軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

158 ヘンリー像

泣いてしまった私を、ヘンリーさんが「よしよし」と肩を抱えて宥めてくれる。

「すみ、すみません、いきなり泣いたりして。カルロッタさんが幸せそうでよかったなと思ったら、気持ちがあふれてしまって」

「それはわかってる。母のことを心配してくれてありがとう」

「私からもお礼を言わせてね。マイさん、私のことで泣いてくれてありがとう」

「ふゎい、どう、いたし、まして」

グスグスと泣きながら何度も深呼吸して、やっと落ち着いた。

カルロッタさんは優しい表情だけど、アルノルドさんは明らかに困惑している。子供たちは何が起きたのかわからず固まっている。

カルロッタさんの事情を知らないらしいアルノルドさんたちの前で、いきなり泣いて申し訳ない。

「もう大丈夫です。取り乱して失礼しました」

「マイさんは魔法使いなんでしょう? ちょっとだけ魔法を見せて?」

テオ君は期待の視線を向けてくる。話題が変わったのはありがたい。涙が引っ込む。

「ひと通りの魔法が使えますよ。たとえば水魔法はこんな感じ」

「うわ! すごいな! その水、もっといっぱい出せるの?」

「出せます。お風呂に入れるくらいの水も出せますよ」

「そんなに?」

テオ君が食いついている。彼だけじゃない。空のグラスに水を入れただけで、ヘンリーさん以外の全員が目を丸くしていた。

私は持ち前のサービス精神が刺激されて、何を見せたら喜ばれるかなと考えた。

「薪をお借りできますか?」と尋ねたらアルノルドさんが「ありますよ」と言って薪を三本持ってきてくれた。

薪をテーブルの上に置き、「こんな魔法も使えます」と言って変換魔法を放った。

一本と半分の薪が消えて、テーブルの上には身長二十センチほどのヘンリーさんの像が現れた。

ヘンリーさんは少し足を開いて立ち、マントを翻しながらほんのりと笑みを浮かべている。この表情は大好きな焼肉の日替わり定食を目の前に出されたときの顔だ。

そこからはかなり盛り上がった。

クララちゃんは「すっごおい!」と目を丸くしたし、テオ君は「こんなこともできるんだ?」と感心している。

アルノルドさんはヘンリー像を手に取って顔を近づけ、しげしげと見つめている。すると、ずっと黙っていたカルロッタさんが「これ、私が貰ってもいいかしら」と真剣な顔で私に尋ねる。

「もちろん。どうぞ」

「マイさんありがとう! なんて嬉しい!」

カルロッタさんはヘンリー像を胸に抱きしめて目を閉じた。こういう姿を見ると、変換魔法が使えてよかったと思う。

「僕も何か作ってほしい!」

「私も!」

「何でも作れますよ。私が知っているものならですけど、クジラはいかがです?」

クジラを挙げたのは、海の生き物の獣人はいないはずと思ったからなんだけど。

「クジラってなに?」

「えっ?」

テオ君が純真なお顔でそう尋ねるから、私は思わずヘンリーさんを見た。すると普段はいつも冷静沈着なヘンリーさんが少しだけ動揺している。そして私の耳に顔を寄せて「クジラはいないんです」とささやいた。

いないって、この世界にクジラはいないってことだろうか。それとも知られていないってことだろうか。いや、大型の船がある世界なんだから、誰も見たことがないってことはないような。

「ええと、クジラは気にしないでいいです。なにか作ってほしいものがあれば作ります」

「私、お姫様!」

「僕は勇者!」

「とりあえず作ってみますね。お好みのものが作れるといいのですが」

髪をアップにしてお花みたいなドレスを着たお姫様を作った。昔読んでいた絵本の中のお姫様だ。お顔はクララちゃんに似せた。勇者は剣を掲げて立つテオ君似の勇者像にした。

結果、どちらも子供たちのお気に召して大喜びされた。会話も弾み、突然泣き出した私の失態は回収されたと思う。

その後はアルノルドさんが「今日はもう仕事を終わりにして、三人で過ごして」と言ってくれて、私たちはカルロッタさんの自宅に向かった。しんがりを務めているのはヴェルトラムさんだ。

カルロッタさんが住んでいるのは集合住宅で、アルノルドさんの家から徒歩三十分くらいの賑やかな場所にあった。独り暮らしにはちょうどいい広さで、すっきりと片付いている。

今回はヴェルトラムさんにも入ってもらうことにした。

カルロッタさんはヘンリー像を壁の棚に大切そうに置いて満足げに眺めている。

ヴェルトラムさんも興味深そうに像を見ている。この世界に銅像はあっても、この手のフィギュアはないのかも。

「本当に驚いたわ。魔法って素晴らしい。こんなこともできるのね」

「そうだね。何よりも、こうして会いに来られたのは全て、マイさんのおかげなんだ。これからは時々こうして会いに来てもいいかな」

「もちろんよ。嬉しいわ。それで、いつまでいられるの?」

「一週間後には国に戻る」

「明日も会えるの?」

「会える。母さん、明日の夕飯を俺たちと一緒に食べない?」

「ええ、そうしましょう。本当に夢みたい。ヘンリーにはもう一生会えないと思っていたのに」

そう言ってカルロッタさんがヘンリーさんの顔を見詰めている。ヘンリーさんが少し赤くなって、なぜかせっせと私の魔法を自慢し始めた。私のことなんていいから、もっと親子の会話をすればいいのに。

カルロッタさんはカルロッタさんで、「明日はどんなレストランに行くのか。もしよかったら自分の手料理をまた食べないか」と聞いたり、「今夜はどこに泊まるのか」と聞いて、ヘンリーさんがホテルに泊まるつもりだと答えている。なんだか普通の会話だ。

私だったらもっとこう、親子ならではの会話をするのにと思ったが、よく考えたら東京に帰ったときの私も「なめこのお味噌汁が飲みたい」「今日は水族館を見てきた」なんて、ありきたりな会話をしたんだった。

もしかしたらすごく会いたい人に会えた場合の会話って、こんな感じなのかもね。

明日の夕飯をカルロッタさんの家で一緒に食べる約束をして、私たちは外へ出た。ヴェルトラムさんが今回もしんがりだ。彼に聞かれないようにヘンリーさんに質問してみた。

「ヘンリーさん、こっちの世界にはクジラがいないの?」

「俺は聞いたことも見たこともありません」

「そうなんですねえ。思わぬ落とし穴だったわ。危なかった」

私がこの世界の人じゃないことが、クジラでバレるところだった。ヘンリーさんは苦笑している。

「それより、アルノルドさんの子供にも母さんにも優しくしてくれてありがとう。嬉しかった」

「当たり前のことです。みんなに笑ってほしいもの」

「俺はマイさんと結婚できてよかったと、今日しみじみ思いました」

「そう思ってくれたならなによりです。えへへ」

もしかしたらバカップルっぽい会話をヴェルトラムさんに聞かれたかもしれないけど、二人でにやけながら話をして王城へ戻った。明日からの予定を打ち合わせしたいからと、ヘンリーさんがジュゼル・リーズリーさんを探した。

リーズリーさんはなかなか見つからず、お城の雰囲気もなんとなくざわざわしてる。ヴェルトラムさんが気を利かしてすれ違う侍女さんに聞いてくれた。

「リーズリー氏がどこにいるかわかるか?」

「ウェルノス王国の魔法使い様でしたら、先ほど陛下に呼ばれてお話合いの最中です」

「ということですが、お二人はどうなさいますか?」

「では我々はホテルに泊まろうと思います。よさそうなホテルを歩きながら探しますよ」

ヘンリーさんがそう答えると、侍女さんが慌てた感じにこちらに迫る。

「いえ、もうお部屋を用意してございますので、ご案内いたします」

「マイさん、今夜は王城に泊まるのでもいい?」

「はい、私はどこでも」

侍女さんに案内されて歩いていたら、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「店主殿! 待ってくれ!」

「うん? リーズリーさんが走ってきますね」

「あの様子では、俺たちはまだ休めそうもないような」

ヘンリーさんの言葉どおり、リーズリーさんは私たちの前まで走ってきた荒い息のまま「ちょっと待った! 緊急の用事ができた!」と言う。

「何かありましたか?」

「王子殿下が出先から戻れないでいる。帰路の途中にあるつり橋が落ちてしまったらしい。う回路は森の中を抜けるらしく、夜の森は子供には危険だから無理だと言っている。陛下に頼まれたから、私はこれから現場に向かう。店主殿も同行してもらえないだろうか」

「ヘンリーさん、行きましょう。もしかしたら私の魔法が役立つかもしれませんし」

ヘンリーさんは即座にうなずいた。

「そうですね。マイさんの魔法なら、落ちたつり橋も何とかなりそうだ」

「すぐに向かいましょう、リーズリーさん」

「店主殿、助かる!」

そうと決まったら早速出発だ。外は暗くなり始めている。