軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

127 ロディアスを巡る騒がしい夜

私の傷が治っていくのを見つめていた黒髪の男性が、「そんな、じゃあ……私は……」と言ってその場にしゃがみ込んでしまった。それでもヴィクトルさんが襟首をつかんで離さないから、男性のシャツの裾がズボンからズルリと出てしまった。

「ヴィクトルさん、わかってくれたみたいですから手を離してあげて」

「そうですか? マイさんがそう言うなら」

渋々といった感じに手を放してもまだヴィクトルさんは男性を睨んでいたが、低い声で話し始めた。

「マイさんのおかげでどれだけの命が救われたか、あんたは全然わかってない。それなのにあんな酷いことを言いやがって! 自分が世界で一番正しいつもりか? ちっちゃい子供も、年寄りも、若者も、みんなこの人のおかげで命を救われたんだ!」

そうか、庶民の病気の最前線に立っていたのは、お医者さんじゃなくて警備隊の人たちだったものね。

流行り病のたびに打つ手がないまま、亡くなっていく人を見てきたんだよね。

ヘンリーさんも暗い声で男性に向かって話し始めた。

「マイさんがどんな気持ちで、どんな理由でこの国のために力を貸してくれたかも知らないくせに。なんであそこまで酷いことを言うかな」

「なんて? この人、私のことなんて言ってたの?」

「それは聞かなくていいです!」

私の悪口なら聞いてみたかったけど、ヘンリーさんがピシャリと言ったから引き下がった。

ヘンリーさんがしゃがんでいる男性の腕をつかんで引っ張り上げて、「この建物を買った資金はどうしたのか、聞かせてもらいます」と言った。

購入資金をなんでヘンリーさんが問いただしているんだろう。

「ハウラー様!」

ドアの方から声がして、うちに何度も来てくれている少年が半泣きで立っていた。

「ハウラー様、ロディアスさんを捕まえるんですか? ロディアスさんはすごくいい大家さんです。うちの家賃を八ヶ月も待ってくれました。家賃を待ってもらってる人は他にもいっぱいいます。入居金も取らないし、すごくいい大家さんなんです。だからロディアスさんのこと……」

少年がそこまで言って泣き出した。

「ロディアスさんに話を聞きたいだけだから、心配しなくてもいいんだよ。悪いことをしていなければ、捕まることはない。悪いことをしていれば捕まる。法律はみんなに平等だ」

「でも……」

少年の後ろにはたくさんの人が集まっていて、全員が心配そうに部屋の状況を見ている。慕われてるんだね、この人。

文官服姿のヘンリーさんと私服ながらも屈強そうなヴィクトルさんが、うなだれている男性を挟んでいる。この様子はどう見ても「連行」とか「逮捕」とかを想像させるんだろう。

「ヘンリーさん、ここじゃなんだから店に移動しませんか?」

「そうですね。移動しますか」

「では私が付き添います」

ヴィクトルさんがそう言って、四人で『隠れ家』に行くことにした。

ロディアスさんはすっかり元気を失って、ヴィクトルさんに腕を掴まれたまま大人しく歩く。その後ろにヘンリーさんと私。

でも、部屋を出ようとしてヴィクトルさんが驚いて足を止めた。

廊下だけでなく、階段にまで人がぎっしり詰めかけていた。その人たち全員が険しい顔、心配そうな顔で私たちを見ている。

中年の男性が「あのう、ロディアスさんをなんで連れて行くんですか? その人は善人です。何の罪ですか?」と決死の覚悟という感じでヴィクトルさんに詰め寄った。

するとヘンリーさんが一歩前に出て全員に聞こえるように声を張った。

「少々お話を聞きたいだけです。ご心配なく。お話を聞いて問題がなければ、すぐに帰っていただきますから」

そう聞いても全員が動かない。なにか言いたそうな表情で私たちを見ている。

ヘンリーさんは怯むことなく先頭を歩き、人垣が割れた中をヴィクトルさんがロディアスさんの腕をつかんで歩く。

「ロディアスさんはいい人だよ!」

「俺たちの恩人なんだ!」

「頼みますよ、文官様! この人は悪い人じゃないんだ!」

いやもう、私たちのほうがすごい悪人みたい。

ヘンリーさんが辺りを見回して、折よく近づいてきた辻馬車に手を振った。私たち四人は馬車に乗ったのだけど、出てきた建物を見上げたら、多くの窓から住民がこっちを見ていた。

今は四人で『隠れ家』の店内にいる。

ヘンリーさんの説明で、あの夜の襲撃犯を雇ったのはロディアスさんらしいということはわかった。

襲撃事件のことをずっと調べていたことに驚いたわ。ヘンリーさんは諦めない人だものねえ。

でも、ロディアスさんは何を聞かれても何もしゃべらない。

「ヘンリーさん、ちょっとこっちきてくれる?」

ヘンリーさんが無言で厨房に来てくれた。

「あの人が指示したって証拠があるの?」

「ありません。強制労働所に入っている実行犯の証言だけです」

「指示したことをロディアスさんが認めなかったら?」

「裁判になりますが……家に侵入した彼らの証言と、住民に慕われている家主ですからね。ロディアスが何もやってない、証言は言いがかりだと言ったら、裁判で無罪になるでしょうね」

ヘンリーさんが妙に無表情。

「ヘンリーさんは、ロディアスさんがあの建物を買った資金の出所も知りたいのね?」

「そうです」

「それ、ヘンリーさんの仕事なの?」

「違いますが。悪を見逃すのは嫌です」

「私を拉致しようとした件とは別件よね?」

「ええ」

そう言ってまたロディアスさんのところへ戻った。

私はなんだかしっくりこない。しっくりこない理由をしばらく考えて、(ああ、そうか)と気づいた。

ヘンリーさんはあの人が脱税しているかどうかを知りたいんじゃない。私を襲えと命じたことが許せないんだ。

今のヘンリーさんを動かしているのは私怨というか、復讐心だね……。

結局ロディアスさんはひと言もしゃべらず、ヴィクトルさんが警備隊へと連行した。

キアーラさんが心配そうに顔を覗かせたから、「なんでもないの。遅い時間にごめんね」と伝えた。

「わかりました。私は残っているもので夕食を済ませましたので、失礼します」

「あ、そうだった。夕飯がまだだった。ヘンリーさん、あるもので夕食にしますね」

「お願いします」

肉の煮込みと野菜スープとパンの食事をしながら、ヘンリーさんが突然「あのね」と切り出した。

「マイさんは許してやってほしいと言うかもしれませんけど、ダメですよ。マイさん以外の魔法使いだったら、殺されていたかもしれないんです。それを忘れないでください」

「私は法律に従いますよ。でも、魔力封じの輪を用意していたなら、殺すつもりはなかったんじゃない?」

「そうかもしれませんが……ロディアスがどうやって資金を集めたのか。あれだけの建物を買えるだけの犯罪って、違法薬物か宝石の密輸くらいしか思いつかない」

違法薬物って、この世界でもあるのか。ヘンリーさんが「マイさんは知らないか……」と言って説明してくれた。

「あの建物を買えるほどの薬物が出回っているなんて、噂ですら聞いたことがありません。この国では違法薬物の製造と販売は死刑、薬物を使用した側の人間も最低で七年の強制労働ですからね。やっぱり宝石の密輸かなあ」

「密輸って現場を取り押さえていなくても捕まえられるものなの?」

「それは……できません」

「ヘンリーさん、法律に従いましょうよ。私に関することだからって、法から外れることをしてほしくない」

ヘンリーさんは返事をせず、無言のまま。

ベッドに入ってから「ヘンリーさん、言いたいことがあるなら言ってよ」と話しかけた。ヘンリーさんは少ししてからぼそぼそと話し始めた。

「マイさんは俺の家族で宝物です。その宝物をあいつは奪おうとした。どうしても許せない」

「言いたいことはわかるけど、個人的な恨みで法に反するようなことはしないでよ」

「わかっています。本当は八つ裂きにしてやりたかったけど、いざ本人を目の前にしたらそれはできませんでした」

「それでいいのよ。私はそういう冷静なヘンリーさんが好きよ」

私に背中を向けていたヘンリーさんが、くるりとこっちに体を向けた。

「はああああ。八つ裂きにしなかった自分にモヤモヤする。そうだ! 今度あんなことしたら泣いても許しませんからね!」

「あんなことって? ああ、手を切ったこと? あれは失敗したなって反省してます。腕とかにすればよかった。手のひらには神経がいっぱい集まってるから、とんでもなく痛かったわ」

「腕もだめです! もう絶対に禁止です! またやったら俺、本気で怒りますから!」

「うん。ごめんね。もうしないから」

その頃、ヴィクトルは留置場にロディアスを入れて帰宅し、心配して待っていたカリーンに事の次第を説明した。

「でもあなた、それって証拠はあるの?」

「ない。あいつが最後まで何も言わなけば、恐らく無罪放免だろうな」

「なんでその男の首を締め上げたの? いつも冷静なあなたらしくないじゃない」

一瞬間が空いて、ヴィクトルが「誰にも言うなよ」と前置きしてから説明した。

「ロディアスがマイさんのことを口汚く罵ったんだよ。それを聞いたヘンリーさんの目が猫の目に変わり始めたんだ。あのままでいたら耳も出ていたかもしれない」

「ええっ? 獣人とバレたら大変じゃないの!」

「そうだよ。そっちの方がよっぽど大騒ぎになる。何しろ宰相様付きの文官様だぞ? だからヘンリーさんの目にあいつが気づく前に、俺が派手にキレて気づかせなかった。そこへマイさんが飛び込んできたから、ヘンリーさんの目は元に戻ったけどな」

カリーンがヴィクトルの顔を見つめた。

「なんだよ。ニヤニヤして」

「今夜のあなたはとってもかっこいい。惚れ直したわよ」

「馬鹿なこと言ってないで夕飯にしてくれ。腹が減った」