじゃがな」

「こちらのお方はジュリア様です。サンドールの第一王女ですよ」

「王女……じゃと?」

ジュリアが王族と知るなり、爺さんの機嫌が目に見えて悪くなる。

しかしそれも当然かもしれない。俺と出会う前の爺さんはサンドールで過ごしていた時期があり、当時の貴族の怠慢や傲慢によって己が鍛えていた弟子を殺されたようだからな。

だがそういうアホは連中は、爺さんが去った後で王位に就いた現サンドール王が大体掃除したそうだ。

何よりジュリアは当時の事情に関わってはいないので、彼女を嫌う理由はないと伝えてみたものの、この爺さん相手に理屈は通じなかった。

「剛剣……いや、トウセン殿。お礼が遅れて申し訳ありませんが、我々に力を貸していただき、本当にありがとうございます」

「知らん。わしはただ剣を振りにきただけじゃ」

「それでも貴方の剣で多くの兵が助かったのです。皆を代表して感謝を」

「勝手にせい。わしは今肉を食っておるから、これ以上邪魔するでないぞ」

取り付く島もないとは正にこの事だな。感謝の言葉をあそこまで冷たくあしらう爺さんの大人気なさも酷い。

だがジュリアは全く気にしていないようで、深々と頭を下げた後も懲りずに話し掛け続ける。

「私は当時の状況は知りませんが、かつて我が国の愚かな者たちが貴方にした事を、私の父上が謝罪したいと申していました。もしお時間があれば王や家臣たちとお会いしていただけませんか?」

「ふん、気が向いたらな」

「ここまではサンドールの王女としての言葉です。そして一人の剣士として貴方に伝えたい事があります」

「剣士じゃと?」

「私に剣を教えていただきたい! はああああぁぁぁぁ―――っ!」

そのあまりにも突然過ぎる行動に、見ていた全員の時が一瞬だけ止まった。

何せ気合の雄叫びと共に、ジュリアが背中から抜いた剣を爺さんの脳天へと振り下ろしたのだ。驚くなと言う方が無理である。

もちろん剣は寸止めだったので安心はしたものの、さすがにこれは失礼とかそんな話ではあるまい。

「ジュ、ジュリア? 貴方一体何をしているのよ!?」

「無論、剛剣殿に剣を教わる為さ。剛剣殿は下手に話すより、殺意を持って斬りかかる方が良いとレウスから聞いたのだ」

「いや、言ったけどさ!?」

ジュリアは剛剣についてレウスから色々聞いていたので、その時の内容を実践したらしい。

確かに爺さんの場合は下手な言葉より行動……いや、攻撃の方が喜ぶとは俺も思うが、本当に実行するとは思わなかった。彼女の本能がそうさせたのか、それだけレウスを信頼しているのか……とにかく爺さんに負けない破天荒な女性である。

さて、傍から見ればいきなり斬りかかるという無礼な真似をしたわけだが、爺さんは身動ぎもせず目の前の剣を眺めるだけだった。

「何だ? 驚いて何も言えねえのか?」

「たわけ! 寸止めだと丸わかりじゃったから呆れていただけじゃ。お嬢ちゃん、もっと剣に殺意を込めんか!」

「はい! 申し訳ありません!」

怒鳴られる理由が違う点は突っ込むまい。

悪気はあっても後悔はなさそうなジュリアの返答に、手にした骨付き肉を食い千切った爺さんは静かにジュリアを観察し始める。

「殺意も足りん。剣の振り下ろしも甘い。じゃが……ふむ、嬢ちゃんはどこで剣を習った?」

「全て自己流です。様々な剣士と打ち合い、己にとって必要な技術を磨いてきたつもりです」

「剣を振るう理由は何じゃ?」

「楽しいからです! 剣士としての道を進み、剣の腕を極めて強くなっていく事が楽しいのです!」

「……ふん。王族なのは好かんが、中々面白そうな嬢ちゃんじゃな」

似た者同士という理由で嫌う話はあるが、この二人の場合は馬が合ったらしい。殺そうとした方が仲良くなれるという俺たちの理論は間違っていなかったようだが、相変わらずこの爺さんの独特な感性は不思議である。

先程までの不機嫌そうな表情から一転して不敵な笑みを浮かべる爺さんであるが、ジュリアが言いたい事はまだあるらしい。

「それと王族が気になるようですが、その点については問題ありません。私はいずれ王族の身分を捨て、一人の女としてレウスに嫁ぎますので」

「ちょっと待ちなさい、ジュリア。それは簡単に捨てちゃ駄目よ!」

「もう全部決まっているみたいな風に言うなよ!」

「小僧は女に悩んでいるのか? 全く、女に 現(うつつ) を抜かしておる暇があれば剣を振らんか、剣を」

「うるせえぞ! てか女性を大切にするのは当然だし、好きなら夫婦になるのは当たり前だろうが。姉ちゃんだって兄貴の奥さんになったんだからな!」

「何じゃとっ!?」

エミリアが俺の妻になったと聞くなり、手にしていたコップを握り潰しながら爺さんは吠えた。

明らかに不味い雰囲気だとその場の全員が認識したその時、経験から誰よりも先に動いたベイオルフが俺の前へ手を伸ばしながら叫ぶ。

「に、逃げてください! 剣を抜きますよ!」

「兄貴!? くそ、俺の剣で受け止められるか?」

「…………ふん!」

俺を守ろうと割り込む二人だが、意外な事に爺さんは背中の剣を握ったところで動きを止め、面白くなさそうな表情で新たな骨付き肉を掴んで食い千切っていた。

そのあまりにも予想外な行動に、レウスとベイオルフが信じられないとばかりに茫然としている。

「何じゃ、何をそんな顔で見ておる? 小僧たちが斬られたいのか?」

「いや、だって……なぁ?」

「ええ、間違いなく暴れると思っていましたから」

「やかましい! わしに勝ち越している男であれば認めなければなるまい!」

「そもそもエミリアの肉親でもない人がそこまで口を出すのもおかしいと思うけどね」

正論に近い突っ込みを入れるリーフェル姫だが、爺さんの耳には届いていないようだ。

口では認めても心から納得は出来ないのだろう、鬱憤を晴らすように肉を食べ続ける爺さんにレウスが質問していた。

「ならさ、もし兄貴以外の男が姉ちゃんと結婚したいって言ったら?」

「そうじゃな。わしと戦い、百回勝てたら考えてやってもいいじゃろう」

百回でも許すどころか考えるだけなのか。

しかも本人が全盛期だと口にしていた過去より遥かに強くなった爺さんを相手に考えると、それは最早不可能に近い気がする。

「兄貴が貰わなかったら、姉ちゃんはずっと独り身だったかもしれねえな」

「レウス。貴方にそういうつもりはないと理解はしていますが、それは少し失礼な言い方ですよ」

「ごめんなさい!」

「ぬははは! 情けない小僧め」

「元はお爺ちゃんのせいだと思いますが?」

「むうっ!?」

最強の剣士と言われる爺さんだろうと、エミリアの前ではこの通りである。

そんな親に叱られる子供のような爺さんの姿を、気づけば近くの席に座っていたジュリアが真剣な表情で眺めていた。

「完全に骨抜きね。憧れの剛剣様のこんな姿なんて見たくなかったんじゃないの?」

「そんな事はないさ。私の将来の義姉さんが、これ程凄い御方だと知って嬉しいくらいだ」

「前向きねぇ……」

「うぅ……動揺してる私の方が変な気がしてくる」

「マリーナは周りを気にし過ぎよ。レウスのような男の子はね、自分らしく接してくれるのが一番魅力的に見えるものだから」

「は、はい!」

数年ぶりの再会だというのに、爺さんはもう俺たちに馴染みつつあるな。扱いが大変なのが問題だが、ベイオルフもまた爺さんに引っ張られるように馴染んでいるので悪い事ばかりでもない。

それとせっかく来てくれたゼノドラたちをほったらかしにしているのは失礼な話だとは思うが、現在彼等は保存に向いた食料類に夢中なので、食べ終わってから話し掛けた方が良さそうだ。

そうして用意した料理が粗方片付いた頃、己の部隊と撤収準備を進めていた獣王がキースとアルベルトを連れて俺たちの前に現れた。

「ふ、こんな状況でもお前たちは相変わらずのようだな。食堂へ入る前から声が聞こえてきたぞ」

「これはお恥ずかしいところを。まあ騒がしいのが増えましたし、何より人が減って静かですからね」

兵士だけでも数千は駐留していた前線基地も、すでに人の気配がまばらである。

食堂は俺たちがいるから賑やかだが、一歩部屋を出れば人の気配がほとんど消えた寂しい雰囲気になっているだろう。

「撤収準備が終わったらすぐに発つつもりだったが、その前に皆と話をしておきたくてな」

「では見送りを」

「必要ない。どうせすぐに会えるし、戦場で最も活躍したお主たちはゆっくりと休むべきだ。それで……そちらが噂の剛剣殿だな?」

「わしはトウセンー……む?」

未だに食事の手が止まっていない二人……その内の片方である爺さんは、獣王から向けられる視線に気付いて顔を上げた。ちなみに言うまでもないが、食べ続けているもう一人はリースである。

王族だろうと遠慮は存在しない爺さんでも、獣王から感じられる強者の気配は無視出来ないのか、口内の肉を酒で流してから不敵に笑った。

「ほう……面白い。歯応えのありそうな狼と竜だけでなく、猫までおるとはな」

「親父は猫じゃなくて獅子だ! 馬鹿にしてんのか!」

「落ち着くのだ、キース。かの有名な剛剣殿にそう感じてもらえたのは名誉な事だぞ。私も機会があれば手合わせ願いたいが、今はそれどころではないのでな」

「全くじゃ!」

本当なら俺やホクトだけでなくゼノドラたちと今すぐ戦いたい爺さんであるが、エミリアに止められているので仕方なく我慢している状況である。

更に獣王の実力を感じ取ったせいで体が疼いて仕方がないのか、酒を飲むペースが早くなっていくのでキースが呆れた様子で呟く。

「あんたが強いのは認めるけどよ、そんなに酒を飲んで大丈夫かよ。明日どころか、今すぐ戦う可能性だってあるんだぜ?」

「こんな水で剣が鈍るか! こっちの猫は騒がしいのう」

「俺は虎だ!」

一応、虎も獅子もネコ科なので間違っているわけではないが、キース的には一緒にされると嫌らしい。

そんな怒るキースを爺さんが適当にあしらう中、長引きそうだと察したアルベルトが二人を避けて俺たちに近づいてきた。

「事情は獣王様からお聞きました。サンドールで師匠たちの戻りを待っています。マリーナ、師匠たちが一緒なら心配はいらないと思うが、お前も気を付けるんだぞ」

「ええ、兄さんも気を付けてね」

半日も経たない内に再会する予定なのだが、マリーナは兄たちとは行かず俺たち……レウスの傍にいる事を選んだ。

一緒にいたいのもあるだろうがジュリアもまた俺たちと残る事になったので、今はそうするべきだと判断したのだろう。余談であるがリーフェル姫たちも当然のように残ったので、さっきリースと多少揉めていたりする。

そのまま会話を続けているとアービトレイの兵士が報告に来たので、獣王は唸るキースを宥めてから背を向けた。

「では我々は先に戻っておるぞ。向こうの者たちは説得しておくが、あまり遅れないようにな」

「もちろんです。言い出したのは俺ですし、下手に動けば皆に恨まれますからね」

「ふ、わかっているのならばいい。では行くとするか」

そしてアルベルトとキースを連れて食堂を出て行く獣王を見送った後、俺はこれからの予定を皆に説明してから立ち上がった。

「さて……ぼちぼち始めるとするか。と言っても朝までやる事はほとんどないから、皆は適当に警戒をしつつ休んでいてくれ」

「わかりました。私は出発の準備を進めておきます」

「あ、なら私も手伝うね。怪我人がいなくなって、やる事がほとんどなくなったから」

「待ちなさい、リース。貴方は休むべきよ」

この五日間で多くを治療するコツをリースは掴んだのか、初日のような疲れを見せる事はなくなっていた。

だからと言って怪我人が減ったわけではないので、彼女の負担が増えているのは間違いない。陰から皆を支えてくれるリースには、休める内にしっかりと休んでもらいたいものだ。

「リーフェル様の言う通りだ。リースが元気だからこそ皆も頑張れるのだから、休んでいてほしい」

「シリウスさん。うん、ならそうさせてもらうね」

「私たちが見守っててあげるから、ゆっくりと眠りなさい。添い寝もしてあげるわよ?」

「寧ろ寝られないから止めてほしいよ。姉様は少し締め付けが強いから」

相変わらず仲の良い姉妹と従者たちが寝室へ向かったところで、今度は食事を終えたゼノドラたちが声を掛けてきた。

「シリウスよ、我々の手は必要ないのか? 食べた分は働くぞ」

「皆さんの力が必要なのはもう少し後になります。なので遠くの魔物たちに手を出さない限り、自由に過ごしていただいてもいいですよ」

「ではこの建物を見て回ってみるか。人が作ったものを見るのも悪くはない」

「相変わらず物好きな奴だ。なら俺は少し寝させてもらうぞ。魔物と戦うより、ここまで飛び続ける方が面倒だったからな」

ゼノドラから聞いた話によると、元々救援で送る竜族はゼノドラと三竜だけの予定だったが、メジアは自ら名乗り出て参加したらしい。

理由は俺への借りを返す為なのだが、こちらとしては彼の兄に手を掛けた負い目もあるので借りなんかないと思っている。そうメジアには伝えていたのに、律儀というか真面目な竜族だ。

そして最も扱いが大変そうな爺さんであるが、残った料理と酒を喰らい尽くしてようやく満足したのだろう、腹を叩きながら勢いよく立ち上がっていた。

「ふぅ……満足じゃ。どれ、腹ごなしに剣でも振るかのう。小僧、相手をせい」

「兄貴に休めって言われただろ? それに騒ぎが収まるまで戦うのは止めろって姉ちゃんに言われたじゃねえか」

「エミリアに言われたのは狼や竜の事で小僧たちではあるまい。それにほれ、訓練用のやつならば死にはせんし、軽くやれば問題ないじゃろ」

「トウセンさんの場合、木剣でも普通に死にますよね?」

実際に体験しているのだろう、死んだような目でベイオルフが突っ込んでいる。

何度も言うが理屈なんか通じる筈もなく、爺さんは高笑いを上げながら二人の襟首を掴んで訓練場へと向かう。

「相手でしたら私もお願いしたい! 剛剣殿の剣をその身に感じたいのです!」

「「「ジュリア様!?」」」

「よかろう! そこにいる全員でかかってくるがいい!」

「「「我々も!?」」」

ついでにジュリアと数名の親衛隊も巻き込まれているが、俺が何も言わず見送っていると、片づけをしていたエミリアが苦笑しながら聞いてきた。

「止めないのですか?」

「ああなったら止まりそうもないからな。これで爺さんが少しでも大人しくなってくれるといいんだが」

本来なら疲れる事は避けるべき状況なのに、爺さんなら構わないと思えてしまう。何せ半日近く剣を振り続けていたくせに、疲れなんか微塵も感じられないからな。

けどレウスたちは放っておけないので、後で様子を見に行く必要がありそうだ。

俺はエミリアの頭を撫でて心を落ち着かせながら、今後の流れについて考えるのだった。

その後、荷物の整理へ向かうエミリアと別れた俺は、一人で防壁の外に出て魔物たちの死骸が転がる戦場を歩いていた。

早朝、敵の布陣にラムダが確認出来なければ即座に撤退するので、夜襲がない限り休んでいればいいのだが、さすがに何もしないのはどうかと思ったからだ。

俺は防壁に沿うように歩き、一定の間隔で立ち止まっては魔石を地面に植えていく。

「……この位置にも仕掛けておくか」

この魔石には、かつてエリュシオンの学校で世話になった先生……マグナ先生が開発したゴーレムを生み出す魔法陣が刻まれている。

マジックマスターである学校長の陰に隠れがちだが、彼の適正属性である土属性の魔法と技術は非常に高く、おそらく土属性だけなら学校長も上回っているだろう。土どころか、鉄で作ったゴーレムすら生み出していた事もあったからな。

そんなマグナ先生が作ったゴーレム用の魔法陣を、俺は新作スイーツ試食権利一年分で教えてもらった。彼の名誉の為に補足するが、決してスイーツだけでなく俺なら悪用しないと信頼してくれたからだ。

「人を守る為ですし、遠慮なく使わせてもらいますよ」

とはいえ一般的なゴーレムより性能が良くても、あの大群相手に数体では焼け石に水だろう。だがそれでも多少の時間は稼げるし、数も減らせるので無駄ではあるまい。

基地の天辺に陣取ったホクトが周囲を見張っているので作業に集中出来るのだが、途中である事に気付いた俺は不意に手を止めて周辺を静かに眺めていた。

「死の匂い……か」

火と風の魔法で多少は掃除されているが、これ程多くの人や魔物が死んでいく匂い……いや、雰囲気に少し当てられているのかもしれない。

多くを殺し、通り名が英雄とか死神とか頻繁に変わっていた前世を思い出しながら作業を続けていると、遠くでホクトが反応したと同時に俺は指示を出した。

「ホクト、待て」

ホクトが動かなかった事を確認してから振り返れば、突如地面から生えた何かが近くにあった魔物の死骸を包み込み始めたのである。

どうやら魔物を食べて栄養にしているらしく、死骸を完全に食い尽くしたそれは徐々に形を変えていき……。

「……もう少し早く姿を見せてほしかったな」

「何故貴方の都合に合わせる必要があるのでしょうか?」

先日ジュリアを襲ったラムダへと変身したのだ。