軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

100 ロミさん一家の来店

王都では患者の発生数が急激に減ったそうだ。今日、防病法が解除された。

客足は鈍いものの、さっそくロミさん一家がランチの時間に来てくれた。総勢七人だ。

五人のお子さんたちはみんなロミさんによく似ている。ロミさんの遺伝子が強い。

「やっと来られたわ。防病法が解除されるのをずっと待っていたのよ。うちも今夜から営業よ」

「病の波が治まったみたいですもんね。どうぞこちらの席へ。小さなお子さん用の椅子を持ってきますから、ちょっと待っていてください」

厨房に置いてある椅子を変換して、ファミレスに置いてあるような子供用椅子を作ってロミさんたちのテーブルまで運んだ。

「あらぁ、こんな椅子があるのね。初めて見るわ。これ、どこで買ったの? 私も自宅で使いたい」

「私が魔法で作りました。私、少々魔法が使えるんです」

「へええ。魔法を使えるの? 椅子を作る魔法なんて便利ねえ。じゃあ、二脚注文したいけど、おいくらになる?」

「椅子を持ってきてくれるなら一脚につき薪二束。私が椅子を用意するなら一脚につき薪三束で」

「薪三束のほうで頼んだ!」

ロミさんは、魔法使いが聞いたら(どういうこと?)と思うであろう『魔法で椅子を作る』という言葉に反応が薄かった。

一家を仕切っているのはロミさんで、全員に何が食べたいかを聞いて注文をまとめてくれた。ハンバーグと白米、パスタ、ハンバーガー、ピザ、フィッシュアンドチップス、カツ丼、オムライスの七品。みんなでシェアするらしい。

料理が全部揃って、テーブルの上がパーティーみたいになった。子供たちが「すごいすごい」と大喜びだ。他のお客さんたちがそんなロミさん一家を優しい目で見ている。

「美味しい!」「それちょっとちょうだい」「ママ、これ食べてみて。最高だから」「ここ、また来たい」「お代わりしていい?」

全員がロミさんに話しかけて、それを旦那さんがニコニコと聞いている。旦那さんは『酒場ロミ』のバーテンダーさんだった。温厚そうな人で、ロミさんや子供たちに向ける視線が柔らかい。

全部のお皿をすっかり空にして、ロミさん一家が帰っていった。お皿を下げていたらサンドル君が私を面白そうな目で見ている。

「なあに?」

「いえ、別に。マイさんは引き寄せるなぁと思っただけです」

サンドル君は私とロミさんの付き合いを面白がっている。ロミさんたちが獣人であることに気づいたんだね。

ロミさんとの出会いは私がお店を選んだことから始まったのだから、引き寄せたわけじゃないんだけど、まあいいや。

その日の夜、ロミさんのお店へ飲みに行くことにした。子供用椅子二脚をキャスターの上に積んでゴロゴロ引っ張って運んだ。ロミさんは「ありがとう! 明日薪を届けるわ」と大喜びしてくれた。

それで話は終わらなかった。私を人がいない席まで腕を引っ張ってから、小さな声で質問をしてきた。

「あれからずっと考えたの。流行り病のときに大量のポーションを提供したのって、もしかしてマイさん? 他の魔力持ちが椅子を作ったなんて話、聞いたことなかったからさ。もしかしてマイさんはすごい魔法使いなのかしらって思ったのよ」

「……ええ、あのポーションを作ったのは私です」

「やっぱり。ありがとう、ありがとう! マイさんのおかげで助かったお客さん、今夜聞いただけでも十人じゃ足りないわよ。みんなあのポーションを飲んだらすぐ楽になったって言ってたわ。あんなすごいポーションを作ってくれて、無料で配ってくれて、本当にありがとう」

「役に立ててよかった」

ロミさんが私の手を両手で包んだ。

「私みたいな庶民は、市販のポーションしか飲めないと思ってた。あれ、あんまり効かないじゃない? うちの末っ子、あの病を貰っちゃったのよ。市販のポーションを買って飲ませたけど、全然効かなかった。うちの子は大丈夫だと思っていたのに、熱が全然引かなくて何も食べられなくなって……」

涙ぐんだロミさんの目がランプの光を受けて、いつもよりキラキラ光る。

「この子はもうだめなのかなって、隠れて泣いたわ。でも、あのポーションを飲ませたら、少ししてスープを飲んだの。翌日にはパン粥を食べたわ。そこからは一気に回復した」

ロミさんは目尻の涙を指先で拭って話を続ける。

「最悪の事態があったとしても、周囲の人は『五人も子供がいたら一人欠けても仕方ないよ』って思うでしょう。でもさ、母親にしたらどの子だって大切なのよ」

「もちろんそうですとも!」

「だからマイさんには感謝してもしきれない。あなたは私にとって伝説の魔法使いよ」

前にヘンリーさんが言ってた人だ。

「伝説の魔法使いって、この国の人はみんな知っているの?」

「伝説の魔法使いローザを知らないの? ああ、マイさんは春待ち祭りも知らなかったわね。もう、どんな山奥で育ったのよ! この国にはすごい魔法使いがときどき現れるのよ。その中でも特にすごかった魔法使いが伝説の魔法使いと呼ばれるの。ローザは飢饉のときに宝石をたくさん作って国に差し出しただけじゃないの。流行り病で国民が数えきれないほど命を落としたときにも、ポーションを作りまくって平民に配ったのよ。ポーションがなかったら国が消えたんじゃないかって言われたほどの大流行だったらしいわ」

「へえ。そうなんですね」

「でもさ、人生までローザと同じにならないでね。マイさんは幸せな人生を歩んでよ!」

離れた席のお客さんが「ロミさん!」と呼んだ。

「もう行くわね。薪は明日旦那に届けさせる。それと、今夜はおごりよ。何でも好きなだけ注文して!」

ロミさんは行ってしまった。

あの言い方だと、伝説の魔法使いの人生は幸せではなかったんだね? どんな人生だったのかヘンリーさんに聞いてみよう。

家に帰ってから、「遅くにごめんなさい」と伝文魔法で声をかけ、ローザの人生がどんなだったのかをヘンリーさんに聞いてみた。

『ああ、聞いてしまいましたか。でもそれ、マイさんには当てはまらないから気にする必要はありません。伝説の魔法使いローザは、結婚相手を選び間違えたのですから』

「結婚相手?」

『伝説の魔法使いローザは、魔法使いの夫に浮気されて捨てられたのです。ローザは嘆き悲しんで気鬱の病になり、そのまま寝込んで息を引き取りました。国の宝を失った国王の嘆きと怒りは激しく、夫は処刑されました』

「それ、もっと詳しく知りたいです」

『聞いて楽しい話じゃないのに』

渋りながらも教えてくれた話によると、伝説の魔法使いローザは宝石とポーションで知らない人がいないほどの有名人になった。その頃からローザと夫の関係は少しずつギクシャクしていったそうだ。

『夫は称賛され続けるローザに対して次第に冷たくなり、同居していたローザの弟子に手を出したのです』

「奥さんの弟子に手を出したの?」

『そう。これは男が馬鹿でクズだったって話です』

とても「ほんとよね!」と明るく答えられる話じゃない。結構ショックだ。おばあちゃんに千住のドラ猫と言われた頃のことを思い出しちゃったわ。

私もかつて失敗した。おばあちゃんが散々「あの男はやめておけ」と言ったのに、それでも私は猪突猛進したっけね。

『どうしました? またクヨクヨするようなら、今夜も添い寝をしに行きましょうか?』

「ううん、大丈夫。ありがとう。おやすみなさい」

そうか。夫が同じ魔法使いなら、ずっと称賛を浴び続ける妻を見ていて鬱屈が溜まるかもね。でも、ヘンリーさんならそんなことは絶対ない。超優秀で努力家で、宰相様に気に入られるような人だもの。

そう自分に言い聞かせる。

あの人とヘンリーさんは全然違う。関係ないんだから思い出すな私。

ヘンリーさんは何か感じ取ったらしい。心配性だから、翌日から昼も夜も『隠れ家』に通ってくれている。今夜も二人で食事しながら「俺はローザの夫みたいなことはしない」と力説する。

「俺はマイさんが世間に賞賛されても妬んだりしませんよ」

「わかってます」

「他の女性に興味ないですし」

「それもわかっています」

「俺はそもそも……」

「わかりましたってば。私は今、昔の傷を必死に忘れようとしているところなのに。私なら大丈夫ですから他の話題にしましょう」

「昔の傷って?」

「あっ、うん、たいした話じゃないから」

しまった、失敗した。ヘンリーさんのエメラルドの瞳が縦になりかけている。

「昔の傷ってなんのこと? 知りたい。怒らないので聞かせてください」

「別の話をしましょうか」

「昔の傷って?」

こうなったら正直に話すまでテコでも引かないのがヘンリーさんだ。

仕方なく、大好きになった人と付き合って捨てられた過去の話をした。そうなるかなと思ったけど、話の途中からヘンリーさんにニュッと三角耳が生えた。瞳孔は完全な縦に変わっている。

「不愉快な話ですよね。ごめんなさい」

「しつこく聞き出したのは俺ですから。それにしても、マイさんは男を見る目がなかったんですね」

「そう言われたらぐうの音も出ませんけど。それよりヘンリーさん、耳が出ちゃってる。引っ込めないと帰れませんね」

身を乗り出してそっとヘンリーさんの三角耳を両手で押さえた。ヘンリーさんは「そんな方法じゃ引っ込みません」と言って、目を閉じ深呼吸を始めた。軍部のおじさんの顔を思い浮かべているのかしら。

「ほんとごめんなさい」

「別に怒ってはいません。今、集中しているところなので邪魔をしないで」

怒らないと言ってたのに、ヘンリーさんがちょっと不機嫌だ。