軽量なろうリーダー

童貞を召喚する魔術で皇帝を召喚してしまった……

作者: 棚本いこま

本文

私は半人前の魔女である。

長きにわたり魔術の修行に励み、ついに見習い卒業一歩前まで辿り着いた。

師匠から届いた手紙に記された「見習い卒業試験」の内容は、こうだった。

『この国にいる童貞を一名、召喚すること』

手紙を持つ手が震えた。

童貞の召喚。それは、とても高度な魔術である。

「噂には聞いていたけど、魔女の卒業試験って本当にこれだったんだ……!」

ただでさえ難易度の高い「転移魔術」に、この国全土を効果範囲とする「座標認識魔術」、そして任意の特徴(この場合は童貞)を持った対象を選び出す「捕捉魔術」を組み合わせなければならない、それが童貞の召喚なのだ。

つまり童貞を召喚できる魔女は、一人前を名乗るだけの実力があるということだ。まさに見習い卒業にふさわしい試験と言えよう。

「えーと、試験の詳細は……」

***

召喚対象は、この国にいる童貞なら誰でもいい。

対象を召喚したら、逃走・通報される前に、速やかに睡眠魔術で眠らせることを勧める。

そして手紙に同封した「童貞を同定する魔道具」にて、本当に童貞であるか確認せよ。

童貞の是非を確認できたら、速やかに帰還魔術で送還すること。

以上の完遂を以て、我が弟子・ネリネを一人前の魔女と認定する。

まあ頑張れ。お前ならできる。この俺の弟子なのだから。

偉大なる師匠より。

***

「はい、師匠……! 頑張ります……!」

師匠からの手紙を大事に仕舞い、さっそく童貞召喚の準備に移った。

草むしりを欠かさないので常にすっきりしている中庭にて、愛用の杖で地面にガリガリと術式を書き込む。正確に、丁寧に、心を込めて。

「よし、できた!」

師匠が送ってくれたペンダント型の「童貞を同定する魔道具」も、しっかり首からぶら下げておいた。あとは召喚魔術を起動するだけだ。杖をぎゅっと握り、魔力を練る。

「我が望みし者、其は童貞! 我が声に応え、ここに出でよ! 来たれ童貞!」

円形の術式が強く光り輝いた。突風が吹き荒れ、思わず目を閉じる。

ドッと魔力を持って行かれた感覚、そして、魔術が成功した手応え。

風が止んだので、恐る恐る目を開けてみた。もあもあと立ちのぼる煙の中に、人影が見える。長身だ。体格もしっかりしている。うん、男の人だ。

男性という第一条件は満たした。

あとは童貞の是非を確認するのみ!

「あの、突然お呼び出しして申し訳ありません。私は魔女のネリネと申します。このたびは……」

煙の向こうの人影に声をかけてから、ハッとして自分の口を塞いだ。

そうだった、呑気に自己紹介なんかして私は馬鹿か。師匠からの指示は「逃走や通報をされる前に、速やかに睡眠魔術で眠らせること」だったじゃないか。

いきなり召喚されて混乱しているだろう童貞さん(暫定)には申し訳ないけれど、逃げ出されたりお巡りさんを呼ばれたりしては大変だ。眠っていただかなければ!

魔術を行使すべく、慌てて杖を構える。

と、杖の先端をガシッと掴まれた。

「えっ」

そのまま強い力で引かれ、強引に杖を奪われる。一瞬ぽかんとしてから、唯一の武器を奪われた事実に気が付いた。

あっこれ詰んだのでは……と思っている間に煙が晴れ、相手の姿が露わになる。

黒髪の青年だ。年は二十代後半くらいだろうか。青い瞳に冷え冷えとした光を宿して、こちらを見下ろしている。威圧感が怖い。彼に握られた私の杖がミシッと不吉な音を立てた。握力が怖い。

「魔女……ネリネと言ったな」

「ひゃいっ」

冷たい眼差しと同じくらい冷たい声に、思わず肩が跳ね上がった。

「我が名はラドルハウグラン・ラゼルイフリト」

「ラッ……」

絶句した。いかに世間に疎い魔女といえど、この国に住んでいる以上、その名の意味はさすがに分かる。

顔面蒼白で震える私に、青年は続けた。

「――魔女が皇帝を呼び出して、なんの用だ」

師匠、ごめんなさい。

童貞を召喚する魔術を使った結果、皇帝を釣り上げてしまいました。

杖がなければ、魔術は使えない。

魔術が使えない私は、控えめに言ってカスである。

ゆえに今の私にできることは、ただ一つ。

「まことに申し訳ございませんでしたぁっ!」

師匠直伝の土下座を敢行する私に、我が家の粗末な椅子に鎮座まします皇帝が、冷たい一瞥をくれた。

中庭での召喚直後、杖がなければ私は何もできないことを瞬時に見抜いたらしい皇帝は、「賊か」「抵抗すれば殺す」「何が目的だ」「言わなければ殺す」「状況を説明しろ」「逆らえば杖を折る」と、次々に質問と脅迫を投げかけてきた。

「賊ではありません」「抵抗しないので殺さないでください」「これは試験の一環で」「なんでも言いますので殺さないでください」「召喚魔術であなたを呼び出しまして」「決して逆らいませんのでどうか杖は折らないでくださいコレ高かったんです」と、私が唯々諾々と従う内に、皇帝は私に敵意がないと判断、立ち話もあれだから事情聴取の続きは屋内で、ということになったのだ。

で、皇帝召喚の経緯を洗いざらい話し、土下座をかまし、今に至る。

「童貞を召喚する魔術……」

「はい、そうです、国内の童貞を無作為に一名だけ召喚する魔術です」

土下座を継続しつつ、首に提げた童貞同定魔道具をちらっと見る。真っ赤に輝いている。燦然と輝く童貞の証である。うん。

「えー、皇帝陛下は紛うことなき童貞であらせられるようですので、今回の召喚魔術の対象になったものと思われます」

長い足を組んで椅子に座る皇帝は、まるで人質だと見せつけるかのように私の杖をぺしぺしと弄びながら、やはり身が竦みそうなほど冷たい視線と声で言った。

「皇帝を狙ったわけではなく、童貞なら誰でもよかったと?」

「はいっ! 童貞なら誰でも!」

「俺を召喚したのは全くの偶然で、他意はないと?」

「はいっ! その通りです! 決して国家反逆とか身代金目的とかで、皇帝陛下を誘拐したわけではないんです! 本当に全っっっくの偶然で! たまたま童貞の皇帝が釣れちゃっただけで! 他意は! 他意はないんです! どうか許してください! 処刑だけは勘弁してください!」

床に額をこすりつけて必死に助命嘆願したら、やがて「顔を上げろ」と声がかかった。涙目で震えながら、怖々と皇帝を見上げる。

「謝罪はもういい。故意による誘拐ではないことは理解した。ちょうど休憩時間だったからそこまで迷惑でもないし」

「!」

皇帝誘拐罪で良くて終身刑・悪くて斬首刑かなと、人生終了の覚悟および辞世のポエムを詠む決意をうっすら固めていたのだが、こんなにあっさり許してもらえるなんて。ああ、皇帝が心の広い人でよかった……!

「あ、ありがとうござ……」

「魔女ネリネ」

「は、はい」

「お前は童貞のエキスパートか?」

「ちょっと何を言っているのか分からないです」

やったぁ許してもらえたぞと思いきや、妙な質問をされてしまった。

「帝国全土という大規模な範囲に対し、正確に対象の特徴を抽出し、指定の場所へ転移させる……凄まじい技量だ、魔女ネリネ」

「えっ、そん、そんな、えへへっ、それほどでも」

かと思えば唐突に魔術をべた褒めされて、私は照れ照れと頭を掻いた。

「高度な魔術で童貞を自在に呼び出せる……つまり童貞のエキスパート」

「あっそこに着地しちゃうんだ」

謂われなき童貞エキスパート判定に愕然とする私に、皇帝は「見下ろし続けて首が痛い。いつまでも床に張り付いてないでお前も座れ」と、空いている椅子を顎で示した。

権力者の命令だしそろそろ膝も痛かったし、私は従順に土下座姿勢を解除して、テーブルを挟んで正面の椅子に大人しく座る。

「童貞のエキスパート・魔女ネリネよ」

「不要な枕詞がついていますが、はい」

向かい合って座る皇帝は、テーブルの上で手を組み、神妙な顔で言った。

「俺は今、臣下たちから童貞をやめるか皇帝をやめるかの二択を迫られているのだが、どうすればいい?」

「ちょっと何を言っているのか分からないです」

「童貞と皇帝、どちらをやめるかという二択だ」

「端的に言い直されたところで混沌でしかなく」

「事は先月、俺が二十七歳の誕生日を迎えた日に遡る……」

「話を進めないで」

「俺はかねてより臣下たちから、早く世継ぎを作れ、女性に興味を持て、妃を選べと再三言われてきた。だが全てを無視し、二十七歳まで生きてきた」

こちらの制止を無視し、淡々と話を進める皇帝。しかしこれが偉い人のカリスマ性というやつか、私は動揺も忘れて、ついつい話に引き込まれてゆく。

「すると業を煮やした臣下たちが、『三十歳までに童貞を卒業しなければ皇帝の座を降りてもらう』と脅してきたのだ」

「な、なんと……」

童貞を守ってきたという話が、ワンツーステップで国家規模の話に繋がってしまった。なんと壮大な童貞問題……と謎の感慨を抱かされたところで、ふと疑問が浮かぶ。

「あの、なぜ皇帝陛下は童貞なのでしょうか? 世継ぎ必須のお貴族様なら、ましてや皇帝ともなれば、必ず閨教育があったのでは?」

「あった」

「でしたら、そこで否応なく脱・童貞に至るのでは……?」

「断固として脱・童貞は断った。閨教育から逃げ出し、夜とぎを断り、見合いを断り、今に至る」

「なぜ皇帝陛下は、そこまで頑なに童貞をお守りに……?」

私の質問に、皇帝は見惚れてしまうくらい凜々しい表情で言った。

「我が身の純潔は、いつか出会う愛する人に捧げたいからだ」

「ま、真っ当な童貞だ!!」

あまりに清く気高い志に思わず仰け反ってしまった。椅子をガタつかせる私に構わず、皇帝は曇りなき眼で続ける。

「愛以外の理由で女性とそういうことを致すのは良くないと思う」

「ま、眩しい!」

「子どもには跡継ぎとか政治とか体面とかそういう理由ではなく、運命の相手と恋に落ちて愛を育んだ先に生まれて欲しいと思う」

「眩しすぎる!」

かくも純粋で輝やかしい心で一途に童貞を守ってきたなんて……と、あまりの健気さに感動で震えてしまう。

しかし、ここまでキリッとしていた皇帝の表情が一転、どんよりと曇ってしまった。

「そういうわけで運命の相手との出会いを待ちわび、二十七年間しっかり童貞を守った結果、皇帝の座を追われる羽目になったわけだが……」

「現実が暗い……」

「まあこのままだと直系の皇族が途絶えるから、臣下たちが焦るのも無理ないのだが……」

「現実が童貞に厳しい……」

清く眩しく真っ当な童貞である彼なのに、皇帝という地位のために童貞を守る自由さえないなんて……。なんだか私まで切なくなってきて、一緒にしおしおと打ちひしがれる。

ふたり揃ってしおれていたら、居間にどんどん重い空気が垂れ込めて、ついに皇帝はゴンッとそこそこ勢いのある音を立てて、テーブルに突っ伏してしまった。

「……俺さぁ……すげぇ辺境の田舎で暮らしてたガキの頃はさぁ……確かに生活は楽じゃなかったけど、楽しいこともたくさんあったんだ……」

「皇帝なのに、すげー辺境で幼少期を……?」

「なのに血筋がどうたらで王都に連れ出されて……歴史書には残せないやべぇ政争があったらしくて……皇帝の経歴に傷が付くからって辺境暮らしの過去は抹消されて、母親もすげぇ高貴な貴族ってことにされて、皇子として周りの大人にあれよあれよと担ぎあげられて……」

「あ、あのそれ国家機密とかじゃないですか……? 抹消されたやべー事実を私が聞いちゃって大丈夫ですか……?」

「それで十一歳で即位してさぁ……皇帝になった以上ちゃんとしなきゃと思って、周りの期待に応えようと思って、それからずっと頑張ってきてさぁ……寝る間も惜しんで勉強して、言葉遣いだって直して、政治も必死にやって……そしたらいつの間にか『大賢帝の再来』とか言われて……期待に応えたらそれ以上の期待が被ってくる状況って何……? 責任が辛い……皇帝しんどい……うぅっ……」

「ど、どうしよう、本日が初対面の大の男がテーブルに突っ伏してしくしく泣いてる時ってどうしたらいいんだろう」

「でも簡単にやめるわけにはいかない……このまま陛下が皇帝の座を降りるなら直系不在で誰が政権握るかのやべぇ政争シーズン2始まるかもって臣下に言われてるから……だから今後もしっかり皇帝ってくつもりはあるんだ……」

「皇帝ってくって動詞はじめて聞いた……」

「それなのに……俺はちゃんと頑張るつもりなのに、このままだと童貞を守る権利を奪われるなんて……イチャイチャするなら好きな女の子とじゃなきゃ嫌なんだよぉ……俺は家格とか国内勢力の配慮とかそういう不純な動機と無関係に、純粋に愛だけの恋がしたいんだよぉ……」

「ピュアピュアだ……」

「白い砂浜で追いかけっこさせてくれよぉおお……夕暮れの花畑で愛を誓わせてくれよぉおおお……打ち上げ花火じゃなくて君の横顔に見とれさせてくれよぉおおおお……」

「夢いっぱいだ……」

人んちのテーブルをしくしくと泣き濡らす成人男性(二十七歳、職業:皇帝)があまりに哀れだったので、私はそーっと立ち上がり、台所へ行き、紅茶と茶菓子を用意して席に戻った。

「あの、元気出してください。こちら粗茶と粗クッキーですが……」

コトンとお盆を置くと、皇帝は顔を上げた。ふてくされた表情の彼は、初回の思わず全面降伏したくなるような冷たさが薄れて、あんまり怖くない。

「まっっっっず」

紅茶を一口飲むなり皇帝は顔を顰めた。睨まれた。とても怖い。

「だ、だから粗茶だって事前告知したじゃないですかー……」

「お前よく皇帝相手に粗茶出せたな。っていうか絶対に賞味期限切れてんだろこの風味の無さ」

「これが我が家の標準的なお茶なんですよー……」

突っ伏した辺りから口調が若干変わった(皇帝になってから言葉遣いを直したと言っていたので、こっちが素かも知れない)皇帝は、覇王系の怖さからチンピラ系の怖さに移行しつつあった。なんにせよ怖いので、私はお盆を盾にして震えるしかない。

「でも」

と言って、皇帝はあれだけ心を込めて不味いと言い放った紅茶に、再び口を付けた。

「なんか懐かしい……そうだった、ガキの頃に飲んだ紅茶も、こういう香りもクソもねぇ渋いだけの色付いたお湯だったな……」

それから皇帝は、私が出した粗茶(香りもクソもねぇ渋いだけの色付いたお湯)を綺麗に飲み干し、粗クッキー(ノーコメントだったので逆に不安)も平らげた。

「ごちそうさま」

「あっはい。お粗末さまでした」

定型句ではなく本当にお粗末な品だったけれど、それでも温かいお茶とお菓子で元気は出たのか、皇帝は再びスンと冷えた、自発的に平伏したくなるような威厳のある雰囲気に戻った。

「で。魔女ネリネ」

「はっ、はい」

「俺は今、臣下たちから童貞をやめるか皇帝をやめるかの二択を迫られているのだが、どうす」

「あーっ! もうこんな時間! そろそろお帰りになられますよね! 皇帝陛下だってお忙しい身ですものね!」

厄介ごとに巻き込まれる前に、慌てて大声で遮った。

皇帝の童貞問題など、もはや一介の魔女の手に負える話ではない。私に手伝える案件ではない。うん、速やかに帰ってもらおう。召喚した童貞をおうちに帰すまでが卒業試験なのだ。私の卒業という観点からも、彼には帰ってもらわないと困る。

「じゃっ、私ちょっと帰還魔法の準備してきますね!」

私の手に余る童貞もとい皇帝を速やかに返品すべく立ち上がり、皇帝のそばに立てかけられている我が愛しの杖に手を伸ばしたら、寸前でガシッと腕を掴まれた。

「手伝え」

「えっ」

「平和的に皇帝をやめる道を見つけるか、運命の相手と恋に落ちて童貞をやめる道を見つけるか、どちらかを手伝え」

「えっ!?」

「まあ現実問題として前者は不可能に近いので、後者に力を入れてもらうことになる。俺を純愛ハピエンの恋路に導け」

「砂浜追いかけっこ発言あたりからちょいちょい思ってたんですけど皇帝陛下って恋愛小説めっちゃ読んでますよね!?」

「お前には俺を手伝う義務がある。俺の身の上話を聞いたのだから最後まで責任を取れ」

「そ、そ、そっちが勝手に話を始め」

「俺を召喚した責任を取れ」

「大変だそれを言われるとぐうの音も出ない」

「俺に協力するのであれば、お前が犯した皇族誘拐の大罪を見逃してやってもいい」

「あっこれうやむやにできなかったら割と極刑のやつだ」

「俺に協力するか?」

「……」

「分かった、せめて斬首か火炙りか好きなほうを選ば」

「ぜひ協力させていただきますっ!」

きっと当時はお口が悪くとも純粋無垢だったろう十一歳の少年は、十六年に及ぶ皇帝生活を経て、人を脅迫することをしっかりと覚えたらしい。

言質だけでは信用できないということで、きっちりと「私は皇帝陛下に協力を惜しみません」と誓約書まで書かされた。抜け目ない。

「よし。ひとまず今日は帰る。明日も同じ時刻に俺を召喚しろ。いいな」

「……」

「分かった、火あぶ」

「はい喜んでぇ!」

――こうして、童貞を召喚する魔術で皇帝を召喚してしまった結果、皇帝の童貞卒業に協力することになった私は。

「それでは第一回・皇帝をやめないために運命の相手と恋に落ちて童貞をやめよう会議を始める」

「ああ、なぜこんなことに……」

「何か意見はあるか、ネリネ」

「え、えーと……まず確認なのですが、皇帝陛下の思う『運命の相手』って、どういうものですか? そこの定義をはっきりさせていただきたく」

「運命は運命だ。なんかこう、たまたま偶然まぐれで出会っちゃった、みたいな感じだ」

「偶然、ですか?」

「そうだ。地位も身分も関係なく、全くの偶然により出会った二人、これぞ運命の……。……!」

「? どうしましたか?」

「……。……。……」

「な、何か言ってくださいよ!」

「い、いや、別になんでもない。あれだ、あー、あまりの粗茶の不味さに意識が飛んだだけだ」

「出せって言ったのあなたじゃないですか!」

とまあこんな感じで、皇帝を召喚する毎日が――召喚しては粗茶を要求されたり、童貞卒業に向けた意見交換をしたり、運命の恋人との来たるべき日に備えた実地訓練だとかでデートの練習に付き合わされたり、センスの良い贈り物をする実地訓練だとかで可愛い小物をもらったり、たまには奮発して高い紅茶を買ってみたら粗茶がいいとごねられたり――そんな大変な毎日が、始まってしまったのだった。

「ふう、こんな調子で運命の相手なんて見つかりますかねぇ……童貞三十周年まで、あと三年しかないのに……」

「まだ三年ある。絶対に口説き落とす」

「その口説き落とす相手が見つからないんじゃないですかぁ……」

「……。……。……」

「なんで睨むんですかっ!?」

おしまい!