軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

導かれるように

「……ん……あ?」

「……目が覚めたか?」

「シリ……ウス? ここは……」

「君の家だ。そして君が寝ているのはフィアのベッドだよ」

フィアの自室のベッドにて、目を覚ました彼女の頭を撫でてやれば嬉しそうに目を細めていたが、すぐに状況を思い出したのか、慌てて起き上がろうとしていた。

「ちょっと!? あれからー……うっ!」

「無理をするな。傷は塞がっても血が足りていないんだ」

上半身を起こしただけでふらついていたので、すぐに肩を押さえて止めてやる。

俺の真剣な表情を見て冷静になったのか、フィアは頬を赤く染めながら大人しくベッドへ横になってくれた。

「……ごめん。心配かけてばかりね」

「これくらい構わないさ。まず教えておくけど、君の父さんは無事だ。今はリースが看病しているよ」

「そう……良かった」

安心したように息を吐いたフィアが手を伸ばしてきたので、その手を握ってやれば彼女はようやく笑みを向けてくれた。

「色々と言いたい事があるけど、まずこれだけは言わせて。シリウス……ありがとう」

「ああ。皆にも言ってやってくれ」

「当然よ。それであの後、何があったか教えてくれる?」

それからフィアが刺された後について俺は説明した。

姉弟と別れてエルダーと戦い、姉弟は二人のエルダーを戦闘不能近くまで追い込み、俺は二人を始末した事について話す。

「そして俺が二人目を始末した後、最後に残ったリーダー格のエルダーエルフを探したんだが……」

放った『インパクト』で作られた穴から出た時、リーダー格エルダーの姿は影も形もなかった。

するとホクトが隣にやってきて、とある方向を前足で指していたので振り向いてみれば、血の跡と木々が不自然に揺れている光景が見えた。

「どうやら逃げたらしい。おまけにエミリアとレウスと戦っていたエルダーの二人もだ」

片方のエルダーは両足を切断していたそうだが、もう片方が抱えて森の奥へ逃げていったそうだ。どうりでホクトが守りを止めて俺の近くへ来るわけだ。

追いかける手もあったが、森の中はエルダーエルフの領域だし、下手に追っても返り討ちにされる可能性が高いので諦めた。何より、今のフィアを置いて行くわけにはいかない。

レウスは追い掛けそうだったが、冷静に状況を判断して周囲の警戒をしてくれていた。

「とにかく戦闘が終わったから、フィアと君の父さんをここに運んで休ませてたわけさ」

フィアの実家にはアーシャに案内してもらった。

しばらくして落ち着いた頃、俺が戦闘で開いた広場の穴を魔石を使って埋めていると、他の家屋からエルフが出てきた。

しかしエルダーと戦うだけでなく、俺が二人のエルダーを仕留めたのを見ていたのだろう。遠巻きに眺めながらも俺たちを恐れて一向に近づいてこなかった。

なのでアーシャには、他のエルフたちに事情の説明を頼んでおいた。

そのせいもあるのか、余所者である俺たちを無理矢理追い出そうとしなかったり、殺意や危険な気配を放って来ないので助かっている。

「アーシャから聞いたけど、族長を救ったのが関係しているみたいだ。君の父さんは皆に慕われているようだな」

「当然よ。だって私の父さんだもの。ところで、私はどれくらい眠っていたの?」

「半日くらいだな。だけど今は気にせず、食べて寝て少しでも体力を戻しなさい」

すでに外は真っ暗だが、部屋内はランプのように光を発する植物によって明るい。

血が失われたのなら、とにかく栄養をとって休むのが一番だ。この家の調理室に作り置きしたスープがあるので、持ってこようと立ち上がったらフィアが俺の袖を掴んで止めてきた。

「どうした?」

「ねえ、少しだけ顔を近づけてくれる?」

「……わかった」

その真剣な表情に、俺は要望通りにフィアの口元へ顔を寄せてみれば、フィアは両手で俺の顔を抱きしめてきたのである。

「私ね……旅をしていて何度も危険な目に遭ってきたけど、あんなにも死を身近に感じたのは初めてなの」

「……怖くなったのか?」

「怖かったけど、そういう意味で怖いわけじゃないの。こんな目に遭ったのも、元は自分のせいだってのも理解しているわ。ただ……貴方たちを巻き込んでしまった事が何よりも怖くて……申し訳ないの。ごめんね……シリウス」

「俺が自分で決め、理解しながらも来たんだから気にするな。皆も同じ意見だよ」

「うん……ありがとう」

俺を抱きしめたまま、フィアの口からあの時に何があったのか教えてくれた。

森の外で俺とアーシャが戦う話になった時、父親がエルダーに殺されそうになっていると精霊から聞いたそうだ。

「貴方なら来てくれると思ってたけど、本当に父さんが危なかったみたいだから混乱しちゃってて……気付いたら一人で森に入っちゃってたの」

慌てていたのか、俺が駆け付けるまで時間稼ぎをすればいいと判断したらしい。もし何かあって来なかったとしても、俺を巻き込まずに済むと思って諦めていたそうだ。

何とも潔いが……こっちとしては堪ったものではない。冷静じゃなかったのもあるだろうが、これについてはしっかりと説教しておかねばなるまい。

「貴方に鍛えてもらったし、精霊魔法が使える私なら何とかなると思い込んでいたみたい。本当に……馬鹿ね」

「ああ、馬鹿だな。だからもう二度とこんな真似も、諦めるような考えも止めてくれ」

「……うん」

あまり力が入らないようだが、フィアは離さないとばかりに抱きしめ続けているので、俺たちはしばらくそのままでいたが、突然フィアが俺の頭を掴んで位置を変えて目を覗き込んできた。

「どうした?」

「あのね……ナイフで刺された時、貴方が奴等に言った言葉を思い出しちゃったの。だから……もう一度言ってほしいな」

「……あれか」

怒りのあまり反射的に口走ってしまった言葉だが、あれは間違いなく俺の本音だし、要望だというなら応えるとしよう。

「俺の女から離れろ……だったか? でもこんな言い方、所有物みたいな扱いで嫌じゃないのか?」

「ふふ、女性は時に強引な言葉に弱いものよ。それが貴方なら尚更ね……」

そして貪るような口付けを交わしてきたが、途中で呼吸が辛くなったのか俺からすぐに離れていた。

「はぁ……ちょっと焦っちゃったわ。今はこれくらいしか返せないけど、元気になったらたっぷりと……ね」

「情熱的なのは嫌いじゃないが、弱ってる時くらいは大人しくしていてくれよ」

「それは無理よ。俺の女だなんて言われちゃったら我慢できないもの」

そして再びフィアは口付けを交わしてきたが、今度は軽く触れるような感じに留めているので呼吸を確保しているようだ。

妙に甘えてくるが、おそらく死にそうになったり、俺たちを巻き込んでしまった負い目もあって心が弱っているのかもしれない。

先程返事したように俺は気にしていないが、こればかりは本人が納得するか、自身で乗り越えなければならない事だ。

今は好きにさせてやろうとフィアに委ねているとようやく口を離してくれたが、俺を抱き締めたまま離そうとしない。

そろそろ誰か入ってきそうな予感がするので、離してー……。

「お姉様が目覚めた気がしました! お姉様、水をお持ちー……」

……よりによって一番来てほしくない人物が来てしまった。

どうやらフィアは夢中で気付いていないらしく、俺が押しても離れようとしない。

さて、彼女はどう出るか……。

「……お姉様が無事に目覚めたようで何よりです。そして貴方はお姉様を守る為に、エルダーエルフ様を相手にしても一歩も引いていませんでしたね」

「…………」

「ですから私はもう戦うつもりはありません。悔しいですが、貴方を認めるしかなさそうですね」

「……言動が全く一致していない気がするんだが?」

ようやくフィアから離れられた俺は、まず弓を構えて矢を放とうとしているアーシャへと突っ込んだ。

そこでアーシャの存在に初めて気付いたフィアだが、全く気にしていない様子で笑みを向けていた。この余裕……ある意味凄いものだ。

「ごめんねアーシャ。私のせいで迷惑を掛けたり、心配させちゃったみたいね」

「お姉様が無事ならば何も問題はありません! それより喉が渇いていませんか? 水を持ってきていますよ」

「そう……ね。じゃあ貰えるかしら?」

「はい! あ、お姉様は動かなくても大丈夫ですよ、私の手で飲ませてさしあげますから!」

俺の位置を奪うように割り込み、アーシャは水が入ったコップをフィアに近づけて飲ませていた。

フィアも礼を言いながらアーシャの頭を撫でているので、実に仲睦まじい姉妹に見える。アーシャが興奮して鼻息荒くしていなければの話だが……。

「シリウス様、フィアさんはー……あっ!?」

「おお! フィア姉起きたんだな!」

「フィアさん、良かった……」

続いて姉弟とリースも部屋に入ってきたので、フィアはすぐにエルダーの件で巻き込んだ事を謝っていた。

予想通り誰一人それについては気にしておらず、フィアの無事をただ喜ぶだけだった。

「呼吸は安定していますから、お父さんは明日には目を覚ますと思いますよ」

「ええ、ありがとうリース。本当……貴方たちには返しきれない恩が出来ちゃったわね」

「そんなの気にするなよ、フィア姉」

「そうですよ。私たちにそんな遠慮は必要ありません」

「ふふ……ありがとう。でもこれは私のけじめなの。いつか絶対に恩は返すわ」

そう口にしながらフィアが手を伸ばせば、姉弟とリースがその手を握ってからお互いに笑い合っていた。仲が良くてなによりだ。

それから俺たちは、フィアへ作ったスープを用意してから、このまま話し合いをすることにした。

病み上がりのフィアには悪いが、あまり良い状況とは言えないし、現状の確認も兼ねて早目に済ませておきたいのである。

「気になるのはエルダーエルフの動向ですよね?」

「ああ。今のところ反応はないが、報復にくる可能性は高い」

現在、家の外にはホクトが座って警戒を続けているので、奇襲を受ける事はまずないだろう。

エルダーたちが報復に来るとしたら明日の朝か数日後かわからないが、とにかく今は体を休めながら警戒を続ける他あるまい。

実のところフィアとフィアの父親は無事だったし、すでに仕返しを済ませた俺たちには連中と戦う理由はない。

しかし俺たちはエルダーたちの腕や足を切断するどころか、俺に至っては二人も始末してしまった。こんな事をした俺たちを許すとは到底思えまい。

こちらの言い分としては、殺しにきた以上はこちらもやり返す他がなかった。何より体力も魔力も瞬時に回復するし、手加減出来るような相手ではなかったしな。

まあ……今更気にしても仕方のない事だ。

「とにかく明日に備えるとしよう。考えられる想定は幾つかあるが……」

まず一番ありえそうなのは、仲間を連れて報復しに戻ってくる点だな。

十人くらいならホクトと俺が周囲の被害を気にせず攻めれば何とかなるかもしれないが、相手の規模も人数もさっぱりわからないのが欠点だ。

「とりあえず十人以上で攻めてきたら速攻で逃げるつもりだ。荷物の回収は終わっているか?」

「はい。いつでも運べるようにして玄関に置いています」

俺たちは急いで森に入ったから、野営道具を幾つか森の外に置きっぱなしにしていた。なので先程、アーシャに案内を頼んでホクトと姉弟に回収させていた。

「問題はフィアさんのお父さんと、里のエルフたちですよね」

そう、一番の問題はそれである。

実際狙われているのは俺たちだけで、フィアを連れて逃げてしまうのが一番手っ取り早い。森の外に出れば追いかけて来ないような気もするし。

だがフィアの父親をあんな目に遭わせたように、この里に住む他のエルフが犠牲になってしまう可能性もある。

そうなっては非常に後味が悪いので、俺たちはここに留まっているわけだ。

「アーシャ。あの話はどうだったかな?」

「ええ、伝えておきました。それ以外に選ぶ道がなさそうなので、皆さん納得はしていましたよ」

アーシャを通じて、もし俺たちが逃げたらこちらを攻撃しろと里のエルフたちには伝えてきて貰っている。

俺たちがこの家にいるのは、エルフたちを脅して占拠していると口裏を合わせろともだ。エルダーエルフを倒した俺たちだから説得力はあるだろう。

つまり俺たちを敵とし、里のエルフはエルダーたちに味方だとわからせれば手を出さないだろうというわけだ。そしてフィアの父親は……状況次第では無理矢理でも連れていくつもりである。

「こんな事態になったのは俺たちのせいだからな。本当は穏便に済ませたいのだが……」

「仕方ねえよ兄貴。だってあいつ等は自分勝手にフィア姉を欲しがって、兄貴のものになったら殺そうとするんだぜ? 俺は絶対認めたくねえ!」

「エルフより偉い存在なのでしょうが、まるで子供みたいです」

「うん。罪人の処罰だとか言っていたけど、私はただの我儘にしか感じなかったよ」

「お姉様を狙う者は全て敵です!」

結局はエルダーたちの反応次第なので、俺たちは受けの姿勢になってしまう。

なので俺たちは考え得る想定を幾つか挙げ、その対策と対処法を遅くまで話し合うのだった。

次の日の早朝……フィア家の居間で毛布に包まって寝ていた俺は、いつもより少しだけ早く目を覚ましていた。

近くには俺と同じく毛布に包まるレウスに、ソファーにはエミリアとリースが寝ていたが、熟睡しているのか目を覚ます様子がない。

昨日は強敵との戦闘に緊張の連続だったからな。少しでも多く休んでいてもらいたいので、俺は静かに居間を抜けだして家の外へと出た。

「オン!」

外ではホクトが周囲を警戒しながら寝転がっていたが、俺に気付くなり尻尾を振りながら近づいてきた。

「おはようホクト。どうやら敵襲はなかったようだな」

「クゥーン……」

「ああ、警戒を任せっぱなしで済まなかったな。おいで、ブラッシングだ」

「オン!」

そして俺の前に寝転がったホクトのブラッシングをしている内に、俺は懐かしい気分に浸っていた。

エルダーたちが大群で襲ってきたらここで終わるかもしれないというのに……俺の心は凪のように静かである。

明日には死ぬかもしれない……そんな生死を分かつ体験を前世で散々味わってきたせいだろうな。

「戦場へ向かう朝は、いつもこうしてお前をブラッシングをしていたよな」

「オン!」

「ああ、わかっているさ。何があろうと俺たちは絶対に生き延びてみせる。それだけは……嫌ってほど鍛えられたからな」

「クゥーン……」

師匠から様々な事を教えてもらったが、一番鍛えられたのは何があろうと生き延びる生存本能だろう。

本当……あの地獄をよく俺とホクトは生き抜けたものだ。

「よしよし、気持ちはわかるがもうお前は昔のお前じゃない。怯える必要はないさ」

「……オン!」

あの頃を思い出したのか、ホクトが少し怯え出したので頭を撫でてやっていると……。

「シリウス様」

聞こえた声に振り返れば、目が覚めたエミリアたちが家から出てくるところだった。気付けば結構な時間が経っていたようだな。

まだ何も反応が見られないし、そろそろ朝食の準備をしようかと思っていると、家からフィアも現れたので少し驚いた。

「フィア? もう大丈夫なのか?」

「ええ、歩くくらいなら平気よ。ホクトにはまだお礼を言っていなかったからね」

「オン!」

「おぼろげだけど貴方に守られていたのを覚えているわ。ありがとうね」

近づいてきたホクトをフィアが撫でていると、レウスが森の奥へ視線を向けながら呟いていた。

「あいつ等……いつ頃来るんだろうな?」

「エルフと私たちの感覚って少し違うから、数日後に来る可能性もありそうだよね」

「うーん……休めるのはいいけど、あまり間が空くのは嫌だな」

相手がいつ来るかわからないと気が完全に抜けないので、知らず精神的な疲労を溜めてしまうものだ。

慣れている俺とホクトなら良いが、状況が長引くと姉弟やリースたちには厳しいな。

「とにかく朝食にするか。腹が減っていると冷静な思考も出来ないからな」

「……そうですね。フィアさん、家の食材を使わせてもらってもよろしいですか?」

「遠慮なく使っちゃっていいわよ。父さん秘蔵のお酒があそこに仕舞ってあるから、飲みたければ飲んでも構わないわ」

「いや、朝から酒はちょっと。というか、秘蔵の酒を真っ先に挙げるなよ」

もしかしてフィアが飲みたいだけじゃないのか?

とりあえず酒は置いておいて、エルフ独特の食材を使用して朝食を作った。

ちなみに母親はフィアが幼い頃に亡くなっているので、この家に住んでいたのはフィアと父親だけである。

「父さん……まだ起きないわね。無事なのは嬉しいけど早く起きてほしいわ」

「ああ、少なくとも俺たちよりエルダーエルフに詳しいだろうし」

そうすれば今後の判断材料が増えそうだからな。

とにかく情報が欲しいと思いながら朝食を食べ終えた頃……。

「アオオォォ――ンッ!」

外からホクトの遠吠えが響いたのである。

俺たちは奇襲で家が壊されないよう、即座に武器を手にして外へ飛び出した。

そして飛び出している途中で『サーチ』を放ったが、少し意外な結果が返ってきたのである。

「兄貴! 俺が前に出て盾になるから、後ろからー……」

「いや、大丈夫だレウス。全員、一旦俺の後ろに下がっていてくれ」

反応は……何故か一つだった。

更に敵意も殺気も全く感じられず、それは森の奥から堂々と姿を現したのである。

「一人……でしょうか?」

「だよな? でも昨日の奴じゃないぜ?」

「それに雰囲気も全然違う気がするね」

戦闘の意志は感じられないので、俺は弟子たちより少し前に出て相手が近づいてくるのを待った。

白の短髪に、執事服のような服装をした長身の男性で、敵意が微塵も感じられない。見た目からエルダーエルフだと思うが、昨日戦った連中とは明らかに雰囲気が違っていた。

武器も持っておらず、警戒もなく近づいてくるその姿から姉弟とリースが首を傾げているが……俺は何か妙な感覚を覚えていた。隣に立つホクトも同じ気分なのか、敵意はなくても警戒を強めている。

そして俺たちの前まで歩いてきたエルダーは、左手を胸に当ててから丁寧なお辞儀をしてきた。

無表情だが、服装からエミリアのように有能な従者を連想させるエルダーだな。

「……失礼。一つお聞きしますが、貴方たちが私たちの同胞と戦った、人族と獣人の方たちで間違いありませんか?」

「だとしたら……どうする?」

「ならば私に付いてきてほしいのです。私たちの祖である聖樹様が、貴方たちをエルダーエルフの里へ招待したいそうです」

同胞を傷つけた俺たちを招待……だと?

罠にしてはお粗末過ぎる気もするが。

「断れば?」

「何も。無理強いはするなと言われていますので、私は聖樹様の下へ帰るだけです」

「……なら、質問をしてもいいか?」

「構いません。可能な範囲での情報提示は許可されています」

何だかロボットみたいな奴だが、答えてもらえるなら助かる。なるべく多くの情報を集めるとしよう。

「昨日、この里を襲った連中はどうなった?」

「……詳しくは聖樹様が答えたいそうなので、簡単にですが答えましょう。あの者たちは、もう二度と貴方たちに手出しは出来ないでしょう」

「始末されたのか?」

「そうとも言います。簡単には信じられないと思いますが、聖樹様はこう言えば納得するとも言っていました。私たちは一枚岩ではないと」

実はあの五人のエルダーは集団から溢れた存在で、今回の出来事は奴等の勝手な暴走だった。

更に掟と口にしていたが、むしろ掟を破ったのは奴等の方であり、今頃は上の手によってすでに処分されている。

……そんな楽観的過ぎる想定も考えてはいたが、まさかそれに近かったのだろうか?

「俺はお前たちの仲間を殺したんだが……それについてどう思っている?」

「何も。同胞が愚かだった……それだけです」

どうやら俺たちと敵対する意志はなさそうだ。

色々と怪しいが、聖樹様というのが妙に気になる。何故かわからないが会ってみたいと俺は思っているのだ。

だから招待されてもいいのだが、俺が行くとなると弟子たちも必ずついてくるだろう。病み上がりのフィアをここに置いていくのも、連れていくのも判断が難しいところだ。

俺が迷っていると理解したらしく、エルダーは無表情のまま軽く首を振っていた。

「迷っておられるようなので、返事は後で聞きましょう。私は他にも目的がありますので」

「目的って何だ? 兄貴たちに手を出したら俺が斬ってやる!」

「いいえ、貴方たちではありません。この里に戻っているシェミフィアーという名のエルフを、聖樹様の下へ連れていかなければならないのです」

「……何故フィアを?」

「聖樹様がその者に渡すべきものがあると……」

どういう事だ?

昨日の連中といい、エルダーたちは何故フィアを欲しがる?

精霊が見えるから……にしてはそれらしい動きは見せなかったし、彼女は一体ー……いや、関係ないか。フィアが俺の恋人である以上、危険ならば守るだけの話だ。

実力行使に備えて静かに身構えていると、家の扉が開いてアーシャと共にフィアが現れたので、俺たちは反射的にフィアを守るような陣形をとっていた。

「……大丈夫よ。あの御方は昨日のエルダーエルフ様とは違うと思うわ。それにね、私も少し聞きたい事があるの」

「わかった。だが何かあれば君を抱えてでも逃げるぞ」

「ええ、その場合はお願いね。エルダーエルフ様、私からも質問をよろしいでしょうか?」

「いいでしょう」

「今の私はエルフの掟を破った罪人です。それでも呼ばれたのですか?」

「関係ありません。聖樹様はそのような些細な事は気にしません」

「では、お姉様が行かなければ、この里の皆はどうなりますか?」

「何も。エルフたちは聖樹様を守る門番でもありますので、無闇に傷つける理由はありません」

「なら……処罰と称し、私だけじゃなく父まで傷つけたのは貴方たちの総意ではないと?」

一見冷静に見えるフィアとアーシャだが、内心ではかなり怒っているようだ。

そういえば、フィアが怒る姿は初めて見る気がするな。

「その通りです。こればかりは何を言おうと弁明のしようがありませんので、聖樹様がこれを渡すようにと」

そんな彼女たちの怒りを受け流し、エルダーは淡々と頷きながら小さな枝を取り出したのである。

それは近くの木から拝借したようなただの枝にしか見えなかったが……言葉に出来ない不思議な魔力を感じ、妙に気になって仕方がない。

やはりホクトも同じらしく、俺と一緒に警戒を深めている反面、フィアとアーシャはその枝を見るなり怒りを忘れて魅入っていた。

「どうしたんだよフィア姉? 確かに不思議な枝だけど、そこまで驚く物なのか?」

「……わからないの。何故かあの枝から目が離せなくて……」

「わ、私もです!」

「これは聖樹様の一部でございます。謝罪と友好の証にと御身を削り、里のエルフたちへ授けるそうです」

「あれが……一部?」

俺たちと違い、あの枝にはエルフだけ感じる何かがあるのだろう。

フィアは枝をしばらく見つめていたが、ゆっくりと逸らした視線は俺に向けられていた。

その決意を秘めた眼差し……本気のようだな。

「……行ってみたいのか?」

「ええ。何だか凄く大きな存在みたいだし、行かないと……駄目な気がするの」

「なら俺たちも行くしかないな」

「わかりました。では準備を済ませてきます」

「俺も手伝うよ」

「私は一度お父さんを診てきますね」

何とも怪しいものだが、フィアが行くと言うならば俺たちも行く他あるまい。

そして弟子たちが各々の作業をしに家へ戻る中、俺はエルダーに鋭い視線を向けながら質問をしていた。

「途中で昨日の仲間が襲ってきたり、その聖樹様とやらがフィアに危害を加えたりしないだろうな?」

「これは聖樹様の命であり、それに逆らった同胞はすでに全て処分されました。聖樹様の機嫌を損ねない限りは、貴方たちの安全は保障されるでしょう」

「……わかった。案内を頼む」

「お任せ下さい」

どちらにしろこの件を片付けなければ安心してここを離れられないし、旅も続けられないのだ。

それから準備を済ませて出発しようとしたが、フィアの父親がまだ目覚めていない事を思い出した。

治療を施して峠は越えたとはいえ放っておくわけにもいくまい。誰か残すべきかと悩んでいると、アーシャがその役を担ってくれた。

「関係のない私がエルダーエルフ様の里へ入るわけにはいきません。だからお姉様、こちらは私にお任せください」

「……ありがとうアーシャ。父さんをお願いね」

「はい! お姉様が戻ってくるのをお待ちしております!」

本当は行きたいのだろうが、何かあった場合は足手纏いになると悟っているのだろう。

聖樹様の枝はフィアの家に置かれ、涙目になっているアーシャに見送られながら、俺たちは森に分け入りエルダーの里へと向かうのだった。

先導するエルダー曰く、その聖樹様の里は徒歩で半日程らしい。

なので病み上がりのフィアはホクトの背中に乗せ、俺たちはエルダーの後を追って薄暗い森を進み続けていた。

「正に樹海と呼ぶに相応しい森だな。下手に入ったら確実に迷いそうだ」

「見た事のない植物ばかりですね。私たちのような人は一度も訪れた事がないのでしょうか?」

「聖樹様の話では、遠い過去に一度だけあるそうです。迷うと危険なので、私からはぐれないでください」

魔物の気配を感じるが、エルダーの姿を確認するなり逃げていくので、エルダーエルフは森の中では頂点に君臨する存在のようだ。

道なき道を進み、巨大な木の根によって作られた天然のトンネルを通れば、真上まで見上げる程に高い崖の前に出た。

「た……高っ!? まさかこの向こうなのかよ!」

「その通りです。ですが、壁を超える必要はありません」

この崖のような壁は場所によって雲まで伸びているらしく、超えるには俺の『エアステップ』でも厳しいだろう。

エルダーの後に続き、そんな壁に沿ってしばらく歩けば、巨大な木の根が壁を突き破っている箇所があった。

「この根っこ……何かおかしくないかな?」

「そうですね。この根の大きさからして、元の木は相当な大きさだと思います」

「これは聖樹様の根です。そして、ここが里の入口となります」

これが……聖樹の根だと?

エミリアとリースが話していたように、根がこれなら聖樹は途轍もない大きさになるぞ。

驚いている俺たちを余所にエルダーが根に向かって一言呟けば、根がゆっくりと動き出して壁に穴を作っていた。

「私たちの里はこの巨大な壁によって囲まれていますので、聖樹様にお願いして道を作っていただけなければ入る事ができないのです」

「凄ぇな! だけどさ、この根を斬るとか、燃やしてしまえば入れるんじゃないか?」

「聖樹様の根を斬る、燃やすなど不可能です。それに、もしそのような事が起これば、即座に私たち全員の手により抹殺されるでしょう。冗談であろうと、里では決してそのような事を口にしないでください」

「お、おう! 黙ってるぜ!」

中には冗談として受け取れない者もいるのだろう。エルダーの鋭い眼光に、レウスは冷や汗を掻きながら頷いていた。

そもそも、これ程に活力に溢れた木がそう簡単に燃える筈がないだろうし、斬ろうにもライオルの爺さんクラスでもなければ不可能だろう。

これぞ自然で作られた鉄壁の要塞だな。

「この洞窟を抜けた先こそ、聖樹様がいらっしゃる私たちの里です」

「いよいよ……ね」

「ああ、気を緩めるんじゃないぞ?」

このエルダーは安全だと口にしていたが、油断するわけにもいかない。

そして長く薄暗い洞窟を抜けてから俺たちの目に飛び込んできたのは……巨大な木だった。

根元まで相当な距離があるのに、先程抜けてきた崖のように見上げなければ葉が生い茂る枝が見えない程にだ。

「聖樹様はあちらの根元にてお待ちしています」

太陽の光は聖樹によって遮られているのに、エルダーの里は昼間のように明るくて、気温も暖かい幻想的な世界が広がっている。おそらく聖樹から溢れる魔力のせいだろう、こんな状態でなければ昼寝をしたくなるくらいに心地よさそうだ。

そして根元へ向かう途中で幾つかの家屋が見られ、他のエルダーの姿もちらほら見られる。

しかし……数はそれほどではなさそうだ。ここは『サーチ』が使えるので広範囲に放ってみたが、エルダーらしき反応はたったの百くらいだ。

数の少なさに驚くが、それ以上に驚いたのは聖樹の根元から感じる膨大な魔力反応である。

殺気は感じないが、あそこにはとんでもない化物がいるようだな。

「……何だろうこれ?」

「気を抜いたら尻尾が逆立ちそうです」

「でも、水の精霊は騒いでいないよ?」

「風の精霊も同じね」

「……オン」

その化物の気配を感じたのか、気配の鋭い姉弟と俺の横を歩いていたホクトの歩みが止まっていた。

一方リースとフィアは精霊が騒いでいないせいか、まだよくわかっていないようだ。

「どちらにしろ、ここまできたなら向かうまでだ」

「そう……ですね。私はどこまでもシリウス様と共に」

「そうだな! 俺も兄貴に付いて行くだけだ!」

「オン!」

そして俺たちは歩き出し、ようやく聖樹の根元へと到着した。

その周囲には数人のエルダーが静かに立っているが、その中には俺たちを襲って逃げ出した三人のエルダーも含まれていた。

だが……武器を抜く必要はなさそうだ。

「あ、ああ……」

「う…………」

「何故……このような……」

三人のエルダーは地面から飛び出た根によって体中を覆われていて、顔だけしか見えないからだ。どうやら俺たちを連れてきたエルダーの言う通りだったようだな。

そして案内を終えたエルダーは俺たちから離れ、聖樹様の根元に近づいて跪いていた。

「聖樹様……お連れしました」

『……ご苦労』

その時、反射的に身が引き締まるような声が周囲に響き渡った瞬間……俺の中で何かが噛み合った。

同時に聖樹の根元から光が溢れだし、それは俺たちの前に集まって人の形を成そうとしていた。

「ク……クゥーン……」

「ちょっと、どうしたのホクト?」

フィアを降ろしたホクトも察したらしく、俺の背中へ隠れるようにして体を擦り寄せてくる。

そして光が治まった時……そこには輝く金髪を靡かせた女性のエルダーエルフが立っていた。

「……わぁ」

「お、おお……」

「別に競ってるつもりはないけど……これは勝てそうにないわね」

「私はシリウス様の方が格好いいです」

その美貌は弟子たちが思わず見惚れてしまう程だった。

エミリアとフィアに負けない胸の大きさにくびれ……そんな抜群のプロポーションの美女は俺たちを見渡し、薄く笑いながら……呟いた。

『それじゃあ……殺し合おうじゃないか』

――― エミリア ―――

『それじゃあ……殺し合おうじゃないか』

聖樹と呼ばれる木から現れた女性は、そう私たちに告げてきました。

それはあまりにも唐突で、言葉と共に放たれた威圧感に私たちの体は固まり、言葉の意味を理解する事を忘れて呆然としていました。

ただ一人を除いて……。

「ハウスっ!」

そのただ一人であるシリウス様は、私たちに待機を命じながら一人突撃していました。

シリウス様の背中から怒りは感じませんでしたが、私たちやフィアさんが襲われた時と同じ雰囲気を感じます。つまりそれだけ……あの女性が強敵である証拠ですね。

ならば待機を命じられようと、シリウス様を一人で戦わせるわけにはいかないと思っているのですが……私の足は全く動かないのです。

あの女性が放った威圧により、私たちは完全に怯えて足が竦んでいたのです。

「シリウス様……」

「兄貴……くそっ! 何でこんな……」

「な、何で……」

「はぁ……息が詰まりそうね……」

シリウス様の殺気と威圧に慣れている筈のレウスも例に漏れず……。

「クゥーン……」

あのホクトさんでさえも怯えていました。

どんな敵であろうと勇ましく立ち向かっていたホクトさんが、たった一人の女性を前に完全に怖気づいているのです。

私たちが必死に耐えていた頃……シリウス様と女性との戦いは苛烈を極めていました。

シリウス様は殺す気でナイフを振るい、女性もまたいつの間にか握っていた木製のナイフで応戦し、周囲に鋼がぶつかり合うような音が何度も響き渡っていました。

更に人を相手にする際は滅多に使わない『エアステップ』を、シリウス様は惜しみなく使って戦っています。

宙を蹴り、上空からの攻撃も増えた怒涛の攻め……私なら数分も持たずやられるでしょうが、驚く事にあの女性は紙一重で避けるだけでなく、シリウス様へ反撃まで行っていました。

そしてシリウス様の腕を捕まえて地面に叩きつけようとしていましたが、シリウス様は強引に宙を蹴って振り払い、僅かに距離を取った隙に『マグナム』を放っています。

しかも五発も同時に……手加減は一切ありません。

『また珍しい魔法を作ったもんだ!』

「当たらなければ意味ないだろうが!」

本気で放ったあの魔法は鉄ですら易々と貫くのですが……女性はナイフを振るって難なく叩き落としていました。

あ、明らかに、私たちとレベルが違います。

この女性は一体……。

『はっ! その癖は死んでも変わらなかったようだね!』

「そっちこそ。相変わらず出鱈目だな! 師匠!」

え…………シリウス様の……師匠?