軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

156 アルセテウス王国へ

オーブ村から帰ってから二週間が過ぎた。

いよいよアルセテウス王国に行くわけだけど、私はサンドル君とアルバート君を誘った。ヘンリーさんと魔法部と宰相の許可も貰っている。

「あなたたちもアルセテウス王国に行かない? 一週間ぐらい店を閉めてもいいと思うの」

「獣人国に行くんすか? なんで俺たちも?」

「私ばかり店を抜けて、あなたたちが忙しく働いているのは不公平じゃない?」

するとサンドル君が片手を上げた。

「俺は獣人国へ行くより、働いたほうがいいっすね」

「俺はたとえお城の魔法使いさんの魔法でも、魔法で遠くまで飛ぶのは怖いから遠慮します」

あちらでの費用も全部私が持つと言っても二人の意見は変わらない。お休みも欲しくないらしい。

私だけ店を休むのが心苦しかったけど、そんな気持ちも読まれていた。二人は「店のことは気にせず、どうぞお二人で行ってきてください」と繰り返す。

そんなやり取りがあって私は一週間のお休みをもらうことにした。

ヘンリーさんは休暇を貰ったものの、宰相様にあちらでこなすべき仕事をいくつか頼まれたらしい。

ハウラーこども園のキアーラさんとケヴィン君にもお休みをする旨を伝えた。

キアーラさんは「ロイ君もちょうどこども園に馴染んだところですから、安心してお出かけしてください」と言うし、ケヴィン君も「僕は楽しく働いていますので、マイさんは休暇を満喫してきてください」と言う。

頼もしい二人にこども園を託して、ヘンリーさんが決めた日に王城に向かった。

待っていたジュゼル・リーズリーさんがとても張り切っている。工事現場の三角コーンみたいな魔導具を前に、「私も再びアルセテウス王国に行けるのが嬉しい」と繰り返している。

「それに、帰りはまた店主殿の瞬間移動魔法で戻れるのが楽しみでならない。さあ、この魔道具に近づきたまえ。念のため、しっかりと指先で魔道具に触れてくれるか? それで問題なくアルセテウス王国に着く。では、移動を始める」

掛け声と同時に、リーズリーさんが魔導具に魔力を注ぎ始めた。三角コーンみたいな魔導具に複雑に刻まれた文字と記号が白く光り始めてた。

少したってから視界がぼやけた。高速エレベーターで一気に下降する場合のような、 心許(こころもと) ない感じもする。

だがすぐに心許ない感覚は消えて、緑の景色と土と草の香りに包まれた。私たちは森の中の円形の広場に立っていた。

「着いたぞ、店主殿。ここが獣人国、アルセテウス王国だ」

「今さらですけど、いきなり訪問して大丈夫ですかね」

「直近の船で、急に訪問することもあると伝えておいたから、安心するといい」

「その手紙を書いて船に届けさせたのは俺ですけどね」

自慢げに語るリーズリーさん。スンとしたお顔で訂正するヘンリーさん。漫才みたいで笑いそうになった。

「木々の香りがして、空気が爽やかですね」

「獣人国は緑を大切にしているからな。ここも王城の庭なのだよ」

ヘンリーさんが「ほう」と感心している。森かと思ったのは上手に草木を組み合わせて視線を遮った中庭だった。庭を横切ってお城の内部に入ると、あちこちに人がいるのだが、クマや大型猿人、トラがいる。

「ヘンリーさん、人型と獣型が交じって歩いてるわ」

「本当だ。へえ……俺たちの国じゃ考えられない景色ですね」

リーズリーさんがなぜか嬉しそうに私たちの会話を聞いている。「さあ、宰相閣下のところへ行きますぞ」と言われて、私とヘンリーさんはリーズリーさんの後に続いた。

私はヘンリーさんの妻としてではなく、高魔力保有の魔法使いとして魔導具を使った移動を許されている。そりゃそうだ。移動でダイヤを消費するのに、一般の人間を同行させるわけにいかないもんね。

私に役目は与えられていないけど、何かあったら魔法を使って協力するつもりで来た。

アルセテウス王国の宰相様は若かった。三十代後半ぐらいだろうか。青みがかった黒髪の男性は瞳の色が海のような青。身長はヘンリーさんよりだいぶ低くて百七十センチぐらいか。

「ようこそアルセテウス王国へ。私は宰相のオル・ナハル。亀型獣人だ。リーズリー殿、久しいな。投獄されることなく活躍していると聞いている。あなたが重罪犯として扱われなかったことを、我が国の民はみんな喜んだよ」

「この国の皆様の声のおかげで助かりました。大変お世話になりました」

宰相様の髪の色は、キアーラさんと同じだ。キアーラさんは見た目三十歳ぐらいで七十代だったけど、オル・ナハル宰相様は何歳なんだろう。私とヘンリーさんの自己紹介を終えると、ナハル宰相は興味深そうに私を眺めている。

「マイ、あなたの噂は海を越えてこの国まで届いている。流行り病の大流行を、一人で防いだそうだね」

「恐れ入ります」

「どうです? ハウラー殿と一緒に我が国に移住しませんか? 我が国は魔法使いを大切にする国です」

「申し訳ございません。私は自分の店と従業員を置いては移住できません」

即答したら、周囲で控えていた文官さんや護衛の人たちがピリついた。失礼だったかな。でも、気を持たせるようなことを言うのはかえって失礼だと思う。

ナハル宰相は苦笑して「そうか。残念だ」と言い、ご挨拶は終わった。

ヘンリーさんはウェルノス王国の宰相に頼まれた仕事で、現在赴任中の文官さんに会う用事があり、リーズリーさんも同じく赴任している魔法部員に用があるそうだ。

ヘンリーさんのお母さんに会うのは、仕事が終わってから。伝文魔法でいつでもヘンリーさんと連絡が取れるから、私は「王都見物に行ってきます」と伝えた。すると壁際に立っていた黄色の髪に黒い瞳の男性が近寄ってきた。

「護衛官のカルネス・ヴェルトラムと申します。チーター型です。警護のため、同行いたします」

「マイさん、ぜひそうしてもらって。それなら俺も安心して仕事に取り組めますから」

「わかりました。マイ・ハウラーです。お世話になります。賑やかな場所に行きたいのですが、案内していただけますか?」

「では、市場通りへご案内します」

馬車を出すと言われたけれどそれは断って、徒歩で向かった。ちなみに、感知魔法を放ったらチーターのヴェルトラムさんはオレンジ色だった。

ライオン型やヒョウ型もいるのだろうか。私はアルセテウス王国の情報を全然知らない。ヘンリーさんに聞けばある程度は教えてくれるだろうけど、ヘンリーさんも書類上でしかこの国のことを知らないのか、話題に出たことがない。

お城から離れるにつれて、猫、犬、ウサギ、猿の姿で歩いている人がちらほら見受けられる。

「あの、この国のことが何もわからないので質問してもいいでしょうか」

「私で答えられることであれば、なんなりと」

「獣型の姿の方と人間の姿の方の両方いらっしゃるのはなぜですか」

「それは、だいたいは年齢が理由です」

ヴェルトラムさんによると、歳を取ったり病気で体力が落ちた場合は獣型の姿のほうが楽なのだそうな。

なるほどねえ、と感心している私の横を、水牛みたいに大きな 角(つの) の牛が通り過ぎた。紐を引いて歩いているのは濃く赤い色を放つ猫型獣人だ。牛は感知魔法を放っても色が見えない。ないってどういうことかと思って尋ねてみた。

「あちらはご老人ということですか?」

「いえ、あれは農家の猫型獣人と家畜ですね」

「あ。ですよね。家族に紐をつけたりしませんよね」

間抜けなことを言ってしまった。するとヴェルトラムさんが優しく諭すように教えてくれた。

「奥様は私たちの本来の姿がわからないのですから仕方ありません。我々は相手が何型獣人なのか、なんとなくわかるのですけどね。さあ、そろそろ市場の区画に入ります」

「わあ……」

市場にはたくさんの人が集まっている。獣型は少ない。混雑している場所に老人や病人は近寄らないってことだろうか。

ウサギ型獣人が肉を買っているし、猫型獣人も野菜を買っている。最初の頃、ヘンリーさんが「猫の姿をしていてもネズミを食べない」と言っていたなあと懐かしく思い出した。

「あっ! マンゴスチンが売られてる! ライチも! すみません、ウェルノス王国のお金でも買い物できますか?」

「買い物でしたらこれをお使いください。宰相閣下に渡されております」

そう言ってヴェルトラムさんは、腰のベルトに取り付けている革製の小さなカバンから革袋を取り出した。

「ありがとうございます。お城に戻ったらお返ししますので」

「いえ、どうぞそのままお受け取りください。我が国の使者たちも、ウェルノス王国でそうしていただいたと聞いております」

「そうなんですか。では、遠慮なく」

何かの形でお返ししようと思いながら革袋を受け取った。

この国はウェルノス王国より南に位置しているからだろう、フレッシュな南国の果物が山積みされている。私のテンションは爆上がりだ。

あれもこれもと買い漁って満足していると、ヴェルトラムさんが不思議そうな顔をしているから説明した。

「ウェルノス王国では食べられない果物ばかりなので、ついあれこれ買ってしまいました」

「あの、それらは王城の食事で必ず出ますが」

「えっ! そうなんですか? やだ、大切なお金で無駄遣いしちゃったわ」

「いえいえ、奥様が支払ったお金は民の懐に入るのですから、無駄にはなりません。ご安心ください」

優しい人だ。そう思いながら市場を眺めて歩いていると、ヴェルトラムさんが話しかけてきた。

「先月の船で『急に訪問する場合がある』と手紙が届き、私が奥様の警護役に選ばれました。ハウラー様のことはこちらに赴任している文官様と魔法使い様から『とんでもなく優秀な人だ』と聞いていました。なのでずっと緊張していましたが、奥様はとても人当たりが柔らかいので安心しました」

「私はもともと貴族じゃありませんから。私のことは元気な猫だな、くらいに思って気楽に接してください」

さすがに千住のドラ猫とは言わなかったが、ヴェルトラムさんは我慢できなかったらしく、「ぷふっ」と笑った。

「失礼しました。あの切れ味鋭い刃物みたいなハウラー様が奥様を選んだというだけでもう、私はハウラー様のお人柄が好きになりました」

「あら。ありがとうございます。夫はああ見えて、実は可愛い人なんですよ」

ヴェルトラムさんがまた、「ぷふっ」と吹き出した。