軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

狐尾族

「変態覗き魔!?」

「俺を叩いた女!?」

レウスとコンの妹がお互いを指差しながら叫んだせいで、食堂にいる全ての人達から注目されていた。

俺達は別に構わないのだが、偽名やフードで顔を隠している兄妹にとって、この状況はあまりよろしくないだろう。

「あの二人の問題もあるし、他にも色々と話し合いたいところだが……一旦場所を変えよう。そちらもその方がいいだろう?」

「心遣い感謝します」

予想通り目立ちたくないらしく、コンは俺の提案を真っ先に受け入れ頷いていた。

そしてレウスを指差したまま固まっている妹の肩を叩き、この場を離れようと声を掛けていた。

「ちょ、ちょっと兄上! この男が前に言ってた変態覗き魔なのよ! それに……見られたんだから口封じしないと!」

「この人達は大丈夫だと思う。それについては後で話す予定だし、一度ここを離れよう。周りをよく見てみなさい」

「え!? あ……うん」

注目を集めているとようやく気付いたらしく、妹はまるで借りてきた猫のように大人しくなっていた。

「それで場所だが、二人がここにいるって事はこの宿に泊まるんだよな? 俺達もこの宿で、女性達用の三人部屋をとってあるんだが、そこで話し合うってのはどうだ?」

「そう……ですね、私達は問題ないので、そこでお願いします」

「わかった。ちなみに部屋は一階の端だ」

「では後ほど向かわせていただきます。ほら、行くぞ」

「待って兄上! せめてこの変態の口封じー……」

物騒な台詞を残しながら、コンとその妹は俺達の前から去った。

それでもまだ注目が集まっていたが、残された俺達が何事もなく食事を再開すれば、次第に興味を失って元の喧騒へと戻っていた。

「そういうわけで、食事はこの辺にして部屋に戻ろうか」

「そうですね。まだレウスの誤解が解けていませんし、色々と話し合う必要がありそうです」

「ならワインも持って行こうかしら。もう一本注文するわね」

「サンドイッチもお願いします」

かなり飲み食いしていたが、リースとフィアはまだ足りないらしい。

部屋に持ち込める料理と酒をウエイトレスに注文しているが、特に止める理由もないので放っておく。

それよりも、未だに立ち尽くしているレウスの方が気になる。

「レウス。いつまでも立ってないで座ったらどうかしら?」

「あ、そうだな」

エミリアに声を掛けられて立ちっぱなしだったのに気づいたのか、レウスは先程まで座っていた席に着いた。

「貴方ならすぐに謝ると思っていたのに、珍しくぼんやりしていたわね」

「うん。あの子が凄い勢いだったからさ、何だか謝り損ねちまったよ」

「確かに珍しい光景だな。お前があそこまで露骨に敵対されるのって、今までほとんどなかったしな」

レウスは天然だが悪い事をしたらすぐに謝るので、あまり他人から怒りをぶつけられた事がない。

出会いが最悪だったせいとはいえ、あの子の噛みつくような剣幕に驚いているのだろう。

「後でまた会うから、その時にでも謝ればいいさ。ほら、残った料理を片付けて部屋に戻るとしようか」

「おう!」

レウスはまだ残っていた肉料理を一気に平らげ、酒とサンドイッチを受け取った俺達は部屋へと戻った。

俺達は二人部屋と三人部屋を男性用と女性用にそれぞれとっている。

そして一番広い三人部屋へと全員が集まってしばらくすれば、部屋の扉から控えめなノックが聞こえてきた。

「申し訳ありません、先程約束をしたコンですが……」

『サーチ』では近くに二人以外の反応は感じないので、開けても問題はないだろう。エミリアは俺の視線を受けて頷き、扉を開けてくれた。

「どうぞ、お入りください」

「はい……え!?」

先程と変わらないフード姿のコンだが、エミリアの姿を見るなり驚きの声をあげていた。

まあ冒険者しか泊まらないような宿に、いきなりメイド服に身を包んだエミリアが現れれば驚きもするだろう。ちなみに馬車から紅茶セットを取ってくるついでに持ってきていた。

「あの、貴方の格好は……」

「私はシリウス様の従者ですので、これが正装でございます。どうぞお気になさらず」

「は、はぁ……」

いつもの 完璧なる笑顔(パーフェクトスマイル) で無理矢理納得させ、コンとその妹は部屋へと入ってきた。

「いらっしゃい。今更言うのもなんだが、よく俺の誘いに乗ってきたな」

「一緒だったのは僅かですが、貴方の人柄と強さは理解しているつもりです。それに、個人的な用もありますから」

「納得しているならいいか。とりあえず堅苦しい場じゃないんだから、そこのベッドにでも座って楽にしてくれ」

「紅茶を用意しますね」

「お酒がいいならワインもあるわよ」

「サンドイッチ食べる?」

「いえ、お構いなくー……」

いきなりの歓待に戸惑っていたが、サンドイッチと聞くなり兄妹揃ってお腹が鳴っていた。

そういえば、ウエイトレスを助けようとした時は食堂へきたばかりみたいだったし、妹は遅れてやってきたので結局何も食べずに戻ったからな。

なのでリースがそっとサンドイッチを差し出せば、兄妹は顔を赤くしながらも受け取っていた。

そしてあっという間に食べ終わった兄妹は、咳払いをしつつ居住まいを正した。

「改めましてご挨拶をしようと思います。ですがその前に……」

「ちょ、兄上!?」

そして妹が止める間もなく、コンはフードに手をかけて俺達の前に顔を晒したのである。

コンは綺麗な赤みがかった金色の長髪を首の後ろで束ねており、非常に整った顔だちをした男だった。間違いなく美形と呼べる男だろう。

そして俺達の予想通り、彼の頭には狐の耳が生えていたので、種族は 狐尾族(フォックステイル) だろう。

「あ、兄上! 何故このような者達に素顔を!? 万が一があれば……」

「世話になった方々に、顔を隠したままという不敬を許せないのだ。それにお前はもう見られているんだろう?」

「……わかりました。兄上が決めたのならば」

兄に諭され、妹もフードを外して素顔を晒してくれた。

レウスが説明した通りの綺麗な女の子だが、今は俺達を警戒しながら疑心に満ちた目を向けていた。三つあるという尻尾はマントで見えないが、今はそれを話す状況ではないだろう。

言動や態度から察するに、どうやら妹は警戒心が強いようだな。ついでに兄へ心酔しているといったところかな?

心酔の部分はレウスにそっくりだと思っていると、コンはレウスに顔を向けてから深々と頭を下げてきたのである。

「レウス君、遅れてしまったが礼を言わせてくれ。森の湖で妹を助けてくれて……本当にありがとう」

「え……いや、助けるのは当然だろ。妹のー……」

「ああ、そういえば私達の名前を言っていなかったな。実はコンは偽名で、私の本当の名はアルベルトと言う。そしてこの子は妹のマリーナだ」

「アルベルト……な。助けた事については気にするなって。それに俺もその子、マリーナの裸を見ちゃったし、俺こそごめんな」

「えっ!? う、うん……」

レウスも機を待っていたのか、ここぞとばかりに妹へ向かって深く頭を下げていた。

それが予想外だったのか、妹は逆に慌てて落ち着かない様子だったが、アルベルトに肩を叩かれて正気に戻ったのか、恥ずかしそうにレウスに視線を向けてから頭を下げた。

「その……私も……ありがとう。でも! 覗いていたのは許さないわ! そ、それに誰かと比べて胸が小さいとか……絶対に許せない!」

「ははは、何を恥ずかしがっている。レウス君に綺麗だって言われて、実は満更でもなかっただろう?」

「あ、あれは……あんなにも真剣な顔で言われたから、思わずっていうか……と、とにかく! あんたは人をからかって笑っていたんでしょ!」

「いや、別に笑ってねえよ。あれは俺の本心だ」

「嘘言わないでよね! 私の裸を舐めるように見ていたくせに、変態の本心なんてわかるわけないでしょ!」

「ああもう……何だよ! 素直に謝ったのに、何で俺はそこまで言われなきゃいけないんだよ!」

レウスは以前俺が言ったように、理不尽な事を言われたので言い返していた。

そのせいで二人の会話が過熱し始めているが……すぐに止めたいとは思わなかった。

なにせアルベルトは困った表情をしていてもマリーナに優しい目を向けているし、エミリアだけでなくリースもフィアも苦笑しながらもレウスを優しく見守っているのだ。

確かにマリーナの言い分は一方的で酷く聞こえるが、余所から見ればムキになって誤魔化しているようにしか見えないのだ。素直になれない子供が必死に言い訳をしているような感じで、実に微笑ましい光景だ。

その間に俺達の紹介も済ませたが、二人の口論は続いていた。

喧嘩するほど仲が良いと聞くし、もう少し見守るのもいいのだが、あまり放置しておくとレウスが碌でもない事を言い出しそうだ。

向こうも同じ考えなのだろう、アルベルトと視線が合った俺達は頷き合ってから二人を止めようと間に入った。

「レウス。ハウスだ」

「わかった!」

「マリーナ。その辺で止めておきなさい。もっとお淑やかにしないとな」

「……ごめんなさい」

すぐに収まったものの、二人はまだ納得のいかない表情をしている。そんな雰囲気を切り替えようと、エミリアは用意した紅茶を皆に振る舞ってくれた。

しかし、そこで大きな違いが表れていた。

いつもの味に落ち着いている俺達と違い、紅茶を口にした兄妹は目を見開いたまま固まっているのである。

そして紅茶の熱さに気をつけながら飲み続け、早々に飲み干した兄妹は目を輝かせながらエミリアに視線を向けていた。

「……美味い。こんなにも美味い紅茶は初めてだ。それらしい道具も無いのに、ここまで深い味が出せるなんて一体……」

「お口に合ったようで何よりです。これはシリウス様が発見した淹れ方なんですよ」

「あの……」

「お代わりですか? どうぞ」

エミリアは兄妹にお代わりを注ぐと、マリーナは味わいながらも素早く飲み干してから再びコップを差し出してきた。

「も、もう一杯頂戴!」

「こら! 少しは遠慮をしなさい」

「だってこんなにも美味しい紅茶は初めてだもの! 兄上、この人を従者として勧誘ー……」

「待てよ! 姉ちゃんは兄貴の従者だぞ!」

興奮しているのか、少し遠慮がなくなってきているマリーナにレウスが噛みついていた。

エミリアは俺の従者でいるのが絶対だと思っているので、弟であるレウスは我慢できなかったらしい。

「な、何よ!? 何で貴方が怒るのよ?」

「姉ちゃんは兄貴のものだからだ!」

「ものって……酷いじゃない! 家族だからって、そんな奴隷みたいな言い方はあんまりよ!」

「あれを見てもか?」

マリーナの言う事は正しいだろうし、身内とは言え決めつけはあまりよろしくないだろう。

しかし当の本人は……。

「うふふ、レウスも偶には良い事を言いますね。そう……私の全てはシリウス様のものです」

俺に頭を撫でられ、尻尾を振り回して蕩けそうな笑みを浮かべていた。

ふむ……とりあえずマリーナは奴隷を嫌う人道的な子なのはわかったな。

予想できない反応を見せられたマリーナはしばらく固まっていたが、気を取り直してレウスを睨んでいた。

「で、でも私は勧誘しようと言っただけじゃない。貴方がそこまで怒らなくてもいいでしょ!」

「む……それもそうだな。悪かったよ」

「……え? な、ならいいわ……うん」

レウスの反応にマリーナの調子は狂わされているようだ。

良くも悪くも素直な奴なので、今のように突然梯子を外されたような会話になるのも珍しくない。

まるで喜劇のようなやり取りを繰り返すレウスとマリーナを横目に、アルベルトは申し訳なさそうに頭を下げていた。

「騒がしい妹ですまない。普段はとても良い子なんだが……」

「ああ、悪い子じゃないのはわかっているよ。それに、レウスはあまり対等に語り合える人と付き合ってこれなかったんだ。ああいう気安いやりとりも必要だから、むしろ助かるくらいだ」

「そう言ってもらえて助かります。ですが、まだ大事な話があるんです」

「……あまり聞かれたくない話のようだな。フィア」

「ええ、任せておいて。風よ……」

ワインを片手にフィアが歌うように口ずさめば、部屋に風の流れが生まれ、外へ音が漏れない防音部屋と化した。

それを説明すればアルベルトは驚きつつも礼を言い、意を決した表情でレウスに視線を向けた。

「レウス君。君はマリーナを助けた時、妹の尻尾を見ただろうか?」

「ああ、見たぜ。尻尾が三つあったな」

「……やはり見てしまったか。という事は、ここにいる皆さんも聞いているのですね?」

真剣な面持ちで聞いてきたので、俺達は黙って頷いた。

見ればマリーナは深刻そうな表情をしており、先程までレウスと言い争っていたのが嘘のように気落ちしていた。

「話と言うのは、それを黙っていてほしいんです。理由は……エルフを連れている皆さんならわかるでしょう」

つまり、珍しいからくだらない連中に狙われるかもしれないわけだ。

別に言い触らす理由もないので頷いたが、それだけで安心できれば苦労はしないだろう。

するとフィアが前に出てきてマリーナと視線を合わせていた。

「貴方とは色々違うかもしれないけど、狙われる気持ちはわかるわ」

「あ……はい」

「でも大丈夫、貴方が心配する必要はないわ。ここにいる人達は、そんなくだらない事をするような子じゃないわよ」

「けど、貴方がその首に着けているのって、奴隷の証のような気が……」

「これは手製のアクセサリーで、この銀狼族の二人も同じ物よ。それにほら、外す事だって出来るわ。ちなみに作ってくれたのはこの人……私の恋人よ」

まるで踊るように隣へ戻ってきたフィアは、俺の腕に抱きついて満面の笑みを浮かべていた。もしかして酔っ払ってー……いや、これは素だな。

最後の行動は別として、明らかに狙われやすい人から大丈夫だと言われた御蔭もあり、マリーナの表情はかなり和らいだ。

「というわけで安心しなさいな。ほら、レウスも何か言ってあげなさい」

「俺か? そうだな……ちょっとしか見えなかったけど、凄く綺麗な毛並みだったぜ。隠すのが勿体ないくらいだよ」

「綺麗……」

全く裏を感じさせないレウスの素直な言葉に、マリーナは満更でもなさそうな表情をしていた。

「でも、ホクトさんや姉ちゃんの尻尾に比べたらー……」

「水よ!」

「ぐぼっ!?」

その瞬間、サンドイッチを食べていたリースが魔法を発動させ、レウスの口内に水の玉を生み出して強制的に黙らせていた。見事な早業だと感心すると同時に、再び同じ轍を踏むレウスの天然ぶりに溜息が漏れた。

まあ……レウスの天然が一度や二度の注意で直るなら苦労はしない。

以前よりはましになっているが、改善には程遠いなと思っていると、アルベルトは安堵の息を吐いていた。

「……見られたのが、貴方達で良かったです」

「色々と苦労しているようだな。とにかく俺達は言い触らすつもりはないから安心してくれ。それより、こうしてまた会えたのも何かの縁だ。良ければもう少し話していかないか?」

人との交流も旅の醍醐味であろう。

勿論アホな奴にはそれ相応の対応するが、この兄妹から敵意は全く感じられないし、何よりレウスと対等な知り合いになってくれるかもしれない。

「皆さんの迷惑でなければ私はかまいません。マリーナもだろう?」

「……こ、紅茶をもっと飲みたいし、私も……いいよ」

「そこまで喜んでいただけると嬉しいですね。すぐに次のを淹れましょう」

その後、俺達の紹介を終えてからお互いに質問し合い、アルベルトの年齢は俺と同じで、マリーナは二つ下なのが判明した。

色々と隠している事がありそうな兄妹だが、それはこちらも同じようなものだ。

こうして互いの旅で見たものを語り合っていたが、気付けば男女に別れての会話となっていた。

「えっ!? エミリアさんもシリウスさんの恋人なんですか?」

「うふふ……恐れ多くも恋人にしていただいたのです。ですがあくまで私は従者でもあり、シリウス様のお世話をするのが何よりの喜びです」

「じ、実は私もなの。エミリアより付き合いは短いけど、色々と助けられて……」

「リースさんまで。シリウスさんってそんなにも凄い人なの?」

美味しい紅茶にサンドイッチを分けてくれたり、そして共感できる女性がいるせいか、マリーナはかなり打ち解けた様子である。

「まあ、普通とは絶対に違うってのは間違いないわ。ほら、少し前にガラフの町で行われた闘武祭は知ってるかしら?」

「闘武祭の途中で町を離れたのですが、噂だけ聞きました。確か優勝者はー……そうか、そういう事なんだ」

「勿論実力だけじゃないわ。私達は皆、彼を純粋に慕って一緒にいるのよ」

本人が同じ部屋にいるのに、自分達の関係を説明する為に全く遠慮のない会話が飛び交っている。

正直に言えば少し恥ずかしく、思わず突っ込みたくなる会話が続いているが、和やかに話し合っているのを邪魔するのもあれなので我慢するとしよう。

それから俺の事を一通り語り終わったところで、フィアはマリーナの体を隠している全身マントに視線を向けていた。

「ねえ、さっき話した通りならマリーナには尻尾が三つあるのよね? 良かったら見せてもらってもいいかしら?」

「それは……」

「あ、駄目ならいいわよ。レウスが綺麗って言ってたから、ちょっと気になってね」

「……もうばれているなら……いいかな?」

それだけの信頼を得たのか、マリーナは一瞬迷いつつもマントを脱ぎ始めた。

ちなみにマントの下は和風と言うのか、袴に似たような独特な服装であったが、肝心の尻尾は―……。

「「「……一つ?」」」

「実はこれ幻なの。ちょっと待ってね。ふぅ……」

マリーナが脱力しながら大きく息を吐けば、尻尾から魔力が溢れだすと同時に形が歪んだかと思えば、まるで分裂するように分かれて尻尾が三本となっていた。

「私は 狐尾族(フォックステイル) のご先祖様が持っていた力、幻を見せる能力が使えるの。あまり複雑なものは無理だけど、今みたいに尻尾を一本に見せる幻を作る事ができるんだ」

「へぇ……魔法とは違うんだよね。でもこれがあるなら、レウスの時も隠せたんじゃあ?」

「今みたいにおもいっきり気を抜いたり、驚いたりすると上手く制御できなくて幻が保てないの。それにあの時は、沐浴が気持ち良くて油断していたというか……」

「運が悪かったー……いえ、レウスで運が良かったのかしら? 少なくともあの子は女性を変な目で見ないものね」

「ちょっと待ってフィアさん! 運が悪いに決まっているじゃないですか! あんな人の特徴を見比べるような奴は許せない! 兄上ならとにかく、あんな……あんな男に裸を見られるなんて……あああぁぁぁっ!」

思わず眺めてしまったが、向こうは向こうで楽しそうに会話しているようだ。

それにしても、珍しい光景を見れたものだ。

本や人伝では 狐尾族(フォックステイル) にマリーナのような能力があると聞いた事はない。ご先祖様が使っていたと言うし、尻尾が三つある特殊な状態といい、彼女は先祖返りみたいなものだろうか?

「……他人にはあまり本性を見せないあの子があんなにも楽しそうに。本当に良かった」

「本性見せないって、俺にすげぇ怒っているのにか?」

「それは照れているのを必死に誤魔化しているんだよ。レウス君に綺麗だって言われる度に尻尾が震えているから、内心は喜んでいるのさ」

尻尾が三つという特徴のせいか、故郷では回りから敬遠されているらしく、家族以外には丁寧な対応をとって決して素を晒す事はなかったらしい。

今の彼女を見ているとそうは思えないが、それだけレウスとの出会いが衝撃的だったのかもしれない。

他にも、綺麗だとお世辞もなくはっきり言われたのが初めてであり、嬉しくて堪らないのではないかと兄のアルベルトはしみじみと語っていた。

「まあ向こうは問題なさそうだな。ところで、俺達はパラードを目指しているんだが、アルベルト達はこれからどこへ向かうつもりなんだ?」

「……実は、その点で相談があるのです」

「相談なら任せとけ! 兄貴なら何でも答えてくれるぞ!」

何故お前が言う? それだけ信頼されている証拠だろうが、勝手にハードルを上げるな。

面倒事の予感はするが、アルベルトの表情は真剣なので俺は話を聞こうと腰を据えた。

「レウスの言う事は気にしないでくれ。話は聞いてもいいが、答えられるとは限らないぞ」

「厚かましい事でもありますので、聞くだけでも構いません。その……私を鍛えてもらえないでしょうか? 勿論それ相応の謝礼は払います」

「……何故俺なんだ? 闘武祭で優勝したからか?」

「その通りです。私はある目的の為に、急いで強くならなければいけないのです」

「目的って口にしたからには、その理由を語ってくれるんだろうな」

「はい、話せる限り説明したいと思います」

深々と頭を下げ、アルベルトは一度居住まいを正しながら語り始めた。

「私はパラードのとある貴族の出なのですが、私には子供の頃から将来を誓い合っていた許嫁がいたのです」

「貴族なのは物腰から何となくわかるが、許嫁がいたってのは、つまり……」

「はい。数ヶ月前、突然彼女の親が一方的に婚約を破棄し、他の男を無理矢理宛がおうとしたのです」

自分の娘をより位の高い家へ嫁がせ、繋がりを得る政治的利用……まあ、貴族間ではよくある話だ。

実際アルベルトの話もそれらしく、親が他の貴族へ鞍替えしたわけだ。子供同士ではどうしようもない話でもあるが、その女性と相思相愛だったアルベルトはどうしても納得できなかった。

「私は彼女の親の下へ向かい食い下がったところ、とある条件を出してきたのです」

「まさか……」

「はい、闘武祭で優勝してこいと」

闘武祭でも見たが、剣の腕は中々のものだと知れ渡っていたゆえにそういう条件を出してきたらしい。

微妙な罪悪感があるが、正直に言うならアルベルトの腕では優勝は不可能だろう。

例え俺達が出場していなかったとしても、明らかにアルベルトより格上である傭兵のジキルに、剣聖の息子であるベイオルフが出場していたからな。

アルベルトもそれを理解していたらしく、気にしないでほしいと手を振っていた。

「全ては俺の実力が足りないせいですから。最悪、彼女を攫って逃げる手も考えながら報告しに戻ったのですが、準々決勝まで残ったのが評価されたらしく、もう一度だけチャンスを貰えたのです」

「それでその条件は?」

「ここから少し離れた山に、グルジオフという竜が生息しています。その竜を一人で討伐してみせろと」

「竜か……今の俺で斬れるかな? そのグルジオフってのはどんな竜なんだ?」

アルベルトの説明によると、硬い皮膚と鱗を持つ中型サイズの竜で、空を飛ぶ翼竜の一種らしい。

その竜を一人で倒し、討伐証明として竜の頭に生えている角を取ってこいと言われたそうだ。

「悔しいですが、今の私では難しい魔物でして……」

「なら別の人に倒してもらい、角だけ貰えばいい。卑怯だと思うが、どうしてもその女性と結ばれたいのならそれも一つの手だ」

「俺が斬ってこようか?」

「……私自身が嫌なのもありますが、それでは意味がないのです。条件には続きがありまして、角を持って帰った後はとある剣士と戦い、勝てば娘をやってもいいと……」

グルジオフを単体で倒せる実力を持つ、パラードでは結構有名な剣士らしい。

つまり……グルジオフを倒せる実力が必要だから俺に鍛えてほしい……というわけか。

「闘武祭で戦ったレウス君の一撃は凄まじいものでした。そんなレウス君の師であるシリウスさんに鍛えてもらえるなら、手が届きそうな気がするんです」

たとえ断ったとしても、アルベルトは突撃してしまいそうな気がするので、放っておくのは危険だ。

それに何より、闘武祭で戦うアルベルトを見た時、俺はここで消えるのは惜しいとこっそりと手助けしてしまう程に気にかけていた。つまり心のどこかで、この男を鍛えてみたいと思っていたわけだ。

真摯に答えている点から人格に問題はなさそうだし、もしかすればレウスにも違った刺激を与えられるかもしれないな。

「完全に私事でありますが、これが理由です。強くなれるならどんな苦しみも耐えてみせましょう。どうか……よろしくお願いします!」

「兄上……」

気付けば女性陣もこちらに視線を向けており、内容をしっかりと聞いていたようだ。

深々と頭を下げるアルベルトに、俺はもう少し情報を求めた。

「期限はあるのか?」

「彼女の誕生日である、半月後です」

「……短いな。強くなれる保証はないぞ?」

「座して待つくらいなら、可能性がある方に賭けたいのです!」

その許嫁だった女性の誕生日と同時に式を行う予定だそうだ。

詳しい日付を聞けばもう少し日はあるようだが。竜を倒して移動する時間を考えると、鍛える期間は半月に届くかどうかだな。

どんな苦しみにも耐えると自ら口にしたんだから、死にそうな目に遭うぞと確認はしない。

「いいだろう、俺の出来る範囲で鍛えてあげよう」

「本当ですか!」

「ただ鍛えると言う事は、期間限定だが俺の弟子になるって事だ。そして俺はアルベルトと違って平民だし、俺の弟子になれば完全に下と見るぞ?」

弟子にしなくても普通に鍛えてやればいい話だが、教える以上は弟子にする……俺の拘りでもある。

余所の師弟関係は知らないが、同年代だろうと完全な上下関係はあると念押ししておく。

「構いません。それにシリウスさんの腕は信頼しています。レウス君を見ればよくわかりますよ」

「わかってるじゃねえか。厳しいけど、兄貴について行けば間違いねえぞ!」

「ああ、短いがよろしく頼むレウス君。いや、この場合は先輩になるのかな?」

「兄貴の下なら上も下も関係ねえよ。それと君だとか呼ぶのも止めてくれ。何か嫌だ」

「そうか、ではレウス……と」

「じゃあ俺はアルって呼ぶぜ。よろしくな!」

元からレウスは物怖じせず人と接する性格なのだが、アルベルトの場合は特に親し気である。

気が合うのもあるのだろうが、一度とはいえ闘武祭で自分の剣を受け流した相手なのでレウスなりに認めているのだ。

しかし、アルベルトが嬉しそうに笑っているのに、逆にマリーナは少し落ち込んでいる様子が見られた。

「兄上……」

「勝手に決めてすまない。だが、必要な事なのだ。これから格好悪い姿を見せてしまうだろうが……」

「いえ、兄上が決めた事ならば。それに、私は無理を言って付いてきた身ですから、口を挟む資格はありませんよ」

「……ありがとうな」

まあ、自分の兄が同年代なのに俺の下になると言うのだ。心酔しているせいか、兄の格好悪い姿は見たくない気持ちがあるのだろう。

その辺りについては、これから部屋に戻ってじっくりと話し合うだろう。

それより……。

「まずは……あれからだな」

時間がないから、訓練も早足で進めて行かないとな。

俺はアルベルト用の訓練プランを考えながら、ほくそ笑むのだった。

「はっ!? おいアル! 今日は夜更かしはしないでしっかり休めよ」

「な、何を言ってー……」

「いいから休め! 体調を万全にしておかないと、明日死んじゃうぞ!」

「……わかった」

とりあえず明日はアルベルトの実力を測る為に、死の一歩手前まで追いこむつもりだったが、レウスはそれに感づいたようだ。

それからもうしばらく俺達は語り合い、それぞれの部屋に戻るのだった。

次の日、アルベルトとマリーナを連れて、町の外に出た俺達は訓練を開始し……。

「ぐああああぁぁぁぁ――っ!?」

「兄貴! ちょ、手加減なしー……うおおおおぉぉぉぉっ!?」

朝の空に、男二人の悲鳴が響き渡るのだった。