軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

陰に咲くもの。

学園行事の舞踏練習会が近づくにつれ、学園の空気が華やぎ始めていた。

談話室ではドレスの色や仕立ての話に花が咲き、廊下ではどの令息が誰を誘ったのか、あるいは断られたのかといった噂が飛び交っている。

先生方の授業もどこか浮き足立ち、礼儀作法やステップの確認に重点が置かれるようになった。

けれど──私には、あまり関係がない話。

「私は舞踏練習会、参加はするけど壁の花でやり過ごします。それか、こっそり抜け出してしまうかも」

「奇遇ね。私も同じこと考えているの」

スコップを片手に、地面に生える小さな雑草を器用に摘んでいるロザリンは、裏庭の茂みの中で「壁の花になる」と言いながらどこか愉快そうだった。

今日はロザリンが「一緒に草むしりさせてください!」と声をかけてきた。

ロザリンは話してみるとおしゃべり好きなのだとわかったけれど、その実、誰にも踏み込ませない境界線をしっかり持っている。だから私も、無理に詮索しない。

「まあ、ラリッサ様に疎まれている者を誘う、奇特な方なんていらっしゃらないですし」

「それは言えているわ」

それに、誰かと無理やりペアにされるのは気が重い。身分とか、噂とか、そういうものがすぐに背後に付きまとうから。

「ふふ、なんだか少し安心したわ。同じ考えの人がいて」

笑い合った私たちのもとに、ふと、足音が近づいてきた。

「やはり、ここだったか」

声の主はエルンスト。冷静な瞳に整った銀灰色の髪。彼がいるだけで空気が少し引き締まるのは、彼自身が醸し出す雰囲気のせいか。

「エルンスト様どうかされました?」

「俺は先日、君を守ると誓った。君を探すのは当然だろう」

「はい。嬉しかったです。ありがたいと、エルンスト様のお気遣いに感謝してます」

「リアーナ様⋯⋯確かにエルンスト様の真意は伝わり難いですが、それでも、アルフレッド殿下も私もなんとなく気付いてますよ?」

「何に気付いているの?」

ロザリンが苦笑しながら変なことを言う。

エルンストはラリッサから私を守ると言ってくれた。嬉しかった。心が温かくなった。

私もエルンストの気遣いに気付いているのにロザリンは何に気付いていると言うのかしら。

「ロザリン嬢、それ以上は⋯⋯」

「二人とも変なことを言うわね。エルンスト様は休憩ですか?」

「そうではない──リアーナ、舞踏練習会のパートナーは決まっているのか?」

「舞踏練習会ですか⋯⋯」

予想していなかった質問に、私は一瞬きょとんとしてしまった。

彼なら引くて数多。パートナーには困らないのだろうな。

もしかして多すぎるから何人とも踊るのかしら。大変ね。ああ、それなら私を「守る」事ができないってことかな。

「今、ロザリンとも話していたのですが、壁の花になろうかと。私もロザリンも⋯⋯この状況ですし、誘われることはないでしょうから」

ラリッサとの一件以降、私と関わることを避ける生徒も多くなった。

もちろん、それを責めるつもりはないけれど、居心地が悪いのもまた事実。

エルンストは、しばし無言のまま私を見つめていたけれど、突然、ため息を一つ落として、言った。

「それなら、俺と組めばいい」

土の匂いと陽射しに包まれたこの裏庭で、あまりにも唐突な申し出だった。

「⋯⋯はい?」

「俺が君の舞踏練習会のパートナーになる。それでいいだろう」

そんなふうに、あまりにも自然に、そして当然のことのように言われて──私の思考は数秒、停止した。

「え、ええと⋯⋯それって、つまり?」

「俺となら、無理に気を遣う必要もないだろう。壁の花になるのも悪くないが、君がいるだけで落ち着かない連中がいるのも確かだ。だから、誰にも口出しさせないように、俺と組めばいい」

「⋯⋯それは、エルンスト様にご迷惑かと」

「迷惑であれば誘わない。君を守りたいというのは、本心だ。⋯⋯だが、それだけでもない」

彼の視線がまっすぐに私を射抜くようで、思わず目をそらしてしまう。

ロザリンがすかさず口元を押さえ、くすくすと笑った。

「ふふ、やっぱり。⋯⋯いえ、なんでもありません」

「ロザリン嬢⋯⋯頼むからそれ以上──」

「私はただ、事実を確認しただけですよ」

いたずらっぽく笑うロザリンの表情に、私は目をぱちぱちと瞬かせる。

エルンストの言葉の意味を、完全には理解できていなかった。でも、確かなことは一つ──彼の言葉に、心があたたかくなった。

「──それでは、甘えさせていただきます。エルンスト様、どうぞよろしくお願いいたします」

「ああ、こちらこそ」

彼の口元がわずかに緩んだ気がした。彼の笑顔を見る機会は少ないけれど、その希少な一瞬に、私は少しだけ胸が高鳴った。

そんな私たちの間に、軽やかな足音が近づいて来た。

「やあ、やっぱり君たちはここにいたんだね」

振り返ると、そこにはアルフレッド王子がいた。陽光を背に受け、明るい金髪が風に揺れている。朗らかな表情を浮かべた彼は、私たちの和やかな空気に目を細めた。

「エルンストが急にいなくなるから、てっきりリアーナ嬢のところだと思って探したんだけど⋯⋯案の定だ」

「殿下、本日のお付きは俺じゃないです」

「つれないな、エルンスト。今日は君は仕事じゃない。なら、今日は主従ではなく、僕と君はただの友人だ。友人を探すことの何が悪い」

アルフレッド王子の視線が、隣にいたロザリンに向いた。

「ところで、エルンストはちゃんと誘えた? これから?」

「アルフレッド殿下の思っているお誘いの仕方とは違うと思いますが⋯⋯エルンスト様らしい、お誘いだったと思います」

「うわー間に合わなかったか。見たかったな。まあ、でも良かった。うん、良かった。僕の心配が一つ減ったよ。それで、ロザリン嬢、君のパートナーは? もし差し支えなければ、僕が立候補しようか?」

アルフレッド王子は誰にでも平等で、軽やかで、優しくて──その朗らかな声と笑顔に、私は少しだけ背筋を正す。王族という肩書きがなくとも、この人にはきっと、人を惹きつける力があるのだろう。

「⋯⋯あ、あの、それは。畏れ多いです。それに、その、アルフレッド殿下には大変失礼を申しますが、余計に風当たりが強くなるので⋯⋯差し支えがあると言うか⋯⋯」

ロザリンは明らかにうろたえた。

普段の彼女からは想像もつかないほどだった。目を逸らし、手元の雑草を無意味にいじっている。

「ああ、そうだね⋯⋯ごめん、配慮が足りて無かった。お詫びする」

「そんな、アルフレッド殿下は何も悪くありません、私なんかに謝らないでくださいっ、いえ、あの⋯⋯それだけではなくて、そういうわけではなくて」

言いにくそうにしているロザリンを見て、アルフレッド王子だけではなく、私もエルンストも首をかしげた。

「そうじゃないんです⋯⋯私の問題なのです」

しばらくの沈黙のあと、ロザリンがぽつりと漏らした。

「⋯⋯私、お付き合いしている方がいるのです」

静まり返る裏庭に、風の音だけがすり抜けた。

「え?」

あまりの意外さに、私は思わずロザリンの顔を見た。ロザリンは俯いていたが、頬がうっすらと赤くなっているのがわかる。

「父の紹介で出会った方です。騎士の方で、誠実な方で⋯⋯私は、その人とこれからも真剣にお付き合いしたいと思っていまして、その、彼とまだ一度も踊ったことがなくて、それで⋯⋯他の方と先に練習でも踊りたくないなって⋯⋯」

「⋯⋯そうだったのか」

アルフレッド王子は少し目を丸くしていたけれど、やがて口元を綻ばせた。

「それなら、無理にとは言えないね。驚いたけど、君らしいと思う」

「申し訳ありません、殿下。私まで気にかけていただいてありがとうございます」

「謝る必要なんてないさ。むしろ、話してくれてありがとう。君の気持ちを尊重するよ」

ロザリンが、そっと頭を下げた。その肩をぽんと軽く叩いたのは、エルンストだった。

「殿下の誘いを断ったと知れたら、誰が何を言うかわからん。余計な詮索を避けるためにも、ロザリン嬢が無理に誰かと踊らなくて良いように俺は、練習会の間ずっと二人と組むようにしていよう。変だと思われてもいい。俺がそうしたいからだ」

エルンストの言葉に、ロザリンが驚いたように目を見開いた。

「⋯⋯私にまで配慮していただけるなんて⋯⋯ありがとうございます。私、正直、誰にも言えなくて、でも隠すのも苦しくて」

「言ってくれてよかったよ。僕も、君がそれだけ真剣だってわかったから」

アルフレッド王子も、どこか満足そうに頷いた。

私たちはしばらく、そのまま立ち尽くしていた。裏庭に吹き込む風が、静かに草を揺らす。

そのとき、不意にアルフレッド王子が表情を引き締める。

「⋯⋯舞踏練習会では、気をつけた方がいい。君たちに直接危害が加えられることはないと信じたいけど、あれらの動きが、あまり良くない」

彼女たちは嫌がらせをやめてはくれないってことね。

考えてもよくわからない。嫌がらせをしていると疑われているのにそれをやめないなんて。そんなの自分の価値を下げるだけなのに。

「今のところ、公に出るような動きはないけど⋯⋯裏で誰かに命じて動かせば、ある程度のことはできる。僕もできる限り手は打っておくけど、注意していてほしい」

エルンストも、険しい表情でうなずいた。

「俺も警戒しておく。何かあれば、すぐに知らせてくれ」

「⋯⋯はい。気をつけます」

気を緩めてはならないと、改めて思った。

舞踏練習会──ただの社交の場に過ぎないはずのその一日が、どうにも穏やかには過ぎなさそうな予感がする。

けれど私は、支えてくれる人たちがいることを、何より心強く思っていた。

誰かに頼ることは弱さじゃない。

そう教えてくれたのは、今日という日のこの時間だった。