軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

カレン

有翼人。

その名の通り、背中に翼が生えた人型の種族である。

噂ではヒュプノ大陸の山奥に集落を作って過ごしているそうだが、全体的に人口が少ない上に、最大の特徴である白く美しい翼による見目麗しさもあって、エルフ程ではないが希少な種族でもある。

そんな有翼人の少女を成り行き上助けた俺たちは、魔物寄せの実から発する臭いによって次の魔物が集まる前にその場から離脱していた。

臭いは少女にも染みついていたが、リースの魔法によってそれも落とされているので、その後は魔物に襲われる事はなかった。

そして臭いの影響がない場所まで移動した頃には日が傾き始めていたので、俺たちは野営の準備を行っていた。

俺はすでにお馴染でもある胃に優しいスープを作りながら、馬車内に寝かせた少女を見守っている女性陣へと声をかけた。

「あの子の様子はどうだ?」

「まだ眠ったままですね」

「大きな怪我もないし、寝息は穏やかだから大丈夫だと思うよ」

出会ってから数時間近く経っているが、実はまだ少女の事は何も判明していなかったりする。

あの時、リースの生み出した水の塊に放り込まれた少女は、水の中でしばらくもがいたかと思えば急に意識を失ったからである。

水の中にいた時間はほんの数秒だし、溺れさせるようなヘマをリースはしない。

あの魔法の水に包まれるのは結構気持ちが良いので、おそらく気が緩んだせいかと思うが……その時感じた俺とリースの罪悪感は半端無かったと言っておこう。

それから少女は眠ったままだが、先程『スキャン』で調べたところ、少女は栄養不足による衰弱くらいで致命的な病気は見当たらなかった。希少価値ゆえなのかわからないが、叩かれた痕もほとんど無いのも幸いだと思う。

すでに隷属の首輪も外してあるし、寝かせておけば自然と目を覚ますだろう。

「それにしても、この子は俺が知っている有翼人と違うようだな」

「そうね。私の聞いた有翼人の翼と違うわね」

翼を持つ種族なだけあって、有翼人は鳥のようにはいかないが空を飛ぶ事が出来るそうだ。

普段は折り畳まれている翼を広げれば相当な大きさになると聞いているが、少女の翼は片方……右の翼が左の翼と比べて明らかに小さいのである。

まだ子供なせいかもしれないが、こうもバランスが悪いのはおかしい。

遺伝か何かだろうか? さしずめ、不揃いな天使……と言ったところか。

それに俺は他の有翼人を見た事がないので、実はこれが有翼人では普通……という可能性もある。

あるいは少女だけが稀な存在なのかもしれないが、うちにはもっと珍しい存在がいるし、今は翼より少女の容体の方が大事だな。

「でも翼よりこっちの方が問題ね。全く……幼い子供にここまでするなんて許せないわ」

「うん。こんなにも痩せるまで食事を与えないなんて酷いよ」

「……奴隷になった子には、逆らう意欲を奪う為に最低限の食事しか与えないんです。叩かれる事も嫌でしたけど、お腹が空くのも辛かったですね……」

肩まで伸びた少女の金髪はくすんでボサボサになっていて、体全体もかなり痩せ細っている。

そんな少女の姿を見て、元奴隷だったエミリアは苦い思い出が蘇ったのだろう。悲しそうに少女を見つめていたので、俺はエミリアの頭を軽く撫でてやった。

「だったら、起きたらすぐに食べさせてやらないとな。ほら、お前がそんな顔でいたら目覚めたこの子が不安がるだろう? ノエルはそんな顔をしていたか?」

「……そうですね。お姉ちゃんは優しかったです」

あの時ノエルは若干緊張はしていたが、優しく語りかけて姉弟を落ち着かせていたからな。

そしてエミリアが落ち着きスープ作りを再開したところで、食材の確保を頼んでいたレウスとホクトが戻ってきた。

「オン!」

「おかえり。中々食いでがありそうじゃないか」

「クゥーン……」

ホクトが血抜きを済ませた魔物を俺の前に置くなり頭を寄せてきたので、頭をたっぷりと撫で回してやった。

前世と比べて図体は立派になったが、こうして自分だけで狩ってきた獲物を俺に見せたら撫でてほしいとばかりに甘えてくるのは変わらないな。

「レウスもおかえり。成果はどうだ?」

「思ってた以上に大きかったけど、数が大分減っていたから楽だったぜ」

続いてレウスが背負っていた大きな袋を下ろして口を開けば、中には甘い香りを発している大きな塊……魔花蜂の巣が入っていた。

先程俺たちが戦って蜂の数を減らしたので、若干手薄になっている巣の確保をレウスに頼んでいたのである。ちなみに蜂が大きければ巣も大きいので、レウスが持ってきたのは巣の一部分だ。

蜂蜜と蜂の子がたっぷり詰まっている巣だが、さすがにこのままだと食べ辛いのでレウスに選り分けるのを頼んでおいた。

「任せとけ兄貴。それより……あの女の子はどうなったんだ?」

「まだ眠ったままだな。起きたらその蜂蜜を食べさせてやるのもいいかもしれないな」

「そうだな! へへ……兄貴の作ったあれが久々に食べられそうだぜ」

「あ、作業なら私も手伝うよ」

ちなみにあれとは、蜂蜜をたっぷりかけたフレンチトーストの事である。

蜂蜜に惹かれたリースも手伝いに入り、魔花蜂の巣から抽出された蜂蜜は用意した容器に詰められ、蜂の子も分けられていく。

成長した魔花蜂は大きいが、やはり生まれて間もなければ俺の指先程しかない。見た目はちょっとあれだが、蜂蜜と同じく栄養満点な上に加えて美容にも良いので女性陣も喜ぶであろう。

蜂蜜は明日のパンやお菓子に使うとして、蜂の子はこのまま夕食に使うとしようか。

「それでは、私はスープの方をお手伝いします」

「あの子を見ていなくてもいいのか?」

「気にはなりますけど、ただ待つよりスープを美味しく作る方が有意義ですから」

「そうか、なら頼んだぞ。俺は夕食に集中するとしよう」

「この子は私に任せておいて」

そんなわけでいつもの分担作業になり、俺は渡された蜂の子と肉を使った夕食のメニューを料理を考えるのだった。

それから夕食を終えても少女は目を覚まさないので、俺たちは焚き木を中心に集まってこれからについて話し合っていた。

「シリウス様はこの子をどうされるおつもりなのですか?」

「可能であれば親の下に返そうと思っているよ。何にしろ、まずは話を聞いてからだな」

別にそこまでする義理はないが、こうして出会ったのも何かの縁だろう。今更放ってもおけないし、それに少女を保護して親の下へ連れて行けば有翼人の知り合いが出来るかもしれないしな。

そう説明すると姉弟とリースは嬉しそうに頷いているが、フィアだけは仕方がなさそうに苦笑していた。

「まだ何もわからない子だというのに、貴方は相変わらずね」

「見聞を広める旅なんだ。知り合いは多くて損はないだろう?」

「ええ、それには同意するわ。そんな貴方だからこそ、私はこうして楽しく旅を続けていられるんだしね」

フィアと初めて出会ったあの時、悪漢に襲われていた彼女を助けた理由は色々あったが、一番は知り合いになりたいという点だったな。

あの頃はただ友達になろうと思って接していたのに、気付けば恋人同士となって一緒に旅をしているのだから不思議なものである。

そんな風に昔を思い出しながらエミリアの淹れた紅茶を飲んでいると、俺の横で伏せていたホクトが小さく吠えた。

「……オン」

「兄貴、あの子が目覚めるってさ」

「わかった。皆、下手に刺激しないようにな」

目覚めと同時に目の前に見知らぬ人がいると驚くと思うので、俺たちはその場から動かずに馬車内で眠っている少女が起きるのを静かに待っていた。

そしてゆっくりと上半身を起こした少女は、寝惚け眼で周囲を見渡している。

「……ここ……どこ?」

首を傾げながら馬車から出たところで、少女は俺たちの存在に気付いて目を見開いていた。

少し不謹慎ではあるが、姉弟が驚いた時に尻尾がピンと立つように、少女の折り畳まれていた翼が一気に広がる姿が少し微笑ましいと思う。

そんな不揃いの翼を広げてこちらを警戒している少女に、エミリアはかつてのノエルのように優しく声をかけていた。

「もう起きても大丈夫なの?」

「……おねえちゃん、誰?」

僅かながら警戒が解けたのか、少女は翼をゆっくりと畳みながら可愛らしく首を傾げていた。

野営している以上勝手に歩き回れば危険なので、少女が逃げ出したら無理矢理でも捕まえるつもりだったが、今のところその心配はなさそうだ。

「そこにいたら寒いよね? こっちの焚き木で一緒に温まろうよ」

「お腹が空いているなら暖かいスープもありますよ」

「あう……」

困惑する少女の姿が母性本能をくすぐるのか、エミリアとリースは抱きしめてあげたいとばかりに熱い視線を送っている。

そして少女は俺たちを一人一人ゆっくりと見渡した後……。

「……あら、私がいいのかしら?」

「……うん」

「「そんなっ!?」」

「ひっ!?」

静かに経緯を見守っていたフィアに近づいていた。

ショックを受けている二人に驚きながらも少女はフィアから離れようとしないので、ここはフィアに任せるとしようか。

「それじゃあ、まずは自己紹介からね。私の名前はフィア。貴方の名前も教えてくれる?」

「……カレン」

「そう、カレンね。可愛らしい名前じゃない」

名前を褒められて嬉しかったのか、少女……カレンは頬を染めながら翼を小刻みに震わせていた。

「次は私たちですね。私の名前はエミリアと言います」

「私はリースだよ。よろしくねカレンちゃん」

「…………」

続いてエミリアとリースが自己紹介をするが、カレンは怯えた様子でフィアの背中に隠れるだけである。

その明確な拒絶に二人は溜息を吐きながら肩を落としていた。

「大丈夫よカレン。ここにいる人たちは貴方に酷い事をしないから……ね?」

「でも……私を怒る怖い人とか、耳と尻尾が狼さんと同じ……」

「怖い人って……」

「耳と尻尾……」

おそらく怖い人がカレンを捕まえていた人族で、そして耳と尻尾が襲ってきた狼を思い出させるのだろう。

俺たちはそんな連中とは違うと口にしたところで、子供がそう思い込んだのを簡単に変えられる筈もない。危険ではないと理解してもらうまでゆっくりと歩み寄らないと駄目なのだろうが、何故フィアは大丈夫なのだろうか?

「あら、私は怖い人と同じに見えないかしら?」

「……おねえちゃんからは、森の匂いがするから」

エルフと言えば森。そして有翼人は鳥のように翼があるので無意識に惹かれるのだろうか?

まあとにかく、少しでも気を許している相手がいるならば逃げる心配はなさそうだな。

「次は俺だな。俺はレウスー……」

「ひっ!?」

「何でだ!? まだ名前しか言ってねえのに……」

「急に声を出すからです。特にレウスは大きいのですからもっと気をつけなさい!」

「兄貴教えてくれ! 背を縮めるにはどうすればいいんだ?」

「無茶を言うな」

ホクトを除き俺たちの中でレウスの背丈は一番大きく、子供から見れば威圧感があるだろう。

だがそんなレウスがエミリアに怒られるどころか俺に縋っているので、カレンは不思議そうにレウスを眺めている。

「ほら、ああ見えてもお兄さんとお姉さんには弱いのよ。だから怖くないでしょう?」

「……うん」

残念ながらカレンは納得してしまったようだ。

レウスには可哀想だが、弱い部分を見てカレンの警戒が若干解けたので良かった……かもしれない。

「そして向こうの大きな狼がホクトよ。怖いかもしれないけど、カレンを襲う事はないから安心して」

「クゥーン……」

「……うん」

「最後に向こうのおにいさんがシリウス。貴方の事に一番早く気付いたのも彼なのよ」

「まあ、俺じゃなくてもホクトや皆がすぐに気付いただろうけどな。それは置いといて、フィアから紹介された通り俺の名前はシリウスだ」

「……シリウス?」

伏せたまま吠えなかった御蔭なのか、ホクトを見てもカレンは大きく怯えず、俺の場合はエミリアと同じく警戒されている感じだな。

これで自己紹介は終わったので、まずはカレンに何か食べさせてやるべきだろうな。

俺が視線を向ければ、エミリアは静かに頷いてスープを注いだ皿を用意してからフィアに渡していた。

「ねえカレン。向こうのお兄ちゃんとお姉ちゃんが作ってくれたスープだけど食べる? 温かくて美味しいわよ」

「スープ?」

「そうよ。ほら、匂いを嗅いでみるとわかるわ」

フィアがスープを掬ったスプーンをカレンの鼻先へ持っていけば、空腹には勝てなかったのかカレンは口を開けて食べてくれた。

エミリアとリースもそれをやってあげたかったのだろう、俺の横で少し悔し気にしているが見なかった事にする。

「……美味しい」

「自分で食べられるかしら?」

「うん……出来る」

そしてエミリアから皿を受け取ったカレンは、熱さに苦戦しながらも次々とスープを口に運んでいた。

しかし美味しいと口にしてくれるのは嬉しいのだが、カレンは口元を僅かに緩ませるだけである。

まだ俺たちとは出会って間もないし、奴隷にもなっていたのだから仕方がないのだろうが、早く素直に笑えるようになってほしいものだ。

そしてスープを食べ終えて落ち着いたところで、フィアは改めてカレンへ質問をしていた。

「カレンは今いくつなのかしら?」

「……五歳」

「それじゃあ、お母さんとお父さんはどこいるのかわかる?」

「…………言いたくない」

「そう、言いたくないなら無理に聞かないわ。でもね、私たちはカレンをお母さんとお父さんの所へ連れて行ってあげたいと思っているから、お家がある場所だけでも教えてほしいの」

「でも、言ったらあの怖い人たちにみたいにカレンの事……叩く?」

あの人たちとは、おそらく隷属の首輪を嵌めた連中の事だろうな。

こちらを恐る恐る伺うカレンの姿に、姉弟とリースから静かな怒りを感じたのは気のせいではあるまい。

フィアもまた怒りを覚えていたようだが、それを一切出さずに優しく微笑みかけていた。

「大丈夫。お姉ちゃんたちは叩かないから、教えてくれないかしら?」

「……わからないの」

「……それは家どころか、ここがどこかもわからないって事ね?」

「うん。カレンね、お母さんと歩いていたら川に落ちて、起きたらあの怖い人たちに首に変なのを付けられたから……」

「そう……大変だったわね」

おそらくあの商人たちが他の有翼人を捕えようとカレンから住処を聞き出そうとしたが、何も知らないと答えたせいで腹いせを受けたのだろう。

フィアは泣きそうになっているカレンの頭を撫でようとしたが、手を近づけると怯え出すので下手に触わる事が出来ないようだ。撫でるのはもう少し時間が必要そうだ。

そして今更ながら首輪が無くなっているのに気付いたのか、カレンは自分の喉を触りながら首を傾げていた。

「何で? 何回引っ張っても取れなかったのに……」

「あのお兄ちゃん、シリウスは不思議な力を持っているからよ。これでカレンはもう自由ね」

「……うん」

その後もフィアは根気強く会話を続け、俺たちの事を説明したり、カレンについての質問を繰り返した。

わかった範囲を纏めるとこんな感じだ。

有翼人が住む集落で親と一緒に暮らしていたが、先程の説明通り川に落ちて流され、商人たちに拾われ隷属の首輪を嵌められてしまう。

そして外がほとんど見えない鉄の箱に閉じ込められ、どこかに運ばれている最中に箱が激しく揺れ出し、魔物たちの鳴き声や隙間から見える狼の姿に恐怖していたところに俺たちがやってきたわけだ。

幸いなのは、カレンは奴隷として捕まってまだ数日程度だった……という点だな。

食事を制限された状態であの鉄の箱に閉じ込められ、暴力を振るわれたのも最低限なので、 精神的障害(トラウマ) もそこまでではなさそうだ。

元からの人見知りもあるかもしれないが、今は状況が変わり過ぎて周囲に対して過敏になっているだけだろう。

これはフィアの御蔭で大分緩和されつつあるし、俺たちが気をつけて接すれば何とかなりそうだ。

腹も膨れて会話で疲れたのか、気付けばカレンはフィアに縋るようにして寝息を立てていた。

そのあどけない寝姿に皆が自然と笑みを浮かべている中、これからについて小声で確認していた。

「結局、有翼人についてはよくわからなかったな。これからどうするんだ兄貴?」

「明日には近くの町に着くから、そこで情報収集だな。有翼人は希少な種族だし、ギルドで聞けば何か手掛かりくらいは見つかるだろう」

住処まで聞けるとは限らないが、それっぽい場所を聞いてカレンを連れていけば何か思い出す可能性もある。

あの商人を探し出して聞く手もあるが、カレンを奴隷にするだけでなく魔物を俺たちに擦りつけるような奴だからな。わざわざ来た道を戻ってまで関わりたくもないし、これは最終手段にしておくとしよう。

情報もだが、町に着いたらカレンの服も買ってやらないとな。

助け出した時のカレンは隷属の首輪と身体を隠せる布切れのような服だけだったので、今はエミリアが持っていた予備のシャツに翼の穴を無理矢理開けたのを着せているからだ。

「今日は明日に備えて休むとしようか」

「そうね。じゃあ今晩の順番だけど、まず私から……」

「いや、今日のフィアは見張りをしなくてもいい。そのままカレンと添い寝でもしていてくれ。夜中にふと目覚めた時にフィアが近くにいないと不安だろうし」

「ああ、俺たちに任せてくれよ」

「オン!」

「ならお言葉に甘えるわね。ふふ……ちょっと大きいかもしれないけど、子供が出来たらこんな気分なのかしら?」

そして優しくカレンを抱き上げたフィアは、馬車に戻って眠りについた。

普段は皆の姉みたいに振る舞うが、こうして見るとまるで母親のような側面を見せる。フィアの新たな魅力を垣間見た気がするな。

「私も添い寝したら駄目かなぁ……」

「私はカレンちゃんを挟んでシリウス様と眠りたいですね。そうすればまるで親子のようですし……うふふ」

羨ましがっている女性二人を宥めながら、俺たちは見張りの順番を決めるのだった。

次の日……見張りの順番が最後だった俺は、皆の起床に合わせて朝食の用意をしていた。

料理が出来れば匂いで自然と目覚めるだろうが、なるべく音を立てないように準備をしていると、突然背中から視線を感じたのである。

「…………」

「……カレン?」

振り返れば、馬車から顔だけ出してこちらをじっと眺めているカレンの姿があった。好奇心が旺盛な子なのだろうか?

俺と視線が合うなりすぐに隠れたが、しばらくすると再び顔を出してくるので、俺は警戒させないようにゆっくりと声をかけてみた。

「お腹が空いたか? ご飯ならすぐに出来るから待っていなさい」

「っ!?」

だがカレンは警戒するように翼を広げるだけで、その場から動こうとしない。

昨夜食べたのはスープだけなので腹が減っている筈なのだが……これは中々手強そうだ。

その後、目覚めたエミリアとリースも呼びかけてみたが、カレンはフィアが起きるまで俺たちに近づく事はなかった。

「手強いですね。お腹が減っているようですし、肉をちらつかせれば近づいて来ると思ったのですが……」

「もぐもぐ……だな。我慢するのはよくないぜ」

「もぐもぐ……そうだね。干し肉はこんなにも美味しいのに」

「釣れるのはいつもの二人だけです」

まるでコントのような三人を余所に、カレンはフィアから離れようとしなかった。

顔を洗う時も、着替えで馬車の反対側に移動する時もずっとフィアの後ろをついて回る姿はまるで前世で見たカルガモの親子みたいである。

そして今は、欠伸を噛み殺しながら近くの岩に座ったフィアの隣にチョコンと座っていたりする。

ちなみに俺の隣にいつもいるホクトだが、今はカレンを怖がらせないように俺たちから少し離れた所で伏せていた。

後でブラッシングしてやろうと思いつつ、俺は朝食の仕上げに入っていた。

「今日は要望通りフレンチトーストだぞ。皿を持ってきなさい」

「「「はーい」」」

「ふれんち……何それ?」

「パンを甘く焼いた、お菓子みたいなものよ」

「パン……固いからあまり好きじゃない」

「そういうパンしか与えられなかったのね。でも大丈夫、これは柔らかくて美味しいから」

次々と焼き上がるパンを皆が持つ皿に乗せ、後は昨日採ってきた蜂蜜をお好みでかけて食すのである。

そして全員に行き渡ったところで朝食となったが、カレンはフィアから渡された皿を手にしたまま困惑していた。エミリアの話だと奴隷の食事は最後が基本なので、勝手に食べては駄目だと教え込まれたのかもしれない。

「ほら、こんなにも柔らかいわ。そのまま齧りついてもー……どうしたの?」

「カレン……食べてもいいの?」

「勿論よ。カレンにも食べてほしいからシリウスは作ったのよ」

「ああ。おかわりが欲しかったら遠慮なく言いなさい」

俺がはっきりと頷いたのを確認したカレンは、恐る恐るフレンチトーストを口に運び……すぐにまた次を口にしていた。

そしてあっという間に食べ終わったが、カレンは物足りなさそうに皿に目を落としたままである。病み上がりとはいえ、少し小さく切り過ぎたみたいだ。

「ね、美味しかったでしょ?」

「……うん」

「もっと食べたいなら欲しいって言ってみたらどうかしら?」

「……お、おにいちゃん。おかわり……欲しい」

「いいよ。ほら、おいで」

カレンは怯えながらも俺の前にやってきたが、おかわりを皿に乗せるなり逃げるようにフィアの背後に隠れてしまう。

まだ懐くまで時間がかかりそうだ。

姉弟やリースみたいに、遠慮せずにおかわり出来るようになるのは何時になる事やら。

「おかわりお願いします」

「兄貴おかわり!」

「蜂蜜が美味しいですね。シリウス様、もう一切れいただけませんか?」

いや……ここまで積極的なのもちょっと困るかもしれない。

食欲旺盛なのはすでに間に合っているしな。