軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

母親の出来る事

――― フレンダ ―――

私が夫と初めて出会ったのは数年前……集落から離れた森の中だった。

その日はいつも集めている山菜が中々見つからなくて、集落から大きく離れていた私は……五人の人族と出会った。

人族と出会ったらすぐに逃げろと言われていたけど、初めて感じる人族の欲深い目に怯えていた私はその場に座り込んでしまい、飛んで逃げるのに大きく手間取ってしまった。

その隙を突いて人族が矢を放ってきたので、私は思わず目を閉じてしまったけど、不思議な事に痛みはなかった。

何故なら……。

『ぐっ!? お前たちは何をしているんだ!』

咄嗟に人族の一人が私の前に飛び出し、その身を呈して私を守ってくれたからだ。

足と脇腹に矢を受けながらも残りの人族たちへ怒鳴る彼こそ、私の夫である……ビートだった。

後で教えてもらった事だけど、他の四人はビートが雇った護衛と案内役らしく、別に仲間でも何でもなかったみたい。

ビートは有翼人に会ってみたかっただけなのに、他の人族たちは私を見て欲望の赴くまま動いてしまったらしい。

そしてビートの呼びかけを無視し、私を捕えようと四人の人族が再び弓を構えたその時……アスラード様が助けに来てくれた。

空から下りると同時に人族たちをブレスで焼き尽くしたアスラード様は、続いて矢に塗られた麻痺毒のせいで座り込んでしまったビートへと近づいていた。

竜族の縄張りへ勝手に入って来てしまった人族が全滅させられるのはいつもの事だ。

でも……私を守ってくれたビートを見殺しになんか出来る筈がない。

だから私はアスラード様に止めてほしいと思って近づいたけど、アスラード様は手を出さずにビートを見下ろすだけだった。

『不思議な人族だな。このような状況でお主は何故笑っていられる?』

『声? そうか……貴方が有翼人を守護する上位竜なのですね』

『然り。そして答えよ。このような状況で、貴様は何故笑っていられるのだ?』

『何故って……彼女が無事なんです。それがわかれば……十分ですよ』

竜族に睨まれてもビートは満足気に笑っていたので、アスラード様も興味を持ったみたい。

そして刺さった矢を抜いてあげようと私が近づけば、ビートは心から安堵した表情で私を見ていた。

『ああ、君が無事で……良かった』

『貴方が守ってくれた御蔭よ。ねえ、どうして私を助けてくれたの? そうしなければ、こんな痛い目に遭わなかったのに』

『だって僕は……有翼人を見たかっただけなんだ。だけど、有翼人がこんなにも美しいなんて……思わなかった……よ』

『えっ!?』

その言葉と共にビートは気を失ってしまった。

私の懇願だけじゃなくアスラード様自身もビートを気になっていたので、彼は集落へと連れて帰る事になった。

もちろん人族を連れて来た事によって色々と揉めた。

結局アスラード様が全ての責任を取るという言葉と、私の家で預かる事が条件でビートは集落に住む事を許されたので、私は心から安堵したのを覚えている。

母さんも皆と同じくビートを良く思っていなかったけど、私の命を救ってくれたのも事実なので、ビートを家に置く事を許可してくれた。

こうして私の家に住む事になったビートは周囲から距離を置かれながらも、旅で得た知識で私たちの暮らしを楽にしてくれた。

幼い頃に父親を亡くし、母さんと二人きりだった私にとって男性のビートと暮らす生活は新鮮だった。

それ以上に一番楽しかったのは、ビートから旅の話を聞く事だ。

『そこに住む人たちは独自の風習があったんだ。だから意味を聞いてみたら本当に不思議な話でさ……』

自分が体験した事を夢中で語る姿は、まるで子供みたいに可愛いけど……。

『初めて君を見た時は天使に出会ったのかと感動したなぁ。翼があるからじゃなくて、君が本当に綺麗だと思ったんだ。だから君の隣にいられて僕は幸せだよ』

かと思えば、真っ直ぐ想いを伝えてくるビートに私は惹かれ始めていた。

そして半年が経ち、ビートが周囲に認められ始めた頃……私はカレンを身籠った。

ビートとアスラード様は喜び、母さんも複雑ながら祝福してくれて、幸せな時が続くと思っていた矢先に……ビートの体調が崩れ始めた。

原因不明の病気は回復魔法も碌に効果がなく、一日の大半をベッドで過ごすようになったビートは本を書くようになった。

文字を書く事さえ辛い筈なのに、それでも書き続けるビートを見るのは辛かったけど……。

『僕はもう、その子を抱き上げるどころか顔すら見られないと思う。でも、自分の子供に何も出来ないなんて嫌なんだ。だから少しでも寂しくないように、そして僕がいたという証を残しておきたいんだよ』

まるで命を削るように書き続けたビートは、三冊目の途中で……静かに息を引き取った。

一緒に過ごした時間はあまり長くはなかったけど、私はビートと結ばれた事を後悔はしていない。

覚悟はしていたし、それに私にはカレンがいる。

貴方はビートが授けてくれた何よりも大切な存在。

だからあの人の分まで、私が成長を見守り続けようと誓った。

けれど……私は……。

※※※※※

「娘を……カレンを、貴方たちの旅に連れて行ってあげてほしいの」

「フレンダさん……」

私の言葉にシリウス君が複雑な表情を浮かべるのも当然だと思う。

だって母親の私が、まだ甘え盛りの娘を預けると言い出したのだから。

育児放棄だと思われても仕方がないけど、私も覚悟を決めて口にしたのだから簡単に引く事なんて出来ない。

だから視線を逸らさずにいると、シリウス君は根負けしたかのように大きく息を吐いていた。

「連れて行くかどうかは一旦置いておきましょう。カレンはそれを知っているのですか?」

「まだ何も。けどあの子も一緒に行きたいと思っている筈だから、少なくともはっきり否定はしないと思う」

「確かにそんな雰囲気は感じました。ならカレンを大切に思っている貴方が、その結論に至った理由を説明してくれませんか?」

「……あの子の好奇心がとても強いのは、シリウス君もよく知っているわよね?」

「それはもう。あんな酷い目に遭っても、外の世界に興味を持つ子ですから。俺としては教え甲斐がある子ですね」

「ふふ、思わず笑っちゃうくらいに知りたがりな子でしょ? でも私はあの子の母親なのに、教えてあげられる事があまりにも少な過ぎるのよ」

魔法も……外の世界も……この集落から出た事がない私にはどうしても限界がある。

今の私では、集落から少し離れた川に連れて行き、少しでもカレンの好奇心を満たしてあげるのが精一杯だった。

いや、精一杯どころじゃない。

そのせいで襲われた私は、カレンを守るどころか自分の身すら碌に守れず、あの子を永遠に失うところだったから。

「でも、カレンと同じ属性のシリウス君なら魔法をもっと教えてあげられるし、外の世界にも詳しいからあの子の好奇心を満たしてあげられる。それに、貴方たちの強さも十分わかっているもの」

メジアさんと戦う事になったあの時、無理を言ってついて行った御蔭もあってシリウス君の強さは十分理解は出来た。

弟子であるあの子たちも十分強いし、伝説と言われる百狼も傍にいる彼等と一緒ならカレンも安全だと思う。

ある時はシリウス君の人柄を知ろうと、彼を慕っている子たちから話を聞いてみた事もあった。

『シリウス様は素晴らしい御方です。奴隷だった幼い私とレウスの命を救ってくださっただけでなく、生きる術を教えてくれましたから』

『兄貴? 俺の憧れで目標の男だな!』

『うーん……私たちの父親で、母親って感じかな? 厳しい時はあるけど、優しくて頼りになる人だよ』

『好きになったせいもあるけど、良い男よ。義理堅くて面倒見が良いし、大切な人の為なら相手が何であろうと抗う強さを持っているわ』

皆、シリウス君を心から慕い、自らの意志で彼と一緒にいて幸せそうに笑っている。

たった半月だけど、カレンを通して付き合ってきた結果、シリウス君は信頼に値する人だと私も確信していた。

私たちを救ってくれただけじゃなく、その後もカレンに様々な知識を教え、危険な事をしようとしたあの子を父親のように叱ってくれてもいた。

他人である筈のカレンに愛情を注ぎ、ここまで真剣に面倒を見てくれる貴方たちなら……。

「そんなシリウス君たちなら、カレンを安心して預けられる。あの子を守りながら外の世界を見せてくれるって……信じられるの」

彼が信頼出来る根拠は他にもある。

幼い頃に救われ、育ててもらったと口にしているエミリアとレウス君がこんなにも強く、真っ直ぐに育っているのだから。

そして私より年下なのに、まるで子育てを経験しているみたいに子供の扱いが上手い。悔しいけど、私よりも上手いと思う。

そんなシリウス君にカレンを預けようとする私は……本当に卑怯な母親だ。

私たちを救ってくれた恩を碌に返せてもいないのに、シリウス君の優しさにつけ込もうとしているのだから。

自己嫌悪に陥りながらも語った私の説明を、シリウス君は鋭い視線を向けたまま聞き続けていた。

やっぱり……怒っているのかな?

でも怒るのも当然だよね。あまりにも突然で一方的な提案なのだから。

「本当に、それでいいのですか?」

しかし……シリウス君は怒っているのではなく、どこか悲しそうに私を見つめていた。

予想外の反応に首を傾げそうになっていると、シリウス君は私を諭すように穏やかな声で話しかけて来た。

「子供にとって親は何よりも必要な存在です。せっかく再会出来たのに、また離れ離れになるのですよ?」

「…………」

「正直に言わせてもらえれば、俺はカレンを旅に同行させても構わないとは思っています。しかし旅というのは何が起こるかわかりません。予期せぬ事件に巻き込まれてカレンを守り切れず、今度こそ本当に娘を失う可能性もありますよ? 一時的とはいえ、その気分を味わった貴方ならわかる筈です」

「ええ、理解はしているわ」

やはりシリウス君は優しい子だ。

自分の事より、離れ離れになる私たちの事を気にしているのだから。

もちろん、本音はカレンと別れたくないに決まっている。

けれど……あの子を思うからこそ、私は……。

「でも、私はあの子の才能を潰したくはないの」

以前、シリウス君は私に教えてくれた。

子供の頃の経験は幼ければ幼い程に重要で、大人になっても大きく影響するものだと。

だから無属性でも魔法の才能があると言われたカレンには、傍に良き師が必要な筈だ。

「それにね、この集落はカレンにとって狭過ぎると思うの」

奴隷にされても懲りる様子がない子だもの。放っておいても、いつかあの子はこの集落から旅立とうとするに違いない。

そしてもしビートが生きていたら、カレンが旅に出るのをきっと止めないと思うから。

『ねえ、ビート。貴方の書いた本を読んで、この子が旅をしたいって言い出したらどうするの?』

『そうだね。その時は……送り出してほしい。危険な事が多いけど、旅は楽しい事や運命的な出会いが沢山あるからさ。君と僕が出会えたようにね』

『でも、やっぱり外の世界は……』

『もちろん、ただ送り出すわけじゃなく、その子がそれ相応の知識と力を身に付けた場合の話だよ。必要な知識はこの本に残すつもりだし、もし旅に出たいと言い出したら君が魔法を教えて強くしてあげてほしい。本当は旅に慣れた信頼出来る人に預ける事が出来れば良いんだけど……さすがに高望みかな?』

余所者なんて滅多に来られない場所だというのに、ビートが冗談のように言っていた希望が目の前にある。

親だからこそ、我が子の転機を見誤りたくない。

まるで奇跡のように、カレンを託せるに値する人が現れたのだから。

「シリウス君は色んな事を教える教育者になるのが夢だって、貴方の奥さんたちから聞いたわ。そんな貴方から見て、カレンに教える事はもうないのかしら?」

「いえ。先程も言いましたが、まだ教えてやりたい事は沢山あります」

「ならシリウス君の思うがままに教えてあげてほしいの。カレンもきっと、貴方に教わる事を楽しみにしているから」

寂しいけど……永遠の別れじゃない。

私が我慢すれば、カレンもシリウス君も満たされるのだから。

それよりシリウス君たちに何を返すか……よね?

カレンを預ける以上はどうしても負担が増えるし、お世話になったお礼をしたいところだけど、何も渡せる物がない。

外のお金なんて持っていないし……申し訳ないけど、後でアスラード様に相談してみよう。

説明を終えた私がそんな事を考えていると、シリウス君は突然立ち上がって背を向けた。

「一度、家族と話し合った方が良さそうです。フレンダさんはカレンに、俺は皆と相談してきます」

「そうね。あの子の本音も聞かず、勝手に決めるのは駄目よね」

そう口にしたシリウス君が部屋を出て行くのを見送ったところで、私は予想以上に疲れている事に気付いた。

緊張が続いたせいだろう、喉の渇きを覚えて立ち上がると同時に隣の部屋で待っていてくれた母さんがやってきて、水の入ったコップを差し出してくれた。

「ありがとう、母さん」

「この場合、お疲れさん……と言うべきかね?」

「……わかんない。母さんは……カレンと離れるのは寂しいよね?」

この件については、母さんには事前に説明はしてある。

私の話を聞いた母さんはシリウス君と同じように複雑そうだったけど、最後は私の意思を尊重してくれた。

なのに自然と漏れた溜息と言葉に、母さんは呆れた表情で私の肩を叩いてきた。

「なんだいその溜息は? もしかして反対してほしかったのかい?」

「そうじゃなくてー……ううん、やっぱりそうなのかな?」

「まあどうだろうと、私の返事は変わらないよ。孫がいなくなるのは寂しいけど、あんたの言い分も理解出来るからね」

コップの水を飲み干しても全く落ち着かない中、シリウス君から説明を聞いたであろうカレンが部屋に入って来た。

「どうしたの、おかーさん? せっかく魔法が上手く出来そうだったのに……」

「ごめんねカレン。でも、今からとっても大事な話があるから聞いてほしいの」

カレンの純粋で吸い込まれそうな目に見つめられる中、私は娘にシリウス君の旅に同行する事について話した。

「……というわけなの。シリウス君たちなら貴方をきっと守ってくれるし、皆と一緒に旅をすれば色んなものが見られるようになるわ」

「行っていいの!?」

「貴方が行きたいのならね。それにカレンはシリウス君たちや皆の事が好きでしょ?」

「うん!」

やっぱり、カレンも旅に出る事を考えていたようね。

これならきっと……。

「お兄さんたちも、お姉ちゃんたちも、ホクトも……おかーさんと同じくらい好き!」

「…………そう。皆と一緒なら私がいなくても大丈夫そうね」

「あれ? おかーさんは……行かないの?」

一時はそれも考えてはいたけど、私の実力では足手纏いでしかない。

まだ子供で未熟なカレンを託すというのに、私の面倒まで見てもらうのは大人として情けなさ過ぎる。

「ごめんね。私は旅に出るわけにはいかないの」

「そうなんだ……」

旅に出られると聞いてあれだけ目を輝かせていたのに、私が行かないと知るなりカレンは落ち込んでいた。

今ならまだ……引き返せる。

『寂しくなるけど、笑顔で皆を見送ろうね』

『きっとまたここへ来てくれるから、その時は凄い魔法を見せて驚かせてあげよう』

そう声をかければ、きっと……。

でも、それじゃあ駄目なの。

「……お母さんの事はいいの。カレンは皆と一緒に旅がしたいんでしょ?」

「う、うん。でも、おかーさんが……」

貴方が川に落ちた時は絶望しか感じなかったけど、一度は離れ離れになって、そしてシリウス君たちの下で大きく成長していくカレンを見ていく内に私は気付けたの。

カレンより、私の方が貴方に依存しているって事に。

今の私がやらなければいけない事は……貴方の背中をそっと押してあげる事だと思う。

「私はここで貴方が帰ってくるのを待っているわ。その時は、旅の話を沢山聞かせてちょうだい」

「おかーさんは、カレンの話を聞きたいの?」

「うん。お母さんはね、貴方のお父さんから旅の話を聞くのが大好きだったの。だからカレンからも聞きたいわ」

だって、シリウス君から教わった事を夢中に語る貴方の姿は、ビートにそっくりだもの。

「じゃあ……行く! おかーさんに沢山お話を聞かせてあげたいから! それにね、カレンはー……」

そしてカレンが密かに抱いていた夢を聞いた私は、愛しい娘を抱きしめた。

――― シリウス ―――

フレンダさんから聞かされた提案に驚きはしたが、俺としては望むところでもあった。

後継者……とまでは考えてはいないが、俺以外の無属性者がどれだけ成長するのか純粋に興味があるからだ。

しかし守るべき対象が増える以上、危険もまた増えるもの。

俺だけで決めるわけにもいかないので、早速皆と相談してみたわけだが……。

「反対する理由はありませんし、私はシリウス様の判断に従うだけです」

「私は賛成だよ。そっか……前に私たちの事やシリウスさんの事を聞いてきたのは、カレンちゃんを預けられるか調べる為だったんだね」

「これから大変になりそうだけど、皆で色々教えてあげないとね」

「おう! 俺が守ってやるぜ!」

「オン!」

概ね予想通りといった反応である。

どうやらカレンを仲間に加える事に反対はないようだが、やはり俺と同じく気に掛かっている事があるようだ。

「私たちはいいけど、カレンちゃんとフレンダさんは大丈夫かな?」

「あんなにも仲の良い親子が離れ離れになるわけですし、素直には喜べませんね」

「カレンは好奇心が強いから大丈夫とは思うけど、問題はフレンダの方ね。夫にも先立たれているし、寂しくなって心を病まなければいいけど」

「なあ兄貴。二人揃って連れて行くとか駄目なのか?」

「いや、フレンダさんは旅に向かないと思う。すでに二度も襲われているから、外だと気が休まらないと思うからな」

少し残酷かもしれないが、そこはしっかりと判断させてもらう。

それにフレンダさんが自分から行くと言い出さなかったのは、きっとあの人なりに何か覚悟があるのだろう。

その覚悟に応える為にも俺は……。

「実は少し考えがあるんだが、聞いてくれないか?」

俺の案は余計な事かもしれないし、エミリアたちに失礼な事でもある。

それでも俺なりのケジメだと告げれば、皆は苦笑しながらも頷いてくれた。

その日の夜……俺たちはカレンの家に集まっていた。

全員入ると少し狭い部屋で、向かい側のテーブルにはカレン一家が椅子に座っている。

少し緊張する雰囲気の中、お互いの話し合いによる結果を報告すると、カレンは嬉しそうに翼を羽ばたかせ、フレンダさんは胸を撫で下ろしていた。

「ですが、カレンを預かるには条件があります」

「条件? わ、私に出来る事なら……」

「カレンに、俺の事を父親と呼ぶ許可をくれませんか?」

「それは……カレンを養子にって事なの?」

「いえ、そこまでの話ではありません。旅の間は俺が父親代わりになれば、カレンの寂しさも紛れるかなと思いまして」

別に養子にするわけでも、フレンダさんと結婚するわけでもない。

カレンは家族のように接したいと思っているので、せめて呼び方くらいは……というわけだ。

父の顔すら知らないカレンにはやはり父親的存在が必要だろうし、その方が俺も気が引き締まると思うしな。

あくまで体裁みたいなものだと伝えれば、不安そうにしていたフレンダの表情が和らいだが、カレンは不思議そうに首を傾げていた。

「そこまで考えているなら、ビートもきっと許してくれると思うわ。私は構わないと思うけど、カレンはどう?」

「……お兄さんがおとーさん? でも、カレンのおとーさんは?」

「本当の親になるわけじゃないし、今は深く気にしなくてもいい。とにかく今日から俺の事を父親のように思ってほしいんだ。まあ、カレンが嫌なら別に今まで通りで構わなー……」

「ううん。お兄さんは……おとーさんがいい。カレンのおとーさん!」

生まれた時から父親がいなかったせいか、カレンはすんなりと受け入れてくれた。

少しビートには申し訳ない気もするが、安心してほしい。

あんたの娘は俺が責任を持って預かり、育て、守ってみせるからな。

「なんか、兄貴を父ちゃんって簡単に認めたな」

「まあ、この集落に来てから凄く懐いていたものねぇ……」

「私は……わかるかな。だってシリウスさんと初めて出会った時も、父親みたいだなって思ったもの」

「シリウス様の背中はとても大きいですし、ある意味当然でしょう」

それにしても、子供を引き取って父親と呼ばせるなんて、俺の妻になった彼女たちは複雑だろうな。

もちろんそれを説明する時にしっかりと謝ったが、彼女たちは一味違っていた。

「ところでさ、兄貴が父ちゃんなら、姉ちゃんたちも母ちゃんって呼んだ方がいいんじゃないか?」

「それは魅力的ですが、私たちの事はこれからもお姉ちゃんで十分ですね」

「そうそう。カレンちゃんのお母さんはフレンダさんだもの」

「私たちは自分で産んだ子供にお母さんって呼んでもらうわ」

しばらく彼女たちに頭が上がりそうにないな。

彼女たちが気にしていなくても悪い気がするし、近々何かで埋め合わせをしないと。

隣ではしゃぐカレンを眺めながらこれからの予定を考えていると、穏やかな笑みを浮かべたフレンダさんが窘めるように娘へ声を掛けていた。

「カレン。喜ぶのはいいけど、これからお世話になるんだからしっかりと挨拶をするべきよ。さっき教えてくれた、貴方の夢も一緒にね」

「うん!」

そして満面の笑みを浮かべたカレンは俺たちに向き直り、深々と頭を下げた。

「カレンね、おとーさんみたいに色んなものを見て、いつか本を書いてみたいの。だから、これからよろしくお願いします!」

こうして、俺たちの旅にカレンが加わるのだった。